2023年7月、国連のグテーレス事務総長は記者会見で「地球沸騰化」という表現を用いて、温暖化が深刻なレベルに達しているとの認識を示しました。
気候変動の背後にあるのは二酸化炭素排出量の増加です。その中で近年、増加し続ける二酸化炭素を抑制するため、様々な仕組みが生み出されています。今回紹介する「環境価値」も二酸化炭素抑制の手段の一つです。
本記事では、環境価値の意味や環境価値を証明する3つの証書の内容、環境価値が注目されている理由などを取り上げ、環境価値の意味を探っていきたいと思います。
環境価値とは
私たちが使用している電力(電気)は、
など、さまざまなエネルギーを使って生み出されています。どのエネルギーで電力を生み出しても「電気」という価値は変わりません。
しかし再エネは、電力を生み出すことに加えて、二酸化炭素を排出しないという環境に対する価値を持っています。これが環境価値です。
つまり環境価値とは、二酸化炭素を排出せず温暖化を促進していない点を評価して与えられた価値ということができるでしょう。*1)
環境価値を証明する3つの証書
環境価値は売買することが可能です。とはいえ、二酸化炭素を排出していないことを「価値」とするなら、世界中の人が共通に価値を評価するための仕組みが必要です。その中で2024年3月現在、日本では環境価値をあらわす証明として3つの方法が用いられています。最初に3つの仕組みの概要を比較します。
グリーン電力証書 | J-クレジット | 非化石証書 | |
---|---|---|---|
施行年 | 2001年 | 2013年 | 2018年 |
発行主体 | 証書発行事業者 ※第三者認証 | 経済産業省 環境省 農林水産省 | 発電事業者 ※国が認証 |
対象電源 | 再エネのみ*2) | 再エネ 水素・アンモニア使用 バイオガス バイオ液体燃料 など*3) | 再エネ 原子力発電 ごみ発電*4) |
取引形態 | 証書のみの取引*5) | クレジットのみの取引*5) | 電力取引とセット*5) |
それぞれの仕組みの詳細を見てみましょう。
グリーン電力証書
グリーン電力とは、自然エネルギー(太陽光・風力・水力・バイオマス発電など)によって生み出された電力のことです。*7)
グリーン電力証書は、一般企業と再エネ発電設備を有する事業者の両方の利益を満たせる仕組みとなっています。
企業はグリーン電力証書を購入することで、二酸化炭素の排出削減に協力していることを示せます。一方の、再エネを供給している事業者は、事業を継続・拡大するための資金を手に入れることができます。
近年、グリーン電力証書の認証量は増えていますが、発電量全体に占める割合は決して高いとは言えません。2021年の日本の発電量は8,635億kWh*8)であるのに対し、グリーン電力の認証量は8.02億kWhに過ぎません。*6)まだまだ拡大の余地があるといえるでしょう。
【関連記事】グリーン電力証書とは?メリット・デメリット、非化石証書との違いも
J-クレジット
J-クレジットとは、省エネ設備や再エネ利用による二酸化炭素などの排出削減量や適切な森林管理によって吸収された二酸化炭素の量を「クレジット」として国が認証する仕組みのことです。*9)
温室効果ガスの排出を抑えるための省エネ設備導入や、太陽光発電や風力発電といった再エネ由来の電力の導入、森林管理などがJ-クレジットの対象となります。
J-クレジットのメリットは以下のとおりです。
J-クレジットを生み出した側の利益 | J-クレジットを買う側の利益 |
---|---|
売却益を得られる | 二酸化炭素排出削減への協力をアピール |
二酸化炭素排出削減をアピール | 企業イメージの向上 |
企業努力や植林活動などでJ-クレジットを生み出した側は、それを売却することで経済的な利益を得られ、自社の二酸化炭素排出削減活動のアピールにつなげることができます。他方、J-クレジットを買う側は、二酸化炭素排出削減に協力していることをアピールすることで自社の企業イメージの向上を図れます。
しかし、
- J-クレジットの創出には手間とコストがかかる点
- J-クレジットの知名度が高くないこと
- 市場規模が大きくないこと
といった問題点も指摘されています。J-クレジットの普及・拡大を目指すには、利用するための動機付けやJ-クレジット創出の手続き簡略化などの改善が必要でしょう。
【関連記事】J-クレジットとは?目的や仕組み、メリット・デメリットをわかりやすく!
非化石証書
非化石証書とは、化石燃料を使わずに発電した電力であることを示す証書です。*10)化石燃料には天然ガス・石炭・石油などが含まれますが、これらを使用せずに発電したものすべてを非化石として扱います。
非化石電源(再エネ・原子力など)で生み出された電力には、電気そのものの価値と二酸化炭素を排出しない非化石で発電したという環境価値の両方があります。そのうち、環境価値の部分を取り出して非化石証書として販売します。
証書という点ではグリーン電力証書と似ています。しかし、グリーン電力証書は再エネに限定しているため、原子力発電の電力を含みません。それに対し、非化石証書は原子力発電の電力も含みます。
再エネの環境価値だけを購入して原子力を含めたくないという場合は、非化石証書よりもグリーン証書の方が適しています。
【関連記事】
非化石証書とは?種類や仕組み、取引市場と購入方法、メリット・デメリットをわかりやすく解説
非化石証書の調達代行『OFFSEL(オフセル)』の評判と販売価格【業界最安値&手数料無料】
なぜ環境価値が注目されているのか
日本で環境価値を証明する3つの仕組みを紹介しました。これらの仕組みは2008年以降に導入された比較的新しい仕組みです。ではなぜ、これらの仕組みが導入されたのでしょうか。その背景には気候変動の激化があります。詳しく見ていきましょう。
自然災害が激甚化しているから
内閣府が公表した「令和5年版 防災白書」では、特集を組んで自然災害の激甚化や頻発化を取り上げています。
防災白書では、平均気温の上昇と降水量の増加には相関関係があると指摘しています。
上のグラフは1991年から2020年までの平均気温を0.0℃としたときに、どれほどの気温差があったかを表したものです。たとえば、第二次世界大戦前の1920年から1940年にかけて、気温は-1.0℃前後を示しています。そこから気温が右肩上がりで上昇していることからわかるように、日本でも着実に温暖化が進んでいるのです。
それに伴い、1日の降水量が200mm以上になる日数も増加傾向にあります。
青の折れ線が5年移動平均値、赤色の直線が長期的に見たときの変化です。どちらも基本的に増えていることがわかります。
200mmの降水量とは、20cm分の雨が降ってくることを意味しています。200mmを超えると河川氾濫や大規模な土砂災害、大河川の氾濫の恐れがあるため、注意しなければならないでしょう。*14)
これらの気候変動を抑えるために、環境価値を積極的に評価する仕組みが整備されつつあり、それに伴い注目されるようになりました。
企業が環境価値を取り入れるメリット
気候変動を緩和するため、二酸化炭素の排出を抑制する仕組みが必要であり、その一つとして環境価値があるということがわかりました。では、環境価値にお金を払うことは企業にとってどのような意味があるのでしょうか。詳しく見てみましょう。
環境に配慮している企業だとアピールできる
1つ目のメリットは、環境問題に配慮している企業であることをアピールできる点です。後ほど詳しく述べますが、環境問題はSDGsでも重要なテーマとして扱っています。環境価値を積極的に購入し、その実績を公表することで環境に配慮した企業であることをアピールできるでしょう。
企業イメージの向上は自社商品やサービスの印象が良くなるといった効果にとどまらず、環境問題に関心を持つ優秀な人材の確保にもつながります。
ESG投資を重視する機関投資家に評価してもらえる
2つ目のメリットはESG投資を呼び込むきっかけになることです。ESG投資が盛り上がるきっかけとなったのは国連が「責任投資原則(PRI)」を提唱したことです。これは、大口の資金を扱う機関投資家に対して、環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の3つを考慮した投資をするよう求めたのです。
ESG投資家は世界的なインフレやロシアのウクライナ侵攻などがあり、以前ほどの勢いはないものの、それでも大きな影響力を有しています。たとえば、日本の年金資金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、2015年から責任投資原則に署名しています。
環境価値を購入し、積極的に環境保全を意識することにより、ESGを重視する機関投資家や国内外で二酸化炭素排出削減に取り組んでいる企業・個人から評価されることで、資金を得られる可能性があるでしょう。
環境価値のデメリット・問題点
環境価値という考え方は、二酸化炭素の排出削減を進めるうえで効果的な手法の一つです。しかし、環境価値という考え方が一般まで浸透しているかといえば、必ずしもそうとは言えません。その理由はどこにあるのでしょうか。
理念や仕組みがわかりにくい
最も大きな問題点は、環境価値という理念や仕組みがわかりにくいという点にあります。「生み出された電力と環境価値を分離」して、環境価値という抽象的なものを売買することは決してわかりやすくありません。
グリーン電力証書・J-クレジット・非化石証書と3つの仕組みが併存していることも、わかりにくい要因の一つでしょう。そして、環境価値を生み出す発行業者になるには様々な条件をクリアしなければなりません。手続きや認証にも時間がかかるなど、まだまだ課題を抱えた状態と言えます。
環境価値に関してよくある疑問
先ほども述べたように、環境価値は抽象的に見えやすいため疑問を持つ方がいても全く不思議ではありません。ここでは環境価値に関する質問を2つ取り上げて解説します。
環境価値を導入するにはどうすればいい?
環境価値を導入するには、自社で環境価値を生み出すか、他社から環境価値を購入するかのいずれかを選択する必要があります。自社で生み出すには3つの仕組みのいずれかの要件をクリアしなければならず、一朝一夕には出来ないかもしれません。
どの企業でも取り組めることは環境価値の購入です。今回取り上げたグリーン電力証書・J-クレジット・非化石証書のいずれかを購入するのが最も確実でしょう。あるいは、環境価値とセットになった電力を購入することでも環境価値の導入が可能です。
個人でも環境価値を取引できる?
個人でも環境価値を購入することは可能です。たとえば、グリーン電力証書とセットになった電気を選択することで環境価値を購入できます。Jークレジットであれば、公式サイトの「売り出しクレジット一覧」を見ると購入可能なクレジットの一覧を確認でき、クレジット保有者と直接交渉することで購入可能です。
環境価値とSDGs
冒頭でもお伝えしましたが、2023年7月、国連事務総長のグテーレス氏は記者会見で「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と語り、気候変動対策を急ぐ必要があることを重ねて強調しました。気候変動対策と環境価値のかかわりについて解説します。
目標13「気候変動に具体的な対策を」との関わり
大気中の二酸化炭素濃度が上昇することで地球の平均気温が上昇する地球温暖化は、多くの自然災害と密接にかかわっているとされています。
最もわかりやすいのが北極・南極の氷が融けることによる海面上昇です。他にも、気温が上昇することで降水量が偏り、洪水や豪雨、水不足といった自然災害が発生するリスクが上がっています。
SDGsの目的は持続可能な世界の実現ですが、自然災害が激甚化すれば多くの人の命が失われてしまい、「誰一人取り残さない」成長が妨げられてしまうでしょう。
今後は環境価値の考え方を積極的に取り入れ、国や社会が協力して気候変動対策に関わる土台を作る必要があるのです。それができて、はじめて二酸化炭素の排出削減による気候変動の緩和が実現し、SDGsが目指す誰一人取り残さない成長を成し遂げられるでしょう。
まとめ
今回は環境価値について取り上げました。電力は私たちの生活に必要不可欠なものですが、化石燃料を使って生み出した電力は二酸化炭素を排出するため、地球温暖化を加速させてしまいます。環境価値は二酸化炭素を排出しない再エネの価値を評価する手段として有効です。
しかし、抽象的な考え方であり、運用するシステムも一般の人から見ればわかりにくいという問題点も抱えています。二酸化炭素の排出を抑制したいという意図はわかっても、単純に負担が増えるわかりにくい考え方だとみなされないためには、もっとシンプルでわかりやすい仕組みづくりが必要なのではないでしょうか。
参考
*1)東京都環境局「環境価値とは|太陽エネルギーの利用拡大|東京都環境局」
*2)スペースシップアース「グリーン電力証書とは?メリット・デメリット、非化石証書との違いも」
*3)スペースシップアース「J-クレジットとは?目的や仕組み、メリット・デメリットをわかりやすく!」
*4)スペースシップアース「非化石証書とは?種類や仕組み、取引市場と購入方法、メリット・デメリットをわかりやすく解説 」
*5)資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」
*6)日本品質保証機構「グリーン電力証書の現状と今後」
*7)日本品質保証機構「グリーン電力証書の概要について]
*8)資源エネルギー庁「結果概要 【2021年度分】 」
*9)Jークレジット制度「Jークレジット制度とは」
*10)資源エネルギー庁「「非化石証書」を利用して、自社のCO2削減に役立てる先進企業」
*11)資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について」
*12)気象庁「気象庁 | 日本の年平均気温」
*13)内閣府「令和5年版 防災白書|図表2-3 日降水量100mm以上及び200mm以上の年間日数の経年変化(1901~2022年)」
*14)ウェザーニュース「「◯◯ミリの大雨」被害の危険性は?災害発生につながる雨量の目安」
*15)スペースシップアース「SDGs13「気候変動に具体的な対策を」の現状と私たちにできることを徹底解説」