賃金が上がらない、子どもを作れない、老後の生活が成り立たない…先行きに不安しかないように思われる私たちの生活。長く続く日本の経済と社会の停滞は「失われた30年」などと呼ばれ、解決の糸口すらつかめていません。そしてその30年間の発端となったのが「就職氷河期」と呼ばれる期間です。就職氷河期はなぜ起きて、どんな問題を引き起こすことになったのでしょうか。
目次
就職氷河期とは
就職氷河期とは、1990年代半ばから2000年代半ばまでの、不況と経済成長の鈍化による影響によって、新卒学生が深刻な就職難に直面した時期を言います。
その期間については研究者の間で若干の違いはあるものの、概ね1993〜2004年が就職氷河期とされています。
そしてこの時期に高校や大学を卒業し、就職に苦労した当時の若者が「就職氷河期世代」、または「氷河期世代」と呼ばれる世代であり、1998年に大学を卒業した筆者自身もこの世代の一人です。
現在も続く深刻な社会問題
就職氷河期はその時限りの一過性なものでは終わりませんでした。学校を卒業して仕事に就けなかった、あるいは不本意な形で働かざるを得なかった若者が大量に社会に出たことで
- 低所得・非正規労働者の増加
- 現役世代の消費の低迷
- 出生率の低下
など、日本の経済と社会の発展を阻害する問題が現在に至るまで継続しています。
就職氷河期の特徴
就職氷河期は、当時の学生のその後の人生を左右する大きな影響を及ぼしました。やがてその影響は時代を超えて社会全体へと波及していくことになります。
新卒学生の深刻な就職難
就職氷河期という名の通り、この時期は新卒学生の就職が困難を極めた時代でした。
バブル期の1985〜1993年までは80〜90%だった大卒就職率ですが、後述するようにバブル崩壊を期に企業は採用を一気に減らした結果1994年には79.2%へと急落します。
特に厳しかったのが2000〜2003年頃で、2000年には大卒の求人倍率が0.99(1990年が2.77)と1倍を割り込み、就職率は63.3%にまで落ち込んでいます。
非正規労働者の増加と世代間格差
就職氷河期に起きたもう一つの大きな出来事は、非正規労働者の増加でした。
新卒で正社員として就職できなかった学生の多くは、フリーターや派遣社員などといった非正規雇用に就くようになります。それらの若者はやがて正社員へと転換する者も少なくありませんでしたが、その枠へも入れず、依然として非正規に留まらざるを得ない者も数多く残りました。
その結果、
- 正規雇用と比べて不当に低い賃金により、生活苦にあえぐ
- 社内教育や研修など能力開発機会を与えられず、キャリアを積めない
などの状態に陥る若者が多数社会に生み出されてしまいます。
同時に、同じ世代でも正規雇用と非正規雇用では、賃金や経験、役職・地位などでも大きな格差が生み出されます。その結果、結婚や子育て、老後の資産形成など、その後の人生全般でも格差が拡大してしまうのです。
正規雇用で顕在化した問題
一方の正規雇用にも多くの問題を抱えているのが就職氷河期の問題です。熾烈な競争を勝ち抜いて正社員となった就職氷河期世代の若者ですが、その後、
- 長時間労働やセクハラ、パワハラを当然とする企業風土
- 経済の落ち込みにより、前世代より低く抑えられた賃金
- グローバル化やデジタル化など社会の激変
などの困難に入社早々直面することになります。その結果、心身を壊して離職する者、転職がうまくいかずに非正規になってしまう者、思ったような将来設計ができない者など、さまざまな苦労を強いられた者も少なくありません。
無業者の増加
就職氷河期が続いた結果、就業そのものをあきらめ、ニートや引きこもりといった無業者の若者も増加していきました。
これは就職活動において、多くの若者が挫折と自己否定の感情に陥ってしまったことも関係してきます。
何十社もの企業に応募し続けたのに、一社も内定が取れない。全く選考に残れない。面接にすら通してもらえない。そうした経験を繰り返すうちに、自分には価値がないと思い込み、非正規でも働こうとする気力すら失い、最悪の場合精神を病んでしまいます。
大卒の求人倍率が最も低かった2000年には、この年だけで17.4万人という無業者が生まれたとされています。
就職氷河期となった原因
こうした状況を招いた就職氷河期は、なぜ起こってしまったのか。その原因は、既に多くのメディアや研究結果によって指摘されています。それは、経済危機と社会の劇的な変化、その影響を受けた人の数の多さという、全ての要素が同時に重なってしまった結果と言えるでしょう。
バブル崩壊と企業の採用抑制
就職氷河期の最大の原因は、1989年に端を発するバブル崩壊による経済不況と、それによる企業の採用抑制です。
高度成長とバブル景気によって右肩上がりの経済成長を続けていた日本は、平均4%という潜在成長率のもと、大卒求人倍率も最大2.86倍(1991年)という高い数字を誇っていました。
しかし、バブル崩壊を境に様相は一変します。悪化する事業収益を受け、多くの企業は既存社員の解雇を回避する代わりに、新規採用を抑制していきました。
1993年には新卒採用を行わない企業が続出し、採用を行なってもその数は極端に減らされます。
その結果、1993〜2004年の大卒就職率は平均69.7%まで落ち込みました。これは1985〜2019年全体(1993〜2004年を除く)の平均80.1%を大きく下回る数字です。
就職内定率の推移
就職氷河期世代の人口ボリューム
状況を悪化させたのは、この時期に学校を卒業し就職する世代の人口が多かったことです。
就職氷河期世代を構成する主な世代は
- 団塊ジュニア…昭和46(1971)〜昭和49(1974)年に生まれた世代
- ポスト団塊ジュニア世代…昭和50(1975)〜昭和59(1984)年に生まれた世代
であり、他の世代と比べ非常に人口が多い世代となります。特に団塊ジュニア世代は一世代で約200万人、世代全体では約800万人を数えます。
同時に、1990年代は大学の定員抑制が緩和された結果、大学進学率が急上昇し、大学卒業者も増加しました。しかし前述のように、この世代が卒業を迎える時期に、ほとんどの企業が大卒の新卒採用を大幅に減らします。
最も大勢の人口が仕事を求める時期に最も入り口が狭まってしまうという、最悪のタイミングが重なってしまったことが、就職氷河期の状況がよりひどいものになった原因です。
非正規を「余儀なく」された若者
就職氷河期以降、非正規で働く若者が急増した背景には、経営環境が厳しくなった多くの企業が非正規雇用の採用を増やしていったことが挙げられます。
折しも、それまで一部の業種でしか認められていなかった派遣労働は、その後の規制緩和によって徐々に多くの業種へと拡大されていきます。その結果、
- 賃金や社会保険、福利厚生を抑えられる
- 雇用期間が決まっており、企業の都合で契約を終了できる
- 社内教育のコストを抑えられる
などの利点から、派遣社員や契約社員などの非正規労働者は、企業にとって都合の良い雇用の調整弁として使われるようになりました。
同時にこうした派遣社員やフリーターという働き方は、組織に縛られない自由な生き方を若者があえて望んで選んだ、いわば自己責任と見なされてきました。しかし実際はそうではありません。
2002年の調査では非正規で就職した若者の約45%が、就職活動が不本意な結果だったり、就職をあきらめたと答えています。
平成16年度に内閣府が行なった調査でも、若者の64.4%が「正社員・正職員」を希望し、「非正規雇用者」を希望する者は13.3%に過ぎません。
若者の多くは非正規雇用を「余儀なく」されたのです。
就職氷河期に就職できなかった人の動向
就職氷河期世代は低い就職率に苦しめられた世代であると言われてきました。さらにその後の経過を追うと、それぞれの置かれた状況によってさまざまな困難に直面している現状が明らかになっています。
実は改善していた正社員率
新卒時に正社員として就職できなかった就職氷河期世代ですが、その後の個々の努力によって正社員率は向上しています。25〜29歳の時に82%だった男性の正社員率は、30代前半になると上昇し、40代前半には90%を超え、それ以前の世代とほぼ同等まで持ち直します。
不安定な非正規雇用のイメージが強い女性の就職氷河期世代についても、正社員率自体は景気や労働市場の動向とは別に過去の世代より上です。
とはいえ女性の正社員率は、20代後半では60%、30〜40代でも50〜55%で推移するなど、男性に比べまだまだ低いのが現状です。ライフステージの変化による困難や、非正規雇用に従事する割合の多さなど、就職氷河期の多くの問題のあおりを受けているのはその多くが女性であるとも言えます。
安定しないキャリア
就職氷河期に非正規雇用に就かざるを得なかった世代は、その後もキャリア形成に苦労することになります。その理由としては
- 非正規雇用の経験が転職市場で評価されない(正社員経験のなさ)
- 低賃金で生活が苦しく、キャリアアップのための自己投資ができない
- そのため経験や能力を必要としない低賃金の業種でしか働けない
という悪循環へと陥ってしまうためです。結果的に非正規雇用で働く期間はどんどん長くなり、中高年世代にさしかかる頃には、既に正社員としての転職は極めて難しくなっているのが現状です。
就職氷河期世代の現在の無業者は?
今後社会問題化してくるのが就職氷河期世代の無業者であり、その数は現時点で約60万人半ばとされています。その全てが就職できなかった人というわけではありませんが、約3割弱が無業者中心で中高年期を迎えていると言われています。
彼らの多くは生活や就労面で困難を抱えているにも関わらず、彼ら彼女らに対する支援は質量ともに絶対的に不足しています。この状況を放置しておけば
- 同居する親の介護問題と、高齢化する自らの生活苦
- 生活保護受給者の大幅な増加
- 社会保障費の増大
など、当事者世代のみならず社会全体にまで危機をもたらす問題へと発展していきかねません。
就職氷河期に関してよくある疑問
就職氷河期を取り巻く問題は、現在でも多くの議論を巻き起こしています。同時に、当事者でない世代にとっては、まだまだ疑問や誤解を抱いている人も少なくありません。
公務員にもなれなかった?
民間企業への就職が厳しかったのなら、公務員になれば良かったのでは、という声もあると思います。しかし当時の状況を見ると、こちらも就職は容易ではなかったことがうかがえます。
就職氷河期世代が新卒だった1999年度には、地方公務員の採用試験倍率は実に14.9倍となっています。この競争率はその後の20年で下がっていき、2019年度には5.6倍、2022年度は5.2倍だったことを考えると、どれだけ狭き門だったかがわかるかと思います。
また国家公務員の採用試験も、2002年度の1種採用試験の合格率が20倍を超えるなど、こちらも厳しい状況だったことがわかります。
これらの背景には、政府が人件費を削減するため新規採用を抑制したこと、郵政事業の民営化などで公務員の数を減らす方針を採ったことも影響しています。
今は就職氷河期ではない?
新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた2020年以降、就職先としての人気企業が採用を抑制、または中止する方針をとるケースが増え、「就職氷河期の再来では」という声も聞かれました。
実際、2022年に大学を卒業した学生への求人倍率は1.5倍と、売り手市場の目安である1.6倍を割り込みました。
しかし、その厳しさは2000年の0.99倍とは比べ物になりません。
さらに、コロナ禍が収まった2023年には1.58倍、2024年には1.71倍へと上昇するなど、企業の採用意欲はむしろ高まっています。
そもそも就職氷河期と現在を比べると
- 新卒一括採用の見直しや転職・中途採用の一般化など、雇用体系の多様化
- 人手不足の深刻化による若年人口への需要
- 就職氷河期への反省から来る企業と求職者の意識の変化
など、雇用を取り巻く状況は大きく変わっており、新卒や若者にとってはもはや就職氷河期は過去のものと言えるでしょう。
一方では、すでに中高年となっている就職氷河期世代は雇用市場から締め出され続けているばかりか、正社員ですらも役職定年や早期退職などで退出を促される動きも目立っています。
就職氷河期世代にとっては、氷河期は現在もずっと続いていると言えるかもしれません。
支援制度はあったの?
就職氷河期の問題が叫ばれるにつれ、国も支援に乗り出します。
2003年に政府は「若者自立・挑戦プラン」という支援策を打ち出しました。
しかし、この政策が実施された時点で就職氷河期の始まりから10年が過ぎてしまっただけではなく、支援の対象を15〜24歳中心としたこと、就職氷河期という言葉には言及していないなどから、根本的な問題解決には至りませんでした。
その後も
- トライアル雇用助成金(2014年)
- 特定求職者雇用開発助成金(2017年)
などの施策を行いますが、いずれも低調に終わります。
こうした状況を重く見た政府が取り組んだのが「就職氷河期世代支援プログラム」です。
これは2020年度から3年間で就職氷河期世代の正規雇用者を30万人増やすことを目標に
- 関係者で構成するプラットフォームの活用による連携
- 切れ目のない支援
- 個々の事情に合わせた丁寧な寄り添い支援
などに取り組みましたが、2022年時点で正規雇用者は8万人の増加にとどまり、やはり成果は不十分と言わざるを得ません。コロナ禍による全体的な採用抑制という不運もあったものの
- 自身の専門や経験と無関係な人手不足の業界へ促される動きが強かったこと
- 企業のニーズとかけ離れた教育訓練
- 従来の就労支援を踏襲するだけだったこと
など、さまざまな当事者との意識のズレが、不調に終わった原因であると指摘されています。
就職氷河期とSDGs
就職氷河期の問題を解決することは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成にもつながります。
目標8.働きがいも 経済成長も
この達成目標では「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進」することを掲げています。
就職氷河期世代は、国や財界の方策により、働きがいのある雇用や十分な能力開発の機会を奪われてきました。この状況を解決し、人口ボリュームの多いこの世代が活力を取り戻すことは、停滞する日本に持続可能な経済成長をもたらすことになります。
就職氷河期の問題解決は、このほかにも
- 目標1.「貧困をなくそう」
- 目標5.「ジェンダー平等を実現しよう」(賃金格差や女性の非正規率の高さの是正)
- 目標10.「人や国の不平等をなくそう」
などの目標達成とも関わってきます。
>> SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
就職氷河期に関わる問題は、現在でも日本社会のあらゆる場面で負の影響をもたらし続けています。少子高齢化、人手不足、実質賃金の伸び悩み、国民の貧困化、インフラの老朽化など、就職氷河期を放置したことによって起きた問題は枚挙にいとまがありません。
そして将来的には、大量の貧困高齢者による社会保障の増大と、国力低下の危機が目前に迫っています。筆者自身、この国に生きる一人として、そして就職氷河期世代の一人として日々努力を重ねながら、政府や財界が先頭に立って真剣かつ根本的な解決に乗り出すことを願ってやみません。
参考文献・資料
就職氷河期世代の行く先:下田裕介 著/日経BP・日本経済新聞出版社本部,2020年
アンダークラス2030 置き去りにされる「氷河期世代」:橋本健二 著/毎日新聞出版,2020年
1.景気変動と就業機会:「就職氷河期世代」の背景 内閣府(cao.go.jp)
団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアの実像 – 参議院
資料シリーズNo.272『就職氷河期世代のキャリアと意識 ―困難を抱える20人のインタビュー調査から―』|労働政策研究・研修機構(JILPT)
玄田 有史 ; 就職氷河期と就職氷河期とその前後の世代について ─雇用・賃金等の動向に関する比較─社会科学研究 75 巻 (2024)
堀 有喜衣「就職氷河期世代」の現在─移行研究からの検討|日本労働研究雑誌 2019年5月号(No.706) (jil.go.jp)
丸山 桂 ; 年長フリーター・無業者の生活と年金納付状況 年金研究 2019 年 11 巻 p. 1-23
様々な場面における、個人の自立と社会の安定に向けた取組み (mhlw.go.jp)
新たな就職氷河期世代を生まないために 「就職氷河期世代の経済・社会への影響と対策に関する研究委員会」報告書(概要) (rengo-soken.or.jp)
「就職氷河期再来」語る人が的外れでしかない訳 コロナ禍でも企業の新卒採用意欲は底堅い | 就職・転職 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)
大卒求人倍率調査(2024年卒)|調査|リクルートワークス研究所 (works-i.com)
地方公務員の採用試験、過去30年で最も低い5・2倍…23年間で競争率半減 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
国家1種合格、倍率8年ぶり20倍超 10年度 採用はさらに狭き門 2010年6月22日 日本経済新聞
若年者等に対して段階に応じた職業キャリア支援を講ずること 添付資料|厚生労働省