白土 卓志
株式会社いかす代表取締役、湘南オーガニック協議会 会長、NPO法人有機農業参入促進協議会 理事、一般社団法人次代の農と食をつくる会 理事など。
未来の地球と子どもたちのために、つくる人、たべる人、社会、地球。みんなにとってbe organic な農と食が広まるよう活動中。まずは、湘南がオーガニックなサステナブルな街になるよう地産地消がつながる活動をしている。
東京大学工学部卒業後、株式会社インテリジェンスにて300名だった社員が4000名になるところを経験。その後、仲間と人材サービスの会社を起業。31歳のときに、農業大作戦スタート。2015年に株式会社いかすを創業、現在にいたる。東京大学農学部や東京農業大学、帝京平成大学薬学部、湘南学園などでの講演実績多数。
introduction
有機野菜の栽培・宅配から有機農法を学ぶスクールの運営などの事業を行っている いかす。各事業を通して、野菜市場全体のわずか1%とも言われる日本のオーガニック野菜市場を拡大するための活動をしています。
本日はいかす代表取締役の白土さんに、いかすの行う有機農法や有機野菜の魅力、いかすの目指す姿についてお話を伺いました。
人といのちが活かし合う循環を紡ぐ
–まず始めに、社名である「いかす」に込められた意味を教えてください。
白土さん:
いかすには、「活かし合う」という意味が込められています。人と人だけでなく、人と虫や菌、野菜などいろんな命が活かし合い、循環すること。それがいかすの事業のテーマです。
–「イカしてる」の方ではないのですね。具体的にどのような事業を行っているのでしょうか?
白土さん:
「はぐくむ」「たべる」「あそぶ」「まなぶ」の4つを軸に事業を展開しています。
根本にあるのが野菜を育てる「はぐくむ事業」です。そこでできた野菜を「たべる」。そうすると今度は畑に触れて「あそび」たくなります。この場合は、野菜の収穫や草刈りを裸足で行い、土と触れ合うことで癒しを得られるようにします。
遊んでいるうちに、次は畑を学びたくなるので、我々が運営する学校で有機農法の知識やノウハウを勉強していただく。
学校で学ぶと今度は生産者が増えてくるので、また育む人が増えていって・・・というように循環し、その輪がどんどん広がっていく。そんな活動を行っています。
–この矢印はそういう循環を示しているのですね。
化学肥料も農薬も使わず、いのちの営みを後押しする。
–それぞれの事業について詳しく伺います。まず「はぐくむ」について教えてください。
一般的に「野菜を作る」と言われていると思いますが、「はぐくむ」と掲げていることに意味はありますか?
白土さん:
「作る」って言うのは何かすごくおこがましい感じがあると思うんです。「野菜を作ってる」という感じではなくて、自然の営みを僕らがちょっと後押しして育ちやすい環境を整えているイメージです。
–畑に人間が寄り添っている印象を受けます。はぐくむ事業では具体的にどんなことをしていますか?
白土さん:
一言で言えば生産事業です。神奈川県平塚市に6haほどの畑を持っていて、農薬や化学肥料に加えて、牛糞・鶏糞といった動物性の堆肥も使わない農業をやっています。
–化学肥料も農薬も使わないとなると作物はどうやって育てているのでしょうか。
白土さん:
僕たちは、緑肥というのを使っています。夏であれば実がつかないトウモロコシのようなソルゴーという作物を育てて、それを細かく砕いて畑の土と混ぜるんです。なので堆肥のもっと手前の、生の有機物を畑に入れて育てています。
緑肥が生む菌が土と野菜を強くする
–緑肥を使うことでどんな良いことがありますか?
白土さん:
化学肥料・堆肥と緑肥の違いをわかりやすく言うと、ビタミンCを取るのにカプセルを飲むのか、レモンを食べるのかということですね。レモンの中にはビタミンC以外のアミノ酸もいっぱいありますよね。それを一緒に食べられるのがレモンのいいところです。
–食物を直接食べることでビタミンC以外の栄養もとれるのが緑肥ですね。
白土さん:
そうですね。さらに、レモンのいいところはもう一つあります。レモンにはセルロース(食物繊維)が含まれているのですが、それは人間が持っている消化酵素では分解できません。ではなぜ食べるのかというと、食物繊維が小腸や大腸にいる微生物の餌になるからなんです。
僕らが畑でやっていることも同じで、肥料(サプリメント)ではなくて、その手前の有機物を畑に入れる。それはレモンの食物繊維と一緒で、有機物は微生物の餌になるんです。ですから、緑肥を入れると土の中の微生物の数は、一般的な畑と比べて何十倍にもなります。
–それが野菜の育成を助けてくれるんですね。
白土さん:
また、緑肥を使うと多様な菌が畑に定着します。これにより、例えば強い菌が外からやってきたときに、誰かが何とかしてくれるんですよ。多様性がなくて特定の菌しかいないような状態だと、外からきた強い菌が一気に広まっちゃったりするんです。
–人間でいう病気やウイルスと一緒ですね。
白土さん:
はい。菌に多様性があればあるほど野菜も畑の環境も強くなっていくんです。ですから僕らの畑では、この多様性をいかに増やすかということに重きを置いて農業をやっています。
水が嫌いな野菜たちを日本で育てる難しさ
–菌の種類や量が多いほど畑が強くなるというのは初めて知りました。ほかに、いかすの農業にはどんな特徴がありますか?
白土さん:
僕らは日本の気候の中で、その作物に適した自然環境を整えるようにしています。実は、日本で農業をやるときには難しいポイントがいくつもあるんです。なぜなら、日本で育てている野菜のほとんどは、日本原産のものではなく、外来種だからです。
–それは驚きです。
白土さん:
例えばトマトの原産地はチリです。チリは年間降水量50ミリ〜100ミリの環境ですが、日本は2,000ミリとか平気で降りますよね。チリが生まれ故郷だったトマトが巡り巡って大嫌いな雨ばっかりの日本に連れてこられてきていると。
–自分の苦手な環境で育つのは野菜にとっては厳しいですね。
白土さん:
そうなんです。もともと海外の作物はあまり雨が好きではないものが多いので、日本で育つのは本当に大変なんですよ。そのため、いかすの畑では雨をいかに防ぐか、作物に大きな影響がないようにするかっていうのはすごく重要です。
元気な野菜は虫や菌を寄せ付けない
–どうやって雨を防いでるんですか?
白土さん:
トマトが生えている際のところに、木のチップを撒きます。そこには枯草菌といって、草を食べて枯らす菌たちがいるんです。これらは、トマトに悪さをしようと雨と一緒にやってきた菌たちを食べてくれます。つまり、平たく言えばチップを置いて、菌の耐性を増やすということですね。
–菌で菌を倒すということですね。すごいです。
白土さん:
あとは緑肥になるトウモロコシのようなソルゴーを植えることもしています。育つと3mもの高さになるので、土の下にはその分の大きい根っこがあります。それを畑に植えておいて、雨が来てもそちらへ流れるようにしておくなど、いろんなことをやっています。
–肥料を使わずとも自然の緑肥と菌のおかげで十分作物は育つのですね。別の作物を植えて防雨対策にする方法も、とても意外でした。
白土さん:
実は、肥料を使いすぎると野菜はメタボになります。虫や菌がきて病気になる場合って、メタボか栄養が不足しているかのどっちかなんです。野菜が元気な状態であれば、虫や菌はきません。これにより、野菜のうまみも増えて美味しくもなります。
子ども達に「美味しい」の記憶を残したい
–続いては、いかすの「たべる事業」についても詳しくお聞かせください。
白土さん:
うちの畑で育てている野菜の7割は、宅配でお客様にお届けしています。あとはレストランや、自然食品店、生協にも出していますが、売れ残ることは基本的にありません。
–大人気ですね!宅配を利用するお客様にはどういった家庭が多いのでしょうか。
白土さん:
主に子育て世帯です。小学生未満のお子さんがいる人は1袋プレゼントしますよ、というように子育て家庭の応援もしています。
うちの有機野菜を少しでもいいから食べてもらって、メタボじゃない美味しい野菜があるんだよということを、子供たちの記憶に残してもらえたらいいなと思ってやっています。
–お客様は、どのようなきっかけで宅配サービスを利用されるようになったのでしょうか。
白土さん:
うちからの営業はほとんどしていなくて、紹介や口コミがほとんどですね。美味しかったから他の人にも教えてくれて広がっています。
–お客さんの反応はどういったものが多いですか?
白土さん:
お通じが変わったという声は多いですね。うちの野菜を食べると食物繊維のおかげで腸が安定して健康になりますし、美味しいから食べる量もすごく増えます。なので、肉や魚を買う量が減ったという方もいますね。
裸足で畑に触れて、歩いて、癒される、あそぶ事業
–「あそぶ事業」についてお聞かせください。珍しい事業だと思うのですが、この事業の目的はなんでしょうか?
白土さん:
うちの畑には多様な微生物や虫がいます。そういうところを裸足で歩くと、すっごく癒されるんですよ。これを最近はアーシング※と言われますが、それを畑でやりたいなと思ったのが始まりです。
今年から裸足で遊べるオーガニックブルーベリー園を開園する予定もあります。
–遊べて、癒されて、ブルーベリーも摘める。いいこと尽くしですね。
白土さん:
どちらかというとアーシングをやろうよ!ではなく、ブルーベリーをとりに来て「なんだかすごく癒された、気持ちよかった」みたいな気持ちで帰ってもらおうと考えています。
–今まで、あそぶ事業に参加されてきた方の反応はいかがですか?
白土さん:
皆さん気づいたら裸足になっています。ブルーベリー園では植え付けが終わった後にみんなで体操をしてたんですが、子供たちが裸足になって走り出したら、靴を履いていた大人たちもみんな脱いでいました。
–つい、裸足になりたくなる場所なのですね。気持ちよさそうです。
いかすのノウハウを共有し、誰もが有機野菜を作れるように
–では、「まなぶ事業」について教えてください。
白土さん:
実は有機農業って、「野菜が育たない」ことが失敗の典型としてすごく多いんです。新規で就農したけれど野菜ができなくて立ち行かなくなりやめてしまうという人が結構います。でもそこでやめるのってすごくもったいないじゃないですか。
–新規就農者が野菜を育てられない原因は何なのでしょうか?
白土さん:
緑肥でなく肥料で育てようとするためです。肥料を使って育てようとすると、野菜がメタボになってしまうので、病気にならないよう農薬を使わざるを得なくなります。有機だと農薬を使わないことが多い。農薬を使わないと、虫食いだらけになってしまう。
だから、うちのサステナブルアグリカルチャースクールでは、みんなが有機農業をできるように知識やノウハウを共有して、レベルの底上げをしています。
–今までにどれくらいの人がスクールで学んできたのですか?
白土さん:
累計200人くらいの卒業生がいます。就農しているメンバーもいますし、プロにはならなかったけど農業と関わり続けている人たちもいます。
–生徒にはどんな人が多いんですか?
白土さん:
農業にちょっと憧れがあるからやってみたいって人は結構多いですね。また、サステナブルとか、地球環境に興味があるので、農業を通して肌で感じてみたいという人もいます。普段は会社で働いていて、土曜日だけスクールに来て勉強していくといった形です。
湘南で、全国で、オーガニック野菜という選択肢を作りたい
–ここまでの4つの事業以外にも、「めぐる事業」がありますよね。こちらではどのようなことをしていますか?
白土さん:
5年前から湘南オーガニックタウンという構想を進めています。実は僕らが平塚に来たとき、スーパーにオーガニックの野菜が全然なかったんですよ。だから「せめてオーガニック野菜という選択肢を作ろうよ」と思ったのがこの事業の発端です。
–確かに、普段スーパーにオーガニック野菜が並んでいる光景は見たことないかもしれません。
白土さん:
何億円もかけてシティプロモーションをしなくても、普通の町では0.5%しかない有機野菜が平塚市に来ると3%もある。どこのスーパーにも売ってるよと。それだけでも人は興味を持って訪れます。
実際、僕らの活動によって30人ほど引っ越してきたという実績もあります。
–30人も!すごいですね。具体的にはどのような活動を行っているのですか?
白土さん:
基本的には農家をまず増やすというところです。僕らのほかにスクールの卒業生でいかすの農業研修卒業生が6人ほど近隣で就農していたり、近隣に他の仲間たちもいたりするので、どんどん農家が増えていきます。
さらには、スーパーにオーガニック野菜の売り場を作る活動もしています。
–街のスーパーで気軽にオーガニック野菜が買えるという環境は素敵ですね。羨ましいです。
白土さん:
農業をもっと身近にしたいという思いもあるんです。育てる人・食べる人と分けるのではなく、育てる・食べるの垣根を壊してみんなでやろうよと考えています。
–最後に、今後の展望を教えてください。
白土さん:
今、平塚でやっていることを他の場所でもやれたらいいなと思っています。今、東京農大と神奈川県農業技術センターと一緒に、僕らの農業の見える化をしています。土や水などの状態を分析して、そのデータをみんなで使えるようにしようと。
それができれば、さらに有機農業を広めていけるので、それで美味しい野菜がどんどん増えたらいいよねと。
–全国どこのスーパーでも手軽に美味しいオーガニック野菜が手に入る。そんな世界がもう身近に来ているのかもしれませんね。本日は貴重なお話ありがとうございました。
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