SDGsを知る人も増え、地球環境への意識が高まる中、「生物多様性」の重要性への理解も広がってきました。現在でもたくさんの生き物が絶滅の危機に瀕していて、世界中で「生物多様性」の損失が問題になっています。
世界の生物多様性とは今、どのような状況なのでしょうか?生物多様性の重要性や世界・日本の現状、保全の取り組み、私たちにできることなども確認し、あなたもできることから生物多様性を守る行動を始めましょう!
目次
生物多様性(Biological Diversity)とは、生き物の中に存在する生態・特性・個性などの違いが豊かで多様であることです。国際的に締結された「生物多様性条約」(のちに詳しく解説)の中では、
「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」
引用:環境省 生物多様性センター『生物多様性条約』(1993年12月)
と定義されています。
【多様な生物の種】
地球上の生きものは40億年という長い歴史の中で、さまざまな環境に適応して進化し、3,000万種ともいわれる多様な生きものが生まれました。これらの生命は一つひとつに個性があり、全て直接的に、または間接的に支えあって生きています。
その中で生物多様性には、生態系の多様性・種の多様性・遺伝子の多様性(遺伝的多様性)という3つのレベルの多様性があります。*1)
【生物多様性を構成する3つのレベル】
それでは次の章からは、生物多様性を構成する「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性(遺伝的多様性)」をひとつづつ見ていきましょう。
生態系の多様性
生態系の多様性とは、たくさんの異なった条件の自然環境ごとに独自の生態系が存在し、それらの個性が多様に存在することです。人間が開発した都市部は少し特別な存在ですが、伝統的な農業や林業が行われている里地里山※も生態系の多様性の一部を担うものと考えられます。
つまり、そこに分布・生息する生き物の循環が滞りなく持続していく環境であれば、その環境独自の生態系が存在します。そして、たくさんの違った個性を持つ生態系のひとつとして、生態系の多様性を構成しているのです。例えば、
- 森林
- 里地里山
- 河川
- 湿原
- 干潟
- サンゴ礁
など、自然環境にはさまざまに異なった条件があり、さらに場所や気候、土地の特徴などの影響を受け、似たような条件の自然環境はあっても全く同じ生態系が他の場所に存在することはありません。*2)
種の多様性
種(species)とは、生物を分類する上での基本単位です。種の多様性とは、特定の環境(地域・時代)内に生息する生物群に、多様な種が共存していることを意味します。
種の多様性は
- 種の豊富さ…種の数
- 均等度…それぞれの種の間での個体数の等しさ
の2つの要素から成り立っています。
生物相について
種の多様性と似た言葉に「生物相(biota:ビオタ)」があります。生物相は特定の環境に生息する生物全てをまとめて表すための言葉です。生物相には
- 動物相…fauna(ファウナ)
- 植物相…flora(フローラ)
- 微生物層…microbiota(ミクロビオタ)
があり、「ファウナが豊か=その地域の動物における種の多様性が豊か」と考えることができます。植物相は地域・時代・環境・気候によりグループ化されてるのに対し、動物相は地域を限定してもそこに生息する全ての動物を把握することは非常に難しいので、「奄美大島の動物相」といった具合に未発見の部分も含めたその環境に生息する全ての動物を指す時などに使います。*3)
遺伝子の多様性(遺伝的多様性)
【ナミテントウの多様な翅の斑紋】
遺伝子の多様性とは、遺伝的多様性とも呼ばれ、同じ種の中でも多様な遺伝子の違いがあることです。私たち人間にもそれぞれに個性があるように、同じ種同士でも形・色・模様・性格・能力などに多様な違いがありますが、これはそれぞれの遺伝子の違いから生み出されています。
同じ種の中でも多様な個性があることで、
- 1つの障害(病気・外敵・環境の変化など)による全滅を防ぐ
- その環境により適した子孫を残す
- その場所により適した個体が生き残ることで、その特徴が固定化され新たな種を生み出す
などの効果があり、生物多様性全体を支える基礎であるとも言えます。そして、遺伝子の多様性を支えるには、その種の個体数が十分でなければなりません。
- 気候変動による環境の変化
- 開発による生息地の破壊
- 乱獲・密猟
- 環境汚染
などの理由で、ある特定の場所に生息する種の個体数が減り、遺伝子の多様性が失われると、種全体としてリスクへの耐性が低下します。このように脆弱になった種が激減、または絶滅してしまうと、生態系のバランスが崩れてしまい、さらなる負のスパイラルを招いてしまいます。*4)
【関連記事】遺伝的多様性とは?メリットと失われると困る理由、身近な事例を解説
では、生物多様性はなぜ重要なのでしょうか。次で詳しく見ていきましょう。
私たちの暮らしは生物多様性によって支えられています。人間も生物多様性を構成する生物の一員であり、そこから孤立して生きていくことはできません。
このような自然のめぐみは「生態系サービス」とも呼ばれ、4種類に分類できます。
- 供給サービス…豊かな暮らしのための資源の供給
- 調整サービス…災害による被害の緩和、水源・地盤の調整、病気発生の抑制
- 文化的サービス…伝統行事・芸術・観光など豊かな文化の根源
- 基盤サービス…全ての生物の存立基盤(生きる基盤)
自然の恩恵を受けて生きていることは、特に先進国の都会に暮らしていると感じにくいかもしれません。しかし、そのような直接自然とやりとりする現場で農業・畜産業・漁業関係の職業の人たちがあなたの代わりに働いているだけで、人間の集団として見ると全ての人間が「生態系サービス」の恩恵を受けて生きているのです。
【自然のめぐみ】
生物多様性が失われるとどうなるのか
では、生物多様性が失われると何が起こるのでしょうか?
先述したように、生物多様性は生態系サービスを支えています。つまり、生物多様性の減少は生態系サービスからの供給の減少に直結します。
また、生物多様性は非常に複雑で壮大な生物のバランスで成り立っています。1つの種の不自然で急激な減少・または絶滅から、それにつながる生態系のバランスがどんどん崩れていき、生物多様性の広範囲にわたる深刻な影響が起きる可能性もあります。
【光合成をしない不思議な植物:ギョリンソウ】
パンデミックの起こるリスク増加
近年世界の生活のあり方を大きく変えたパンデミック※も、生物多様性の減少によってリスクが上がった結果、発生したと考える研究者もいます。1960年以降に報告される新規感染症の30%以上が、
- 森林破壊
- 人間の居住地拡大・都市化
- 穀物や家畜生産の拡大
などによる土地利用の変化が発生要因となっています。このような感染症は年間3兆ドル以上の経済損失をもたらす可能性があります。*5)
生物多様性は私たちに様々な恩恵を与えてくれます。しかし、この大切な生物多様性は現在世界のあらゆる場所で失われつつあります。
次の章では生物多様性が失われている原因に迫ってみましょう!
現在、世界の多くの場所で生物多様性が急速に失われています。考えられる原因を確認していきましょう。
①気候変動による生息地環境の変化
【1850年から1900年を基準とした世界平均気温の変化】
主に、世界の工業化以降継続的に排出された温室効果ガスの影響による地球温暖化は、生物の生息環境に急激な変化をもたらしています。気温上昇による影響は、
- 分布域の変化
- 生育・活動時期の混乱
- 生息環境の変化による個体数の減少
- 本来冬に死滅するはずの種の越冬
など多岐に渡り、多くの動植物がこの変化に対応しきれず絶滅・絶滅の危機に追い込まれています。地球温暖化の進行にともない、生物多様性の損失・損害は増加し、さらに多くの生態系システムが適応の限界に達すると予測されています。
【自然の生態系(左)と生態系の崩壊(右)】
【関連記事】気候変動の原因とは?SDGsとの関連性と地球に及ぼす影響と対策
②開発・環境汚染などによる生息地の破壊
地球温暖化よりも直接的に生物の生息地を奪うのが
- 都市開発
- 森林伐採
- 河川整備
- 沿岸部の埋立
- 護岸工事
- 大規模農地開発
などの、物理的な環境変化です。また、同時に工業や生活による環境汚染も生物の生息地を破壊しています。
【関連記事】公害とは?種類や原因・現状を知り、問題解決やSDGsの達成に取り組もう
③外来種の侵入
はるか長い時間をかけて築き上げられたそれぞれの場所の生態系は、急に外部から生物が侵入してくると、それまでの複雑に影響しあっていたバランスが崩れてしまいます。これにより、生態系全体に大きな影響を及ぼす場合があります。仮に一見大きな影響がないようでも、外部からの侵入は交雑により種・遺伝子などの独自性を破壊する可能性もあります。
【外来種とは】
「外来種」という字から、海外から持ち込まれた生物(=国外由来の外来種)と思われがちですが、同じ国内からでも、他の地域から持ち込まれた場合も(国内由来の)外来種となります。これは、生物によっては見た目はよく似ていても、遺伝子を調べるとその地域ごとに独自の特徴を持っていることがあり、同じ国内産の種であっても他の地域から持ち込まれることによって、その地域独特の遺伝的多様性を混乱させる恐れがあるからです。
【外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱】
④乱獲・密猟
【毛皮・漢方薬利用目的で密猟されるユキヒョウ】
近年、絶滅の危険にある野生生物の保護には世界中で関心が高まっていますが、それでも高価で取引される動植物の密猟は今なお撲滅されていません。また、規則を超えた乱獲なども問題になっています。
IUCN※のレッドリストによると、このように違法なものを含めた捕獲や採集による影響で、現在約1,730種の野生動物と約1,517種の植物が絶滅の危機に瀕していると言われています。
⑤里地里山の衰退
【滋賀県高島市「畑地区」】
先ほどから何度か触れている里地里山とは、
- 森林・草原・湿地などの自然環境と田畑・ため池・水路などの人間が管理するものがモザイク状になって自然環境を維持している
- 人間の暮らしや関わりにより維持されている身近な自然
などの特徴を持つ、伝統的な農業・林業などで自然の循環にうまく人間が溶け込んで運営されている生活様式です。里地里山は人が長い期間、継続的に利用・管理してきたことにより形成された「二次的自然環境」と呼ばれ、特有の生物多様性が形成されています。
日本では都市部への人口集中により、多くの里地里山が失われてしまいました。
⑥研究者の不足・研究の遅れ
分野によっては研究者が非常に少ない、または研究者が少ないなどが原因で研究が遅れることも、生物多様性が失われていく大きな原因の一つと考えられます。今まで研究が進んでいなかった分野では、新種が続出し、発見されると同時に絶滅寸前と評価されることも少なくありません。
新種として記載されるならまだしも、世界には発見されているにもかかわらず、研究者の手が回らないために新種としての発表・記載が遅れ、正式な名前(学名)がつけられる前に滅びていく生物もとても多いのが現状です。また、現在の科学技術で調査すると、以前は1つの種と考えられていた生物に、複数の種が含まれている可能性もあります。
生物の保全・保護は充分な調査結果と科学的知識に基づいた正しい方法で行われなければなりません。しかし、調査や研究、新種の記載などが研究者の不足などで進まないと、絶滅寸前の生物種があっても有効な保全・保護を行うのが難しいのが現状です。*6)
WWF※が発表した調査結果によると、1970年から2018年の間に、野生生物の個体群は平均69%も減少しています。この数値は世界の数万もの陸上・淡水・海水の脊椎動物※の個体群の平均的な推移を算出して導き出したものです。
【1970年〜2018年の生きている地球指数】
2019年5月のIPBES※「地球規模評価報告書」でも自然環境の変化を引き起こす要因は過去50年間に急速に増加したと報告されています。この結果、生態系サービスは世界的に劣化していると指摘されました。
【淡水域の生きている地球指数】
特に淡水域に暮らす生物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類)1,398種、6,617の個体群は平均83%も減少していることが報告されました。淡水域は生物多様性に富んだ環境である一方、淡水は私たち人間の生活に欠かせないものであり、人類の半数以上が淡水域から3km以内の場所に暮らしていると言われています。
このため、人間の生活にともなう
- 汚染
- 取水
- 流れの変更
- 種の撹乱
- 外来種の侵入
などが、淡水域に暮らす生物の生息環境を悪化させ、生物多様性の損失リスクの高い場所ができてしまいます。また、長距離を移動する回遊魚などにとっては、河川の関やダム、貯水池などが移動経路を妨げ、生存を脅かしている例も少なくありません。
【ニホンウナギの成育場環境の例】
※長距離を移動する魚の例としてニホンウナギが挙げられます。ニホンウナギが生息するには
- 河川で縦方向のつながり・横方向のつながりが確保されている
- 水域間の移動が妨げられない
- 隠れ場所がある
- 水深に多様性がある(瀨・淵など)
- 餌が豊富
など多くの条件が必要です。また、河川淡水域の環境だけでなく、生育初期を過ごす河口域や沿岸の干潟の環境も重要です。
レッドリスト指標で見る絶滅のリスク
IUCNは生存確率の推移を生物のグループごとに「レッドリスト指標」として発表しています。この指標では、
- グループ内の全ての種が近い将来絶滅する見込みが低い場合レッドリスト指標が1.0
- グループ内の全ての野生生物が絶滅してしまった場合レッドリスト指標は0
となります。
つまり、レッドリスト指標が1.0に近いほどグループ内に絶滅の恐れのある種が少なく、0に近いほどグループ内に絶滅の危機に瀕している種が多いと評価されます。2021年に発表されたレッドリスト指標では、最も絶滅の脅威に晒されているのはソテツ(古代からある植物のグループ)で、最も減少速度が速いのはサンゴのグループでした。
【野生生物の生存確率・絶滅リスク】
※上のグラフで急激な減少がわかるサンゴは「海の熱帯雨林」とも呼ばれる生物多様性の豊かなサンゴ礁を形成します。しかし現在では地球温暖化と土砂の流入などの要因で、世界のいたるところでサンゴ礁が急速に失われつつあります。*7)
【サンゴの機能と減少原因】
【関連記事】絶滅危惧種とは?原因や対策、種類、私たちにできることとSDGsとの関係を解説
ソテツやサンゴの状況は非常に深刻です。これは日本の国内の生物多様性の状況にも言えます。
世界の生物多様性の状況を把握したところで、次は日本の生物多様性の状況を確認しましょう。
【絶滅危惧IB類(EN)のクマタカ】
日本は固有種の宝庫で、「生物多様性ホットスポット」の1つと言われています。
生物多様性ホットスポットとは、地球全体で見ても生物多様性が高いにもかかわらず、人間の活動により危機に瀕している地域のことです。生物多様性ホットスポットは、
- 維管束植物(植物の中からコケ植物と藻類を除いたグループ)のうち、1,500種が固有種
- 原生的植生のうち70%以上が既に破壊されている
という厳密な基準を満たした地域となります。この条件を満たすのは日本を含め世界で36の地域で、これらの地域だけで全世界の植物・鳥類・哺乳類・爬虫類・両生類の60%が生息していると言われています。
日本と似たような面積で、似たような緯度にある島国として、イギリスとニュージーランドを例に日本と比較してみましょう。
【イギリス・ニュージーランド・日本の生物種の数】
上の表から見てもわかるように、日本は生息する生物種の数・固執種の数ともに、とても豊富です。しかし、日本の野生生物の約3割が絶滅の危機に瀕していると言われています。*8)
【日本の野生生物の約3割が絶滅の危機に瀕している】
※2022年には日本のレッドリストに掲載されている種は3,772種になりました。
日本は貴重な固有種の宝庫です。もっともっと、日本の生物を知って、日本の自然を好きになってください!続いては、生物多様性の保全に関する取り組みについて見ていきましょう。
【絶滅危惧II類(VU)のリュウキュウヤマガメ】
現在の人間の活動は、地球の再生能力を上回って、生態系サービスからの資源を消費しています。その量は地球の再生能力の75%も上回っており、このままの消費活動を続けるには地球の1.75個分の資源が必要です。
しかし、地球の資源と再生能力は限られています。私たちはこのままでは地球に住み続けることが将来的に難しいのです。
将来も「住み続けられる自然豊かな地球」のために、どのような取り組みが行われているのでしょうか?代表的な取り組みの例をいくつか確認しましょう。
【IPBES】科学と政策の統合
世界は国境で分断されていると感じている人は多いのですが、実際はずっとひとつでつながっています。世界のいかなる場所の生物多様性の保全・保護は、最終的には世界中のどの人の利益にもつながるのです。
このため、生物多様性を守るには国境を超えて協力し合うことが欠かせません。その中で、私たちの社会の仕組みの中でも特に、このように協力し合わなければならないのが研究機関などに代表される科学と、各国政府や国際連合に代表される政策です。
これまで「生物多様性を守ろう」という考えは、政治やビジネスからは切り離されて扱われていました。しかし、数々の科学的根拠や実際起こっている気候変動などの深刻な問題から、「生物多様性は人間を含めた生物が将来も地球で生きていくために不可欠なもの」と認識され、政治もビジネスも総力をあげて生物多様性を保全・保護するために、科学的知識や根拠が必要となったのです。
このような科学と政策のつながりを強化するための国際的な政府間の基盤となる機関として2012年4月に先ほども「生物多様性が失われている原因」で登場したIPBESが設立されました。IPBESは
- 科学的評価
- 能力養成
- 知見生成
- 政策立案支援
という4つの機能を持ち、生物多様性を保全・保護するための国際的な取り組みや、各国の政策に活用されています。
【IPBESの概要】
生物多様性条約
生物多様性条約とは、以前からある国際条約の
- ワシントン条約※
- ラムサール条約※
を補完するものです。生物多様性を世界全体で保全し、生態系サービスの資源の持続可能な利用を行うための国際的な枠組みとして、1993年に日本を含む168の国と地域により締結されました。2022年にはEUとパレスチナも加わり、生物多様性条約の締結国は194の国と地域になっています。
2022年12月7日から19日にかけて、カナダ・モントリオールで「国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15第二部)」が開催されました。この会議では、国家間での取り組みの進捗状況をタイムラインでモニタリング・評価するレビューメカニズムの採択や、先ほど紹介したIPBESの作業計画なども検討されました。
森林伐採が深刻な地域:アグロフォレストリーの推進
【世界の森林面積の国別変化】
世界では森林伐採のために多くの森林面積が失われています。上のグラフからも、オレンジから濃い赤紫色の国では森林の減少が深刻で、それらの国の多くは貧困や飢餓が問題になっている国々です。
このような国に「アグロフォレストリー」という農法を広める取り組みが行われています。アグロフォレストリーは森林の中で農業を行い、森林と共存しながら1年を通して複数の作物を収穫できます。
また、「里地里山」のようにアグロフォレストリーの継続によって生物多様性も豊かになります。加えて、アグロフォレストリーのために森林が伐採された土地に木々を植えることで、森林の再生も期待できます。
【アグロフォレストリーによるコーヒー栽培】
【関連記事】アグロフォレストリーとは?メリットと日本の取り組み、問題点・SDGsとの関係
日本:環境省を中心とした環境保全
日本では環境省を中心として特に
- 農林水産省…生物多様性を守る農業・漁業への取り組み
- 経済産業省…持続可能なエネルギー利用や生活・産業の環境負荷軽減への取り組み
- 国土交通省…グリーンインフラ整備など社会と自然環境の共存への取り組み
などの省庁と連携して、国内外の環境保全・保護に取り組んでいます。環境省の生物多様性や環境保全・保護の取り組みは
- 全国の自然環境や生物の生息状況の調査
- 里地里山の保全
- 干潟・湿地の保全
- サンゴ礁の保全
- 特定外来生物などへの対応
- 国際的な森林減少・砂漠化への対策
- 南極地域の環境保護
など多岐に渡り、今ある自然環境の保全だけでなく失われた自然を取り戻す活動も行われています。また、各地域がその地域の資源を活用しながら自立・分散型の自然共生社会を形成するための「地域循環共生圏」を構築する取り組みも行っています。*9)
【自然共生社会を目指すSATOYAMAイニシアティブ】
【関連記事】環境保全とは?農業や企業の取組事例、私たちにできること
【絶滅危惧IA類(CR)のベッコウトンボ】
生物多様性はその地域ごとに特有のもので、一度そのバランスが崩れてしまうと再びバランスを取り戻すことは簡単ではありません。過去には生物多様性や環境保全についての知識が足りなかったために間違った方法が取られ、生物多様性や環境を保全するはずが、さらなる生態系の混乱を招いた例もあります。
生物多様性を守るためには、持続的な調査と研究が欠かせません。過去の反省からも、自然や環境の見た目だけ取り繕うような安易な行動は控え、信頼できる調査結果と科学的な根拠に基づいて、生物多様性やそれを取り巻く環境を保全・保護していく必要があります。
生物多様性が守れなければ、住み続けられる地球を維持できません。また、生物多様性の保全と環境保全は切り離すことのできない存在です。
【環境省の「いきものログ」】
現在も調査・研究のたゆまぬ努力は続けられていますが、世界にはまだ解明されていないことがたくさんあります。あなたにもし興味があったら、このような調査や研究のボランティアに参加してみてください。
近年では市民参加型の環境調査や、森・河川・干潟・海などの自然を体験したり生物多様性を観察したりできる企画が積極的に行われています。環境の研究者や専門家が同行することが多いので、生物多様性保全や環境保全の実際の現場で貴重な体験ができます。
環境省の生物多様性センターが運営する「いきものログ」では、このような調査への参加募集情報や、あなたが調査した結果を提供できるシステムによる情報の蓄積も行っています。*10)
【絶滅危惧IB類(EN)のホトケドジョウ】
もう少し踏み込んで、生物多様性を守るために私たちにできることを見ていきましょう。
生物多様性について学ぶ
生物多様性を守るために私たちができることの第一歩は「正しい知識を身につけること」です。そして、実際に生物多様性の世界の中に自分が生きていることを体感しましょう。
- 里地里山
- 干潟・湿地
- 国立公園
- 動物園・植物園
などに実際に出かけて自然や生物を観察してみましょう。地域の生物多様性の調査などに参加することも良い経験になります。
【環境省の生物多様性を実感する自然観察会(オンライン)】
あなたも生態系の中にいることを忘れない
特に先進国の都市部の暮らしでは、食事の材料もほとんど購入して手に入れます。しかし本来、何かを食べるということは「何かの命をいただく」命のやりとりの場なのです。
その命のやり取りの現場は誰かが代わりに働いて、あなたの元に食材として届きます。命をいただいていることを実感することも、あなたが生態系の循環の中に生きていることを忘れないために大切です。
「普通種」も大切に
生物の世界には、まだ未解明の部分が多く残されています。また、目に見えない小さな生き物の活動や、地味であったり目立たなかったりする生物の活動も生物多様性を支えています。
私たちがありふれた存在として認識している生物でも、例えば複数の種が含まれている可能性など、未知の部分があるかもしれません。生物多様性について知識を深めるとともに、そのように「まだわかっていないことも多い」ことも理解しておきましょう。
まだ解明されていないことがたくさんあるのに、調査・研究がされる前に失われてしまう生物がたくさんいます。ありふれた存在に見えても、今ある自然は正しい管理で保全しましょう。
日々の食生活で「地産地消」
地域で生産されたものを、その地域で消費することで、輸送や保存のためのエネルギーを節約できます。また、身近な地域の農業や漁業について知ることができ、あなたの地域を取り巻く環境について、新たな発見があるかもしれません。
【「英田上山棚田再生プロジェクト」での田植え体験】
外来種を持ち込まない・放たない
あなたの身近な環境にも、長い時間をかけて育まれた、その場所独自の生物多様性があります。人の手によって別の場所から持ち込まれた外来種や一度人の手によって飼育、または繁殖された種が入ると、その場所独自の生物多様性が混乱してしまい、生態系のバランスが崩れて深刻な影響を与える可能性があります。
【アメリカザリガニの侵入と影響】
地球温暖化対策やゴミ問題解決
「生物多様性が失われている原因」でも触れたように、地球温暖化により生物の生息環境が変わり、様々な混乱を引き起こしています。大量生産・大量消費・大量廃棄によるゴミ問題も、処分に必要なエネルギーや場所が必要となり、結果的に温室効果ガスの排出など地球温暖化につながります。
使い捨てプラスチックの使用を減らしたり、リサイクル資源の使われている商品を選択したりと、できることから地球温暖化対策に取り組みましょう。地球温暖化を防ぐことは、生物の生息環境と生物多様性を守ることにも直結しています。*11)
このように、生物多様性を守るための行動は、誰もがすぐにでも始められることもたくさんあります。まずは1つ、あなたができそうなことから行動に移してみましょう!
次の章では、生物多様性とSDGsの関係について考えてみましょう。
SDGsは生物多様性とも深い関わりがあります。私たちも生物多様性の中に生きているのですから、当然とも言えます。
まずはSDGsについて簡単に整理しておきましょう。
SDGsについておさらい
SDGsとはSustainable Development Goalsの略語で「持続可能な開発目標」です。2015年に採択された、2030年までに将来も住み続けることができる持続可能でより良い世界を目指すために、17の目標(ゴール)と169のより具体的な行動内容(ターゲット)が設定されています。
SDGsは「地球上の誰一人取り残さない」ことを誓い、世界中のすべての人が取り組むものです。SDGsが目標に掲げるように、地球が持続可能であるために生物多様性は、世界全体で協力して守らなければなりません。
特に目標14と目標15に関係
SDGsの目標は、生物多様性のように目標どうしがそれぞれ複雑につながり合っています。例えば目標15の「陸の豊かさも守ろう」のために森林伐採を防ぐには、現地の貧困が深く関わっていて、目標1「貧困をなくそう」の解決なしには対策が進まないといったように、地球規模の問題は根底で他の問題に繋がっていることが多いのです。
そのため、SDGsの目標全てが生物多様性の保全に無関係ではありません。その中でもここでは、直接関係のある2つの目標について確認しましょう。
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」は、海洋や沿岸生態系の保全と持続可能な利用のために、海洋汚染を防止し、太平洋・西インド諸島・インド洋などにある、領土が狭く、低地の島国やLDCs(後発開発途上国)の経済的発展を目指すものです。
「世界の生物多様性の現状」の章でサンゴが急激に経ていることに触れたように、海の生態系は危機に瀕しています。その原因は、
- 海洋プラスチック・海洋汚染
- 魚の乱獲
- 海水の酸性化
- 富栄養化
- 海水温度の上昇
などで、これらは海洋の生物多様性に深刻な影響を与えています。海洋の生態系サービスの劣化は、漁業で生計を立てている人々の暮らしにも影響を与えます。
【関連記事】SDGs14「海の豊かさを守ろう」現状と課題、日本の取り組み事例、私たちにできること
SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」
SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」は、
- 持続可能な森林管理
- 劣化した土地の回復
- 砂漠化対策
などで、自然の劣化を食い止め、生物の生息地を守ることで生物多様性の損失を食い止めることを目指すものです。このような取り組み全ては豊かな生物多様性を守り、持続可能な方法で生態系サービスの資源を将来も利用していくために役立つと考えられます。
【関連記事】SDGs15「陸の豊かさも守ろう」現状と日本・世界の取り組み事例、私たちにできること
まとめ:全てが繋がっている生物多様性
生物多様性は地球に生物が現れてからこれまでに、はるか長い期間をかけてできあがった壮大で複雑な命のバランスです。人間の産業の急速な発展や目先の利益を優先した経済活動は、あらゆる面でこの貴重な生物多様性に大きな損失を与えました。
しかし、私たちが依存している生態系サービスは、生物多様性によって支えられています。私たち自身も生物多様性の中で生き、どんなに都会に住んでいても無関係ではありません。
世界の生物多様性は危機的な状況ですが、それらを守るのは国や大企業の取り組みばかりではありません。SDGsの目標と同じく、世界中すべての人がそれぞれにできることから、生物多様性を守るために行動を起こす必要があるのです。
生物多様性の世界は知れば知るほど素晴らしいものです。その知識はあなたの生活と心に豊かさを与え、生物多様性を守るための原動力となるでしょう。
あなたも興味のある生物から知識を深め、生物多様性の中の自分の存在についても考えてみましょう。あなたのその小さな行動も、大きな世界につながっています!
〈参考・引用文献〉
*1)生物多様性とは
環境省 生物多様性センター『生物多様性条約』(1993年12月)
環境省『みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 生きものの進化と生物多様性 -種の多様性・遺伝子の多様性』
環境省『みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 生物多様性とは何か』
国立科学博物館『かはく 生物多様性 生物多様性とは』
*2)生態系の多様性
環境省『自然再生推進法』
環境省『第1節 加速する生物多様性の損失』
*3)種の多様性
環境省『自然環境・生物多様性 なぜ、守らなければいけないの?』
環境省『日本の自然環境 1.3植生 1.4生物相』
*4)遺伝子の多様性(遺伝的多様性)
akademist Jounal『テントウムシの斑紋パターンはどう決まる? – ひとつの遺伝子が多様な斑紋をつくる仕組み 新美輝幸, 安藤俊哉』(2018年11月)
遺伝的多様性とは?メリットと失われると困る理由、身近な事例を解説
*5)生物多様性の重要性
環境省『みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 自然のめぐみ』
WIKIMEDIA COMMONS『Monotropastrum humile』
環境省『生物多様性を取り巻く最近の動向』p.10
*6)生物多様性が失われている原因
環境省『令和4年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第1章 第2節 科学的知見から考察する気候変動』(2022年6月)
環境省『令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第1章 地球環境の保全 第1節 地球温暖化対策』
国立環境研究所 地球環境研究センター『温暖化と生物の絶滅』(2015年5月)
気候変動の原因とは?SDGsとの関連性と地球に及ぼす影響と対策
WWF『地球温暖化による野生生物への影響』(2017年9月)
公害とは?種類や原因・現状を知り、問題解決やSDGsの達成に取り組もう
国立環境研究所『日本の生物多様性を脅かす「4つの危機」特集 生物多様性の保全から自然共生へ』(2016年12月)
環境省『外来種って何?』
環境省『みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 生物多様性に迫る危機』
WWF『密猟や違法な取引から、野生生物を守ろう!』(2019年8月)
環境省『重要里地里山500』
大阪南港野鳥園『ベントス底生生物概要 -ベントス 果てしない生物多様性の世界へようこそ-』
*7)世界の生物多様性の現状
WWF『生きている地球レポート2022』p.34
環境省『生物多様性を取り巻く最近の動向』p.7
WWF『生きている地球レポート2022』p.38
WWF『生きている地球レポート2022』p.38,p.39
環境省『ニホンウナギの生息地保全の考え方』p.13(2017年3月)
WWF『生きている地球レポート 2022』p.40
国立環境研究所『サンゴ礁を守り、再生するために』(2014年6月)
絶滅危惧種とは?原因や対策、種類、私たちにできることとSDGsとの関係を解説
*8)日本の生物多様性の現状
環境省『いきものログ クマタカ』
農林水産省『3つの島国を生き物の数で比較すると…ー偶然が生んだ日本の生物多様性ー』
環境省『みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 生物多様性に迫る危機』
*9)生物多様性の保全に関する取り組み
環境省『いきものログ リュウキュウヤマガメ』
環境省『みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 科学と政策の統合(IPBES)』
IPBES『生物多様性分野の 科学と政策の統合をめざして』p.10
環境省『生物多様性条約』
環境省 自然環境局『生物多様性条約』
外務省『生物多様性条約(生物の多様性に関する条約:Convention on Biological Diversity(CBD))』(2021年10月)
外務省『ワシントン条約』(2022年12月)
外務省『ラムサール条約』(2022年12月)
環境省『森林と生きる 世界の森林を守るため、いま、私たちにできること』p.2(2016年2月)
環境省『国際的な森林保全対策 世界の森林を守るために』
AGROFORESTRY
環境省『アメリカ領サモアにおけるアグロフォレストリーの重要性』
アグロフォレストリーとは?メリットと日本の取り組み、問題点・SDGsとの関係
環境省『令和4年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第3章 私たちが変える持続可能な地域とライフスタイル』
環境保全とは?農業や企業の取組事例、私たちにできること
*10)【生物多様性を守る】たゆまぬ調査・研究
環境省『いきものログ ベッコウトンボ』
環境省『いきものログ』
*11)生物多様性を守るために私たちができること
環境省『いきものログ ホトケドジョウ』
環境省『生物多様性を感じよう!オンライン自然観察会を実施しました』
WWF『生物多様性とは?その重要性と保全について』(2019年10月)
環境省『グッドライフアワード2015 環境大臣賞 グッドライフ特別賞 英田上山棚田再生プロジェクト』
環境省『自然環境・生物多様性 何が問題なの? 水草、全部切る!?』
環境省『生物多様性保全のためにできること』
*12)生物多様性とSDGsの関係
国際連合広報センター『2030アジェンダ 持続可能な開発目標(SDGs)報告2022概要』
国際連合広報センター『海の豊かさを守ろう』
SDGs14「海の豊かさを守ろう」現状と課題、日本の取り組み事例、私たちにできること
国際連合広報センター『2030アジェンダ 持続可能な開発目標(SDGs)報告2022概要』
国際連合広報センター『陸の豊かさも守ろう』
SDGs15「陸の豊かさも守ろう」現状と日本・世界の取り組み事例、私たちにできること