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ラムサール条約とは?正式名称と目的、湿地役割・締約国一覧を簡単に解説

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近年、世界中で環境問題への意識が高まり、「生物多様性」の重要さが認識されるようになりました。ラムサール条約は今のように生物多様性の重要さが一般的に知られていなかった約半世紀前に採択された、とても先駆的な生物多様性に関わる国際条約です。

ラムサール条約とは、どのような目的の国際条約なのでしょうか?ラムサール条約の概要や登録湿地、取組事例、メリット・デメリットなどから、湿地についてわかりやすく解説します!

目次

ラムサール条約とは?

【ラムサール条約のロゴ】

ラムサール条約

国際的な湿地に関する条約で、正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」です。1971年2月2日にイランのラムサールという都市での国際会議で採択されました。

ラムサール条約の概要は、

  • 各締約国がその領域内にある国際的に重要な湿地を1ヶ所以上指定し条約事務局に登録する
  • 湿地の保全と賢明な利用促進のために各締約国が取るべき措置

などについての規定です。

ラムサール条約の目的

湿地にはとても多くの動物・植物が暮らしています。ラムサール条約の目的は、国際的に重要な湿地の登録やそこに生息・生育する動植物の保全です。

この生物多様性の宝庫とも言える湿地は、「水を浄化する」などの重要な機能もあります。豪雨や洪水などが起こった時、湿地が埋め立てられた場所では被害が大きくなるという研究結果も報告されています。

また、多くの水鳥の生息地となる湿地には餌となる生き物が多く生息しており、それらを支える植物層も豊かで、生物多様性を育む重要な場所です。加えて、渡り鳥は国境に関係なく移動することから、その保護のためには国境を越えた国際的な協力が必要です。

このような背景があることから、ラムサール条約の正式名称が「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」とされているのです。

【ラムサール条約による世界湿地の日のロゴ】

ラムサール条約を理解するために、まずは次の章で「湿地」とはどんな場所かについて確認しましょう。*1)

湿地とはどんな場所?

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湿地とは

”この条約の適用上、湿地とは、天然のものであるか人工のものであるか、永続的なも のであるか一時的なものであるかを問わず、更には水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹水であるかを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地又は水域をいい、 低潮時における水深が六メートルを超えない海域を含む。”

引用:環境省『特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』(1980年9月)

とラムサール条約では、定義されています。つまり、

  • 天然か人工か
  • 永続的か一時的か
  • 水がとどまっているか流れているか
  • 淡水・汽水※・海水

などを問わず、水をたっぷりと含む土地や水に覆われる土地のことです。

※汽水

海水と淡水の中間の塩分を持つ水。

湿地の種類

湿地には多様な種類があります。まずは下のイラストで見渡してみましょう。

【様々な湿地】

イラストの中にある

  • 湿原
  • 湖沼(読み:こしょう)
  • ダム湖
  • 河川
  • ため池
  • 湧水地
  • 水田
  • 遊水地
  • 地下水系
  • 塩性湿地
  • マングローブ林
  • 干潟
  • 藻場
  • サンゴ礁

これら全て湿地です。ここに挙げられているだけでも、湿地の多様性がわかります。

先ほどラムサール条約中での湿地の定義で、「低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む」とありました。一般の人が持っている干潟のイメージより、意外に深い海まで湿地に含まれているのではないでしょうか。

【さまざまな湿地】

また、人工のものも含まれることに意外性を感じた人もいるのではないでしょうか?実は伝統的な水田や「里地里山」※と呼ばれるような環境には、特有の生態系が育まれ、

  • 食料や木材などの自然資源の供給
  • 美しい景観
  • 文化の伝承

など、人々の生活にとって重要な地域です。このような地域には水田をはじめとした湿地に含まれる場所が多く存在しています。

※里地里山

農林業などさまざま人間の活動を通じて環境が形成・維持されてきた地域。原生的な自然と年との中間に位置し、集落・林・農地・ため池・草原などで構成される。

【里地里山の様子を描いたイラスト】

湿地の役割

湿地には、

  • 生き物のすみかを提供する
  • きれいな水を提供する
  • 食べ物を提供する
  • 安全を守る
  • 経済を支える

などの役割があります。つまり湿地が減ると、

【人々の生活にとって】

  • 水や食料の供給源が減る
  • 洪水や異常気象によるリスクの増加
  • 健康で安全な暮らしの消失
  • 美しい景観の消失

【地球にとって】

  • 生物多様性の損失
  • CO2やメタンの排出量の増加
  • 自然な濾過機能の喪失

などの影響があるということです。

湿地が失われる主な原因

【世界の湿地の現状】

この300年の間に世界中の湿地87%も失われてしまったと言われています。湿地が失われる主な理由は、

  • 産業による汚染
  • 生活排水
  • 土地の転用・開発
  • 外来種
  • 過剰な取水
  • 資源の乱獲

などです。

湿地の損失は生物多様性の損失に直結します。

世界の湿地の大部分が喪失してしまった背景には、人間の活動が大きく関わっています。一方で、現在でも世界のおよそ10億人の人々の生活が湿地に依存しており、湿地は毎年47兆ドル(1ドル130円で計算しても6,110兆円)に値する重要な生態系サービス(自然資源の恩恵)を提供しています。

湿地の役割・重要性・現状を確認したので、次はラムサール条約に登録される湿地の条件を見ていきましょう。*2)

ラムサール条約登録湿地とは

【エジプトの浅いサンゴ礁】

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ラムサール条約では、国際的に重要な湿地として登録するための基準を定めています。下の表は、その条件をまとめたものです。

基準1特定の生物地理区内で代表的、希少、または固有の湿地タイプを含む湿地
基準2絶滅のおそれのある種や群集を支えている湿地
基準3特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物を支えている湿地
基準4動植物のライフサイクルの重要な段階を支えている湿地。または悪条件の期間中に動植物の避難場所となる湿地
基準5定期的に2万羽以上の水鳥を支えている湿地
基準6水鳥の1種または1亜種の個体群の個体数の1%以上を定期的に支えている湿地
基準7固有な魚類の亜種、種、科、魚類の生活史の諸段階、種間相互作用、湿地の価値を代表するような個体群の相当な割合を支えており、それによって世界の生物多様性に貢献している湿地
基準8魚類の食物源、産卵場、稚魚の生息場として重要な湿地。あるいは湿地内外の漁業資源の重要な回遊経路となっている湿地
基準9鳥類以外の湿地に依存する動物の種または亜種の個体群の個体数の1%以上を定期的に支えている湿地
出典:環境省『ラムサール条約湿地とは 湿地とは』より筆者作成

日本では、

  1. 国際的に重要な湿地であること(上の表の基準のうちどれかに当てはまっていること)
  2. 国の法律※により将来にわたって自然環境の保全が行われること
  3. 地元住民などから、ラムサール条約湿地への登録に対して賛成・理解が得られること

の条件を満たしている湿地を登録します。

※自然公園法、鳥獣保護管理法など

ラムサール条約の3本の柱

ラムサール条約には「3本の柱」と呼ばれる、条約の基盤となる考え方があります。この3つの柱は、

  1. 保全・再生
  2. ワイズユース(賢明な利用)
  3. 交流・学習(CEPA)

で構成されています。上から順に確認しましょう。

【ラムサール条約の3本の柱】

①保全・再生

ラムサール条約の直接的な目的となるのが、湿地の保全・再生です。水鳥の生息地としてだけでなく、その場所の生態系全体と地域の人々の生活を守るための幅広い湿地の保全・再生を提唱しています。

②ワイズユース(賢明な利用)

ラムサール条約では、地域の人々の暮らしとバランスのとれた保全を湿地の「賢明な利用(Wise Use:ワイズユース)」として提唱しています。ラムサール条約の提唱する賢明な利用とは、地域の人々が湿地からの自然資源を持続可能な形での利用と、湿地の保全を両立していくことです。

③交流・学習(CEPA)

ラムサール条約では、湿地の保全や賢明な利用のためには人々の「交流と学習」が大切だと考えています。CEPAとは、

  • Communication(コミュニケーション)
  • Capacity building(能力の養成)
  • Education(教育)
  • Participation and Awareness(参加と普及啓発)

のイニシャルをとった略称です。

【湿地を守る重要な3つの行動】

このようにラムサール条約が採択されるまでには、どのような経緯があったのでしょうか?次の章ではラムサール条約の歴史に焦点を当てていきます。*3)

ラムサール条約の歴史

豊かな生物多様性を育み、豊かな資源を生み出す一方、水の浄化作用や洪水などの災害のリスクを軽減するなど、湿は人間の生存にも不可欠な存在です。しかし、湿地の研究が今のようにされる以前は、「役に立たない土地」として世界中でさかんに埋め立て・開発されていました。湿地の研究が重ねられ、その重要性が科学的に明らかになった今でも、世界の湿地の面積と質は多くの地域で低下し続けていると言われています。

湿地損失への危機感から日本の加盟まで

まずは、ラムサール条約が採択され、日本が加盟するまでの流れを見てみましょう。

1960年代はじめ頃「このままではヨーロッパの重要な湿地が消失してしまう」という危機感が広がる
1963年科学者・狩猟者・政府当局の協力で、初めての水禽(水上生活をする鳥)保護に関するヨーロッパ会議が開催される
1965年IWRB(国際水禽湿地調査局)※により、「湿地に関する国際的合意あるいは条約のための提案」がされる
1971年ラムサール条約の採択
1977年IWRB(国際水禽湿地調査局)日本委員会設立
1980年日本がラムサール条約に加盟、釧路湿原を登録
出典:ラムサール条約登録湿地関係市町村会議『ラムサール条約とは』より筆者作成
※IWRB(国際水禽湿地調査局)

1996年1月にはWetlands International(国際湿地保全連合)と改名した。

ラムサール条約は当初は湿地をすみかにする、または季節的に湿地に到来する水鳥の保護を主な目的として採択されました。湿地という1つの環境の生物多様性に特化した国際条約という、以降の世界の環境への取り組みにとって先駆的な条約です。

時とともに、ラムサール条約は検討が重ねられ、現在のような形になりました。湿地の持続可能な資源の利用と生物多様性の保全のための管理は、今後も世界的に重要な課題です。

【ラムサールの位置】

ラムサールはペルシア語ではラームサル?

「ラムサール」はペルシア語では「رامسر (Rāmsar)」と呼ばれ、「ラームサル」に近い発音です。日本で使われる「ラムサール」は英語での発音の影響を受けたと考えられています。ラムサール条約が採択された都市ですが、ラムサールに湿地があるわけではありません。下の表はこれまでのラムサール条約締約国会議の年月と場所をまとめたものです。

【これまでのラムサール条約締約国会議】

第1回1980年11月イタリア、カリアリ
第2回1984年5月オランダ、フローニンヘン
第3回1987年5月カナダ、レジャイナ
第4回1990年6月スイス、モントルー
第5回1993年6月日本、釧路
第6回1996年3月オーストラリア、ブリスベン
第7回1999年5月コスタ・リカ、サン・ホセ
第8回2002年11月スペイン、バレンシア
第9回2005年11月ウガンダ、カンパラ
第10回2008年10〜11月韓国、チャンウォン
第11回2012年7月ルーマニア、ブカレスト
第12回2015年6月ウルグアイ、プンタ・デル・エステ
第13回2018年10月アラブ首長国連邦、ドバイ
第14回2022年11月中国、武漢・スイス、ジュネーブ
出典:外務省『ラムサール条約』より筆者作成

ラムサール条約は生物多様性に関連した国際条約では最も歴史の長い条約と言えますね!湿地が育む豊かな生物多様性や湿地のさまざまな役割が分かった現代の感覚からすると、「役に立たない土地」としてどんどん埋め立てられてしまったとは、なんとも残念な事実です。

しかし、過去の失敗からしっかりと教訓を学び、今後の湿地のためにできることを考え、行動することが重要です。次の章では、ラムサール条約に加盟した国が、具体的にどのような活動をするのか確認しましょう。*4)

ラムサール条約に加盟すると具体的にどんなことをする?

【マングローブ林】

ラムサール条約の締約国は先ほど紹介した「3本の柱」をもとに、以下のことが約束されています。

  • すべての湿地の賢明な利用に向けて取り組む。
  • 国際的に重要な湿地リスト(「ラムサール条約登録」)に適した湿地を指定し、その効果的な管理を確保する。
  • 国境を越えた湿地、共有湿地システム、共有種について国際的に協力する。

引用:ラムサール条約『湿地条約とその使命』

つまり、ラムサール条約の締約国の取り組みをまとめると、

  • 湿地の賢明な利用に努める
  • 湿地の調査・指定・登録・管理
  • 湿地と生物のための国際的な協力

という活動です。その中でも最も重要な鍵の1つである「湿地の賢明な利用」について、もう少し詳しく見ていきましょう。

湿地の賢明な利用とは

ラムサール条約では、「湿地の賢明な利用」について、

“the maintenance of their ecological character, achieved through the implementation of ecosystem approaches, within the context of sustainable development”.

”持続可能な開発の環境の中で、生態系アプローチの実施を通じて達成される、湿地の生態学的特徴の維持”

引用:ラムサール条約『湿地の賢明な利用』

と定義しています。つまり、「人々と自然の利益のために、湿地と湿地が提供する全てのサービスの保全と持続可能な利用」と考えていいでしょう。

1990年に採択された「賢明な利用」に関するガイドラインでは、

  • 国の湿地政策を、個別に、または国家環境行動計画などのより広範なイニシアチブ※の一部として採用する
  • 湿地の目録、監視、研究、訓練、教育、国民の意識向上を対象とするプログラムを開発する
  • 湿地サイトの統合管理計画の策定

などが重要とされています。

※イニシアチブ(initiative)

計画・戦略・主導(権)・先導。何かを率先して行うこと。

ラムサール条約について大体わかったところで、次の章ではラムサール条約にある湿地の保全・再生によるメリットと湿地を失うことによるデメリットを確認しましょう。*5)

湿地を保全・再生するメリットと失うデメリット

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ここでは、湿地を守ることによる直接的な7つのメリットを確認しましょう。

メリット①:生物多様性の回復

世界の生物種の約40%湿地に生息・生育していると言われています。湿地の再生・保全はその場所の食物連鎖を活性化し、野生生物の良い餌場や生息地となります。

メリット②:水の供給と濾過

湿地自然に水を濾過し、汚染物質を除去するなどの機能があります。湿地のこの機能によって、地域の水の供給を促進します。

メリット③:炭素の貯蔵

  • 泥炭地
  • マングローブ
  • 潮間帯
  • 藻場

などの特定の種類の湿地は、非常に効率的な炭素吸収源です。

メリット④:洪水や嵐の影響の緩和

湿地には豪雨や洪水の被害を緩和する機能もあります。高潮や異常気象などから、地域社会や周辺の自然環境を守っています。

メリット⑤:生活の向上

湿地は豊かな生物多様性を育むことから、地域の人々の暮らしを漁業や養殖業で豊かにします。また、草などの植物の資源も得られます。

メリット⑥:エコツーリズムの推進

水鳥の暮らす様子、豊かな水棲小動物・植物の様子は、観光客を呼び込むことができます。訪れた人々に生物多様性の重要さを理解してもらう良い機会にもなります。

メリット⑦:福祉の向上

豊かな湿地の様子は美しく、訪れる人々にとって

  • 憩いの場
  • 自然体験・自然学習の場

となります。また、湿地を再生・保護することにより、地域の人々の満足感にもつながります。

【湿地のめぐみ】

豊かな水に恵まれた日本は、豊かな湿地にも恵まれていると言えます。世界中がそうであったように、日本でも湿地が盛んに埋め立てられたり、コンクリートで整備されたりした時期があります。

しかし現在では、湿地の保全や再生、その場所をすみかにする生物への配慮などが行われるようになってきました。次は湿地を保護・再生する取り組みの元となった、湿地が失われることによるデメリットを確認します。

湿地を失うことによるデメリット

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世界の湿地は1970年〜2015年の間だけでも35%が消滅したと報告されています。この消滅のスピードは森林が消滅するスピードの約3倍で、2000年から一層加速していると言われています。

【世界の湿地面積の推移】

上のグラフは1970年を1とした世界の地域別の湿地の面積の推移です。特にヨーロッパとアジアで湿地の面積が大幅に減っていることがわかります。

先ほども少し触れましたが、湿地を失うことによるデメリットは

  • 安全な水の確保ができなくなる
  • 洪水の調整機能が失われる
  • 炭素貯留機能が低下する
  • 地域の人々の伝統的な生計手段が失われる
  • 生物多様性の損失

など、多岐に渡ります。しかし、世界にはまだ十分に湿地についての知識が浸透していません。

地球はひとつながりです。私たち先進国が体験し研究を重ねて得た知識を活かし、これから成長する途上国が産業の発展の代償に、湿地をはじめとした自然資源を損なわないように国際的な協力が必要です。

*6)

世界のラムサール条約登録湿地と取り組み事例

ここからは、ラムサール条約に登録されている湿地と取り組み事例を、世界・日本の順で見ていきましょう。

ラムサール条約締約国一覧・世界の登録湿地

ラムサール条約の締約国は1975年の発効当時は7ヶ国でしたが、2022年には172ヶ国に増え、2,000ヶ所を超える指定区域があります。

以下のリンクから、ラムサール条約の加盟国・世界の登録湿地が確認できます。

【ラムサール条約登録湿地の分布(2023年3月)】

数あるラムサール条約の登録湿地ですが、海外の事例としてイタリア、ヴェネチアのラグーンを紹介します。

【ヴァッレ・アベルト】イタリア、ヴェネチアのラグーン

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世界で最も有名な観光地の1つ、ヴェネチアはもともと浅い干潟に守られた天然の要塞都市でした。水深が浅く、深い泥の層が広がる干潟がヴェネチア周辺に広がり、大きな船での侵入を防いでいたのです。

【ヴァッレ・アベルト周辺地図】

上の地図からも、ヴェネチアがいかに自然の地形に守られた都市だったかを知ることができます。ラムサール条約に登録されているのは、このヴェネチアをはるか昔から守ってきた「ヴェネチアのラグーン※(Laguna di Venezia)」にある「ヴァッレ・アヴェルト(Valle Averto)」です。

※ラグーン

砂の堆積やサンゴ礁により外海から隔てられた浅い海水域。完全に外海から隔てられた塩湖(塩水湖)も含まれる。

ずっと人々の生活と結びついてきた湿地

この地域は、魚の養殖のために人々の手が加わった沿岸部をはじめ、淡水湿地・葦のしげる湿地・潮の満ち引きで干潟ら現れる塩水湿地など、湿地環境としても多様性に富んでいます。この環境の多様性により非常に豊かな生物相が存在し、多くの種類の水鳥が生息していたり越冬に訪れたりします。

この地域の保全のために、地域の人々には広範囲にわたって魚の養殖と保全についての教育が行われています。その一方で、観光客で賑わうヴェネチア中心地周辺では高潮からヴェネチアを守るための水門(モーゼ計画)によって、自然の潮流がせき止められ、生態系そのものを破壊してしまう懸念が浮上しています。

多くの問題を抱えるヴェネチア

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ヴェネチアでは、工業や観光客のために大型船が通航できる深い水路を掘った上に、工業用水として大量の地下水を組み上げた結果、およそ11cmの地盤沈下が起こりました。同時期に地球温暖化などの影響により、周辺の海面はおよそ10cm上昇しています。

また、観光客によるごみのポイ捨てなどによるプラスチックの海への流出や、大型客船による水質・大気汚染も深刻な問題となっており、対策のために多数の議論がなされ、莫大な資金も投入されています。さまざまな意見が飛び交う中、「生物多様性と自然環境を守る」という点だけは断固とした対応をとることで全体が合意しています。

あらゆる問題が山積みで困難な状況であるからこそ、今後の対応が「世界の行動を促す手本となるかもしれない」と期待されています。

【関連記事】【イタリアが抱える環境問題】具体事例や取り組み、SDGsに対する意識も紹介

観光客で賑わうイタリア、ヴェネチアが湿地に囲まれていることを知らなかった人もいるかもしれませんね!次は日本のラムサール条約登録湿地の事例です。*7)

日本のラムサール条約登録湿地と取り組み事例

豊かな水源に恵まれ、周りを海に囲まれた日本には湿地も多く存在します。日本の湿地からは、先ほどのイタリアのラグーンとは対照的に、山に囲まれた湿地、尾瀬の例を紹介します。

【日本のラムサール条約登録湿地】

上の図は日本のラムサール条約登録湿地の分布です。環境への意識の高まりや湿地の重要さが科学的に証明されたことから、日本各地で湿地の保全・再生の取り組みが推進されています。

【尾瀬】本州最大の山地湿原

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童謡「夏の思い出」にも「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」と歌われた尾瀬は、2005年11月にラムサール条約登録湿地になりました。群馬県・新潟県・福島県にまたがる本州最大の山地湿原です。

尾瀬ヶ原、尾瀬沼へはいくつも登山コースがあり、湿原には上の写真のように木道が整備されています。毎年多くの人々が訪れる尾瀬では、

  • マイカーの規制
  • 入山マナーの啓発
  • ゴミの持ち帰り指導
  • 山小屋・トイレの排水処理対策
  • 植生復元
  • ニホンジカによる食害対策

など、さまざまな保全・管理対策が行われています。

尾瀬の多様な生物相

尾瀬地域の植生は約1万年前に形成されたと考えられ、

  • 山地帯(海抜約700m〜1700mの落葉広葉樹が優勢な植物分布帯)
  • 亜高山帯(海抜約1500m〜2500mの針葉樹林と広葉樹林の境界がある植物分布帯)
  • 高山帯(海抜約2400mからの高木が見られなくなる植物分布帯)

など多様な分布帯を含んでおり、地形や気候の影響による

  • 湿原の植物
  • 川の流れに沿って帯状に続く林(拠水林)
  • 花畑

など豊かな植物相が見られます。尾瀬でしか見られない植物(特産種)が19種類確認されている植物の宝庫です。

【7月のオゼコウホネ※】

※オゼコウホネ

スイレン科コウホネ属の水生植物。尾瀬ヶ原で発見され、尾瀬以外では山形県の月山でしか確認されていない珍しい植物。

【ニホンカモシカ】

尾瀬は森林環境だけでなく豊かな湿地が広がることから、鳥類・昆虫類も豊富です。特にトンボ類は日本産北方系のトンボ17種全ての生息が確認されています。近年では従来この地域には生息しないと思われてきた日本カモシカの姿が確認されるようになりました。

シカによる貴重な植物への食害が問題になり、鹿の侵入を防ぐ柵を設置するなどの対策が行われています。

尾瀬のワイズユースへの取り組み

尾瀬の関係自治体や観光協会などは、子どもたちをはじめとした環境学習に力を入れています。例えば福島県では、尾瀬国立公園内で環境学習を行う小中学校や家族旅行を扱う旅行会社は補助金を受けることができます。

そのほかの県や観光協会からも環境学習活動への助成が行われており、子どもたちが自然の素晴らしさ、貴重さを体験・学習する機会を大切にしています。

日本にも世界にも、実に多様な湿地があり、それぞれに特徴があります。ヴェネチアのラグーンと尾瀬の例を見ても、ずいぶん違うことがわかります。

次の章ではラムサール条約とSDGsの関係に迫ります。ラムサール条約はSDGsにどのように貢献するのでしょうか。*8)

ラムサール条約とSDGs

ラムサール条約では、「湿地の保全と再生はSDGs17の目標全てに貢献する」と考えています。それぞれの理由に迫ってみましょう!

【ラムサール条約のSDGs17の目標への貢献】

こうして見ると、湿地が重要な天然資源と生物多様性の宝庫というだけでなく、私たちの健康と福祉、経済成長、気候変動への対策などにとって、欠かせない存在であることがわかります。つまり、湿地の保全・再生はSDGs17の目標全てに貢献し、いくつもの目標達成において相乗効果を生むことも可能なのです。*9)

湿地を守るために私たちができること

ここまでラムサール条約について学んできましたが、実際私たちにできることはあるのでしょうか?湿地を守るためにできる行動を考えてみましょう。

【2012年2月世界湿地の日パンフレット表紙】

まずは湿地について知る

過去に湿地が盛んに埋め立てられてしまったのは湿地が「役に立たない土地」と思われていたことが大きな要因の1つと言えます。「深刻な影響(被害)が出てやっと学ぶ」ことを繰り返してきた人間ですが、湿地についても同様でした。

しかし、今では湿地の役割や恩恵は科学的根拠に基づいて明確になりました。私たちがまずできることは、湿地についての正しい知識を身につけることです。

湿地の水鳥・魚・両生類・爬虫類・昆虫・植物・水の浄化機能・景色…あなたの興味のあることからで構いません。ネットサーフィンを繰り返して学ぶのも手軽な方法ですし、ハンドブック・ガイドブック・図鑑などをゆっくりと眺めるのも楽しいものです。

【日本の水生昆虫がわかる本】

【湿地への情熱が詰まった読み物】

実際に湿地に行ってみる

【「楽しい水辺教室in柴島干潟(東淀川区)」の様子】

干潟の美しい景色をゆっくりと眺めて穏やかな時間を過ごしたり、アクティブに近くから干潟の生き物の様子を観察したり、実際に湿地に行ってみましょう!各地で自然教室や環境学習のイベントが開催されていますから、ぜひ参加してみてください。

このようなイベントには研究者や専門家が同行することが多く、初めてでも安心して体験できます。実際に生き物を採集したり水鳥を観察したり、きっと素晴らしい体験になるでしょう。

【カスミサンショウウオ(左)とアリアケギバチの幼魚(右)】

カスミサンショウウオ(左)とアリアケギバチの幼魚(右)
出典:Spaceship Earth

※湿地で撮影の際は、落ち着いて作業することを心がけ、機器の落下などに注意してください。あらかじめ防水対策をしておいたり、撮影係を決めておけばカメラやスマートフォンを水没させるリスクを低減できます。

あなたの住む地域の湿地や生き物を知ることは、自然の素晴らしさを理解する第一歩です。特に都会で暮らしていると、私たちは自然の恩恵を受けて生きていることを忘れがちですが、このような機会を持つことによってその素晴らしさを実感することができます。

日々の生活で環境を意識した行動をする

日本ではSDGsの知識をはじめ環境への意識を持つことは社会人の常識となってきましたが、「知る」というスタートを切ったら、すぐに行動に活かしましょう!あなたにとって無理なく取り組めることから始め、自身の生活スタイルをこれからの持続可能な社会に適応するものに少しずつ変えていくことが大切です。

湿地をはじめ、自然環境や社会を守ったり改善したりするのは、政府や大企業の事業ばかりではありません。私たちひとりひとりが自然の壮大な循環の中でその役割を担っていますし、私たちひとりひとりが社会を支えています。

将来の地球が持続可能でより良い環境と社会へと変革を遂げられるように、その未来のための正しい選択を心がけましょう。

まとめ:湿地は知れば知るほど素晴らしい

【今こそ湿地を再生する時】

ラムサール条約は2022年に開催された第14回締約国会議では、SDGsの達成につながる湿地活動、ジェンダーに配慮した湿地政策などの付属書が追加されました。ラムサール条約は時代に合わせて変革を遂げているとも、私たちの社会とともに成長しているとも言えます。湿地は、渡りゆく水鳥の保護を通じて国際的な協力関係を築く機会も与えてくれます。これも今、世界に求められているものです。

【湿地の生き物:ゲンゴロウ・デンジソウ・ヒメドロムシ】

湿地の生き物:ゲンゴロウ・デンジソウ・ヒメドロムシ
出典:Spaceship Earth

※湿地にはたくさんの生き物が暮らしています。湿地に行かなければ知らずに過ごしてしまうかも知れません。実際に湿地の生き物を観察してみましょう!

湿地の保全・再生は私たちの生活の豊かさや安全に直結しています。これを実感するために、あなたが行けそうな湿地を探して行ってみましょう!

ラムサール条約が目指す未来の実現にとって、あなたの小さな行動も決して無力ではありません。私たちが目標を明確にして、それに向かって正しい選択を重ねることが大きな力となります。

そして何より、知れば知るほど奥が深い湿地には、数えきれない魅力的な物語があります。湿地を学び、体験して、あなたにとって一番好きな湿地を見つけてください。*10)

〈参考・引用文献〉

*1)ラムサール条約とは?正式名称も
WIKIMEDIA COMMONS『Ramsar logo』
環境省『ラムサール条約と条約湿地 ラムサール条約とは』
環境省『特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』
環境省『ラムサール条約と条約湿地 2月2日は「世界湿地の日」』

*2)湿地とはどんな場所?
環境省『特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』(1980年9月)
環境省『ラムサール条約湿地とは 湿地とは』
環境省『災害に対する自然の安全機能』(2017年2月)
環境省『人と自然のために、 湿地を守る行動を始めよう』(2022年2月)
環境省『里地里山の保全・活用 里地里山とは』
環境省『里地里山と生物多様性』
環境省『湿地と水:その現状』(2021年2月)
環境省『人と自然のために、 湿地を守る行動を始めよう』(2022年2月)
ラムサール条約『湿地を守る CARING FOR WETLANDS 地球温暖化、生物多様性への解決策』p.6

*3)ラムサール条約登録湿地とは
環境省『ラムサール条約湿地とは 湿地とは』
環境省『ラムサール条約とは ラムサール条約の3つの柱』
環境省『人と自然のために、 湿地を守る行動を始めよう』(2022年2月)

*4)ラムサール条約の歴史
ラムサール条約『国際的に重要な湿地(ラムサール条約登録地)』
ラムサール条約登録湿地関係市町村会議『ラムサール条約とは』
国際湿地保全連合『団体概要』
Googleマップ『イラン+マーザンダラーン+ラムサール』(2023年3月)
外務省『ラムサール条約』
IUCN『ラムサール条約』
ラムサール条約『湿地の重要性』
ラムサール条約『湿地の賢明な利用』

*5)ラムサール条約に加盟すると具体的にどんなことをする?
ラムサール条約『It’s time for wetland resutoration』
ラムサール条約『湿地条約とその使命』
ラムサール条約『湿地の賢明な利用』

*6)湿地を保全・再生するメリットと失うデメリット
環境省『湿地を再生する7つのメリット』(2023年2月)
環境省『日本の重要湿地~生物多様性の観点から重要度の高い湿地の選定~』p.5(2019年3月)
環境省『ラムサール条約ファクトシート 湿地:世界中で消滅が続いている』
日本経済新聞『世界の湿地、半世紀で35%消滅 ラムサール条約初報告』(2018年9月)
国際湿地保全連合『湿地はなぜ重要なのか?』
IUCN『ラムサール条約』

*7)世界のラムサール条約登録湿地と取り組み事例
ラムサール条約『国のプロファイル』
ラムサール条約『ラムサール条約登録情報サービス』
ラムサール条約『Laguna di Venezia: Valle Averto』
【イタリアが抱える環境問題】具体事例や取り組み、SDGsに対する意識も紹
ナショジオスペシャル『ベネチアの水没救うモーゼ計画 生物多様性は守れるか』(2022年9月)
日本埋立浚渫協会『『海外にみる自然再生と有害底質処理への新たな取り組み』p.26,p.27(2006年3月)

*8)日本のラムサール条約登録湿地と取り組み事例
国際湿地保全連合『日本のラムサール条約登録湿地 日本のラムサール条約登録湿地が53箇所になりました』(2021年11月)
環境省『ラムサール条約と条約湿地 日本の条約湿地』
環境省『尾瀬国立公園 公園の特徴』
尾瀬マウンテンガイド『オゼコウホネ』
環境省『尾瀬国立公園』
環境省『ラムサール条約登録湿地 尾瀬』

*9)ラムサール条約とSDGs
環境省『持続可能な開発目標(SDGs)の達成にむけた 湿地の保全、賢明な利用、再生のスケールアップ』p.7(2018年1月)

*10)湿地を守るために私たちができること・まとめ:湿地は知れば知るほど素晴らしい
環境省『湿地のツーリズム すばらしい体験』(2012年2月)
Amazon『日本の水生昆虫 (ネイチャーガイド)』
Amazon『湿地帯中毒: 身近な魚の自然史研究 (フィールドの生物学)』
大阪市『「楽しい水辺教室in柴島干潟(東淀川区)」を開催しました(令和3年10月16日)』(2023年10月)
環境省『湿地と気候変動』(2019年2月)
ラムサール条約『It’s time for wetland resutoration』