インターネットが日常生活に欠かせなくなった現代では、ウェブから得られる情報やサービスは私たちの生活を非常に便利なものにしています。しかし、障害や加齢など、さまざまな不自由を抱える人の中にはそうした恩恵を受けられない人も少なくありません。
このような課題を解決するために必要とされているのが、ウェブアクセシビリティです。
目次
ウェブアクセシビリティとは?
ウェブアクセシビリティとは、ウェブサイトやウェブのサービスを誰もが支障なく利用できること、あるいはその方法のことです。
アクセシビリティとは「近づくことができる、アクセスできること」であり、そこから、ある製品やサービスを利用できること、またはその到達度のことであるとされます。
つまりウェブアクセシビリティは、視覚や聴覚、身体などに障害を持つ人や高齢者など何らかの不自由を抱える人でも、ウェブサイトから問題なく情報を取得し、利用できるような状態をいいます。
ウェブアクセシビリティを必要とする人たち
では、ウェブアクセシビリティを必要としているのはどのような人で、具体的にどういった不都合があるのでしょうか。その主な対象は
- 視覚障害(全盲/弱視・ロービジョン/色覚障害):ウェブサイトの内容がわからない、文字がうまく読めない/色が判別できずサイトの内容が見づらい
- 聴覚障害(ろう/音が聞こえづらい):動画コンテンツの内容がわからない
- 上肢障害(炎症・麻痺・不随意運動など):マウスやキーボードをうまく動かせない
- 発達障害/学習障害/知的障害:長い文章や大量の情報に集中できない、理解しにくい言葉がある
- 高齢者:加齢により視力や聴力が衰える、手先の細かい動きがしにくい、新しい技術を理解しにくくなる
などの不自由を抱える人であり、通常なら問題なく使えるとされるウェブサイトでも、人によっては使いにくい、あるいは使えないといった状況となることが起きてしまいます。
また、ウェブアクセシビリティは障害者や高齢者だけに必要とは限りません。例えば
- 電車内で動画を見たいのにイヤホンを忘れた
- 眼鏡を忘れてしまい文字がよく見えない
- 手を怪我してマウスが使えない
- 眩しい場所や音を聴き取りにくい状況で制限を受ける人
など、健常者であっても一時的に不自由な状態にある人もまた、ウェブアクセシビリティが必要な対象といえます。
ウェブアクセシビリティが確保された状態とは?
では、ウェブアクセシビリティが確保されているサイトの条件とは何でしょうか。
公的には、以下のような条件を満たすサイトが「ウェブアクセシビリティが確保されている」とされています。
- 目が見えなくても情報が伝わる・操作できること
- キーボードだけで操作できること
- 一部の色が区別できなくても情報が欠けないこと
- 音声コンテンツや動画コンテンツでは、音声が聞こえなくても何を話しているかわかること
(引用:ウェブアクセシビリティとは? 分かりやすくゼロから解説!|政府広報オンライン)
ウェブアクセシビリティに必要な基準
こうしたウェブアクセシビリティを確保するため、サイトの構築に必要とされる基準があります。
それがJIS X 8341-3:2016で、これは障害者や高齢者などすべての利用者が、端末やブラウザ、支援技術などに関係なくウェブコンテンツを使えることを目的とする、日本のウェブアクセシビリティ規格です。
JIS X 8341-3:2016は、ウェブコンテンツの構造や表示、操作、コンテンツの読み取りやすさなどの適合レベルに合わせて、A、AA、AAAの3段階の達成基準を定めています。
- レベルA(達成基準25項目):支援技術を使ってアクセスできる最低基準
- レベルAA(達成基準13項目):支援技術を使わなくても多くの環境でアクセスできる望ましい基準
- レベルAAA(達成基準23項目):レベルA~AAの基準を厳格化し、わかりやすい言葉を使うなどでよりアクセスしやすくなる発展的な基準
このJIS X 8341-3:2016はWCAGというウェブアクセシビリティの国際標準ガイドラインに則っており、ウェブアクセシビリティのチェック方法やチェックツールなど、ガイドラインや規格の内容はWCAG 2.0と同じものとなっています。
なお、2024年現在ではWCAG 2.2が最新版ですが、JIS X 8341-3:2016はまだ同バージョンへの改訂はされていません。
ウェブアクセシビリティで達成するべき内容
このJIS X 8341-3:2016では、ウェブアクセシビリティを確保するために達成すべきことを具体的に定めています。その例をいくつかあげていきましょう。
- 自動再生や自動でのコンテンツ切り換えはしない
- 非テキストコンテンツには代替テキストを付与する
- キーボード操作だけですべての機能にアクセスできるようにする
- 操作に制限時間を設けない
- スクリーンリーダーで読み上げたときに意味が通じる順序にする
など、必ず達成しなければいけないもの、状況に応じて確認すべきこと、よく検討して導入すべきことなどが詳細に明示されています。
なぜウェブアクセシビリティが義務化されたのか
現在、多くの自治体や公的機関は、ウェブサイトの運用にあたってのウェブアクセシビリティの確保は必須とされており、努力義務やガイドラインなどによる事実上の義務付けがなされています。
義務化が必要な理由のひとつは、これらのサイトが住民の生活と密接に関わるさまざまな情報や公共サービスを提供しているためです。そして、公共サービスを利用する住民の中には当然、前述したような多様な障害や特性を抱えた人も多く含まれます。
そのため公的機関のウェブサイトがウェブアクセシビリティに配慮して作られていなければ、不利な条件に置かれた人々への公平な情報の入手や、ウェブで行う公的サービスの提供が困難になりかねません。最悪の場合、健康や生命の危機に直結することも考えられます。
法規定と合理的配慮
ウェブアクセシビリティ義務化には、障害者基本法に基づく法整備が進んだことも関連しています。
- 2004年6月の障害者基本法改正で追加:第19条 情報の利用におけるバリアフリー化
- 2011年改正:第22条 情報の利用におけるバリアフリー化等
- 2016年:障害者差別解消法の施行
こうした経緯の中で、ウェブアクセシビリティの義務化に特に関連してくるのが障害者差別解消法の施行です。この法律では障害者が行政のサービスを利用するうえで必要な合理的配慮が、自治体や公的機関に対して義務付けられました。
障害のある人への合理的配慮とは、社会生活の中にある障壁を取り除くために何らかの対応が必要な場合には、負担が重すぎない範囲で対応することをいいます。
そしてJIS X8341-3:2016に基づいたウェブアクセシビリティを確保することは、この合理的配慮の提供に必要な環境整備の一環とされています。
2005年から総務省によって策定された「みんなの公共サイト運用ガイドライン」もこれに合わせて改訂が重ねられ、2017年までに自治体のウェブサイトはJIS X8341-3:2016のAAレベルへの対応が求められるようになりました。
民間事業者への対象拡充
これに加え、2024年4月からは民間企業のウェブサイトでも同様にウェブアクセシビリティが求められるようになりました。
これは2020年に障害者差別解消法が改正されたものが今年から施行されたためで、従来は行政機関や自治体などに義務付けられていた障害者への合理的配慮が、民間事業者へも求められるようになったものです。
また、企業などの民間事業者は、CSRと呼ばれる社会的責任を果たすことが近年さらに求められるようにもなっています。現在、インターネットを日常的に利用する高齢者や障害者が増えています。それにしたがい、さまざまな困難を抱える人々への配慮を企業が行うことは、社会的責任であると同時に、顧客との接点を重視するためのブランディングやマーケット戦略の一環としても重要になっているといえます。
ウェブアクセシビリティの事例
日本では、公共機関が先んじてウェブアクセシビリティに配慮したウェブサイトを構築してきたこともあり、多くの自治体で意欲的に取り組む事例が目立ちます。
また、民間事業者の中でも積極的にウェブアクセシビリティを意識して作られているサイトが少なくありません。
事例①宮城県
宮城県は、東日本大震災を機に、ウェブサイトでの広範な情報発信の重要性に着目するようになりました。震災直後から、県はより多くの利用者にアクセスしやすいサイトの構築を目指し
- 平成24年によりアクセシビリティを向上させたウェブサイトのリニューアル
- 平成25年にウェブアクセシビリティ方針を策定
- 平成26年度末にJIS X8341-3:2016 レベル AAの一部準拠を目指す
など、段階的にウェブアクセシビリティへの取り組みを行ってきました。
令和3年の時点では40のページでレベル AAに準拠しており、さらに8つの達成基準についてはレベル AAA準拠を目標に定めるなど、現在も着実にウェブアクセシビリティの維持と向上を進めています。
事例②愛知県名古屋市
名古屋市は、2004年というかなり早い段階からウェブアクセシビリティに取り組んできました。
市民からの意見も積極的に取り入れられたウェブサイトは、各項目が整然と並べられたとてもシンプルで見やすいレイアウトになっています。
JIS X8341-3:2016への準拠は適合レベル AAに準拠しているだけでなく、4つの項目については適合レベル AAAにも対応しています。
また、9ヶ国語への対応やふりがな付きのやさしい日本語のページを設けるなど、日本人以外の利用を想定したアクセシビリティも高く評価すべきポイントと言えるでしょう。
事例③日立製作所
日立製作所ではグループをあげて障害者や高齢者などへのウェブアクセシビリティの確保や向上に取り組んでいます。
当面の間はサイトのすべてのページではなく、JIS X8341-3:2016の準拠は少なくとも50ページ程度を目標にしており、2018年の段階ですでに
- 24のページでレベルA準拠
- 13のページでレベルAA準拠
を達成しており、今後も継続して準拠するページを増やしていくとしています。
企業はどのようにウェブアクセシビリティに取り組めば良いのか
民間事業者へのウェブアクセシビリティの義務化はまだ始まったばかりです。企業にとっては、自社のウェブサイトをどのようにウェブアクセシビリティに対応させたらいいのかわからない所も少なくないのではないでしょうか。ここでは、ウェブアクセシビリティに取り組むにあたって押さえておきたいポイントを解説していきましょう。
ポイント①利用者像や課題を明確にする
最初に取り組まなければならないのが、サイトを使う利用者像やサイトの課題を明確にすることです。具体的には、ユーザーとなり得るすべての人を視野に入れ、誰が、どういう場面で、どのような方法で利用するのかを想定し、その際にどのような課題があるのかをUX(ユーザーエクスペリエンス)の観点から考え始めましょう。
一例をあげれば
- 弱視・ロービジョンへの課題:色のコントラストや文字の大きさ
- ディスレクシアへの課題:字の配置、文の簡潔さ、動画や音声でのサポート
- スクリーンリーダーを使う人への課題:画像や動画の説明、レイアウトの構造
- 身体・運動障害の人への課題:スペースや余白の確保、少ない動作での操作
- 聴覚障害の人への課題:音声以外での情報提供、簡潔な文やレイアウト
など、想定するべきケースはさまざまです。常に自分とは違う物の見方、考え方、使い方をする人たちのことを想像し、彼らの困りごとに注目していくことが大事な出発点となります。
ポイント②基準の理解と現状の把握
ウェブアクセシビリティに優れたサイトを作るためには、達成すべき基準や規格を理解することが不可欠です。まず大前提として、国内の基準であるJIS X8341-3:2016のガイドラインや達成基準を十分理解することが必要となります。
ただしJIS X8341-3:2016には、WCAG 2.0の中の「達成基準」の解説と「達成方法」は入っていません。そのため、JIS X 8341-3:2016に準拠しているかどうかの確認には、必ずWCAG 2.0の達成基準と達成方法を理解する必要があります。
ウェブアクセシビリティ確保には、JIS X 8341-3:2016のレベル AAへの準拠が望ましいとされています。サイト構築にあたっては、最初からレベル AA準拠を目標にし、スマートフォンへの対応を考えるならWCAG 2.1や2.2など新しい基準への対応も検討しましょう。
同時に、自社サイトの現状を把握することも大事です。ウェブアクセシビリティ確保には、サイトのすべてのページでレベル AAに準拠するべきとされていますが、現実的には簡単ではありません。そのため
- サイトの中のどのページを優先してレベル AA準拠を目指すか
- 準拠が難しいページにはどんな問題点があるか
- レベル AAAへの対応を目指すべきか
など、サイトの構成や課題、需要や使い勝手などを見極めて進めていくことも大事です。
ポイント③リサーチとテストは早い段階から
実際の利用者を想定したリサーチや稼働テストは早い段階から始めましょう。
リサーチは計画の時点で課題を洗い出し、できるだけ当事者に属性の近い参加者を募ることがベストです。
同時に、枠組みの設計や実装などの初期段階で、デザインやプロトタイプに関するテストも実施しましょう。一般的に最終的なウェブアクセシビリティ試験には1ヶ月程度かかりますので、最終段階にならないとできないもの以外は、早めに、段階的にテストを繰り返していきます。
ウェブアクセシビリティに関してよくある疑問
ここでは、前の章で取り上げたポイントの他に、ウェブアクセシビリティについてのいくつかの疑問を取り上げていきます。
チェックリストはある?
ウェブアクセシビリティを確保したサイトの制作や検証、評価にあたっては、JIS X8341-3:2016のガイドラインに基づいたチェックリストを使うことが重要です。
ウェブアクセシビリティを評価するためのチェックリストやツールとしては、総務省が公開する
のほか、情報バリアフリーポータルサイトが提供する、簡易的な
といった各種ツールがあります。さらに同サイトでは、JIS X8341-3:2016の各レベルに対応したより専門的な実装チェックリストなどがありますので、必要に応じて利用すると良いでしょう。
この他には、Deque Systemsが公開しているaxe-coreなどのチェックツールがあります。
ただし、ツールを用いた評価だけでは、アクセシビリティを全て評価することはできません。これらのツールやリストで確認できるのは、達成基準の2割から3割程度にとどまりますので、試験は必ず人間の目視による確認や各種支援技術による確認が必要です。
資格は必要?
ウェブアクセシビリティを評価する試験には、特別な資格や免許は必要ではありません。
ただし、ウェブアクセシビリティを確保するために必要な、JIS X8341-3:2016に関する知識は最低限必要となります。その他にも
- WCAG 2.0の解説書と達成方法の理解
- HTML、CSS、JavaScriptの仕様
- スクリーンリーダー、拡大機能などの支援技術の理解と操作
に関する知識や技術も不可欠です。
最近では、こうした知識や技術を認定する、ウェブアクセシビリティ品質管理技術者という資格も出ています。興味がある方は受講を検討してみてもいいでしょう。
ガイドラインはどこで確認すれば良い?
ウェブアクセシビリティに関するガイドラインは、総務省やWCAGのサイトなどで公開されています。ウェブアクセシビリティ基盤委員会のサイトでは、WCAGの日本語訳ガイドラインのほか、それぞれの解説書や達成方法集も確認することができます。(WCAG 2.2は2024年現在未訳)
ウェブアクセシビリティの向上とSDGs
ウェブアクセシビリティの向上とSDGs(持続可能な開発目標)は、いくつかの目標を通じて密接に関連しています。特に関連が深いのは以下の点です。
目標10「人や国の不平等をなくそう」
ウェブアクセシビリティは、障害者や高齢者、その他の個別の事情を抱える人々を包摂し、誰もが平等に情報やサービスにアクセスできる社会を実現します。これはデジタルデバイドを解消し、情報や機会へのアクセスにおける不平等を是正するという意味で、SDGsの目標10と強く関連しています。
目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」
アクセシブルなウェブデザインはイノベーションを促進し、すべての人がテクノロジーの恩恵を享受できる基盤となります。誰もが参加できる技術革新、持続可能な産業基盤の構築は、SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤を作ろう」につながります。
またウェブアクセシビリティの向上により、すべての人々が教育・医療・まちづくり、製品やサービスの提供などへアクセスしやすくなれば
- 目標3「すべての人に健康と福祉を」
- 目標4「質の高い教育をみんなに」
- 目標11「住み続けられるまちづくりを」
など、SDGsの多くの目標達成にも貢献していくことになります。
まとめ
ウェブアクセシビリティの向上は、単に不自由を抱えた利用者への支援だけでなく、すべての人々に使いやすいウェブサイトを提供します。明快で包摂的なウェブデザインは、社会全体の豊かさの実現のため、公的機関のみならず企業や組織にとっても重要な責任です。技術やデザインの進化とあらゆる人々への十分な配慮を通じて、誰もが平等に情報にアクセスできる社会。それは、私たち皆が求めるべき未来と言えるでしょう。
参考文献・資料
ウェブアクセシビリティとは? 分かりやすくゼロから解説!|政府広報オンライン
総務省「みんなの公共サイト運用ガイドライン(2024年版)」
榊原直樹,自治体ウェブサイトにおけるマルチメディアコンテンツのアクセシビリティ方針の現状と課題 清泉女学院大学人間学部研究紀要 (21) 77-87, 2024-03-22
ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック
アクセシビリティとは | ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)
日本の企業Webサイトにおけるアクセシビリティ確保の取り組み CEATEC JAPAN 2015 アクセシビリティセミナー 2015|ウェブアクセシビリティ基盤委員会
宮城県公式ウェブサイト ウェブアクセシビリティ方針について
名古屋市公式ウェブサイトのアクセシビリティ(利用しやすさ)への配慮について|名古屋市
アクセシビリティへの対応方針|日立製作所
事例紹介 – ウェブアクセシビリティ推進協会
新しい課題となるウェブアクセシビリティをわかりやすく解説!|トライベック
ウェブアクセシビリティの評価・試験|よくあるご質問|ウェブアクセシビリティ推進協会
ウェブアクセシビリティ品質管理技術者講座 – ICC
20分でできる簡易チェックシート用検証ツール|情報バリアフリーポータルサイト|日本アクセシビリティ普及ネットワーク
アクセシビリティのためのデザイン 日本語ポスター|GitHub UKHomeOffice
ウェブ・インクルーシブデザイン Webのアクセシビリティとインクルージョンを実現するための実践ガイド:Regine M.Gilbert 著,奥泉直子 訳,川合俊輔 監訳/マイナビ出版,2023年