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炭素国境調整措置(CBAM)とは?仕組みや日本企業への影響まで

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炭素国境調整措置(CBAM)が、グローバルビジネスの新たな挑戦として浮上しています。EU発のこの制度は、環境保護と公平な貿易の両立を目指す一方で、企業に大きな変革を迫ります。

炭素国境調整措置(CBAM)の仕組みや対象製品、日本企業への影響を理解することは、今後の国際ビジネス戦略の鍵となるでしょう。気候変動対策が企業にもたらす影響と機会について、多角的な視点から、わかりやすく解説します。

目次

炭素国境調整措置(CBAM)とは

【炭素国境調整措置(CBAM)】

炭素国境調整措置(Carbon Border Adjustment Mechanism:CBAM)とは、欧州連合(EU)が導入を進める新たな環境政策です。この制度は、EU域外から輸入される特定の製品に対して、その生産過程で排出された温室効果ガスの量に応じた課金を行うものです。

炭素国境調整措置(CBAM)の主な目的は、EUの厳しい環境基準と域外の緩い基準との間の不公平を是正し、カーボンリーケージ(環境規制の緩い国への生産拠点の移転)を防ぐことにあります。

カーボンリーケージとは

カーボンリーケージは、炭素国境調整措置(CBAM)を理解する上で非常に重要な概念です。簡単に言えば、カーボンリーケージとは、ある国や地域で厳しい環境規制が導入されることにより、企業が生産拠点を環境規制の緩い国や地域に移転させ、結果として全体的な温室効果ガス排出量が増加してしまう現象を指します。

具体的には、以下のようなプロセスで発生します。

  1. 厳しい環境規制の導入:例えば、EUが厳しい炭素排出規制を導入し、企業に高額な炭素税を課すとします。
  2. 企業の対応:EU域内の企業は、高いコストを避けるために、炭素税のない国や環境規制の緩い国に生産拠点を移転することを検討します。
  3. 生産拠点の移転:実際に生産拠点が移転されると、EU域内での排出量は減少しますが、移転先の国での排出量が増加します。
  4. 全体的な排出量の増加:移転先の国では環境規制が緩いため、同じ製品を生産する際の排出量が増加する可能性があります。また、製品をEUに輸送する際の排出量も加わります。

このようなプロセスにより、1つの地域での厳しい規制が、皮肉にも全体的な温室効果ガス排出量の増加につながってしまうのです。

炭素国境調整措置(CBAM)は、このカーボンリーケージを防ぐために導入される制度です。EU域外から輸入される製品に対して、その生産過程での排出量に応じた課金を行うことで、

  • EU域内の企業と域外の企業の間の公平な競争条件を確保
  • 企業の生産拠点移転のインセンティブを減少させる

などを目指しています。

CBAMの仕組みと対象製品

CBAMは、EU域内に輸入される特定の製品に対して、その生産過程で排出された温室効果ガスの量に応じた課金を行う制度です。対象となる主な製品は、

  • セメント
  • 肥料
  • 電力
  • 鉄鋼
  • アルミニウム
  • 水素

の6つです。

輸入業者は、これらの製品をEUに持ち込む際、製品の生産に伴う温室効果ガス排出量を申告し、それに応じたCBAM証書を購入する必要があります。この仕組みにより、EU域内の企業と同等の環境コストを負担することになります。

【炭素国境調整措置(CBAM)制度の対象(2023年11月時点)】

日本企業への影響

炭素国境調整措置(CBAM)の導入は、EU市場に製品を輸出する日本企業に少なからぬ影響を与える可能性があります。特に、鉄鋼業界への影響が大きいと予想されています。

具体的には、EU向け輸出製品の生産過程における温室効果ガス排出量の正確な把握と削減に取り組む必要があります。また、EUの輸入業者から排出量データの提供を求められる可能性もあるため、適切な情報管理体制の構築が重要です。

グローバルな環境政策への影響

また、炭素国境調整措置(CBAM)の導入は、国際的な環境政策の動向にも大きな影響を与える可能性があります。他の国や地域も同様の制度の導入を検討する可能性があり、グローバルな環境規制の強化につながることも考えられます。

このような動きは、世界規模での温室効果ガス排出削減に寄与する一方で、国際貿易に新たな障壁を生む可能性もあります。そのため、各国政府や国際機関は、環境保護と自由貿易のバランスを取るための議論を重ねていく必要があるでしょう。*1)

炭素国境調整措置(CBAM)の仕組み

炭素国境調整措置(CBAM)は、グローバルビジネスに携わる企業にとって非常に重要な制度です。この革新的な環境政策は、国際貿易と環境保護の接点に位置し、企業の戦略に大きな影響を与える可能性があります。

炭素国境調整措置(以降CBAM)の仕組みを理解することは、今後のビジネス展開において不可欠となるでしょう。この章では、CBAMの具体的な仕組みについて、重要なポイントを見ていきましょう。

炭素国境調整措置(CBAM)の対象製品と排出量の算定

CBAMの対象となる主な製品は、

  • セメント
  • 肥料
  • 電力
  • 鉄鋼
  • アルミニウム
  • 水素

です。これらの製品がEU域内に輸入される際、その生産過程で排出された温室効果ガスの量を算定する必要があります。

この排出量の算定には、製品の直接排出量(生産プロセスでの排出)間接排出量(使用電力による排出)の両方が含まれます。EU域外の生産者は、これらの排出量を正確に計測し、報告することが求められます。

CBAM証書の購入と償却

EU域内の輸入業者は、輸入する製品の排出量に応じてCBAM証書を購入する必要があります。

輸入業者は、毎年5月末までに前年の輸入量に相当するCBAM証書を償却しなければなりません。これにより、EU域外で生産された製品にも、EU域内と同等の炭素価格が課されることになります。

CBAM証書の価格設定

CBAM証書の価格は、EU排出量取引制度(EU ETS)の週次平均価格に基づいて決定されます。

EU排出量取引制度(EU ETS)は、European Union Emissions Trading Systemの略称で、2005年に導入された世界最大の排出量取引市場です。EU域内の温室効果ガス排出削減を目的としており、EU気候政策の中核を担っています。

EU排出量取引制度(EU ETS)の特徴は以下の通りです。

  • キャップ・アンド・トレード方式
    EU全体の排出量に上限(キャップ)を設定し、その範囲内で排出枠を取引(トレード)できる仕組みです。
  • 対象セクター
    発電所、製造業、航空業など、EU域内のCO2排出量の約40%をカバーしています。
  • 排出枠の割り当てと取引
    企業は排出枠を割り当てられ、余剰分は売却、不足分は購入することができます。これにより、市場メカニズムを通じた効率的な排出削減を促進します。
  • 段階的な強化
    導入以来、対象セクターの拡大や無償割当の削減など、段階的に制度を強化しています。
  • 2030年目標
    2030年までに1990年比で43%の排出削減を目指しています。

購入単位

CBAM証書は、輸入製品に体化された炭素排出量1トンごとに購入する必要があります。例えば、10トンの炭素排出量を伴う製品を輸入する場合、10単位のCBAM証書が必要となります。

CBAM証書の購入方法

EUの公式サイトによると、CBAM証書の購入は以下の手順で行われます。

  1. CBAM移行登録簿にアカウントを作成
  2. 必要な証書数を計算(製品の炭素排出量に基づく)
  3. オンラインプラットフォームを通じて証書を購入
  4. 購入した証書を自社のアカウントに保管

償却期限

購入したCBAM証書は、毎年5月31日までに償却する必要があります。これは前年の輸入に対応するものです。

余剰証書の取り扱い

使用されなかった証書は、翌年に繰り越すことができます。ただし、2年連続で使用されなかった証書は自動的に取り消されます。

第三国での炭素価格の考慮

輸出国ですでに炭素価格が支払われている場合、その分をCBAM証書の購入額から控除することができます。これにより、二重課税を防ぐ仕組みが整えられています。

注意点として、CBAM証書システムの詳細は今後も変更される可能性があるため、最新の情報を常に確認する必要があります。

段階的な導入と移行期間

CBAMは段階的に導入されます。2023年10月から2025年末までは移行期間とされ、この間は輸入業者に対して排出量の報告義務のみが課されます。実際の課金は2026年1月から開始される予定です。

【EUの炭素国境調整措置の導入と移行期間】

第三国での炭素価格の考慮

CBAMは、輸出国で既に支払われた炭素価格を考慮する仕組みを持っています。つまり、輸出国で炭素税などが課されている場合、その分はCBAM証書の購入額から控除されます。

これにより、二重課税を防ぎ、公平な制度運用を目指しています。この仕組みは、国際貿易の専門家であるパスカル・ラミー元WTO事務局長が、CBAMの国際的な受容性を高める重要な要素として評価しています。

対象製品

CBAMの対象製品は、EU域内に輸入される特定の炭素集約的な製品です。具体的には以下の製品が含まれます:

  • セメント
  • 肥料
  • 電力
  • 鉄鋼
  • アルミニウム
  • 水素

これらの製品は、生産過程で多量の温室効果ガスを排出することで知られています。EUは、これらの製品を対象とすることで、カーボンリーケージのリスクが高い分野に焦点を当てています。

基本的な計算方法

具体的には、EUへの輸入品につき、製品単位あたりの炭素排出量に基づいた、CBAM証書の購入(=輸入課金)が必要になります。この課金額の基本となる計算式は、

  • 輸入課金 = CBAM証書価格(P/CO2-ton)× 製品単位当たり排出量(CO2-ton/Q)× 製品輸入量(Q)

です。この計算方法の各要素をそれぞれ見ていきましょう。

CBAM証書価格

基本的に前週のEU排出量取引制度(EU-ETS)の週次平均終値※を使用します。

ただし、輸出国ですでに支払われた炭素価格がある場合、それをCBAM証書価格から差し引くことができます。これにより、二重課税を防ぐ仕組みになっています。

※EU排出量取引制度(EU-ETS)では排出権が取引市場で売買され、その価格は為替や株式市場のように変動する。また、EUの気候政策の変更なども価格に影響を与える。

CBAMで、EU-ETSの週次平均終値が使用される理由は、日々の変動を平準化し、より安定した価格指標を提供するため。

製品単位当たり排出量

理想的には、実際の製品製造過程での排出量を使用します。

しかし、正確なデータが入手できない場合は、デフォルト値を使用することができます。このデフォルト値は、各輸出国の平均排出原単位を基に、製品ごとに設定されます。

ただし、電力に関してはデフォルト値の使用が認められていません。

製品輸入量

これは単純に、EUに輸入される対象製品の量を指します。

この計算方法により、EU域外からの輸入品に対して、その製品の製造過程で排出されたCO2量に応じた公平な課金が可能となります。輸入業者は、段階的にこの計算に基づいて必要なCBAM証書を購入し、EUに提出することが必要になります。

製品による計算方法の違い

CBAMにおける排出量の計算方法は、製品によって異なります。主に以下の2つの方法があります。

  1. 実際の排出量に基づく算出
  2. デフォルト値を使用する算出

①実際の排出量に基づく算出

電力以外の対象製品1トン当たりの体化排出量※は、以下の計算式で算出されます。

  • 体化排出量 = 直接排出量 + 間接排出量 + (投入材料の体化排出量 × 投入量)

ここで注意すべきは、間接排出量の算定と報告が必要なのは、本格適用後はセメントと肥料セクターのみという点です。また、実際の間接排出量を使用できるのは、以下の2つのケースに限られます。

  1. 輸入品の生産施設と発電所の間の「直接的な技術的リンク」を証明できる場合
  2. 第三国に所在する発電事業者と電力購入契約を結んでいる場合
体化排出量

製品の原材料調達から製造、輸送までの全過程で排出される温室効果ガスの総量。エンボディード・エミッションやエンベデッド・エミッションとも呼ばれる。

②デフォルト値を使用する算出

実際の直接排出量を算出できない場合、以下のいずれかのデフォルト値を使用することが認められています。

  • 輸出国ごとに定める平均排出単位に基づく値
  • EU-ETSの施設で最も実績の悪い施設における平均排出単位に基づく値
  • 域外国の特定の地域特性に適合したデータを使用した最適なデフォルト値

間接排出量のデフォルト値は、

  • EU電力網の排出係数
  • 電力生産国の電力網の排出係数
  • 電力生産国の価格設定源のCO2排出係数

の平均値に基づいて計算されます。

これらの計算方法は複雑であり、企業は自社の製品とその生産プロセスに最も適した方法を選択する必要があります。また、計算に必要なデータの収集と管理も重要な課題となります。

そのため、CBAMの対象となる可能性のある企業は、早期からこれらの計算方法に習熟し、必要なデータ収集システムを整備することが求められます。

以上のように、CBAMは複雑な仕組みを持つ制度ですが、その目的は気候変動対策と公平な競争環境の創出を両立させることです。グローバルビジネスに携わる企業は、この新たな制度への理解を深め、適切な対応策を講じることが求められるでしょう。*2)

なぜ炭素国境調整措置(CBAM)が始まったのか

炭素国境調整措置(CBAM)の導入は、気候変動対策と国際競争力の維持という、一見相反する目標を両立させようとするEUの野心的な取り組みです。この制度の背景には、地球規模の環境問題に対する危機感と、グローバル経済における公平な競争条件の確保という複雑な要因が絡み合っています。

EU-ETSの限界とカーボンリーケージの問題

CBAMの導入背景には、EU排出量取引制度(EU-ETS)の限界があります。EU-ETSは2005年に導入された世界初の大規模な排出量取引制度ですが、カーボンリーケージという問題に直面していました。

EU-ETSは、この問題に対処するため、特定の産業に対して排出枠の無償割当を行っていましたが、これは制度の効果を弱める結果となりました。

欧州グリーンディールとFit for 55

CBAMの直接的なきっかけとなったのは、2019年に発表された「欧州グリーンディール」※政策です。この政策は、2050年までにEUを気候中立(カーボンニュートラル)にすることを目指しています。

さらに、2021年に発表された「Fit for 55パッケージ」※は、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で少なくとも55%削減するという中間目標を設定しました。この野心的な目標を達成するためには、EU-ETSの強化とともに、新たな措置が必要でした。

欧州グリーンディール

2019年12月に欧州委員会が発表した気候変動対策と経済成長戦略。2050年までにEUを気候中立にすることを目指し、エネルギー、産業、建築、運輸など幅広い分野での脱炭素化を推進している。

Fit for 55パッケージ

EUが2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で少なくとも55%削減するという目標を達成するための包括的な政策群。2021年7月に欧州委員会が提案し、炭素国境調整措置(CBAM)や排出量取引制度(EU ETS)の強化など、13の法案を含む。

【欧州委員会「Fit for 55パッケージ」の概要】

国際競争力の維持と公平な競争条件の確保

CBAMのもう1つの重要な目的は、EU域内企業の国際競争力の維持です。EU域内企業は厳しい環境規制によりコストが上昇する一方、規制の緩い国の企業はそのようなコスト増を免れています。

CBAMは、EU域外からの輸入品に対しても炭素価格を課すことで、この不公平を是正しようとしています。これにより、EU域内企業と域外企業の間で公平な競争条件が確保されることが期待されています。

グローバルな気候変動対策の促進

最後に、CBAMには世界全体の気候変動対策を促進する狙いもあります。EUは、この制度を通じて他の国々にも同様の措置の導入を促し、グローバルな炭素価格の形成を目指しています。

このように、CBAMの導入には複雑な背景と多様な目的があります。グローバルビジネスに携わる企業は、この制度の意図を理解し、自社の戦略に反映させることが求められます。*3)

日本における炭素国境調整措置(CBAM)の現状

欧州連合(EU)が導入を進める炭素国境調整措置(CBAM)は、日本の産業界にも大きな影響を及ぼす可能性があります。経済産業省は、この新たな制度に対して積極的に情報収集と対応策の検討を行っています。

この章では、日本におけるCBAMへの取り組みの現状と、日本企業への影響、そして企業が直面する課題への対応策について解説します。

経済産業省の対応と情報提供

経済産業省はCBAMに関する情報を積極的に収集し、日本企業向けに詳細な解説と対応策を提供しています。「CBAMに関する事業者向けガイダンス」を公開し、CBAMの概要から具体的な対応方法まで、幅広い情報を網羅しています。

特に、日本国内で中小企業の比率が高く、CBAMの影響を受けやすいと考えられる、ねじ・ボルト類の製造メーカー向けには、「ねじ・ボルト等におけるEU-CBAM 用算定ガイドライン」を作成・公開しています。

【CBAM 規則におけるシステム境界の解説】

国内制度との整合性確保

日本政府は、EUの炭素国境調整措置(CBAM)と国内の炭素価格制度との整合性確保に向けて、積極的な取り組みを展開しています。例えば、経済産業省を中心に以下のような施策が進められています。

国内炭素価格制度の強化

現在、日本では「地球温暖化対策のための税」※や「J-クレジット制度」※などが導入されていますが、これらをより実効性の高い制度へと発展させる検討が行われています。具体的には、

  • 排出量取引制度の本格導入
  • 炭素税の見直し

などが議論の対象となっています。

地球温暖化対策のための税(通称:温対税・温対法)

2012年に導入された日本の環境税制。化石燃料の利用に対して課税することで、CO2排出量の削減を促進する。炭素税とも呼ばれ、1トンのCO2排出につき289円の税率が設定されている。環境省の主導で導入された、カーボンプライシングの1つ。

【関連記事】温対法とは?省エネ法との違いや企業が取り組むべき内容をわかりやすく解説!

J-クレジット制度

省エネ設備の導入や森林経営などによる温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして認証する日本の国内制度。2013年に開始され、旧制度である国内クレジット制度とJ-VER制度を統合している。企業や自治体がこのクレジットを購入することで、自らの排出削減目標の達成や、カーボン・オフセットに活用できる。経済産業省、環境省、農林水産省が共同で運営。

【関連記事】Jクレジットとは?仕組みや価格制度、メリット・デメリットをわかりやすく解説!普及しない理由は?

日本版CBAMの検討

EUのCBAMに対抗する形で、日本独自の炭素国境調整措置の導入が検討されています。これにより、日本企業の国際競争力を維持しつつ、グローバルな公平性の確保が期待されています。

国際連携の強化

G7やG20などの国際会議の場を活用し、各国との対話を通じて炭素価格制度の国際的な調和を図る取り組みが進められています。特に、アジア地域での協力体制の構築に力を入れています。

産業界との対話

経済産業省は、定期的に産業界との意見交換会を開催し、企業の懸念や提案を政策に反映させる努力を続けています。これにより、実効性の高い制度設計を目指しています。

データ収集・分析体制の整備

CBAMへの対応に必要な排出量データの収集・分析体制を整備するため、デジタル技術の活用人材育成支援などの取り組みが行われています。

日本企業への影響分析

【EUの輸入相手国】

※鉄・アルミ・セメント・肥料いずれにおいても、EUの輸入に占める日本のシェアは0~1%とわずか。

【日本の輸出相手国】

※鉄・アルミ・セメント・肥料いずれにおいても、日本からEUへの輸出量は少ない。

経済産業省の見解によると、CBAMの導入が日本企業に与える影響は以下のように予測されています。

  • 鉄鋼業界
    日本国内の産業では、最も大きな影響を受ける可能性があります。EU向け輸出の約20%がCBAMの対象となる可能性があります。
  • アルミニウム業界
    直接的な影響は比較的小さいものの、サプライチェーン全体での対応が必要となります。
  • 化学産業
    現時点では直接の対象ではありませんが、将来的に対象範囲が拡大する可能性があります。

企業の対応策

経済産業省は、日本企業がCBAMに対応するための具体的な戦略を提案しています。

排出量データの管理強化

将来的に対象範囲が拡大する可能性もふまえ、製品ごとの温室効果ガス排出量を正確に把握し、管理する体制の構築が今後どの産業分野にも不可欠です。CBAMでは輸入業者がEU当局に排出量データを報告する必要があり、そのデータの正確性が求められるためです。

具体的な方法としては、

  • 製品ライフサイクル全体での排出量計算システムの導入
  • 国際標準(ISO 14064など)に準拠した排出量算定方法の採用
  • 社内での専門チームの設置や外部専門家の活用
  • 定期的な内部監査と第三者機関による検証の実施

などが例として挙げられます。

サプライチェーンの見直し

企業は原材料調達先の見直しや、低炭素技術の導入を検討する必要があります。これは、製品全体の排出量を削減し、CBAMによる負担を軽減するために重要です。

  • サプライヤーの排出量データの収集と評価
  • 低炭素技術を採用しているサプライヤーへの切り替え
  • サプライヤーとの協働による排出量削減プロジェクトの実施
  • 自社生産プロセスへの最新の低炭素技術の導入

などが必要となるでしょう。

EU当局との対話

CBAMの運用に関する不明点や懸念事項について、積極的にEU当局と対話を行うことが大切です。これは、制度の詳細な運用方法を理解し、自社の対応策を適切に立案するために必要です。

場合によっては、

  • EU当局が開催する説明会やワークショップへの参加
  • 業界団体を通じた集団的な対話の実施
  • 個別企業としての質問や意見の提出
  • 日本政府の支援を得てのEU当局との交渉

などの方法で、対話によって理解を深めることが必要になります。

このような取り組みを通じて、日本企業はCBAMへの対応を効果的に進め、EU市場での競争力を維持しつつ、グローバルな脱炭素化にも貢献することができると考えられます。

日本の炭素価格制度

温室効果ガス排出量に価格を付け、排出削減を促す経済的手法。主に地球温暖化対策のための税(温対税)と排出量取引制度から構成されている。2024年4月からは「GX経済移行債」による投資促進策も導入され、これらは「カーボンプライシング」とも呼ばれる。

【関連記事】カーボンプライシングをわかりやすく解説!世界・日本の現状、課題、今後の展望も紹介

日本企業、特にグローバルに事業を展開する企業は、CBAMの動向を注視し、早めに自社の事業戦略に組み込んでいく必要があります。経済産業省の情報を活用しつつ、自社の状況に応じた対応策を検討することが、今後の国際競争力維持にあたって重要となるでしょう。*4)

炭素国境調整措置(CBAM)に関して企業は何をすれば良い?

EU域内とビジネスを展開する日本企業にとって、炭素国境調整措置(CBAM)への対応は避けて通れない課題です。この章では、CBAMに効果的に対応するための具体的な戦略と実践的なアプローチを解説します。

排出量データの把握と管理体制の構築

CBAMへの対応の第一歩は、自社製品の温室効果ガス排出量を正確に把握し、管理する体制を構築することです。これは単なる規制対応ではなく、企業の競争力強化にもつながる重要な取り組みです。

具体的なアプローチとしては、

  • 製品ライフサイクル分析(LCA)の実施:原材料調達から製造、輸送まで、製品の全ライフサイクルにおける排出量を算定
  • 国際標準に準拠した算定方法の採用:ISO 14064やGHGプロトコルなど、国際的に認められた方法論を使用することで、データの信頼性を高る
  • デジタル技術の活用:IoTセンサーやAIを活用した排出量モニタリングシステムの導入により、リアルタイムでのデータ収集と分析を可能にする
  • 社内専門チームの設置:排出量データの管理と報告を専門に行うチームを設置し、継続的な改善を図る

などが例として挙げられます。

サプライチェーンの最適化

CBAMの影響は自社の製造プロセスだけでなく、サプライチェーン全体に及びます。そのため、サプライチェーンの見直しと最適化が重要になります。

  • サプライヤーの排出量評価:主要サプライヤーの排出量データを収集し、評価する仕組みを構築
  • グリーン調達の推進:低炭素製品や再生可能エネルギーを使用しているサプライヤーを優先的に選定
  • サプライヤーとの協働:排出量削減に向けた共同プロジェクトを立ち上げ、サプライチェーン全体を最適化
  • 地域分散型サプライチェーンの構築:地理的リスクを分散させつつ、輸送に伴う排出量も削減できる戦略的なサプライチェーンを設計

など、サプライチェーン全体での対応が求められます。

技術革新と低炭素化投資

CBAMへの長期的な対応として、製造プロセスの低炭素化に向けた技術革新と投資が不可欠です。環境負荷の高い製品には、より多くのCBAM証書の購入が必要になってしまうためです。

主な取り組み例として、

  • エネルギー効率の改善:最新の省エネ技術の導入や、生産プロセスの最適化
  • 再生可能エネルギーの活用:自社での再エネ発電設備の導入や、再エネ電力の調達を拡大
  • 革新的な低炭素技術の開発:水素還元製鉄や二酸化炭素の回収・利用・貯留(CCUS)など、画期的な技術開発に投資
  • 循環経済モデルの採用:製品設計から廃棄物管理まで、資源の循環利用を促進する取り組みを強化

などの、企業の業務内容や規模に合わせた取り組みがますます重要になるでしょう。

日本企業はCBAMへの対応を単なるコスト増加要因ではなく、グローバル市場での競争力強化と持続可能な成長の機会として捉え、前向きな行動が必要です。企業規模や業種に関わらず、長期的な視点に立った戦略的なアプローチが求められています。*5)

炭素国境調整措置(CBAM)に関してよくある疑問

炭素国境調整措置(CBAM)は、多くの企業にとって新たな挑戦をもたらす制度です。その複雑さゆえに、当然ですがさまざまな疑問や懸念が生じます。

この章では、ビジネスにかかわる人が炭素国境調整措置(CBAM)に関してよく抱く疑問に対して、回答していきます。

EUに有利な政策ではありませんか?

結論から言うと、CBAMはEUに一方的に有利な政策ではありません。確かに、EU域内企業の競争力保護という側面はありますが、同時にグローバルな気候変動対策の促進という重要な目的も持っています。

CBAMの主な目的は、カーボンリーケージの防止公平な競争環境の創出です。EU域内企業は厳しい環境規制によりコストが上昇する一方、規制の緩い国の企業はそのようなコスト増を免れています。CBAMは、この不公平を是正しようとする試みなのです。

また、CBAMは他国の気候変動対策を促進する効果も期待されています。例えば、日本の経済産業省は、CBAMへの対応策として国内の炭素価格制度の強化を検討しています。

CBAMは国際貿易ルール(WTO協定)に違反していませんか?

CBAMのWTO協定との整合性については、現時点で明確な結論は出ていません。しかし、EUはWTO協定との整合性を確保するよう慎重に制度設計を行っています。

CBAMは、国内産品と輸入品を同等に扱うという「内国民待遇原則」や、全ての輸入品を平等に扱うという「最恵国待遇原則」に抵触する可能性があるとの指摘があります。しかし、EUはこれらの懸念に対応するため、以下のような措置を講じています。

  • 輸出国での炭素価格の考慮:輸出国ですでに炭素価格が課されている場合、その分をCBAMの課金額から控除
  • 段階的な導入:2023年から2025年までは報告義務のみとし、実際の課金は2026年から開始
  • 透明性の確保:制度の詳細や運用方法を公開し、関係国との対話を継続

EU外の中小企業にとって負担が大きすぎませんか?

確かに、CBAMはEU外の中小企業にとって大きな負担となる可能性があります。しかし、EUはこの懸念に対応するため、いくつかの措置を講じています。

まず、CBAMの導入は段階的に行われます。2023年から2025年までの移行期間中は、排出量の報告義務のみが課され、実際の課金は2026年からとなります。この期間を活用して、中小企業も段階的に対応を進めることができます。

また、EUは中小企業向けの支援策も検討しています。例えば、排出量計算のためのツールの提供や、技術支援プログラムの実施などが行われています。

どのようにサプライチェーン全体と協力すればいいのですか?

サプライチェーン全体でのCBAM対応は、確かに複雑で困難な課題です。しかし、以下のようなアプローチを取ることで、効果的な協力体制を構築することができます。

情報共有プラットフォームの構築

サプライチェーン全体で排出量データを共有できるデジタルプラットフォームを導入しましょう。これにより、データの収集と管理が効率化されます。

共通の算定基準の策定

サプライチェーン内で統一された排出量算定基準を設けることで、データの一貫性と信頼性を確保できます。

キャパシティビルディング

サプライヤーに対して、排出量計算や報告に関するトレーニングを提供しましょう。特に中小サプライヤーにとっては、こうした支援が大きな助けとなります。

インセンティブの設定

排出量削減に成功したサプライヤーに対して、取引条件の優遇や表彰制度などのインセンティブを設けることで、積極的な協力を促すことができます。

長期的なパートナーシップの構築

サプライヤーとの関係を単なる取引先から、共に脱炭素化に取り組むパートナーへと発展させることが重要です。

例えば、自動車メーカーのVolkswagenは、サプライヤーとの協働プログラム「CO2 Reduction Program」を通じて、サプライチェーン全体での排出量削減に取り組んでいます。このような先進的な取り組みを参考にすることも有効でしょう。

サプライチェーンに協力的でない企業がある場合はどうすべきですか?

サプライチェーン内に協力的でない企業がある場合、確かに対応に苦慮するかもしれません。しかし、以下のようなアプローチを取ることで、状況を改善できる可能性があります。

  1. 対話の促進
    まずは、協力的でない理由を理解することが重要です。CBAMの重要性や協力することのメリットを丁寧に説明し、懸念点があれば一緒に解決策を探りましょう。
  2. 段階的なアプローチ
    一度に全ての情報提供を求めるのではなく、まずは基本的なデータから始めて、徐々に詳細な情報を求めていくなど、段階的なアプローチを取ることも効果的です。
  3. 代替サプライヤーの検討
    長期的に協力が得られない場合は、同等の製品を提供できる、より協力的なサプライヤーへの切り替えを検討する必要があるかもしれません。
  4. 業界団体を通じた働きかけ
    個社での対応が難しい場合は、業界団体を通じて協力を呼びかけることも一案です。
  5. 技術的支援の提供
    排出量データの収集や計算に関する技術的な支援を提供することで、協力を促進できる可能性があります。

例えば、スウェーデンの家具メーカーIKEAは、サプライヤーに対して排出量削減目標の設定を義務付けると同時に、目標達成のための技術的支援や資金援助を提供しています。このような包括的なアプローチが、協力的でないサプライヤーを動かす鍵となる可能性があります。

貿易摩擦の原因になる可能性はありませんか?

CBAMが貿易摩擦の原因となる可能性は確かに存在します。しかし、EUはこのリスクを最小限に抑えるための努力を行っています。

CBAMは、一部の国々から「グリーン保護主義」との批判を受けています。特に、中国やインドなど新興国からの反発が強いのが現状です。

このような状況から、以下のような点に注目が集まっています。

  • 国際協調の重視
    EUは、CBAMの設計と実施において国際的な対話を重視しています。G7やG20などの場でCBAMについて議論を行い、理解を求めています。
  • WTO整合性の確保:EUは、CBAMがWTO規則に整合的であるよう慎重に制度設計を行っています。
  • 段階的な導入
    2023年から2025年までの移行期間を設けることで、各国が徐々に制度に適応できるよう配慮しています。
  • 柔軟な制度設計
    輸出国での炭素価格付けを考慮するなど、柔軟な制度設計により、不公平感を軽減する努力をしています。

日本政府は、EUとの間で「日EU・グリーン・アライアンス」を立ち上げ、CBAMを含む気候変動対策について定期的な対話を行っています。企業はこのような政府間の取り組みを活用することも、貿易摩擦のリスクを軽減する手段の1つとなるでしょう。

CBAMをどのようにチャンスとして活かせますか?

CBAMは確かに多くの企業にとって課題となりますが、同時に大きなビジネスチャンスでもあります。以下のような観点から、CBAMを積極的に活用することができます。

技術革新の加速
低炭素技術の開発や導入を加速させることで、長期的な競争優位性を獲得できます。例えば、製造プロセスの効率化や再生可能エネルギーの活用などが考えられます。

  • 新市場の開拓
    低炭素製品や環境関連サービスの需要が増加する可能性があります。これらの新市場にいち早く参入することで、先行者利益を得られる可能性があります。
  • ブランド価値の向上
    積極的な環境対策は、企業イメージの向上につながります。これは、特に環境意識の高い欧州市場において大きな強みとなるでしょう。
  • サプライチェーンの最適化
    CBAMへの対応を通じて、サプライチェーン全体の可視化と最適化が進むことで、長期的なコスト削減につながる可能性があります。
  • 新たなビジネスモデルの創出
    排出量管理サービスや低炭素技術のコンサルティングなど、CBAMに関連した新たなビジネスモデルを構築できる可能性があります。

日本企業としては、高効率な製造技術や環境配慮型製品の開発など、自社の強みを活かしたアプローチを検討することが重要です。CBAMを単なる規制対応ではなく、ビジネス変革の契機として捉えることで、新たな成長機会を見出すことができるでしょう。

CBAMの対象製品は今後拡大する可能性がありますか?

CBAMの対象製品が今後拡大する可能性は非常に高いと言えます。現在の対象製品は限定的ですが、EUは段階的に範囲を広げていく方針を示しています。

具体的には以下のような拡大の可能性があります。

  • 川下製品への拡大
    2024年12月末までに、欧州委員会は現在の対象製品を使用する川下製品(消費者向け最終製品や店頭で売られている完成品のこと)のうち、CBAM規則の対象に追加すべき製品を特定することになっています。
  • 有機化学品・ポリマーへの拡大
    2025年末までに、有機化合物やポリマーへの適用拡大が検討されています。
  • 自動車・自動車部品・産業機械への拡大
    鋼材を用いるこれらの製品への適用拡大も検討されています。
  • その他の高排出産業への拡大
    将来的には、プラスチック、紙、ガラスなどの産業も対象となる可能性があります。

罰金は発生しますか?

CBAMの規定を遵守しない場合、罰金が発生する可能性があります。具体的には以下のような罰則が設けられています。

  • 報告義務違反:CBAM報告書を提出しなかった場合、または不完全・不正確な報告書を提出した場合、未報告の排出量1トンにつき10〜50ユーロの罰金
  • 継続的な違反:不完全または不正確な報告書を2回以上連続して提出した場合、より高額な罰金が課せられる
  • 長期的な違反:6ヶ月以上報告を怠った場合も、より厳しい罰則の対象
  • 各国独自の罰則:一部のEU加盟国は、独自の国内罰則制度を設ける可能性も

経済産業省は、「CBAMの罰則は厳格であり、企業は慎重かつ正確な対応が求められます。特に、サプライチェーン全体での情報収集と管理が重要になるでしょう」と指摘しています。*6)

炭素国境調整措置(CBAM)とSDGs

炭素国境調整措置(CBAM)とSDGs(持続可能な開発目標)は、ともに地球規模の課題解決と持続可能な社会の実現を目指すという共通点があります。CBAMは気候変動対策を通じて環境保護と公平な経済活動の促進を図り、SDGsは17の目標を通じて社会、経済、環境の調和のとれた発展を目指しています。

【持続可能な開発目標(SDGs)17ゴール】

CBAMはSDGsの目標達成において重要な役割を果たします。CBAMの導入により、企業は環境に配慮した生産活動へのシフトを加速させ、グローバルな気候変動対策の実効性を高めることが期待されます。

CBAMが特に貢献できるSDGs目標を確認していきましょう。

SDGs目標7:エネルギーをみんなに そしてクリーンに

CBAMは、クリーンエネルギーの普及促進に大きく貢献します。CBAMの導入により、企業は製品の生産過程でのCO2排出量削減を迫られます。

これは必然的に、再生可能エネルギーの利用拡大につながります。例えば、EU市場に輸出する鉄鋼メーカーは、生産工程での再生可能エネルギー利用を増やすことで、CBAMによる課金を抑制できます。

この動きは、再生可能エネルギー市場の拡大と技術革新を促進し、結果としてクリーンエネルギーのコスト低下と普及につながります。

さらに、CBAMは途上国におけるクリーンエネルギーへの移行も後押しします。EU市場への輸出を重視する途上国の企業は、CBAMへの対応として自国政府にクリーンエネルギー政策の強化を求める可能性があり、これが途上国全体のエネルギー転換を加速させる可能性があります。

SDGs目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう

CBAMは、低炭素技術の革新と持続可能な産業化を促進します。企業はCBAMに対応するため、より効率的で環境負荷の少ない生産技術の開発と導入を加速させることが予想されます。

具体的には、

  • CO2回収・利用・貯留(CCUS)技術
  • 水素還元製鉄技術

などの革新的な低炭素技術への投資が増加するでしょう。これらの技術開発は、産業界全体の技術基盤を向上させ、長期的には経済成長と環境保護の両立に貢献します。

また、CBAMは中小企業を含むサプライチェーン全体での技術革新も促進します。大企業がサプライヤーに対してCO2排出量削減を要求することで、中小企業も含めた産業全体での技術革新と持続可能な産業化が進むことが期待されます。

SDGs目標12:つくる責任 つかう責任

CBAMは、持続可能な生産と消費パターンの確立に貢献します。製品のライフサイクル全体でのCO2排出量が重要視されることで、企業は原材料の調達から製造、輸送、使用、廃棄に至るまでの各段階で環境負荷を最小限に抑える取り組みを強化します。

例えば、アルミニウム産業では、リサイクル材の使用拡大や省エネ型の製造プロセスの採用が進むでしょう。これにより、製品の環境負荷が低減され、消費者の環境意識も高まることが期待されます。

さらに、CBAMは製品の環境情報の透明性向上にもつながります。CO2排出量の正確な把握と報告が求められることで、消費者が製品の環境負荷を考慮して購買決定を行うことが容易になります。これは、持続可能な消費行動の促進につながります。

SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を

CBAMは、気候変動対策の実効性を高める上で極めて重要な役割を果たします。国境を越えた公平な炭素価格の実現により、グローバルな気候変動対策を加速させることが期待できます。

具体的には、CBAMの導入により、これまで環境規制の緩い国に生産拠点を移転することで炭素価格を回避してきた企業の行動を抑制します。これにより、カーボンリーケージ(炭素漏出)が防止され、世界全体での実質的なCO2排出量削減につながります。

また、CBAMは他国・地域の気候変動政策にも影響を与えます。例えば、日本や米国などの主要国も、EUのCBAMに対応する形で同様の制度の導入を検討する可能性があります。

これにより、グローバルな炭素価格の形成が進み、世界全体での気候変動対策が強化されることが期待されます。

SDGs目標17:パートナーシップで目標を達成しよう

CBAMは、気候変動対策における国際協力とパートナーシップの強化を促進します。CBAMの導入により、各国は気候変動対策に関する政策協調の必要性を強く認識することになります。

例えば、CBAMの運用に関する国際的な対話の場が設けられ、公平で効果的な制度設計に向けた議論が活発化することが予想されます。これは、気候変動対策に関する国際的な合意形成を促進し、パリ協定の目標達成に向けた取り組みを加速させる可能性があります。

また、CBAMは途上国支援の新たな枠組みづくりにもつながる可能性があります。例えば、CBAMによる収入の一部を途上国の気候変動対策支援に充てるなど、先進国との協力関係を強化する仕組みも検討されています。

このように、CBAMはSDGsの複数の目標達成に大きく貢献する可能性を秘めています。ただし、その効果を最大化するためには、公平で透明性の高い制度設計と、国際的な協調が不可欠です。

CBAMを通じたSDGs達成への取り組みは、まさにグローバルなパートナーシップの重要性を示す好例と言えるでしょう。*7)

>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから

まとめ

炭素国境調整措置(CBAM)は、気候変動対策と公平な国際競争の実現を目指すEUの革新的な政策です。CBAMの最も重要となるポイントは、EU域外からの輸入品に対して、その生産過程での温室効果ガス排出量に応じた課金を行うことにあります。

2023年10月から移行期間が始まり、2026年からの本格実施に向けて、世界中の企業や政府が対応を迫られています。CBAMの主な目的は、

  1. カーボンリーケージの防止
  2. 世界的な脱炭素化の促進

の2つと言えるでしょう。現在の対象製品は、

  1. 鉄鋼
  2. セメント
  3. アルミニウム
  4. 肥料
  5. 電力
  6. 水素

の6品目ですが、将来的に対象範囲が拡大する可能性があります。

CBAMは、途上国にとっては、短期的には輸出競争力の低下というリスクがありますが、長期的には持続可能な産業構造への転換を促す機会ともなり得ます。一方、先進国の企業にとっては、環境技術のイノベーションを加速させる契機となるでしょう。

今後、CBAMの成功には国際的な協調と公平性の確保が不可欠です。

  • WTOルールとの整合性
  • 途上国支援の仕組みづくり

など、解決すべき課題は多く残されています。また、他の国や地域でも同様の制度導入の動きが出てくる可能性があり、グローバルな炭素価格形成に向けた議論が活発化すると予想されます。

EUは世界的に見ても大きな市場です。日本企業全体としては、強い影響を受ける企業は多くないと予想されていますが、急速にグローバル化が進む現代において、このような新しい規制の影響を受けるリスクはどの企業にも多かれ少なかれ「ある」と考えるべきでしょう。

また、CBAMについて知識を深めることは、単に企業のリスク管理だけでなく、私たち一人ひとりが地球規模の課題にどう向き合うかを考える機会となります。個人レベルでできることとして、日々の消費行動や投資判断において、製品やサービスの環境負荷を考慮することが重要です。

  • 「CBAMのような制度が、自分の生活や仕事にどのような影響を与えるか」
  • 「持続可能な社会の実現のために、自分には何ができるか」

などを意識してみましょう。これらに向き合うことで、私たちは環境問題と経済活動の調和について、より深い洞察を得ることができます。

気候変動対策は、一朝一夕には解決できない複雑な課題です。しかし、CBAMのような新たな取り組みは、より持続可能な未来への大きな一歩となる可能性を秘めています。*8)

<参考・引用文献>
*1)炭素国境調整措置(CBAM)とは
環境省『炭素国境調整措置(CBAM)から読み解くカーボンプライシング』(2023年12月)
経済産業省『欧州炭素国境調整措置』
JETRO『EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)(2024年2月)』(2024年5月)
経済産業省『貿易と環境:炭素国境調整措置の概要と WTO ルール整合性』
日本経済団体連合会『EUの炭素国境調整措置』(2022年7月)
EU『Carbon Border Adjustment Mechanism』(2024年11月)
NIKKEI COMPASS『国境炭素調整措置』
環境省『欧州委員会における炭素国境調整措置等の検討について』
国際環境経済研究所『欧州炭素国境調整措置(EU-CBAM)について』(2024年1月)
経済産業省『貿易と環境:炭素国境調整措置の概要と WTO ルール整合性 』
日欧産業協力センター『EUが目指す炭素国境調整措置(CBAM)とは』(2021年6月)
日経ESG『炭素国境調整』(2023年2月)
BBC『Brexit: EU carbon law ‘could be Stormont brake’s first test’』(2023年9月)
GOV.UK『Factsheet: UK Carbon Border Adjustment Mechanism』(2023年12月)
EU『Carbon Border Adjustment Mechanism (CBAM)』(2023年10月)
Reuters『EU launches first phase of world’s first carbon border tariff』(2023年10月)
*2)炭素国境調整措置(CBAM)の仕組み
環境省『炭素国境調整措置(CBAM)から読み解くカーボンプライシング』(2023年12月)
経済産業省『GX実現に向けた排出量取引制度の検討に資する法的課題研究会の趣旨等について』(2024年5月)
経済産業省『国境炭素長絵師措置の最新動向の整理ー欧州における動向を中心にー』(2021年2月)
経済産業省『令和3年度地球温暖化・資源循環対策等に資する調査委託費(国境調整措置に係る調査)調査報告書』(2022年)
経済産業省『炭素国境調整措置に関する基本的な考え方について』(2021年3月)
経済産業省『ねじ・ボルト等におけるEU-CBAM 用算定ガイドライン』(2024年2月)
日本経済新聞『国境炭素税とは 環境規制緩い国の輸入品に「関税」』(2023年6月)
EU『Carbon Border Adjustment Mechanism』(2024年11月)
Joint Economic Committee Democrats『What is a carbon border adjustment mechanism (CBAM) and what are some legislative proposals to make one?』(2024年2月)
UK Parliament『Carbon Border Adjustment Mechanism』(2024年3月)
*3)なぜ炭素国境調整措置(CBAM)が始まったのか
環境省『欧州委員会における炭素国境調整措置等の検討について』
IEE JAPAN『乱立するCBAM(炭素国境調整措置)』(2024年11月)
環境省『炭素税・国境調整措置を巡る最近の動向』
環境省『脱炭素社会の実現に向けた国際的な動向』(2024年5月)
経済産業省『 通商白書2024 第2節 欧州 1.EU関係』(2024年6月)
経済産業省『化学産業のカーボンニュートラルに向けた国内外の動向』(2024年6月)
経済産業省『不公正貿易報告書を受けた経済産業省の取組方針 』(2024年6月)
資源エネルギー庁『令和4年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2023)第1節  脱炭素社会への移行に向けた世界の動向 1.国際的な各種枠組み・ルールの最新動向』(2023年6月)
野村資本市場研究所『炭素国境調整メカニズムを講じる欧州の動向ー国際課税を通じた気候関連の移行リスクー』(2021年)
経済産業省『令和4年度地球温暖化対策における国際機関等連携事業委託費(産業炭素中立化と国際貿易ルールに係る国際会議開催)』(2022年)
*4)日本における炭素国境調整措置(CBAM)の現状
環境省『欧州委員会における炭素国境調整措置等の検討について』
経済産業省『第6回 カーボンニュートラルの実現に向けたカーボン・クレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会 議事要旨』(2024年3月)
NIKKEI GX『EU炭素国境調整が迫るデータ収集 報告開始で見えた課題』(2024年8月)
JETRO『GXリーグで始まる新しい日本のカーボンプライシング』(2024年5月)
資源エネルギー庁『GXに向けた取組と省エネ・⾮化⽯転換について』(2024年9月)
資源エネルギー庁『我が国のグリーントランスフォーメーションの加速に向けて』(2024年5月)
経済産業研究所『日本はEUのCBAM提案に負けずに脱炭素の世界的努力をリードせよ』(2021年10月)
日欧産業協力センター『EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)の運用状況と日本企業の対応』(2023年11月)
金属産業新聞『CBAM対応、早急な環境整備を』(2024年3月)
経済産業研究所『応用一般均衡モデルによるEU CBAMの日本への影響の分析』
内閣府『2030年排出削減目標の経済影響と炭素国境調整措置の経済緩和効果に関するモデル分析』(2023年)
*5)炭素国境調整措置(CBAM)に関して企業は何をすれば良い?
JETRO『EU 炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)』(2024年2月)
経済産業省『カーボンニュートラルと国際的な政策の動向及び企業への影響』(2022年7月)
JETRO『炭素国境調整に向けて動き出した米国とEU』(2021年9月)
蓬田 守弘『国境炭素調整措置――制度の概観と理論による分析』
環境省『カーボンプライシングの活用に関する小委員会(第17回) 議事録』(2021年7月)
資源エネルギー庁『事務局説明資料(グリーン社会の実現)』
日本総研『カーボン・プライシングの活用に向けた課題~炭素価格引き上げの国内環境整備と国際協調を~』(2023年3月)
国際経済法研究会『「2050年カーボンニュートラル」と通商法~一方主義・相互主義との関係も踏まえて~』(2023年3月)
日本経済新聞『「国境炭素税」導入でEUが合意、世界にどう影響?』(2022年12月)
日本経済新聞『企業のCO2削減逃れ、日本流の対策探る EUルールも注視』(2024年5月)
日本経済新聞『脱炭素の現在地 排出量取引の積極活用、必須』(2024年2月)
東洋経済ONLINE『日本も本格導入、排出量取引制度への期待と課題』(2024年11月)
日経XTECH『2025年までに準備を、温暖化ガス排出量「スコープ3」の算出にITは必須』(2024年1月)
経済産業省『カーボンフットプリント レポート』(2023年3月)
経済産業省『対外経済政策を巡る最近の動向~国際経済秩序の再構築に向けた日本の役割~』(2023年6月)
*6)炭素国境調整措置(CBAM)に関してよくある疑問
財務省『EU の炭素国境調整メカニズム(CBAM)の WTO 協定上の評価―温暖化対策における競争平準化の意味と紛争回避―』(2024年2月)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング『EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM):対象製品拡大の方向性』(2024年9月)
EU『DIRECTIVE (EU) 2023/959 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 10 May 2023』(2023年6月)
Thomson Reuters『Actions companies can take now to prepare for the EU’s CBAM in supply chains』(2024年9月)
European Parliamentary Research Service『Carbon border adjustment mechanism』(2023年11月)
Baker McKenzie『European Union: The new European Carbon Border Adjustment Mechanism』(2024年1月)
Oxford University『Emissions intensity: do we need a CBAM for oil and gas imports?』(2023年12月)
経済産業研究所『試練の国際貿易 脱炭素、供給網構築の要点に』(2023年12月)
経済産業研究所『世界貿易秩序と経済安全保障の将来(議事概要)』(2024年4月)
Volkswagen『「Way to ZERO」包括的戦略』(2022年10月)
Volkswagen『Way to Zero: Volkswagen presents roadmap for climate-neutral mobility』(2021年4月)
IKEA『ゼロエミッション(排出ガスゼロ)のイケアの配送』
IKEA『イケア、SGムービングとの連携のもとEVトラックを新たに17台導入し、ゼロエミッション配送を加速』
IKEA『イケアのサステナビリティレポート FY23』
*7)炭素国境調整措置(CBAM)とSDGs
環境省『持続可能な開発のための2030アジェンダ/SDGs』