近年、脱炭素社会の実現が叫ばれる中、SAFの利用が世界的に進められつつあり、日本でも国産SAF開発の動きが見られます。
この記事では、SAFとは何か、SAFの原料と製造方法、SAFが注目される理由、SAFのメリット・デメリット、SAFの現状と取り組み事例、SDGsとの関わりなどについてまとめます。
目次
持続可能な燃料SAFとは
SAFとは「Sustainable Aviation Fuel」の略で、日本語では持続可能な航空燃料と訳されます。主にバイオマス※や廃食油、都市から出るゴミなどを原料として製造される航空燃料であり、従来の航空燃料よりも温室効果ガスを大幅に削減できると期待されています。*1)
現状では、SAFは化石燃料由来のジェット燃料と混合して使用されます。混合割合は10〜50%で、SAFの原料によって混合比率が異なります。
【化石燃料とバイオ燃料の違い】
従来の航空燃料との違い
従来の航空機のジェットエンジンに使う燃料をジェット燃料といいます。主成分はケロシンという石油製品で灯油とほぼ同じものであり、燃料として使用すると二酸化炭素を排出します。*3)
一方のSAFも使用されれば二酸化炭素を排出します。しかし、植物を原料とする燃料は植物が成長するときにCO2を吸収するため、燃やすときに排出したとしてもCO2の合計量はプラスマイナスゼロになると考えられます。この考え方をカーボンニュートラルといいます。
つまりSAFは、従来の航空燃料よりも温室効果ガスを大幅に削減できると期待されているのです。*1)
SAFの原料
CO2排出削減を期待されるSAFの原料について、もう少し詳しく見ていきましょう。
バイオマス由来原料
1つ目のSAF原料はバイオマス由来原料で、主に製材廃材やバイオエタノールが利用されています。
【木質バイオマスの処理過程】
製材廃材とは、原木を加工するときに発生する樹皮やおがくず、チップ、端材、小径木などのことです。製材廃材の一部は木質ペレットに加工され、燃料として利用されています。それ以外のものは直接燃やして発電施設の燃料として使用しています。
【バイオエタノールの生成過程】
バイオエタノールの主な原料はバガスです。バガスはサトウキビの汁をしぼった後の搾りかすのことで、世界全体で年間1億トン以上排出されています。この大量のバガスに含まれるセルロース系バイオマスから作られるエタノールがバイオエタノールです。
バイオエタノールはガソリンと混合して利用できるため、自動車の燃料としても使用可能です。現在、木材やサトウキビ以外の植物でもバイオエタノールが生成できないか、研究が続けられています。*6)
廃棄物・廃食油
2つ目のSAF原料は廃棄物・廃食油です。ここでいう「廃食油」は、てんぷらや揚げ物などの料理で使われた食用油を廃棄したもので、主に飲食店や家庭から排出されたものを回収し、原料として活用します。
また、廃棄プラスチックからSAF燃料を作る技術もありますが、プラスチック自体が化石燃料から作られているため、CO2の排出削減につながらないという欠点があります。
SAFの製造方法
原料が分かったところで、SAFがどのように作られるか整理します。
航空燃料の規格を定めるASTM Internationalは、SAFを原料基準に7つのカテゴリーに分類し、化石燃料との混合割合を定めています。
【SAFの原料による7つの区分】
この中でも代表的なものとして、FT-SPK・HEFA・ATJ-SPKについて解説します。
FT-SPK(FT合成油)
【ガス化・FT合成のイメージ】
FTーSPK(FT合成油)は、バイオマスを水蒸気や酸素とともに燃焼させて合成ガスをつくり、FT合成という方法で液体燃料に変化させます。基本的に、バイオマスであれば幅広く原料として用いることができるため、SAF燃料製造の有力な方法として注目されています。
【関連記事】合成燃料とは?作り方や活用事例、メリット・デメリット、課題も
Bio-SPK HEFA(水素化植物油)
Bio-SPK HEFA(水素化植物油)は、植物油(菜種油・パーム油・大豆油など)や動物油(ラードなど)を原料としてつくられるSAF燃料です。水素化処理とは、炭化水素に水素を加える処理のことです。
HEFAはバイオディーゼル※で用いられるHVOと基本的に同じですが、炭素数を調整してジェット燃料に適したものにしています。*11)
【関連記事】水素エネルギーとは?メリットやデメリット、実用化に向けた課題と将来性、SDGsとの関係
ATJ-SPK(アルコール合成パラフィン)
【ATJ-SPKの生産工程】
エタノールなどのアルコール類を原料とし、触媒を使ってSAF燃料を生産するのがATJ-SPK(アルコール合成パラフィン)です。大規模な生産量が見込まれるため、SAF燃料製造の有力技術として期待されています。*13)
なぜSAFが注目されているのか
SAFが次世代燃料として期待され、さまざまな技術で製造されていることがわかりました。では、なぜSAFが注目されているのでしょうか。ここからは、SAFが注目される理由である気候変動問題とカーボンニュートラルについてとりあげます。
気候変動問題
SAFが注目される理由の1つが気候変動問題です。2021年に公表されたIPCC※の第6次報告書では、地球温暖化の原因を人間活動による温室効果ガスの排出であると指摘しました。そして、各国にCO2をはじめとする温室効果ガスの排出削減を訴えました。*14)
IPCCは大規模な気候変動として以下の事柄をあげています。
- 洪水・干ばつの深刻化
- 降水パターンの変化
- 海面上昇
- 永久凍土や氷河・氷床の崩壊
- 海洋の酸性化
- ヒートアイランド現象の加速
これらを抑えるには、原因となっている温室効果ガス、特にCO2の排出量を抑えなければなりません。
航空機のCO2排出量は、人間活動全体で排出されるCO2のおよそ2〜3%を占めます。航空業界はパンデミック後も成長が予測されているため、航空機のCO2排出量を削減できるSAFに注目が集まっています。*27)
SAF燃料は航空機の排出するCO2を抑制できると期待されているのです。
カーボンニュートラルの実現
気候変動の問題解決に関連して、カーボンニュートラルの実現も世界的に進められており、これもSAFが注目される理由のひとつです。
【カーボンニュートラルの考え方】
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量を等しくすることを意味する言葉です。2050年までにCO2の排出量を削減し、植林や大気中のCO2を回収する吸収量と等しくすることを目指します。
先述したように、SAF燃料は主に植物由来を原料としているため、カーボンニュートラルと言え、航空機の排出するCO2削減に貢献できるのです。
SAFのメリット
SAFが気候変動問題の解決やカーボンニュートラルの実現の重要なカギとなることがわかりました。それでは、SAFを実用化するとどのようなメリットが得られるのでしょうか。
メリット①CO2排出量を削減できる
繰り返しになりますが、SAFを活用することでCO2排出量を大幅に削減できます。生成方法にもよりますが、植物由来の原料から作られたSAFは、従来のジェット燃料と比べると約80%もCO2排出量を削減できます。
そのため、CO2削減率50〜80%のSAFを混合率50%で使用した場合、通常のジェット燃料と比べ2〜3割のCO2削減が可能となります。*9)
さらに、従来の化石燃料由来のジェット燃料と混合して使用できるということは、現在使用されている航空機や給油施設を利用できるということにもなり、この点も魅力でしょう。*2)
メリット②廃棄物を原材料にできる
2つ目のメリットは廃棄物を原料にできることです。
【国内原料由来のSAFポテンシャル】
環境省は、
- 現在未利用の廃棄物からSAFを製造すると20万kL
- すべての廃棄物からSAFを製造すると424万kL
のSAFが生産可能だとしています。これは日本の国内給油量1,315万kLと比較すると、未利用分だけで1.5%、全廃棄物からの製造で32%の需要をまかなえる計算です。
SAFのデメリット・課題
とはいえ、SAFには、デメリットや課題もあります。1つずつ見ていきましょう。
デメリット・課題①安全性の確保
1つ目は安全性の確保です。航空機にはとりわけ高い安全性が求められます。2022年現在、SAFは実証実験中ということもあり、一部の技術が確立されていなかったり、運用が不安定だったりといった問題点を抱えています。そのため、解消の目処が立つまでは、安全性を確保するため化石燃料由来のジェット燃料と混合して使用されています。*18)
また、輸入SAFの中に不良燃料が混ざることもあるため、各空港にそれらを取り除くための設備が必要となります。*18)
デメリット・課題②ルールの整備
2つ目はルールの整備です。現在、日本国内ではSAFに関する明確なルールがありません。今後はSAFの製造や運用に関するルールを整備・統一し、安心して航空機を運航できるようにしなければなりません。*18)
また、
- 国産SAFの規格やそれを遵守させる体制
- 輸入SAFに求める規格や検査をどのようにするかといった基準作り
なども非常に重要です。*9)
デメリット・課題③供給量の少なさ
3つ目は供給量の少なさです。2021年段階でのSAF供給量は6.3万kLで世界全体のジェット燃料供給量の0.03%に過ぎません。
今後、世界のSAF需要は大幅に伸びると想定されています。その中で、2050年には世界のジェット燃料の90%をSAFでまかなう目標が立てられています。これを実現するには、年間4.1〜5.5億kLのSAFが必要とされるため、SAFの供給量を増やす必要があります。*19)
デメリット・課題④価格の高さ
4つ目は価格の高さです。2022年段階のSAFの製造コストは1Lあたり200〜1,600円です。化石燃料由来のジェット燃料が1Lあたり100円で製造できることと比べると、かなり割高です。
供給量が増加するとSAF価格の低下を期待できますが、当面は航空会社がコストとして負担しなければなりません。*20)
SAF燃料の世界と日本の現状
ここまでは、SAFのメリット・デメリットについて整理しました。安全性や供給不安、高コストであることなど乗り越えるべき課題は多いのですが、現状はどうなっているのでしょうか。世界と日本の現状をまとめます。
世界
2021年6月、SAFの導入促進を目指す「Clean Skies for Tomorrow Coalition」はSAFc(持続可能な航空燃料書)システムを開発しました。*28)
この仕組みは、航空機の利用者がSAF利用による航空コストの増加を負担することで、SAFによるCO2排出削減を自分たちが行ったものだと主張するためのものです。SAFcの活用により、高コスト対策が進むと期待されます。*21)
そして2021年9月、スイスのジュネーブで世界経済フォーラム※が開催されました。この場で「Clean Skies for Tomorrow Coalition」に参加する企業60社が、SAFの供給・使用割合を2030年までに10%に増加させるという約束を公表しました。*21)
6月に発表されたSAFcは9月の世界フォーラムの約束を実現するために大きな役割を果たせるかもしれません。
また、EUではSAFの混合義務の明確化が検討されています。具体的には燃料供給会社に対して、
- 航空会社に供給するSAFの最低割合の義務化
- SAFの最低使用量の義務化
などが想定されています。*9)
日本
日本でもSAFの利用が始まっています。JALは2019年にサンフランシスコ発の運航便で初めてSAFを使用し、2021年には国内定期便で国産SAFを使用してフライトを行いました。ANAは2018年のサンフランシスコ発の運航便でSAFを初利用し、2020年に輸入SAFを使用した日本初の定期便を運航しています。*9)
さらに、経済産業省は2020年に「航空分野におけるCO2削減取組に関する調査検討委員会燃料小委員会」をたちあげ、国産SAFの製造やSAFの認証体制、サプライチェーンの確立などについて検討しています。*9)
SAFに取り組む世界の企業事例
続いては、世界の企業がSAFにどのように取り組んでいるのかを見ていきましょう。ここでは、2つの企業事例を取り上げます。
【アメリカ】ユナイテッド航空
2022年6月15日、世界最大級の航空会社であるユナイテッド航空は、Dimensional Energy社から今後20年にわたり、CO2を原料とするSAFを3億ガロン購入すると発表しました。*22)
これ以前から、ユナイテッド航空はSAFの導入に積極的な姿勢を見せてきました。
- 2016年には世界に先駆けてSAFを利用した定期運航便を就航
- 2022年にはSAFの研究事業に多額の投資を行う
などSAFの導入を着実に進めています。
また、2021年12月には1基のエンジンで100%SAFを使用した旅客飛行も実現させています。こうした取り組みは他の航空会社にも大きな影響を与えるでしょう。*22)
【フィンランド】NESTE
フィンランドのNESTEは2010年頃からバイオディーゼル※燃料であるHVOの製造を開始した企業です。
バイオディーゼル燃料を作る技術はSAFと類似した部分があるため、NESTEはSAFの生産も手掛けています。そして、製造されたSAFはドイツのルフトハンザ航空やオランダのKLM航空などに供給しています。*9)
2022年2月16日には、日本の大手商社伊藤忠商事がNESTEとSAFの独占販売契約を結んだことを明らかにするなど、日本とのつながりも深い企業です。*23)
SAFに取り組む日本の企業事例
世界で着実に進むSAFの利用や製造ですが、日本企業はどのようなことをしているのでしょうか。
三菱パワー
三菱重工のグループ企業である三菱パワーは、木くずなどの木質系バイオマスを原料としたSAFの研究を行っています。
2021年6月17日、木質バイオマス由来のSAFが国内航空便(日本航空515便)に供給されました。このSAFは、国際規格である「ASTM D7566」に適合していると確認されたもので、日本企業も生産する能力があることを示しました。*24)
ユーグレナ
ユーグレナはミドリムシなどの微細藻類に関する研究・開発やバイオ燃料の生産を手掛けるベンチャー企業です。
2022年11月12日、岸田首相の外遊で使用された政府専用機2機にユーグレナ社製の国産SAF「サステオ」が使用されました。サステオは使用済みの食用油と微細藻類ユーグレナから抽出された油脂をつかったSAFで、環境負荷が低い燃料です。*25)
また、サステオはASTM D7566規格をクリアした燃料で、使用される微細藻類は光合成をするときにCO2を取り込むため、燃焼させても大気中のCO2の増加につながらないカーボンニュートラルな燃料です。*25)
SAFとSDGsの関係
SAFは環境負荷が低い燃料で、日本を含む世界各地で普及しつつあります。最後に、SAFとSDGsの関係について整理します。
特にSDGs13「気候変動に具体的な対策を」と関係
SAFはSDGs目標13の「気候変動に具体的な対策を」と深くかかわっています。先述したように、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した第6次評価報告書では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」としています。*26)
温暖化を止めるためには、CO2の排出量を減らさなければなりません。SAFは航空機が排出するCO2を大きく減らす具体的な対策といえます。日本のJAL・ANAはもとより、世界各国の航空会社がSAFを積極的に導入することで、CO2の排出削減を進めていくことが期待されています。
まとめ
今回はSAFについてまとめました。バイオマスや廃棄物から製造される航空機用の燃料「SAF」。SAFの製造方法は7通りありますが、FT-SPK・Bio-SPK HEFA・ATJ-SPKが有力な製造手段として採用されています。
SAFにはCO2を大幅に削減できることや廃棄物を原料にできるなどのメリットがある半面、安全性の確保やルールの整備、供給量の少なさ、価格の高さといった問題点を抱えています。
解決するべき課題は多いものの、世界各国はSAFの導入に舵をきりました。特に、環境規制が厳しいEUでは数値目標が検討されています。SAF導入は世界的な潮流であり、この流れがさらに加速すると予想されています。
現在抱えている課題を解決しつつ、積極的にSAFを利用することでCO2の排出量を減らし、地球温暖化を抑制することが求められています。
〈参考・引用文献〉
*1)日揮ホールディングス株式会社「持続可能な航空燃料(SAF)」
*2)ユーグレナ「脱炭素社会へ向けて活用が期待される「バイオ燃料」とは?」
*3)日本化学工業協会「ジェット燃料」
*4)コトバンク「ジェット燃料とは」
*5)資源エネルギー庁「バイオマス燃料製造」
*6)環境展望台「バイオエタノール 」
*7)環境省「SAFに関する環境省の取組」
*8)経済産業省「メタネーション技術を活用した バイオガス有効利用の取り組み」
*9)国土交通省 航空局「令和3年3月22日 航空局」
*10)三菱重工「バイオジェット燃料製造技術の開発」
*11)国際環境経済研究所「バイオ燃料の現状分析と将来展望」
*12)大崎バイオマス事業所 あぐりーんみやぎ「バイオディーゼル燃料(BDF)とは?」
*13)コスモ石油株式会社「Alcohol to Jet (ATJ) 技術を活用した国産SAF製造事業の共同検討を開始」
*14)国際連合広報センター「気候変動は拡大し、加速し、深刻化している」」
*15)全国地球温暖化防止活動推進センター「IPCCとは? | JCCCA 全国地球温暖化防止活動推進センター」
*16)環境省「カーボンニュートラルとは」
*17)環境省「持続可能な航空燃料(SAF)について」
*18)国土交通省 航空局「令和3年5月28日 航空局」
*19)環境省「持続可能な航空燃料(SAF)について」
*20)資源エネルギー庁「「持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に 向けた官民協議会」について」
*21)世界経済フォーラム「持続可能な航空燃料の割合を2030年までに10%に増加、「クリーン・スカイズ・フォー・トゥモロー」のリーダーたちが発表 」
*22)ユナイテッド航空「Transforming Yesterday’s Emissions into Tomorrow’s Sustainable Aviation Fuel: United Announces Agreement with CO2 Utilization Company Dimensional Energy」
*23)日本経済新聞「伊藤忠、SAFを輸入 フィンランド社から」
*24)三菱重工「木質系バイオマスから製造した持続可能な代替航空燃料を定期便に供給 三菱パワーは噴流床ガス化技術で航空分野の脱炭素化に貢献
*25)ユーグレナ「ユーグレナ社のバイオ燃料「サステオ」」
*26)気象庁「IPCC AR6 WG1 SPM 暫定訳」
*27)世界経済フォーラム「Fuelling sustainable aviation for the long haul」
*28)世界経済フォーラム「明日のきれいな空 持続可能な航空燃料証明書 (SAFc) フレームワーク」