#SDGsを知る

ネガティブエミッションとは?問題点や現状、取り組み事例なども

イメージ画像

温室効果ガスがもたらす環境問題は、異常気象や山火事、氷山の融解など、近年ますます身近に感じられるようになってきました。省エネ対策だけでは不十分、もっと力強い施策や技術が必要不可欠な段階にきているのではないかと、多くの人が考えるようになってきているのではないでしょうか。

今回取り上げるネガティブエミッションは、それを打開できる可能性の高い技術です。どのような分野のどのような技術なのか、事例も見ながら一緒に考えていきましょう。

ネガティブエミッションとは

イメージ画像

ネガティブエミッションとは、大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化することで、正味としてマイナスの(ネガティブな)CO2排出量(エミッション)を達成する技術の総称です。

化石燃料ゼロを目指しつつも、一気にそして完全に再生可能エネルギーへ移行することが難しい現状で、2050年までのカーボンニュートラルを実現させるために大変重要視されている技術です。

【関連記事】脱炭素とは?カーボンニュートラルとの違いや企業の取り組み、SDGsとの関係を解説

ネガティブエミッション技術(NETs)について

ネガティブエミッション技術(NETs)※ には、森林や海洋が本来持っているCO2吸収力を利用したり高めたりするもの、組み合わせることによってより高い効果が期待できるもの等があります。まずは具体的にどんな技術があるかみていきましょう。

NETs

Negative Emissions Technologies のイニシャル

植林・再生林

樹木は成長するために光合成を行い、その過程でCO2を吸収します。従って新規エリアを植林したり、減少した森林を再生林として回復させたりすることは、大気中のCO2を減らすことに直結します。

この分野のネガティブエミッション技術としては、人工交配を活用したエントリーツリー ※の開発や、ゲノム編集による光合成能力の最大化等の研究・実証が進んでいます。

エントリーツリー

精鋭樹の中から特に優れたものを交配した第2世代移行の精鋭樹。

成長性が高く、通気性に優れた材質を持つ。

土壌炭素貯留

堆肥等の有機物が土壌にすき込まれると、有機炭素が蓄積されていきます。これを土壌炭素貯留と言います。これは、元々植物が光合成で大気から吸収した炭素なので、土壌有機炭素の増加は大気中のCO2減少を意味します。

この分野では、炭素を土壌に効率よく貯蔵したり、その後の管理をしたりする技術の開発が求められています。

バイオ炭

バイオ炭(Biochar)とは、生物資源を材料とした炭化物のことです。原料となる木材等は、そのままだと分解され大気中にCO2として放出されてしまいます。それを炭化して炭素として固定することでCO2放出を減らすことができます。

土壌改良資材としても昔から活用されているバイオ炭ですが、より効率的な固定化技術開発や原材料の収集方法の考案などが期待されています

BECCS

BECCSとは、バイオ(Bio)エネルギー(Energey)の燃焼で発生したCO2(Carbon dioxide)を回収して(Capture)貯留( and Storage)する技術のことです。

一般にバイオマス発電とCCSを組み合わせた技術を言います。回収したものを固定し、貯留することでネガティブエミッションを実現します。

DACCS

北海道・苫小牧市のCCS実証実験

DACCSは、DACCCS(炭素回収貯留)を組み合わせたネガティブエミッションです。

DAC(Direct Air Capture:直接空気回収技術)は、大気から直接CO2を分離・回収する技術のことをいいます。

DAC技術には、化学物質で吸収したり吸着したりする方法、膜で分離する方法、ドライアイスにして分離する方法などがあります。現在日本では、膜分離法の研究が進められています。

分離膜による大気中CO2の分離・回収イメージ

風化促進

風化または風化作用は、地表にある岩石や鉱物が変質したり分解したりする作用のことです。岩石や鉱物は風化する際に、水や大気中の二酸化炭素と化学反応を起こします。つまり風化作用はCO2の吸収過程でもあるのです。

玄武岩などの鉱物を粉砕・散布することでこの反応を起こす表面積を増やし、千~万年のスケールで人工的に風化を促進する技術が研究され始めています。

ブルーカーボン

ブルーカーボン(Blue Carbon)は、2009年にUNEP(United Nations Environment Proguramme:国連環境計画)によって定義された環境用語で、海洋生態系に取り込まれ、海中に蓄積される炭素を意味します。

海の植物は、海水に溶けているCO2を光合成で吸収します。主な吸収源としては、藻場や干潟、マングローブ林等があげられ、ブルーカーボン生態系と呼ばれています。

ブルーカーボンを進めるために、海洋へ養分を散布したり、優良生物品種を開発したりすることで、植林や再生林分野のネガティヴエミッションのように、CO2の吸収量増加を目指します。

養分の他にもアルカリ性の物質を添加する海洋アルカリ化で炭素吸収を促進する方法も研究されています。

なぜネガティブエミッションが注目されているのか

ここまで、いくつものネガティブエミッション技術について、その定義や特徴を整理してきました。近年、このような多くの高度な技術開発がなぜクローズアップされるようになったのでしょうか。その背景を見ていきましょう。

カーボンニュートラル達成への危機感

地球温暖化がますます緊迫する中、多くの国や地域がカーボンニュートラルを宣言して、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行などに取り組んできました。それでもこのままでは2050年までの目標達成は困難と言われています。それだけ今までに排出してしまったCO2が膨大だったということです。

そして、再生可能エネルギー源である太陽光や風力は、天候に左右されたり、開発コストや技術の問題があったりするため、電力安定のためにまだ火力発電の力を使っています。つまり、化石燃料の使用をすぐにゼロにすることが難しい状況なのです。

そこで排出を抑える技術開発と平行して、排出されたCO2を回収・除去するネガティブエミッションが重要視されています。

ネガティブエミッション市場への期待

近年、コロナ禍や戦争の経済停滞の苦い体験・反省を経て、世界中に、温室効果ガスを抑えるために経済成長を我慢するのではなく、むしろクリーンエネルギーの自給を促すような研究や技術開発に投資して、経済効果を広めようとする方向が出てきています。

日本でも「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、重点分野の指定や、資金面や国際連携面などのサポート体制を整えるなどが進められています。また実現した時の国民生活へのメリットも表記されています。それを受けて多くの企業や団体が実証実験に取り組み始めていて、商用ベースでの活用を目指しているのです。

ネガティブエミッション技術の開発についても同様な動きが見られ、研究の段階から実証・商用活用へと進みつつあります。

環境への貢献がビジネスとしても成立し、社会全体のよい循環を目指す方向が明確になってきています。

関連記事:グリーン成長戦略とは?14の重点分野と取り組み事例も

ネガティブエミッションの問題点

向かうべき方向性は見いだせたものの、課題があることも事実です。日本の国土の特徴から開発が難しいものもあります。

コスト問題

TRL

Technology Reading Level;技術成熟度

経済産業省が多くの分野で問題点として上げているのは、コストです。特に海洋アルカリ化分野では、全分野の中で最も高いCO2削減コストとなっていて、海に囲まれた日本は高いポテンシャルを持つだけに残念な点です。

ネガティブエミッションの現状

ネガティブエミッションの問題点を解決に導くためにも、世界や日本の現状をつかんでいきましょう。

世界の現状

アイスランドにあるクライムワークスの施設「オルカ」 (2021)

欧米では、すでに商用規模を視野に入れた取り組み段階に入っています。ネガティブエミッションの効果の付加価値や副産物を、企業だけでなく一般消費者にも少量でも販売できる具体的なプランを用意しています。環境価値を収益化する点が明確なことが分かります。

目下さらに低コストや大規模・大量生産化を目指しています。

日本の現状

コストの問題や施設用地などが課題となって、基礎技術が順調に研究・開発されつつも、欧米のようには商用化がすすんでいない分野があるのが日本の現状です。

解決方法の1つとして、2023年から日本でもカーボン・クレジット制度J-クレジットが導入されました。

カーボン・クレジットとは、CO2などの温室効果ガスの排出削減量を売買できる仕組みの事で、世界的な流れとなっています。ガスを排出してしまった企業はクレジットを購入することでオフセットすることができ、売った企業は利益を得ます。

日本でも、関連企業全体でお互いに関わり合いながらカーボンニュートラルを達成しようという流れが生まれてきたのです。今後は、関連企業や団体間の連携が成果に結びつくことが期待されます。

ネガティブエミッションに取り組む企業事例

現状についての概要をお話ししました。この章では、ネガティブエミッションに取り組む事例として、国土や地域のメリット、伝統や実績を生かした国内外の企業事例をご紹介しましょう。

事例①:DACをリードする「オルカ」

オルカ」はスイスの企業クライムワークスが、2021年に、アイスランドのヘリシェイディ地熱発電所近郊に設置・稼働させた世界最大のDACプラントです。

クライムワークス社は、2017年に世界初となる商用DACプラントを稼働させて以来、常に世界のCDS(Carbon Dioxide Removal 二酸化炭素除去)サービスをリードしてきました。

その仕組みは、

  • クライムワークス社設計の特殊フィルターでCO2を除去
  • 稼働エネルギーは地熱エネルギー利用
  • カーブフィックス社開発のプロセスで、水と混ぜ合わされて地中の玄武岩層に貯留

といった過程を経ています。

  • 「特殊フィルター」・風化作用原理の応用技術
  • 他の企業とのパートナーシップ
  • 輸送と稼働エネルギー確保に係る負荷を最小限に抑えられる地に設置

このような点が、世界をリードするDACプラント企業と言われる所以ではないでしょうか。クライムワークス社は、今後2100年までのビジョンを持ってさらに運用経験を重ねていくとのことです。

日本では、潜水艦のような閉鎖空間でのCO2除去の実績を持つ川崎重工も、DACの開発を進めています。

事例②:高性能バイオ炭の普及:ベンチャー企業TOWING

TOWING(トーイング)は、名古屋大学発研究開発型ベンチャー企業です。

土壌微生物をバイオ炭に定着させる「高性能ソイル技術」で開発した「高性能バイオ炭」の普及を進めることで、農業分野でのネガティブエミッション実現を目指しています。

「高性能」の所以は、有機肥料との組み合わせでもかなりの温室効果ガス削減が可能なことです。これは、化学肥料の使用を減らすことにもつながります。

この技術は

  • 日本酒の発酵技法を応用したもの
  • バイオ炭原料としてもみ殻や畜糞などを活用している

なども大きな特徴といえます。

またTOWINGは、早くからカーボン・クレジットへも積極的に参入しており、農林水産省や多くの自治体、さらにGoogleなど海外企業からの応援も取り付けています。

ネガティブエミッションとSDGs

最後にネガティブエミッションとSDGsの関連をみていきましょう。

ネガティブエミッションは、多くの目標と関連を持っています。しかし技術の総称ですので、最も密接に関連するのが「SDGs目標9:産業と技術革新の基礎をつくろう」と言えます。

SDGs目標9「産業と技術革新の基礎をつくろう」とネガティブエミッション

2050年までのカーボンニュートラルを目指すことを明確にしながらも、さらなる技術開発が求められるほど、温室効果ガス問題は緊迫しています。今やっと開発・実証から稼働・商用化を目指せる段階にきたネガティブエミッションですが、実稼働や商用化が進むことを期待して応援したいところです。

またDACの商用化ばかりでなく、海や陸など他の分野における技術革新は、

  • SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」
  • SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」

に繋がります。

さらに、普及したそれぞれの技術や製品は、SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」を具現化するものとなります。

>>各目標に関する詳しい記事はこちらから

まとめ

ネガティブエミッションについて、注目される理由や背景、どのような分野でどのような技術が求められ、開発が進められているのかをお話ししてきました。

ネガティブエミッション技術は、重工業分野での開発・実施のものが多くあります。しかし、陸や海に関連する分野では、自然本来の作用を強化したり後押ししたりするものも見られます。

どちらにせよ、カーボンニュートラルという目標の達成が、ネガティブエミッション無しでは難しくなっていることを受け止め、関心を持つことが大切です。新しい技術開発への正しい理解が、私たちのネガティブエミッション支援のスタートラインと言えるのではないでしょうか。

<参考資料・文献>
ネガティブエミッション技術について
第2回グリーンイノベーション戦略推進会議 議事概要
ネガティブエミッション技術の 検討方針について(経済産業省)
第3節 2050年カーボンニュートラルに向けた我が国の課題と取組(資源エネルギー庁)
知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる『CCUS』
Net Zero by 2050 – Analysis – IEA  2023/9月
ネガティブエミッション技術について
グリーン成長戦略(概要)
2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 (METI/経済産業省)
「カーボンプライシング」とは?(資源エネルギー庁)
空気からのCO2分離回収(DAC)技術 (DAC:Direct Air Capture)(川崎重工)
ブルーカーボンとは?グリーンカーボンと比較してわかりやすく解説 | 自然電力の脱炭素支援サービス
エリートツリーの開発・普及
農地への土壌炭素貯留と温室効果ガスの削減のために
ブルーカーボン関係省連絡会議(2023)
ネガティブエミッション実現に向けた 川崎重工の取り組み
サステナブルな 食料生産エコシステム実現に向けた “高機能バイオ炭”の普及
カーボンリサイクル:エネルギー総合工学研究所(技術評論社)
脱炭素革命への挑戦:堅達京子+NHK取材班(山と渓谷社)
温暖化に挑む海洋教育:田中智志(東信堂)
地域新電力:稲垣憲治(学芸出版社)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)