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処理水の海洋放出は危険?汚染水との違いや影響についても

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福島第一原発には、他にはない異様な光景が見られます。それは、1,000基以上に及ぶ貯水タンク群です。これらのタンクには、原発内で発生した汚染水や福島第一原発内で処理されたALPS処理水が貯蔵されています。

政府は、福島第一原発の廃炉を進める際の物資置き場を確保するため、タンクエリアを縮小する必要があるとして、タンク内のALPS処理水の海洋放出に踏み切りました。

海洋放出には国内の漁業者や中国・韓国などの強い反発がありましたが、なぜ、政府はそれでも海洋放出を実行したのでしょうか。

本記事では、処理水と汚染水の違い、ALPSの仕組みとトリチウムが除去できない理由、処理水の行方やこれまでの議論などについて紹介します。

処理水とは

まずは基本となる処理水について理解を深めていきましょう。

昨今、ニュースや新聞などでよく取り上げられる処理水とは、福島第一原発から排出される高濃度の汚染水を浄化処理した後の水のことです*1)。2022年12月22日の段階で、福島第一原発の敷地内には1,066基のタンクがあり、約132万トンの処理水が保存されていました。*2)

保存されている処理水は、

  • セシウム※を取り除いたストロンチウム※処理水
  • ALPS(多核種除去設備)で処理したALPS処理水

の2種類があり、その99%がALPS処理水となっています。(ALPS処理水については後ほど詳しく説明します。)

セシウム(セシウム137)

ウラン燃料が核分裂した際にできる放射性物質で、人体に取り込まれると筋肉に集まる傾向がみられる。*3)

ストロンチウム(ストロンチウム90)

セシウム137と同じくウラン燃料が核分裂した際に生じる放射性物質で、カルシウムと似た化学的性質を持つことから、体内では骨に集まる傾向がみられる。*4)。

処理水と汚染水との違い

処理水関連のニュースでは、処理水と汚染水の2種類の言葉が使われますが、どう違うのでしょうか。それについて知るには、汚染水が発生するメカニズムを知る必要があります。

【汚染水発生のメカニズム】

出典:経済産業省*5)

東日本大震災が起きたとき、稼働中だった福島第一原発の原子炉(1号機・3号機)は運転停止後の炉心の冷却に失敗し、水素爆発を引き起こしてしまいました*6)。

事故後は、壊れた原子炉の内部に残る燃料デブリ(融けて固まった燃料のこと)に水をかけて、反応が進まない状態を維持してきました。*7)その際、燃料デブリに触れた水は高い濃度の放射性物質を含む汚染水となります。

それ以外にも、雨や大量の地下水が福島第一原発内に入ることで、高濃度の汚染水と混じってしまい、大量の汚染水となっています。*8)

一方、日々発生する汚染水を処理したものが「処理水」です。

【汚染水処理の流れ】

処理の流れとしては、最初の段階でセシウムとストロンチウムを重点的に除去します。その後、他の放射性物質を除去できるALPS(多核種除去設備)で、トリチウム以外の放射性物質を取り除きます。*9)

つまり、放射性物質が大量に含まれたままの水が「汚染水」であり、セシウムやストロンチウムなどの大部分の放射性物質を取り除いた水が「処理水」です。

ALPS(アルプス)とは

汚染水から放射性物質を取り除いた水が処理水であることがわかりました。この放射性物質除去の中で重要な役割を果たしているのがALPS(多核種除去設備)です。ここでは、ALPSの仕組みや、アルプスでも取り除けないトリチウムについて解説します。

仕組み

ALPSは大きく分けて2つの工程で放射性物質を取り除いています。

【ALPSの仕組み】

出典:東京電力*10)

前処理設備では、処理水に薬液を投入して放射性物質を沈殿させ、吸着塔では、処理水を吸着材で満たされたタンク(吸着塔)に順次通して、放射性物質を取り除きます。

前処理はさらに2つの工程に分けられます。最初に投入する薬液は鉄を沈殿させるもので、コバルトやマンガンなどの吸着等で取り除きにくい物質を一定量除去します。次に投入する薬液は炭酸塩を沈殿させるもので、吸着の邪魔をするカルシウムやマグネシウムなどを取り除きます。*11)

種類の違う吸着材が入った複数の吸着塔を通すことで、放射性物質が徐々に取り除かれます。この時に除去できる放射性物質は合計62種類に及びます。こうして、ALPSは国の規制基準以下になるまで、汚染水の除去を行い、ALPS処理水となるのです。

トリチウムは除去できない

しかし、アルプス処理水でも除去できない放射性物質がトリチウム(三重水素)です。

【トリチウムの構造】

トリチウム水は、普通の水の水素原子の一つがトリチウムに置き換わったものです。トリチウムは、水素の仲間(三重水素)であるため、通常の水素と置き換わっても化学的性質がほとんど変わりません。

つまり、通常の水(H2O)もトリチウム水(HTO)もどちらも水であるため、混ざってしまうとろ過や吸着材では分離できないのです。

【ALPS処理水と世界の原子力施設におけるトリチウム(液体)の年間処分量】

出典:環境省*12)

そのため日本だけに限らず、世界各地の原子力発電で発生したトリチウム水は、それぞれの基準を満たしたうえで、河川・海洋・大気に放出されています。

【関連記事】トリチウムとは?人体への影響は?危険なの?わかりやすく解説!

処理水の行方

では、ALPSで処理された処理水(ALPS処理水)は、どのようにして海洋放出されるのでしょうか。ここからは、海洋放出の手順についてみてみましょう。

ALPS処理水は海洋放出される

【ALPS処理水の希釈】

出典:経済産業省*13)

ALPS処理水を海洋放出するには、人体や環境に影響が出ないレベルまでトリチウムの濃度を薄めなければなりません。

トリチウムに関する国の安全基準は1リットル当たり60,000ベクレルで、WHOの飲料水基準は10,000ベクレルです。それらの基準を満たすため、放出前にALPS処理水を海水で100倍以上に薄め、1リットル当たりのトリチウム濃度を1,500ベクレル未満にするようにしています。*13)

つまり、ALPS処理水の濃度は国の基準の40分の1、WHOの基準の7分の1まで薄められてから海洋放出されるのです。

そのためALPS処理水は、国際原子力機関(IAEA)から、国際安全基準に合致しているとする包括報告書が発表されています。

処理水の海洋放出に関する議論

科学的には問題ないとされるALPS処理水の海洋放出ですが、そこに至るまでにはさまざまな議論がありました。ここでは、ALPS処理水の海洋放出が決まるまでの経緯や、政府と地元漁協の約束、海洋放出に関する国民の認識について整理します。

ALPS処理水の海洋放出に関する経緯

【ALPS処理水の海洋放出を巡る経緯】

2011年3月東日本大震災により福島第一原発で事故が発生
2013年3月ALPSが試験運転を開始
2015年8月政府が福島県漁業協同組合連合会に「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と約束
2020年2月経産省の小委員会がALPS処理水の処分方法として海洋放出と水蒸気放出が現実的とする報告書を公表
2021年4月菅政権が海洋放出を決定
2021年8月東京電力が沖合1キロほどの場所にALPS処理水を海洋放出すると発表
2022年8月東京電力が関連施設の工事を開始
2023年7月IAEAが包括報告書で安全基準に整合的と発表
2023年8月岸田政権がALPS処理水の海洋放出開始

政府がALPS処理水の海洋放出に踏み切った背景としては、廃炉作業を進めるためにも1,000基を超えているALPS処理水のタンクを減らし、新たな施設を建てる必要があるとしたためです。

政府と漁協の”約束”

ALPS処理水の海洋放出に先立つ2015年、政府と東京電力は福島県漁業協同組合連合会(以下、福島県漁連)と文書で「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と約束していました。

しかし、2023年8月の政府による海洋放出の決定は、約束を交わした福島県漁連の同意を得てのものではありませんでした。2023年8月24日に出された福島県漁連会長声明では、「これまで一貫して申し上げてきたとおり、漁業者・国民の理解を得られない海洋放出に反対であることはいささかも変わるものではない」としています。*13)

これに対し岸田首相は、「責任を持って安全性確保、風評対策、生業継続支援に政府を挙げて努力を続けていかなければならない」として、海洋放出と風評被害対策を両立させることを表明しています。*14)

そして政府は、IAEAの報告書で「安全基準に適合的」と記載されたことを根拠の一つとして、海洋放出を決定・実行しました。しかし、地元の理解を完全に得ての放出であったか否かについては、疑問の余地が残ります。

海洋放出に関する正確な理解の不足

2023年8月以降、ALPS処理水の海洋放出が段階的に実施されました。これに関する国民の理解や認識はどのくらい深まっているのでしょうか。原子力文化振興財団が実施しているアンケートから、理解や認識の度合いを見てみましょう。

【「処理水の海洋放出」に関する情報保有量調査結果】

出典:日本原子力学会*15)

「汚染水」という言葉を聞いたことがある人は52.2%、海洋放出の決定について来たことがある人が43.8%であったのに対し、それらの言葉を説明できる人は10%に満たない割合でした。*15)

汚染水の浄化処理やトリチウムが除去困難であること、処理水という言葉を聞いたことがある人の割合は20%強程度にとどまっています。また、トリチウムの被ばくに関する認知度は10%前後とかなり低いことがわかります。*15)

日本原子力学会の報告書では、上位4項目である「汚染水とは」、「海洋放出方針の決定」、「日々の汚染水発生」、「処理水の保管」をつなげると、「福島第一原発で放射性物質を大量に含んだ汚染水が日々発生し、それらを敷地内のタンクで保管して、処理せずにそのまま海洋放出する決定がなされた」と誤解される恐れがあると指摘しています。*15)

処理水の海洋放出による影響

海洋放出に関しては、放出に反対する中国や韓国の批判が報道され、中国による日本産海産物の輸入禁止措置が話題となりました。それ以外に、どのような影響が発生したのでしょうか。

風評被害への懸念

福島第一原発での事故の発生後、福島県は風評被害に苦しんできました。

【福島県水産業の現状】

出典:経済産業省*16)

福島県産の農産物や水産物は、放射性物質の検査を行い、その結果を公表しています。また、検査の結果、基準値以上の放射性物質が検出された場合、出荷制限がかかる仕組みとなっています。こうした仕組みを取り入れているにもかかわらず、消費者の「福島県産の食品には放射性物質が含まれているのではないか」という懸念を払しょくするのは困難でした。

そのような中でも福島県の農家や漁業関係者は努力を続け、近年では消費者の意識が徐々に変化しつつありました。

【放射性物質を理由に購入をためらう食品の産地】

出典:消費者庁*17)

しかし、ALPS処理水の海洋放出が国内外で報道されたことにより、風評被害が再燃するのではないかと心配する声があります。

政府はALPS処理水の海洋放出に関連し、需要対策として300億円、長期的な漁業者支援として500億円の基金を設けていますが、これらに加えて、中国による日本産水産物の禁輸措置を踏まえた207億円の緊急支援事業の予算も確保しました。*18)

ただ、これらの施策が確実に功を奏するかは不透明な情勢です。今後も、水産資源のモニタリング調査などを実施し、海洋放出の影響を調査し続けることが重要ではないでしょうか。

処理水の海洋放出に関してよくある疑問

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ここからは、海洋放出に関する疑問にQ&A形式で答えていきます。

海洋放出はいつからいつまで行われる予定?

1回目の海洋放出が始まったのは2023年8月24日から9月11日でした。その後、10月5日〜10月23日までの18日間、11月2日〜20日までの18日間にも海洋放出が実行されています。*19)

経済産業省は、海洋放出の期間を福島第一原発の廃止措置が終わるまでとしており、具体的には2041年から2051年までの間に完了すると見込んでいます*20)

世界でも処理水を海洋放出している?

先述したように、原発処理水やトリチウムの海洋放出は、日本以外の国々も行っています。

【世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量】

出典:エネ百科*21)

日本で海洋放出されている処理水は、トリチウムに関してみれば、中国の紅沿河原発や韓国の古里原発の4分の1以下、カナダのダーリントン原発の10分の1程度と、突出して多いわけではありません

ただ、他の原発との違いは、放出しているALPS処理水が、高濃度の汚染水を処理した水であるという点です。この点については、今後も継続してモニタリングを実施し、データ解析を続ける必要があるでしょう。

海洋放出以外の方法はないの?

経済産業省のALPS小委員会では、5つの方法が検討されました。

  • 地層注入
  • 海洋放出
  • 水蒸気放出
  • 水素放出
  • 地下埋設

これらのうち、前例や実績がある海洋放出と水蒸気放出の2つの方法が現実的とされました。ただ、水蒸気放出は拡散時の事前予測が難しいことや、拡散後のモニタリングが海洋放出より難しいといった点があったため、海洋放出が最も現実的と判断され、実施されました。

処理水の海洋放出とSDGsの関係

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ALPS処理水の海洋放出は、海の環境と密接にかかわる問題です。特に関連が深い目標14「海の豊かさを守ろう」との関わりについてみてみましょう。

目標14「海の豊かさを守ろう」との関わり

SDGs目標14は、海洋ゴミによる汚染や化学物質の流出、海の酸性化、水産資源の減少など海の問題と関わりがあるSDGs目標です。トリチウムも化学物質であると考えれば、処理水は目標14の対象と考えるべきでしょう。

現状、トリチウムを完全に除去する方法がありません。そのため、濃度を薄めて海洋に放出するのが現実的との判断で、ALPS処理水の海洋放出が行われています。

しかし、トリチウムの長期的な影響について調査したデータが不足しているため、海洋放出による長期的な影響を正確にとらえきれていない部分もあります。海の豊かさを継続的に守るには、周辺海域のデータを集めつつ、海洋放出の影響をモニタリングし続ける必要があるのです。

まとめ

ALPS処理水の海洋放出では、トリチウムを含むALPS処理水を国の安全基準の40分の1に薄めて海に放出しています。政府はIAEAの報告書などを根拠とし、海洋放出の危険性は少ないとして放出に踏み切りました。

しかし、放出決定の過程には検討すべき点も多々あります。漁協との約束を守り、日本の水産業を守るためには、政府や東京電力の継続的な努力が必要です。

また、トリチウムを含む処理水を海洋放出にすることは日本以外の国も行っていますが、外国がやっているからという安易な理由で海洋放出をし続けることはリスクがあります。放出を続けるにせよ、中止するにせよ、科学的なデータに基づいて判断しなければなりません。

参考
*1)NHK「1からわかる!原発処理水(1)汚染水との違いは?なぜ海に放出?
*2)日本原子力文化財団「廃炉への取り組み 〜汚染水対策、処理水の取り扱い〜 | 福島第一原子力発電所の廃止措置に向けた取り組み
*3)エネ百科「セシウム137とは | エネ百科|きみと未来と。
*4)日本分析センター「魚:ストロンチウム90とは – 公益財団法人 日本分析センター・Japan Chemical Analysis Center
*5)経済産業省「汚染水対策 (METI/経済産業省)
*6)東京電力「福島第一原子力発電所1~3号機の事故の経過の概要
*7)東京電力「「冷やす」について|福島第一原子力発電所事故の経過と教訓
*8)資源エネルギー庁「現場で進む、汚染水との戦い~漏らさない・近づけない・取り除く
*9)資源エネルギー庁「「復興と廃炉」に向けて進む、処理水の安全・安心な処分 ALPS処理水の海洋放出と風評影響への対応
*10)東京電力「多核種除去設備 (ALPS)
*11)東京電力「多核種除去設備(ALPS)の浄化のしくみ
*12)環境省「環境省_トリチウムの年間処分量 ~海外との比較~
*13)福島県漁協同組合連合会「ALPS処理水海洋放出開始に対するJF福島漁連会長声明
*14)首相官邸「ALPS処理水の海洋放出についての会見
*15)日本原子力学会「ALPS処理水海洋放出に関連した世論の状況 -原子力文化振興財団アンケート調査結果-
*16)経済産業省「福島県水産業の現状について
*17)消費者庁「風評に関する消費者意識の実態調査(第 16 回)
*18)経済産業省「ALPS処理水関連の輸入規制強化を踏まえた水産業の 特定国・地域依存を分散するための緊急支援
*19)福島県「ALPS処理水の海洋放出に関する情報
*20)経済産業省「ALPS処理水に関するQ&A集
*21)エネ百科「【4-3-01】世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量