多くの人が直面している身内の介護。病気や認知症などで生活がままならない家族を在宅で介護することは、心身に大きな負担がかかります。誰にとっても決して他人事ではない在宅介護によって抱えるストレスを、私たちはどのように解決すべきか。共に考えていきたいと思います。
目次
超高齢社会に突入した日本が抱える問題点
現在の日本は、高齢化社会を超えた「超高齢社会」に突入しています。
高齢化社会とは65歳以上の老年人口の割合が7%以上を占める社会を言います。
対して超高齢社会とは、65歳以上の割合が総人口の21%以上を占める社会のことです。
日本は2007年に超高齢社会を迎え、令和5年(2023年)の65歳以上の人口は推計3,623万人、総人口に占める割合は実に29.1%に上ります。
この急速な高齢化は、社会全体にさまざまな問題を引き起こしています。
問題点①経済規模の縮小
最も大きな問題のひとつは、生産年齢人口の激減による経済規模の縮小です。
現在懸念されている問題としては
- 総人口に占める労働力人口の低下:2060年には約44%まで低下の見込み
- 人手不足による労働環境の悪化
- 生産性の低下による賃金の伸び悩み
- 税収の減少
などが進むことで、国民負担が増大し生活水準がさらに悪化していき、さらに経済の縮小を招くという悪循環へ陥ることです。
問題点②社会の担い手の減少と財政の逼迫
少子高齢化の社会は、より多くの高齢者をより少ない現役世代で支えなければなりません。
2023年の日本の出生率は1.20、生まれた子どもの数は約72万人で、いずれも過去最低の結果となりました。これは従来の予想を上回る速さです。これによって
- 現役世代の負担増
- 産業や自治体の担い手不足
- 社会保険料の値上げ
などに拍車がかかり、社会保障の維持もしだいに困難となります。
産業の担い手不足は同時に介護職の不足にもなり、家族が介護を担うケースが増えていきます。家族介護者の数は平成28年に700万人を超えましたが、これは15年前の実に1.5倍もの増加です。
老老介護の増加など介護環境の変化
超高齢社会で生じる、介護環境の変化も深刻な問題をはらんでいます。主な変化としては
- 介護者の高齢化と「老老介護」の増加:高齢者のみ、高齢者と未婚の子のみの世帯が増え、家族介護者の約4割が40代・50代、約半数が60代以上
- 認知症高齢者の増加:2012年の462万人→2025年には470万人、2040年には584万人と推計/要介護状態の原因も「認知症」が最多(18.1%)
- 高齢者の貧困:生活保護世帯の55.1%が高齢者世帯(2019年)で20年前より急増、年収150万円以下の高齢者世帯は23.5%
などとなっており、介護を取り巻く環境はより厳しくなっていると言えます。
【要介護者から見た主な介護者の続柄】
介護が家族に及ぼすストレス
家族介護者の増加と比例して、家族が抱える介護ストレスも大きくなっています。「介護離職防止のための地域モデルを踏まえた支援手法の整備事業」が行ったアンケートでは、全体の4〜6割以上が、以下のような何らかの負担やストレスを日常的に感じているという結果が出ています。
身体的ストレス
身体的なストレスは、体の不自由な要介護者への体位交換・起居や着替え、入浴や排泄介助など体に負担がかかる作業が原因です。家族介護者の多くが50代以上ということを考えると、負担はさらに大きくなります。
要介護1・2のレベルであれば、必要に応じて炊事洗濯や買い物などの生活援助程度で足りるでしょう。しかし、認知症の進行など要介護レベルが3以上になるにつれて
- 生活援助に加え、入浴・排泄といった負荷の高い作業の割合が増えてくる
- 介護時間がほとんど終日になることが多くなる
など、質・量共にかかる負担は増えていきます。これによって、休息や自由時間が取れずに疲労が蓄積する、十分な睡眠時間が取れないなどのストレスが蓄積します。
心理的ストレス
介護による心理的なストレスも大きな問題です。特に要介護3以上になると、要介護者から目を離せない時間が多くなるため
- 常に気を抜けず、責任やプレッシャーから緊張状態を強いられる
- 終わりが見えない状態で将来への不安が増す
- 自分(たち)以外に介護をする人がいない場合、社会とのつながりを失い孤立感が強まる
- 家事や仕事との両立が難しくなることへの苛立ち
- 意志の疎通が難しくなった要介護家族への苛立ち
など、心理的に不安定な状態が続いて身体的な疲労にも拍車がかかり、さらに心理的ストレスをもたらす、という悪循環に陥ってしまいます。
経済的ストレス
もう一つの大きな問題が経済的ストレスです。現在日本では、介護状態になった場合、1人当たり
- 平均で月額7.8万円、年間93.6万円
- 介護にかかる期間=平均4年7か月
で、大まかに見積もっても約440万円のお金がかかると試算されています。
この金額はあくまで平均で、医療・介護技術の進歩や寿命の延びによりさらに増えることもあります。にもかかわらず今の日本では
- 経済の長い停滞による実質賃金の低下
- 賃金の低い非正規雇用の増加
- 高齢世代の定年後の再雇用はほとんどが非正規雇用
といった状況が改善されず、家族を介護する人の経済的ストレスが今後、より高まることは確実と思われます。
もちろん公的介護保険によって利用者は1〜2割程度の自己負担でサービスを受けられますが、将来の現役世代人口の減少や経済の縮小などにより、社会保障を支える財政負担は一層厳しくなることは間違いありません。それに伴って自己負担の割合も少しずつ増え、自助が求められるようになっていくのです。
家族が介護ストレスを抱えることによるリスク
こうした介護ストレスの蓄積は、本人にも、介護される人にも、さらに周囲にも大きなリスクを負わせるようになっていきます。
介護者の健康リスク
介護の身体的負担が重くなり過ぎると、慢性的な疲労や睡眠不足による健康問題が起きやすくなります。
また孤立感や自己肯定感の低下、負担感の増加など心理的ストレスを募らせることによって、
- 食欲不振:食欲がなくなって体重減少や体力低下につながる
- 睡眠障害・不眠症
- 疲労感:疲れやすく、慢性的倦怠感による無気力、肩こりや頭痛など
- 焦燥感:原因不明の焦りや不安感、神経過敏
といった、「介護うつ」と呼ばれる心身の深刻な不調に罹るおそれもあります。
介護の質の低下・虐待のリスク
介護疲れによる心身のストレスが悪化すると、ミスや不注意による事故が起きやすくなり、介護される人の健康状態にも悪影響を及ぼします。
さらに介護疲れによる精神的ストレスで危惧されるのは、要介護者への虐待です。
現在問題となっている事例としては
- 身体的虐待:殴る、蹴るなどの暴力的行為や外部との接触を遮断する
- 心理的虐待:脅しや侮辱、無視、嫌がらせなど
- 経済的虐待:本人に無断で財産や金銭を使う、本人が金銭を使うことを理由なく制限する
- 介護放棄・放任(ネグレクト):必要な介護や世話を放棄し要介護者の健康状態を悪化させる
などで、令和3年度の家庭などでの介護者による虐待の相談・通報件数は36,378件にも上ります。中には要介護者の生命や健康状態が危険な状態に至り、外部の介入が必要となるケースも増えています。
介護離職や貧困のリスク
経済的ストレスによるリスクの原因となるのが、介護と仕事の両立が困難になり仕事を辞めてしまう介護離職です。2022年の調査では、年間での介護離職者数はおよそ10万6,000人に上っています。
介護離職の理由として多かったのが
- 勤務先の両立支援制度の問題や介護休業などを取得しづらい雰囲気=43.4%
- 介護保険や障害福祉などのサービスを利用できなかった、利用方法がわからなかった=30.2%
となっており、職場環境や制度の問題で理解や協力が得られず、やむなく勤務先を退職して介護への専念を余儀なくされている人が少なくないことがわかります。
仕事を辞めても余裕を持って介護に専念できるというわけでもなく、離職したために
仕事を辞めて収入が減る→節約のため介護サービスを減らす→自力での介護が増え、身体的負担が増える→要介護者との時間が増え、社会的に孤立し精神的負担が増える
となり、身体的・心理的・経済的な全ての面でむしろ負担は増えてしまいます。
また収入の減少は、介護者自身が生活困窮と貧困状態へ陥る危険があります。最悪の場合、家族介護者と要介護者が共倒れになりかねません。
介護離職者の増加は、そのまま労働力減少と社会の担い手不足に拍車をかけます。介護離職は、当事者だけでなく、経済全体へもリスクをもたらす問題なのです。
なぜ介護ストレスを溜め込んでしまうのか
こうしたさまざまなリスクにもかかわらず、介護ストレスを溜め込んでしまう人は後を絶ちません。そこには、本人の性格や心理的傾向、あるいは本人が置かれた環境などが関連してきます。
責任感が強く他人に頼れない
ストレスを溜めがちな人に多いのが、責任感が強く他人に頼れない性格の人です。自分が頑張らなければいけない、他人に迷惑をかけたくないというプレッシャーを自身に課すあまり、すべてを一人で抱え込んでしまいます。責任感が強いゆえに自分のことを後回しにする自己犠牲的な面もあり、結果的に自分の健康やウェルビーイングを犠牲にしてしまいがちです。
完璧主義
自分に厳しい完璧主義の人もストレスを溜めやすくなります。ほどほどに手を抜けず、介護にも完璧を求めるあまり、思う通りにできない自分を責めて落ち込みがちです。
頑張って介護をしているのに、期待したような結果にならない、こちらの思いが伝わらない、といった苛立ちが、しだいにストレスを溜めてしまうのです。
情報不足
介護サービスや公的支援制度などに関する情報不足もまた、介護ストレスにつながる原因となります。
前述の通り、職場での介護支援体制の不備や、支援サービスの存在・利用方法の周知不足が介護離職の理由の多数を占めることからも、介護に必要な情報を得る機会が少ないことがストレスにつながることがわかります。
介護ストレスを解消・予防する方法
介護ストレスを防ぐために重要なのは、まず介護者自身の健康と時間、収入を確保し、安定した状態で介護に臨むことです。そのために必要な取り組みは心身に不調をきたしてからでは間に合いません。実際に介護に携わる前に、以下のような対策に取りかかりましょう。
対策①頑張りすぎない、気負わない
介護を始める時には「頑張りすぎない」ことを常に意識しましょう。
介護、特に認知症の場合は要介護者の行動や返答は予測ができません。介護期間も先が見えない長期戦のため、ほどほどを長く続ける、困ったら誰かに助けてもらう、くらいの余裕を持っていきましょう。
当然、介護も家事、場合によっては仕事でもうまくできない点は出てきます。すべてを完璧にこなすことはできないとあきらめ、割り切って介護に臨むことが大事になります。
対策②相談先・支援先を見つける
介護で発生する問題や不安、悩みなどを誰かに相談できることは、社会的孤立を防ぎ介護ストレスを軽減する大きな役割を果たします。介護を始めることになったら、早めに身近な相談相手や相談窓口を見つけましょう。
相談相手としては
- 隣人・友人、家族・親戚など私的につながりのある人
- 地域の相談窓口や介護施設の専門家など公的な支援先
など、公私どちらにも話ができる相手がいるといいでしょう。
近年では地域包括ケアシステムによる支援センターが全国に整備されています。まずは、地域の支援センターで相談してもらうことをお勧めします。
対策③自分の時間や休息時間を確保する
介護者が自分の心身を健康に保ち、長く介護を続けるためには、十分な休息と睡眠、趣味など自分の時間が欠かせません。そのためには
- 睡眠環境を整え、質の高い睡眠をとる
- 夜間に十分寝れない場合は短時間でも仮眠をとる
- 家族や親戚などに短時間でも介護を交代してもらう
- レスパイトケアなどのサービスを利用し、介護から離れる時間をとる
などといった方法があります。
レスパイトケアとは、訪問介護、デイサービス、ショートステイなどを利用して一定期間介護を離れて休息をとることです。このような手段で負担軽減を図ることも、介護ストレスの解消に効果的です。
対策④情報を集めて支援制度をフル活用する
仕事と介護の両立には、介護支援制度と介護保険制度を使った環境整備のための情報収集が不可欠です。
職場の支援制度の周知については、令和6年5月の育児・介護休業法改正により、事業主の介護を行う労働者に対する両立支援制度の情報の周知・提供、雇用環境整備の措置義務化、テレワークを選択可能にする努力義務、などが追加されました。
介護保険制度についても、地域のケアマネジャーや地域包括支援センター、介護保険サービス事業所などで情報を集め、介護プランを決めていきましょう。以下に主なリンク先を紹介していきます。
介護保険関連
介護福祉サービス関連
公表されている介護サービスについて | 介護事業所・生活関連情報検索
介護と仕事の両立関連
介護ストレスとSDGs
介護ストレスを軽減し、なくすための取り組みは、SDGs(持続可能な開発目標)とも無関係ではありません。
目標3「すべての人に健康と福祉を」
介護ストレスの解消は、介護当事者すべての健康を守ることになります。
これは「すべての人々に対する財政リスクからの保護、質の高い基礎的な保健サービスへのアクセス」(ターゲット3.8)を可能にし、目標3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」の達成につながります。
目標11「住み続けられるまちづくりを」
すべての地域・自治体が十分な介護支援体制を整え、介護する人が安心して仕事や家事と介護に取り組むことができれば、その町に住むすべての人にも暮らしやすい環境になります。
目標11の中でも、障がいのある人や高齢者などのニーズに配慮した安全で包摂的な居住空間の必要性が取り上げられています。
目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」
介護ストレスをなくすためには、介護者が孤立しないことが必要な条件です。
家族・親戚、友人や隣人、地域社会、地域包括支援センター、職場などに相談をし、強いつながりを作ることで得られる支援は、心身や経済的なストレス軽減をもたらし、持続可能な介護を可能にする力となります。
>>各目標に関する詳しい記事はこちらから
まとめ
超高齢社会を生きる私たちにとって、家族や自分自身の介護は避けられない問題です。高齢化と平均寿命の延びに伴い、私たちは人生のより長い時間を介護に費やす時代を迎えます。心身や経済的ストレスを解消し、負担の少ない状態で介護に臨めることは、当事者にとって残された時間をより良くするために不可欠な取り組みと言えるでしょう。
参考資料
日本の超高齢社会の特徴 | 健康長寿ネット
統計からみた我が国の高齢者|総務省
(3)人口急減・超高齢化の問題点|選択する未来 – 内閣府
去年の合計特殊出生率 1.20で過去最低に 東京は「1」を下回る|NHKニュース
2040年 高齢者の約15%が認知症 全国で584万2000人と推計 “地域でどう支えるかが課題” | NHK
【FP解説】高齢者の貧困率は?他人事ではない高齢者世帯の問題や課題と支援などを解説 (senior-loan.jp)
2 健康・福祉|令和3年版高齢社会白書(全体版) – 内閣府 (cao.go.jp)
市町村・地域包括支援センターによる家族介護者支援マニュアル
仕事と介護 両立のポイント – 厚生労働省
超高齢社会はいつから始まった?超高齢化社会との違いと日本の現状と問題を解説 – SDGsメディア『Spaceship Earth(スペースシップ・アース)』
「介護離職」年間10万人超 新たな支援制度 厚労省が議論 | NHK
埼玉県立大学研究開発センター地域包括ケアマネジメント支援部門からの情報発信 (第 4 回(2021.12.2 作成)) 家族介護の実態について.pdf (spu.ac.jp)
家族に介護が必要になったときに頼れる公的介護制度とは? | キガル・ソナエル│リクルートグループ団体保険|福利厚生制度 (r-hoken.jp)
介護者がなる「介護うつ」とは?特徴、原因、対処方など解説|医療法人東横会 心療内科 精神科 たわらクリニック
虐待の種類と程度 | 高齢者虐待防止と権利擁護 – 東京都福祉局
令和3年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等 に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(添付資料)|厚生労働省
介護離職とは 問題点や解決に向けた支援策、介護離職者の実例を紹介|朝日新聞Reライフ.net
育児・介護休業法について – 厚生労働省
介護休業等育児又は育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 及び 次世代育成支援対策推進法の一部を改正する法律の概要(令和6年法律第42号、令和6年5月31日公布)|厚生労働省
レスパイトケアとは? 受けられるサービスの種類や費用、注意点を紹介|SOMPO笑顔倶楽部