SDGsや生物多様性への理解も広がってきて、「ワシントン条約」とは希少な動物を守るための国際条約だということも広く知られています。その中で、社会人はもう少し踏み込んで内容をしっかりと知っておかなければなりません。
実はよく知っておかないと、あなたもワシントン条約違反でトラブルに巻き込まれる可能性があるのです!この記事ではワシントン条約の目的や内容、生物多様性やSDGsとの関係、課題をわかりやすく解説します!
目次
ワシントン条約とは
【ギフチョウ(絶滅危惧Ⅱ類)】
ワシントン条約とは、野生の動植物が過度に国際取引(輸出入など)に利用され、生物相のバランスを崩したり、個体数の減少・絶滅を防ぎ、かけがえのない自然を守るための国際条約です。
正式名称は、
”Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora”=「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」です。英語名のイニシャルをとって「CITES」とも呼ばれています。
アメリカ政府とIUCN※が中心となって条約の作成に取り組み、1973年にアメリカのワシントンD.C.で採択されました。
【ワシントン条約のパンフレット表紙】
ワシントン条約における日本の立ち位置
日本では野生の動植物の保護にあたっては、科学的根拠に基づいた「持続可能な利用」のための措置が重要と考えています。ただ捕獲・採集しないという保護をするのではなく、科学的なデータに基づいて持続可能な利用が可能であれば利用していくという方針です。
人間社会が自然との関わりを断ったり距離を取ったりすることで自然を守っても人間社会の繁栄は続かず、「自然との共生」こそが目指すべきあり方だと日本政府は考えています。
例えば、過度な保護で一定の種が増えすぎてしまっても、その環境の生物相のバランスを崩してしまいます。
野生動物の保護にあたっては、現在でも科学的根拠に関係なく「高度な知能を持つ動物だから」「可愛いから」などの感情論で捕獲に反対する勢力が強い分野もあります。しかし日本は、最新の研究結果やデータなど科学的根拠と、過去に人間の利益のために自然から過度な搾取をしたり環境を破壊してしまったりという反省のもと、今後は人間社会が再び自然と共生していけるよう変革に取り組んでいます。
ワシントン条約と税関
ワシントン条約では、生きている動植物だけでなく、
- 毛皮
- 革製品
- 漢方薬
なども規制の対象です。これらの規制対象となる生き物・製品を他国に持ち出したり持ち込もうとしたりすると、条件を満たしていない場合は税関で差し止められ、罰則を課せられます。
【ワシントン条約違反による税関での差し止め件数の推移】
日本の税関では近年、製品では香水などに使われる麝香※、トラの骨を使った漢方薬、爬虫類の革製品などが、生き物ではランやサボテン、カメなどが多く差し止められています。生き物や生き物由来の製品への規制は今後も強まる傾向にあります。
ワシントン条約による規制強化への認識が広まったことや、世界的に生物多様性の大切さを含めた環境への意識の高まりにより、税関で規制対象のものが差し押さえられる件数は年々減少傾向にあります。
【ワシントン条約規制対象の例】
ワシントン条約の目的と内容
【センザンコウ(附属書Ⅰに掲載)】
ワシントン条約について理解を深めるために、ワシントン条約の目的と内容をもう少し詳しく見ていきましょう。
ワシントン条約の目的
ワシントン条約の一番の目的は、絶滅の危機にある野生の動植物が、国際取引のために行き過ぎた捕獲・採集されることを防ぐことです。地球の生き物は自然からの恩恵なくしては生きていけませんし、他方で生き物の全てがそれぞれに生命の循環を支える存在でもあります。(人間も例外ではありません)
絶滅の危機にある動植物を守るのは、この循環のバランスを崩さないためです。生物多様性の大切さについては、後に解説します。
ここでは、ワシントン条約の内容に焦点を当てて見ていきます。
ワシントン条約の仕組み
ワシントン条約は、国際貿易にあたって対象となる種に特定の規制・管理を設けています。規制対象となっている種の輸入・輸出・再輸出・導入などにあたっては、条約の規制に照らし合わせ、対応する機関の許可証を得る必要があります。
ワシントン条約の締結国は、自国において
- 輸出入の規制・管理を担当する管理当局
- 国際取引がその種に与える影響について科学的な根拠から説明・助言する科学当局
を設置します。規制・管理の対象となる種はⅠ〜Ⅲの「附属書(のちほど説明するので、一旦ここではそういうものという認識で読み進めてください。)」にリストアップされています。また、これら規制対象となる種の輸出入では、それに関する情報が記録・保持されます。
日本では、ワシントン条約に基づき許可証などを発行する管理当局は経済産業省です。この管理当局に助言を行う科学当局には環境省と農林水産省が指定されています。
附属書に記載された種の保留とは
ワシントン条約の附属書に記載された種を「保留」すると、その種については締約国として扱われません。つまり、例えワシントン条約の附属書に記載されている種でも、国が保留を決めれば、ワシントン条約の非締約国または同じくその種を保留している締約国との間で取引することができます。
日本にもワシントン条約の附属書に記載されている種の中に保留している種があります。
【日本が保留しているワシントン条約附属書掲載種】
附属書Ⅰ | 附属書Ⅱ |
---|---|
ナガスクジラ イワシクジラ(北太平洋の個体群並びに東経0度から 東経70度及び赤道から南極大陸に囲まれる範囲の個体群を除く) マッコウクジラ ミンククジラ ミナミミンククジラ ニタリクジラ ツノシマクジラ ツチクジラ カワゴンドウ オーストラリアカワゴンドウ (クジラ10種) | ジンベイザメ ウバザメタツノオトシゴ属全種 ホホジロザメ ヨゴレ アカシュモクザメ シロシュモクザメ ヒラシュモクザメ ニシネズミザメ クロトガリザメ オナガザメ類 アオザメ イシナマコ |
だいたいワシントン条約の仕組みはわかりましたか?次の章ではワシントン条約の規制対象の種がリストアップされている「附属書」について理解を深めましょう!*2)
ワシントン条約の附属書
【水族館のアジアアロワナ(スーパーレッド)】
ワシントン条約には規制の対象となる動植物のリストとして、規制が厳しい順に
- 附属書Ⅰ(絶滅のおそれのある種で、商業目的の国際取引禁止)
- 附属書Ⅱ(商業目的の国際取引はできるが輸出国政府の許可が必要)
- 附属書Ⅲ(動植物保護のために他の締約国の協力を必要とする種)※
があります。リストアップする種の判断はワシントン条約の締約国会議で検討され、その種の状況に応じて修正などが行われます。
※附属書Ⅲのリストに掲載されている種については、附属書Ⅱ同様に輸出国政府の許可、もしくは原産地証明書があれば商業目的でも国際取引ができます。
【ワシントン条約の附属書】
附属書Ⅰ
ワシントン条約の附属書Ⅰには、絶滅の危機に瀕している種で、特に徹底した保護が必要な種がリストアップされています。附属書Ⅰにリストアップされている種は、商業目的の国際取引が禁止されています。
研究などの目的の場合、許可が取得できれば原産国からの持ち出し・他国への持ち込みが可能ですが、附属書Ⅰにリストアップされている種にあたっては研究目的であっても簡単には許可が取れないこともあります。特に近年はこのような種の原産国からの持ち出しは難しくなる傾向にあります。
附属書Ⅱ
附属書Ⅱにリストアップされている種は、附属書Ⅰに掲載されている種ほど危機的な状況にはないものの、無秩序な取引が継続された場合にその生存・個体数の維持などが脅かされる可能性のある種です。商業目的の国際取引は可能ですが、輸出国の許可が必要です。
附属書Ⅲ
附属書Ⅲにリストアップされている種は、少なくとも1つの国で保護の対象となっている種です。ワシントン条約では、このような種の保護のために、締約国間での取引管理にあたって、各締約国に協力を求めています。
この附属書Ⅲにリストアップされた種への協力とは、仮に無許可で保護対象に指定された種が持ち出された場合でも、持ち込まれようとする国が水際で差し止めることによって不法な流通を防ぐなどの活動を例に挙げることができます。持ち込まれようとしている国でその種が保護の対象となっていなくても、税関などの管理で輸出国側で保護の対象となっている種の持ち込みをさせないことにより、その種の流通ルートの確立を防ぐ効果が期待できます。
税関で差し止められてしまえば、その種を輸出する側も輸入する側も利益を得ることができません。利益を出すことが難しくなれば、その種の取引は敬遠されるようになります。
【ワシントン条約の附属書の概要】
ワシントン条約の附属書の内容は締約国会議の度に修正されます。ワシントン条約の締約国会議があると必ずといっていいほどニュースにも取り上げられますので、常に新しい情報をチェックしておきましょう!
次の章では、ワシントン条約がなぜ必要なのか、その背景を生物多様性の状況などから考えてみましょう。*3)
ワシントン条約が必要とされる背景
近年日本ではSDGsを知る人も増え、環境への意識の高まりとともに生物多様性の大切さへの理解も急速に浸透してきました。そのはるか以前から絶滅のおそれのある野生動植物を守るための活動は行われてきましたが、密猟・密輸などはなかなか減らず希少な野生の動植物の数はどんどん減り続けていました。
その背景には、
- 現地の貧困
- 目先の利益を優先した動植物の捕獲・採集
- 希少な動植物を求めるコレクターの需要
- 漢方薬としての需要
などさまざまな原因がありました。ワシントン条約が必要とされる背景には、このような状況が深刻化し、世界で希少動物が激減したり、野生動植物の絶滅スピードがかつてないほどに加速しているという研究結果があります。
社会としても公害問題や地球温暖化が叫ばれる一方で、大量生産・大量消費・大量廃棄の風潮が続いていました。当時は政治や経済に環境や生物の科学的知識が届きにくかったという事実もあり、日本だけでなく世界中が、現在より「個人の利益」「すぐに手に入る利益」を求めることが主流だったのです。
実際に現在も多くの動植物が絶滅の危機に直面しています。
【生物の絶滅スピード】
上の図の「過去」は、産業革命以前までと考えて良いでしょう。それまで、化石記録からの計算では100年間で1万種あたり0.1〜1種が絶滅していました。
現在の絶滅のスピードは、過去100年間で1万種あたり100種で、ここには記録のないまま絶滅した種が含まれていません。記録がないまま絶滅した種を含めると、「現在の絶滅スピード」は「過去の絶滅スピード」に比べて1,000倍以上と言われています。
生物多様性はなぜ大切?
「生物多様性を守ろう」という考えは今や常識となっています。それではなぜ生物多様性は大切なのでしょうか?
【地球の40億年を1年として考えたイラスト】
上のイラストは地球誕生から現在までを1年として描かれています。地球上の生物は長い歴史の中でさまざまに進化し、地球の歴史を1年と考えると人間は大晦日にやっと出現したことになります。
人間の出現に至るまでには、このように長い長い生き物の進化の歴史があります。現在の地球の生物多様性や生命の循環は、この長い進化の歴史の末に出来上がった壮大なものです。
地球の多種多様な生き物の全ては、直接または間接的につながり合って生きています。地球全体で見ると、全ての生き物が影響し合い、支え合っているのです。
つまり生物多様性の大切さは、地球の長い歴史の中で育まれた生き物の多彩さと繊細なバランスの大切さと言い替えることもできます。ある生き物が急激に減ってしまうと、その生き物に影響を強く受けていた生き物にも影響を与え、それが連鎖して生態系全体に影響を与えてしまう可能性があります。
それが例え、あなたの肉眼では見えないほどの小さな生き物であっても、その環境全体に負の連鎖が起きる可能性があるのです。特に都会に暮らしていると自然とのつながりを感じる機会が少なくなりがちですが、どのような環境にあっても生き物は地球の壮大な生命の循環の中にあり、影響し合って生きています。
ワシントン条約は絶滅の危険がある種を、商業目的の国際取引のために持続可能性を無視した捕獲・採集され、生態系がバランスを崩すことから守るために国際的な規制を設けているのです。次の章では、ワシントン条約に違反した場合どうなるのかを確認します。*4)
ワシントン条約に違反した場合
もう一度、ワシントン条約の内容を復習しましょう。ワシントン条約附属書に記載されている種は、
- ペットや観賞用の動植物
- 剥製
- 革製品・毛皮
- 工芸品・細工品
- 漢方薬
など、いかなる状態であっても規制の対象となります。これらの種の輸出入には、
- 輸出国の政府機関が発行する輸出許可証
- 経済産業省が発行する輸入承認証
などが必要です。輸入申告の際にこれらの許可証を税関に提出して、確認を受ける必要があります。
さらに注意しなければいけないのは、ワシントン条約の規制対象となっている種は、手続きのできる税関官署が限定されている点です。許可証がある場合でも、手続きのできる税関の案内などのために、事前に税関へ問い合わせておくとトラブルを防ぐことができます。
これらをふまえて、ワシントン条約に違反した場合、どうなるのか確認しましょう。
ワシントン条約に違反したらどうなるの?
ワシントン条約に違反すると、知らずに持ち込んでしまった場合などでも罪になります。また、自分が持ち込んでいなくても、ワシントン条約に違反した種の生体・加工品は販売・陳列・広告なども原則法律違反となります。
【ケニアで没収された象牙】
ワシントン条約違反の措置は各国に任されている
ワシントン条約の締結国は、条約に違反した場合の
- 動植物の取引・所持またはこれら双方について処罰
- 動植物またはそれに由来する製品の没収・輸出国への返送に関する規定
を設けて適当な措置を取ることが決められています。この措置について、日本で輸出入の規制については
- 外国為替及び外国貿易法(外為法)
国内の取引については
- 種の保存法
- 鳥獣保護法
- 動物愛護管理法
- 外来生物法
で罰則に関する取り決めが明記されています。つまり、ワシントン条約の中では違反した場合の罰則までは決められておらず、各締約国がそれぞれ取り決めることになっているということです。
【ワシントン条約違反に関する法律】
ワシントン条約に違反した場合の罰則【輸出入】
日本からの輸出、日本への輸入に際してのワシントン条約に違反した場合は「外国為替及び外国貿易法(外為法:がいためほう)」が適用されます。この法律はワシントン条約だけでなく、外国為替・外国貿易などの取引を総合的に対象としています。
例え対象の動植物の原産地がワシントン条約の締結国ではない場合でも、日本は締結国ですので、日本の税関を通過する時点でその動植物がワシントン条約の規制対象であれば差し止められることになります。
ワシントン条約に違反した輸出入は、個人の場合は懲役1年以下または100万円以下の罰金、法人の場合は2,000万円以下の罰金となっています。また、税関で申請・監査を受けずに輸出入(つまり密輸入)が発覚すると、個人の場合は懲役5年以下または500万円以下の罰金、法人の場合は1億円以下の罰金が課せられます。
【違法な取引・捕獲に対する罰則】
ワシントン条約に違反した場合の罰則【国内の取引】
日本国内のワシントン条約の違反は下の表からもわかるように、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が課せられます。「種の保存法」以外の3つの法律ではワシントン条約の附属書に記載されている種以外でも対象となる場合があります。
【ワシントン条約に違反した場合の罰則】
特に右端の「外来生物法」では、特定外来種に関して違反した場合、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が課せられます。特定外来種とは日本の自然環境・人命・健康・農林水産業に深刻な影響を及ぼす可能性のあるとして指定された動植物です。
ワシントン条約の規制対象の動植物以外が指定されている場合が多いのですが、日本の環境や安全な暮らし、産業を守るためにはこのような動植物の不法な持ち込みを防止することも非常に大切です。
知らずに違反した場合も許されないことになっているので、特に海外旅行をする場合はワシントン条約について理解しておきましょう!うっかりワシントン条約に違反したものをお土産で買ってしまったら、税関でトラブルに巻き込まれてしまうかもしれません。
それでは、ワシントン条約の規制対象かどうかは、どう調べたらいいのでしょうか?次の章ではワシントン条約規制対象種の調べ方を解説します。*5)
ワシントン条約の規制対象種の調べ方
ワシントン条約の規制対象かどうかを調べるには、まずその動植物の学術名(ラテン語の国際的に共通の名称)を調べます。対象の学術名がわかったら、まずはCITESの検索エンジンで調べる方法があります。
このページを開くと英語表記で始まりますが、英語が苦手な人は翻訳機能で日本語表記にすることができます。検索するときは対象の学術名をアルファベットで入力しましょう。
- CITES種のチェックリスト→『CITES種のチェックリスト』
【CITES種のチェックリスト】
【カカポを検索した例】
また、経済産業省はワシントン条約規制対象種の一覧を動物・植物に分けて作成しています。
- 経済産業省作成のワシントン条約規制対象種一覧→動物(サンゴ類含む)、植物
【経済産業省のワシントン条約規制対象種一覧の例】
【ワシントン条約】海外旅行での注意点
海外旅行に行ったらお土産を買う前に、それが日本に持ち帰ることができるかを調べておきましょう。ワシントン条約についてあらかじめ知っていれば、「もしかしたらワシントン条約の規制対象かもしれない」と買うことを控えたり買う前に調べたりできて、税関でのトラブルを避けることができます。
【経済産業省の海外からのお土産ガイド表紙】
ワシントン条約の規制対象種は許可証がないと、
- 現地の民芸品
- 免税店で購入したもの
- 漢方薬
などであっても、日本国内に持ち込むことができません。一方で、個人的なお土産の場合に適用される特例もあります。
この特例では、ワシントン条約附属書Ⅱに記載された動植物で、
- 食料品である附属書Ⅱのチョウザメのキャビア125gまで
- サボテンを使用したレインスティック(楽器)3個まで
- 附属書Ⅱのワニを素養した製品4個まで
- ピンクガイ※の殻3個まで
- シャコガイ3個まで、合計重量3kg以内
- 上記以外の動植物を使用した製品4個まで
の範囲内で、以下の条件を満たしたものは、税関での申告は必要ですが、日本での輸入手続きは不要になります。
- 対象の学術名が、生産者や販売業者の提供する書類などから確認できる
- 生きたものではない
- 商業目的ではない
税関で差し止められてしまうと時間もかかってしまいますし、旅の思い出に残念な経験を残してしまいます。海外旅行でのお土産購入の際には「確認してから購入」を徹底しましょう!
【ピンクガイ】
次の章ではワシントン条約の課題や問題点を考えます。*6)
ワシントン条約の課題や問題点
2021年11月に経済産業省が発表した貿易管理部の違反事例の調べでは、輸入・輸出ともに違反貨物のうちの半分以上の割合がワシントン条約に違反したものです。税関で差し止められるワシントン条約違反の件数は減少傾向にありますが、まだまだ密輸入が絶えない現実がわかります。
【輸入・輸出における違反貨物の傾向(2016年4月〜2021年3月)】
かつて、希少性の高い野生生物を使った衣服・アクセサリーなどの装飾品は、富の象徴やステイタスとして高価で取引されていました。また、野生の動植物由来の漢方薬の需要もアジアを中心に根強く残っています。
これらの価値観は文化や歴史に根ざしていることもあり、絶滅危惧種の保護との葛藤が生まれている国や地域も少なくありません。また、原産地の貧困問題も密猟・密輸がなくならない原因のひとつです。
日本ではまた、別の問題も浮上してきました。かつて象牙の輸入大国だった日本には、ワシントン条約の規制以前に輸入された大量の象牙が保有されています。
ワシントン条約によって象牙の取引が規制され、価格が高騰したために、このような日本国内の象牙が海外へ不正輸出されているという問題が起こっています。これらの象牙は主に中国との間で取引されていると言われています。
【日本の国内象牙市場と違法取引】
上のイラストは近年問題になっている日本国内の象牙市場と違法取引の現状を表したものです。実にさまざまな手口やルートがあり、取り締まりが難しいことがわかります。
ここで紹介した象牙をはじめ、世界ではワシントン条約違反の取引がまだ続けられています。特定の動植物を絶滅に追い込もうとも、時に人間の伝統・文化・価値観を変えることは非常に困難なことも多いのです。
これらの問題の解決も含めて、次の章ではワシントン条約とSDGsの関係を考えてみましょう。*7)
ワシントン条約とSDGs
近年日本では生物多様性の大切さが知られるようになり、例えば
- 「希少動物の革製品を持ちたい」
- 「希少動物をペットにしたい」
- 「絶滅危惧種の植物を栽培したい」
というような需要は、特に若い世代ほど少なくなっています。これは以前「高価なもの・希少なものを所有して自分の価値を高く見せたい」と考える人が多かった時代から、だんだんと「地球環境を守りたい」「生物多様性の損失を防ぎたい」と考える人が多い時代へと移行しているからと言えるでしょう。
そもそも、私たち人間も地球の大きな生命の循環の中で生きており、この生命の循環は豊かな生物多様性とその複雑で繊細なバランスによって支えられています。どれほどあなたから遠い存在の生き物であっても、激減または絶滅してしまうと、その影響は次第に大きくなって私たちの生活を脅かすリスクがあるのです。
このような視点からも、ワシントン条約は直接的には
と強く関係していると言えます。しかし前の章でも触れたように、ワシントン条約に違反する取引が後を絶たないのは伝統・文化・価値観・貧困などに原因がある場合も多く、それぞれの問題を解決しない限り、密猟・密輸入などを根絶することは難しいでしょう。
また、質の高い教育の普及によって、日本の若い世代のように新たな価値観を持つことや、気候変動を抑制して動植物の生息・生育環境が変化しないように守ることも大切です。
このように、17のSDGs目標はそれぞれがつながり合っていて、どの目標も欠くことができません。ワシントン条約によって直接的に守ろうとしているのは絶滅のおそれのある動植物ですが、ただ取引を規制するだけではその目的の達成は難しいのです。
SDGs目標は、今「世界が何を目指しているか」を明確にしたものです。SDGs目標への知識が広がれば、世界のより多くの人々が同じ未来を目指し協力できるようになります。
まとめ
【オガサワラベニシオマネキ】
ワシントン条約についてここまで解説してきましたが、あなたはまだ「希少で高価なものを身につけて自分をよく見せたい」と思いますか?価値観は人それぞれですが、教育の行き届いた先進国において、そのような行動はかえって周りからの評価を落とす結果になりかねません。
ワシントン条約を知ることは、ただ生物多様性とその危機について知るだけでなく、それを引き起こしている社会問題を知る良い機会になります。過去から引き継がれた価値観が残ることも、文化や伝統の継承を考えると繊細な問題であり、全面的に否定するよりもまず、その背景への理解が必要です。
私たちはこれから「持続可能な資源の利用」や「将来もずっと住み続けられる地球」を目指して、崩してしまった地球の循環バランスを直さなくてはなりません。ワシントン条約やSDGsについての知識は、このような目標に向けてあなたにできる選択や行動を見つけるヒントになります。
SDGsが目指す「より良い未来」のためには、さまざまな角度から社会問題の現状を知ることは大切なことです。また、ワシントン条約についての知識は海外旅行でお土産を買う際に違反したものを持ち込もうとして、税関で止められてしまうといったリスクへの対策にもなります。
あなたも生活の中でより広い視野を持ち、より良い未来に向けて正しい選択をするために学び続けることを心がけてください!より多くの人が、それぞれ無理のない範囲で正しい選択や行動を続けることが大きな力となります。*8)
〈参考・引用文献〉
*1)ワシントン条約とは
WIKIMEDIA COMMONS『Luehdorfia japonica on Rhododendron farrerae』
CITES『CONVENTION ON INTERNATIONAL TRADE IN ENDANGERED SPECIES OF WILD FAUNA AND FLORA』
税関『税関におけるワシントン条約該当物品の輸入差止等の件数と主な品目』
経済産業省『Souvenir Guide〜お土産を買うその前に〜』
外務省『国際自然保護連合(IUCN)』
経済産業省『ワシントン条約(CITES)』
税関『ワシントン条約』
CITES『ワシントン条約とは何ですか?』
*2)ワシントン条約の目的と内容
野生生物保全論研究会『ワシントン条約(CITES)とは』
*3)ワシントン条約の附属書
WIKIMEDIA COMMONS『Red Arowana』
経済産業省『Souvenir Guide〜お土産を買うその前に〜』
経済産業省『絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約』
環境省『ワシントン条約とは』
政府広報オンライン『希少な野生生物を守る 「種の保存法」』(2016年4月)
CITES『CITESの仕組み』
*4)ワシントン条約が必要とされる背景
政府広報オンライン『希少な野生生物を守る 「種の保存法」』(2016年4月)
生物多様性とは?重要性や世界・日本の現状、保全の取り組み、私たちにできることも
経済産業省『ペット産業の動向 -コロナ禍でも堅調なペット関連産業-』(2022年3月)
CITES『ワシントン条約とは何ですか?』
山形大学『野生生物種の絶滅』
*5)ワシントン条約に違反した場合
CITES『違法に取引され、没収された標本の処分』
環境省『ワシントン条約』
政府広報オンライン『希少な野生生物を守る 「種の保存法」』(2016年4月)
財務省『外為法の主な内容(経済制裁措置以外)』
内閣府『外国為替及び外国貿易法』
科学技術振興機構『環境条約国内実施法としての 国事務完結型法律と自治体の役割(上)― 水際二法および種の保存法のもとでの象牙取引規制を例として ―』(2021年5月)
環境省『種の保存法 罰則や違反事例等』p.3
経済産業省『絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約』
環境省『外来生物法 どんな法律なの?』
警視庁『環境犯罪 生物多様性に影響を及ぼす野生動植物事犯』
絶滅危惧種とは?原因や対策、種類、私たちにできることとSDGsとの関係を解説
*6)ワシントン条約の規制対象種の調べ方
『CITES種のチェックリスト』
経済産業省『ワシントン条約締約国(184か国)』(2022年1月)
経済産業省『ワシントン条約規制対象種一覧 動物(サンゴ類含む)』(2023年2月)
経済産業省『ワシントン条約規制対象種一覧 植物』(2023年2月)
経済産業省『Souvenir Guide〜お土産を買うその前に〜』
東海大学社会教育センター『標本解説「ピンクガイ」』
*7)ワシントン条約の課題や問題点
経済産業省『事後審査事案の傾向・事例(輸出貿易管理令別表第2及び輸入貿易管理令に基づく輸出入承認の事後調査)』(2021年11月)
経済産業省『日本の国内象牙市場と違法取引』(2017年12月)
西日本新聞『野生生物の保護 条約半世紀に成果と課題』(2023年3月)
NATIONAL GEOGRAPHIC『ワシントン条約会議が浮き彫りにした9つの現実』(2016年10月)
*8)ワシントン条約とSDGs・まとめ
経済産業省『社会課題・SDGs』
東京都公園協会『オガサワラベニシオマネキ Ogasawara fiddler crab』(2018年02月)