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ムーンショット計画とは?わかりやすく解説!取り組み事例や目標一覧は?

「ムーンショット」という言葉は月面着陸プロジェクト「アポロ計画」を達成したことに由来しています。

2016年には、当時のApple Computer社の元CEO、J・スカリー氏が著作「ムーンショット」のなかで「将来を描く、斬新で困難だが、実現により大きなインパクトがもたらされる壮大な目標や挑戦」とこの言葉の意味について説明しています。

ビジネスの場面などでも使われる「ムーンショット」ですが、この記事では、主に日本の内閣府が設けた「ムーンショット型研究開発制度」について詳しく見ていきましょう。

目次

ムーンショットとは

ムーンショット(moonshot)とは、本来はアポロ計画のような月探査ロケットの打ち上げを意味します。しかし、そこから連想して、昨今ビジネスの場面などでは「非常に難しいが、実現すれば多大な効果を期待できる大きな研究や計画」を意味します。

日本では内閣府が「ムーンショット型研究開発制度」を設けています。内閣府の「ムーンショット」とは何を意味しているのでしょうか?

【月面を歩く宇宙飛行士】

ムーンショット型研究開発制度とは

ムーンショット型開発制度は、革新的な技術開発の創出のため、大胆な発想に基づく大型研究プログラムを推進する内閣府の取り組みです。挑戦的な研究開発を支援し、少子高齢化・大規模な自然災害・地球温暖化などの困難な問題を解決して、人々が幸福で豊かに暮らせる未来社会の構築を目指します。

ムーンショットが設定された背景

ムーンショットが設定された背景には

があると言われています。

日本や世界は大きな転換期を迎えています。

ムーンショット目標は人々の幸福の実現を目指すもの

内閣府のムーンショット型研究開発制度9つの目標を設定しています。これらはすべて「人々の幸福(Human well-being)」の実現を目指すものです。

また、この9つの目標は、人々の幸福で豊かな暮しの基盤となる社会・環境・経済の3つの領域から設定されています。*1)

【人々の幸福で豊かな暮らしの基盤 3つの領域】

  1. 社会…急進的イノベーションで少子高齢化時代を切り拓く
  2. 環境…地球環境を回復させながら都市文明を発展させる。
  3. 経済…科学・工学などの高度な知識・技術で時代の最先端を開拓する。

【2018年の日本の幸福度】

少子高齢化

日本の少子高齢化は加速を続けています。

2065年には総人口は9,000万人を割ると内閣府は予想しており、現在より更に少数の現役世代が高齢者を支えることとなるため現役世代の負担はますます重くのしかかることが課題となっています。

持続可能な社会の実現

内閣府は、2065年の生産年齢人口は4,529万人まで減少すると予測を発表しています。
これは現在の6割程度まで社会を支える人口が減ってしまうことを意味しており、何も対策を講じない場合未来にわたり社会を維持していくことが困難となることとなります。

技術革新

前述した通り、人口減少時代の日本社会に備えるためには技術革新が必要とされています。

最先端のテクノロジーが実装された社会をムーンショット目標を通じ実現することで、国内課題の解決のみならず課題先進国として少子高齢化が進む国々のモデルケースとなることを目指します。

9個のムーンショット目標一覧

それでは9つのムーンショット目標を順に見ていきましょう。目標1から6は2020年1月23日、目標7は2020年7月14日、目標8と9は2021年9月28日に決定されました。

【ムーンショット目標】

目標1「 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」

ムーンショット目標1は、主にアバターやロボットの技術開発により、誰もが場所や能力に制約されることなく社会活動に参加できる社会の実現です。具体的には※サイバネティック・アバターと呼ばれる人に代わって動くロボットや3D映像、※サイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍する物の開発です。

サイバネティック・アバター

アバターは化身・具現などを意味する。ここでは自分自身の分身のこと。アバター技術の開発により、以下のようなさまざまな制約から解放された活動ができると考えられている。

  • 身代わりのロボットを遠隔操作してどこにでも行ける
  • 映像アバターで距離や人同士の接触などの負担を減らしつつ臨場感のある体験ができる
  • 身体・認知・知覚能力を拡張して、誰もが平等に仕事や趣味で活躍できる
サイバー・フィジカル空間

インターネットにより形成される空間フィジカル空間物理的・肉体的な空間。目標1ではこの2つの空間が高度に融合した社会を構築することにより、人々のより平等で自由な活動を目指している。

目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」

ムーンショット目標2は、病気を未然に防ぐ社会の構築です。臓器と臓器のつながりを解明し、それを利用して深刻な病気が起こる前に防止する技術を開発することです。

また、この目標には、人の生涯にわたる体の機能の変化を臓器間のネットワークという観点で捉えながら観察し、病気が発症する前にその兆候をとらえ、病気を発症させることなく健康な状態に戻す技術開発も含まれています。

【世界初のWhole Body Network Atlas】

目標3「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」

ムーンショット目標3は、人と同じ感性、同等以上の身体能力を持ち、人生に寄り添って一緒に成長するAI(人工知能)ロボットの開発です。例えば以下のように、AI・ロボットの技術、双方の進化により自ら学習・行動するロボットの実現を目指します。

  • 人と同等以上の能力を持ち、人生に寄り添って共に成長するAIロボットの開発
  • 自然科学の領域において自ら考え、行動し自動的に化学の原理や解法の発見を目指すAIロボットの開発
  • 人が活動することが難しい環境で、自律的に判断して自ら活動し成長するAIロボットの開発

目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」

ムーンショット目標4は、Cool Earth & Clean Earth(涼しい地球と清潔な地球)実現のために、地球温暖化や環境汚染の解決と、持続可能な資源の循環の実現を目指します。例えば、大気中のCO2直接回収やCO2の資源化、プラスチックごみの分解・無害化技術の社会実装などです。

目標5「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」

ムーンショット目標5は、食料問題の解決のために、未利用の生物機能などの活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続可能な食料を供給する産業の創出を目指します。このために目標5では以下のようなターゲットが設定されています。

  • 微生物や昆虫などの生物機能を活用し、完全資源循環型の食糧生産システムを開発する
  • ムダの無い、人への健康面・環境への影響面のどちらにも配慮した合理的な食料消費システムの開発
  • 上記のシステムの実証と倫理的・法的・社会的(※ELSI)な議論を進め、世界的に普及させる
ELSI

Ethical,Legal,and Social Issuesの略語。倫理的・法的・社会的課題のこと。

【関連記事】

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目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」

ムーンショット目標6は、※量子コンピュータの開発です。※誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現し、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させることを目指します。

具体的には2050年までに大規模で多用途な量子コンピュータを十分な精度を保証できるレベルで実現させます。これを誤り耐性型汎用量子コンピューターと呼び、実現できればその高い計算力により、社会を大きく変革させる科学・技術などの発展に大きく貢献すると考えられます。

量子コンピュータ

量子力学の現象を利用した、従来のコンピュータよりも高速計算が可能なコンピュータ。現在クラウドによる試験的な利用などが行われているが、使える機能はかなり限定的で、誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現には10年〜20年かかるのではないかと言われている。

誤り耐性型汎用量子コンピュータ

万能量子コンピュータ、エラー耐性量子コンピュータとも呼ばれる。ノイズの影響をうけて生じる誤りを自動的に修正し、さまざまな応用を可能にする十分な精度と規模の量子コンピュータのこと。

目標7「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現」

ムーンショット目標7は、健康の不安なく100歳まで人生を楽しめる医療・介護システムの実現です。このために以下のようなターゲットが設定されています。

  • 日常生活の中で自然と予防ができる社会の実現
  • 世界中どこにいても必要な医療にアクセスできるメディカルネットワークの実現
  • 健康格差を無くし、負荷を感じずに人々の生活の質(※QoL)の劇的な改善
※QoL

Quality of Lifeの略称。生活や人生の質や豊かさ。

目標8「2040年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」

ムーンショット目標8は台風や豪雨の脅威からの解放です。激しくなりつつある台風や豪雨の強さや発生のタイミング・範囲などを技術開発により制御し、極端な風水害による被害を大幅に軽減します。

また、このような技術で気象を操作することについて、国際社会との対話・協調を図る必要があります。日本だけでなく世界の暴風雨を減らし、人々の暮らしや経済への被害を大幅に軽減することを目指します。

ムーンショット目標8
出典:内閣府『ムーンショット目標8 2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現』

目標9「2040年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現」

ムーンショット目標9は、人々が精神的に豊かで躍動的な世界にすることです。人々の対立や孤独・鬱を低減し、心の安らぎや活力を増大させ、心の豊かな状態を科学的・技術的な開発によって叶えます。

このような技術は「人の心をコントロールするのは倫理的に正しいのか?」などの議論を呼ぶ可能性があります。そのため、これらの技術は倫理的・法的・社会的にひとりひとりの尊厳が守られることを保証する必要があります。*2)

ムーンショット目標9
出典:内閣府『ムーンショット目標9 2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現』

9つのムーンショット目標の中には「本当に実現可能なのか?」と疑問を持つような目標もあったかもしれません。しかし、これらの目標は達成には困難が予想されるものの、達成の見込みがあり、かつその達成により社会のさまざまな面へ大きな恩恵が期待できるものです。

また、これらの技術の中には

  • 「そこまでテクノロジーに頼ってしまっては人は生き物として弱体化してしまうのではないか?」
  • 「生涯にわたって心身ともに監視され、プライバシーがなくなってしまうのではないか?」
  • 「なんでもコントロールできてしまったら、個性や自由が奪われてしまうのではないか?」

といった不安を人によっては感じるかもしれません。しかし、これらの研究開発は人が不安や恐怖を感じるもの・人やその他の生き物の尊厳を奪うものであってはいけないという基本的概念に基づいて進められています。

それでは実際にどのような研究がムーンショット型研究開発事業に採択されているのか、いくつか事例を見てみましょう。

ムーンショット目標への取り組み事例|具体的にどう変わる?

ここでは、内閣府のムーンショット型研究開発制度に採択されたプロジェクトを紹介します。人によっては夢のようなことと感じるかもしれません。しかしインターネットの普及や通信の高速化、SDGs目標の世界的な共有などにより、技術開発のスピードはどんどん加速しています。

ムーンショット型研究開発は目標1から6は2050年までに、目標7から9は2040年までという達成の期限も明確に設定された、大胆で革新的でありつつも達成可能と判断された現実的なプロジェクトなのです。

誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現

このプロジェクトは、ムーンショット目標1「 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の中の1つです。利用者の反応を見て行動し、丁寧な対話行動ができる※CAを複数遠隔操作することにより、現場に行かなくても仕事・教育・医療・日常の活動など多様な行動ができるような、自分の代わりに動くロボットや仮想空間での分身の実現を目指しています。

CA

Cognitive Automationの略語。「経験的知識に基づいた自動化」という意味で、自然言語学習・ビッグデータ分析・機械学習・個別最適処理など、データや情報の難しい処理のできるソフトウェアやロボットのこと。

【N階と呼ばれるバーチャルオフィスのイメージ】

プロジェクトマネージャーの石黒浩教授(大阪大学)を中心に、8つのグループに分かれた研究者たちがこの研究開発に取り組んでいます。社会とバランスの取れたアバターとの共生により、身体的能力や時間・距離などの制限が大幅に減少すると予想されています。

【このプロジェクトの体制図】

一人に一台一生寄り添うスマートロボット

このプロジェクトはムーンショット目標3「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」の中の1つです。柔軟な機械ハードウェア(ロボットなど)と、多様な作業を学習できるAI(人工知能)との組み合わせにより、家事・接客・介護・医療などの現場で人とともに仕事ができる汎用型のAIロボットの実現を目指しています。

【NASAの開発したロボット ヴァルキリー】

特に日本では少子高齢化の傾向から、様々な場面で人手不足が深刻な問題となることが予想されています。このようなロボットの開発により、将来は人とロボットが共生して社会活動や生活を維持します。

【このプロジェクトの体制図】

「ビヨンド・ゼロ」社会実現に向けたCO2循環システム

このプロジェクトはムーンショット目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」の中の1つです。高効率で大気からCO2を回収し、それを炭素燃料などの原料として利用する新しい炭素資源循環社会の構築を目指します。

【2050年 脱炭素社会のイメージ】

すでにこのプロジェクトでは、世界最高性能のCO2分離ナノ膜の開発に成功しており、さらなる高性能化や材料の開発が行われています。この技術により、炭素をエネルギーとして利用したときに発生するCO2を回収・資源化し、地球温暖化の大きな原因の1つである大気中のCO2の削減と地産地消型の炭素資源循環社会、さらには※ビヨンド・ゼロ社会の実現に大きく貢献します。*3)

ビヨンド・ゼロ社会

Beyond Zero、ゼロを超えるという意味で、過去に排出され、蓄積されたCO2をも削減する社会。このためにはCO2の排出削減や森林の適切な運営をはじめ、発生したCO2の回収・貯留・資源として有効利用する技術の開発が必要。

【CO2の回収・貯留・有効利用】

まとめ

ムーンショット型研究開発では、「人々の幸福(Human well-being)」の実現のために、さまざまな大胆で革新的、かつ達成可能と見込まれる研究開発が行われています。これらは日本の政府が描く「未来の社会像」そのものとも言えます。

気象・環境だけでなく、技術開発の加速による私たちの生活様式の変化も激しくなっています。このような早い変化の流れの中で、私たちの世界や日本はどこに向かって進もうとしているかを理解しておくことは、あなたが何かの選択をする際に役に立つこともあります。

また、すべてのムーンショット目標は、将来私たちが直面すると予想される深刻な問題のために設定されていることを覚えておきましょう。これらの問題を解決するためには、私たちが常に新しい情報と正しい知識を持っておくことが重要なのです。*4)

〈参考・引用文献〉

*1)ムーンショットとは
内閣府『ムーンショット型研究開発制度の概要 』
内閣府『ムーンショット目標』
国土交通省『国土交通白書2021 日本の幸福度(2018年またはデータが利用可能な直近年)』

*2)ムーンショット目標
内閣府『ムーンショット目標』
内閣府『ムーンショット目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現』
内閣府『ムーンショット目標2 2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現』
内閣府『ムーンショット目標3 2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現』
内閣府『ムーンショット目標4 2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現』
内閣府『ムーンショット目標5 2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出』
内閣府『ムーンショット型研究開発制度の概要』p.10(2022年2月)
内閣府『ムーンショット目標6 2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現』
内閣府『ムーンショット目標7 2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現』
内閣府『ムーンショット目標8 2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現』
内閣府『ムーンショット目標9 2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現』

*3)ムーンショット目標への取り組み
内閣府『ムーンショット型研究開発事業 プロジェクト紹介』
環境省『CCUSを活用した カーボンニュートラル社会の 実現に向けた取り組み』
環境省『脱炭素ポータル カーボンニュートラルとは』
NEDO『‘‘ビヨンド・ゼロ‘‘社会実現に向けたCO2循環システムの研究開発』

*4)まとめ
内閣府『ムーンショット型研究開発制度』
資源エネルギー庁『カーボンニュートラルに向けた産業政策“グリーン成長戦略”とは?』(2021年5月)

内閣府 令和4年版高齢社会白書(全体版)第1章 高齢化の状況(第1節 1)