オーストラリアでは、野生のコウモリが住宅街などに生息しています。
ウイルスの貯蔵庫として知られるコウモリは、オーストラリアでも2種類の恐ろしい人獣共通感染症を持つ生物です。
しかし、人へのリスクが高いにもかかわらず、オーストラリア政府は自然保護の一環としてコウモリの駆除を禁止しています。
今回は、オーストラリアがコウモリとの共存を目指す理由や具体的な取り組みについて理解を深めていきましょう。
オーストラリアのコウモリの種類
オーストラリアのコウモリは、果物や植物などを主食とする草食のfruits batと、虫を食べるInsectivorous batsの2種類に分類されます。
この記事では草食のfruits batをテーマにお話ししていきます。
fruits batは、オーストラリアではflying foxという名称で呼ばれているコウモリです。
キツネのような可愛らしい顔をしていることから「空飛ぶキツネ」という名前が付けられており、主に以下の4種類がオーストラリア国内で生息しています。
- black flying fox…体全体が黒い
- greyheaded flying fox…体は赤みを帯びているが頭部分がグレー
- little red flying fox…全身赤みを帯びている
- spectacled flying fox…顔にメガネをかけているような模様がある
いずれも集団で暮らすのが特徴で、1つの木に多数のコウモリが群れを成して生息します。
black flying foxは熱帯雨林、川辺、沼地、spectacled flying foxはクイーンズランド州を主な生息地としているものの、greyheaded flying foxはオーストラリア東部のほぼ全域、little red flying foxに関してはオーストラリアのどの都市でも見られます。
そのため、オーストラリアにとって、コウモリとの共存は全ての都市における重要課題となっているのです。
オーストラリアが直面するコウモリの危険性とは?
国内全域で生息するflying fox・オーストラリアのコウモリですが、人間にとって高い危険性のあるウイルスの貯蔵庫として恐れられています。
一体どのようなウイルスを持っているのか、以下で確認していきましょう。
①ヘンドラウイルス
1994年9月、クイーンズランド州ヘンドラにて、コウモリ→馬→人が感染経路となっているウイルスが発見されました。
馬を管理していた施設にて、2名のスタッフと少なくとも21頭の馬が命を落としています。
地名からヘンドラウイルスと名付けられたこのウイルスは、馬がコウモリから噛まれる、引っかかれるといった直接的な接触のほか、コウモリの体液や排泄物を浴びることでも感染します。
1994年の事例でも、木から落ちたコウモリの死骸から馬がウイルスに感染し、馬から人への感染が起こりました。
人が感染するケースはレアであるとされているものの、感染した場合の致死率は60~70%と非常に高いです。
②リッサウイルス
リッサウイルスは、コウモリから人に直接感染する恐れがある人獣共通感染症です。
人以外にも犬、猫、馬などが感染するリスクがあり、リッサウイルスを持つコウモリから噛まれたり引っかかれたりすることで感染します。
人が感染した場合の致死率は非常に高く、1~2週間以内に死亡するとされている恐ろしいウイルスです。
オーストラリア国内では、1990年代に2例、2013年に1例の死亡事故が起きています。
2013年の事故ではわずか8歳の子どもが死亡していることから、特に子どもを持つ家庭でコウモリに対する懸念が大きくなっています。
なぜオーストラリアはコウモリを駆除しないのか?
ヘンドラウイルスやリッサウイルスは、致命傷になる可能性が高いウイルスです。
コウモリに引っかかれたり噛まれたりするだけで感染するリスクがある上に、コウモリの生息地の大多数は住宅街などの人が集まる場所です。
常に危険と隣り合わせの生活を余儀なくされるため、コウモリの生息地の近くに住む住民の多くが不安を抱えています。
ではなぜ、オーストラリアはコウモリを駆除せずに共存の道を選ぶのでしょうか?
実は、コウモリはオーストラリア政府からキーストーン種に認定されている動物です。
キーストーン種とは、生態系を維持するために欠かせない役割を担う特別な種のことを指します。
コウモリはオーストラリアの森を守るために必要なキーストーン種と考えられているため、駆除などはできない決まりになっているのです。
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キーストーン種としてのコウモリの役割
コウモリがオーストラリアの森にどのような影響を与えているのか。
その秘密は、コウモリの飛行距離にあります。
コウモリは、あらゆる生物の中でも特に飛行距離が長いことで知られる動物です。
一晩に300キロ以上の飛行が可能で、身体にさまざまな植物の花粉などを付着させて移動します。
オーストラリアの森の現状を維持するには、長距離の飛行を行うコウモリの存在が必要不可欠です。
コウモリがいなくなると、その他の生物達が移動できる範囲内でしか自然交配されないため、生態系に大きな変化が生まれると言われています。
特に、コウモリは夜行性という性質上、夜にしか咲かない花の花粉などを遠くに運んでくれます。
コウモリほどの長距離飛行を夜間に行える生物が他にいないため、コウモリ無しでオーストラリアの森を守ることは非常に困難です。
こういった経緯から、オーストラリアではコウモリをキーストーン種として保護しています。
人とコウモリが共存するための工夫
キーストーン種であるコウモリは、人間の都合で駆除することはできません。
そのため、各州や自治体は以下の3つの対策を提唱・実施し、人々とコウモリの共存を模索しています。
①コウモリを傷つけずに距離を取る
生息地のそばで暮らす住民は、自身の自宅にコウモリが寄り付かないように工夫しています。
最もメジャーな方法のひとつが、コウモリが生理的に嫌うものを家のまわりに吊り下げるというものです。
夜行性であるコウモリは、強い光が苦手です。
そのため、敷地内に明るい照明を設置する、光を反射するCDやアルミホイルなどを吊るすといった方法を取る家庭が多くなっています。
特にCDやアルミホイルを使った駆除グッズは自宅で手軽に作れるので、突然コウモリが迷い込んできた場合の応急処置としても役立ちます。
また、光以外に活用されているのが、香りを使った対策です。
オーストラリアで暮らすコウモリは、シナモン、ユーカリ、防虫剤の香りが苦手と言われています。
夜行性であるコウモリは優れた嗅覚を持つことから、苦手な香りのものを家の敷地内に置くことで人々の生活圏と距離を置くことに繋がっています。
②予防接種を受ける
恐ろしいウイルスを持つコウモリですが、病気や事故などで治療・リハビリが必要になることもあります。
特に、夏場には熱波による影響で死滅する個体も多く、野生動物病院やケアラーは弱ったコウモリのレスキューを行っています。
森の生態系を守るためには、できるだけ多くのコウモリを救うことが必須です。
しかし、コウモリと接触することでウイルスに感染するリスクがあるため、コウモリと関わる機会がある動物病院の獣医師・看護師やケアラーはワクチンを接種して活動しています。
③子どもへの教育を徹底する
学校や家庭では、子どもに対してコウモリに関する教育を徹底しています。
コウモリの危険性を伝えると同時に、万が一コウモリと接触した場合には速やかに周囲の大人に知らせるようにと教えています。
2013年に子どもが亡くなった事故において、コウモリとの接触を両親は子どもから伝えられていませんでした。
コウモリと接触しても、早い段階であれば適切な処置によって命が助かる可能性があります。
悲しい事故を二度と引き起こさないように、コウモリとの接触を避けるのはもちろん、もしものときの行動についても学校や家庭で子どもに伝えているのです。
まとめ:flying foxには決して触らないで!
オーストラリアの森の未来を守るためにも、コウモリの存在は必要不可欠です。
そのため、オーストラリアでは危険性の高い動物であるコウモリとの共存を目指しています。
住宅街や郊外の散歩道など、コウモリの生息地は意外と身近な場所にあります。
もしオーストラリアでコウモリを見かけても、決して触らないように気を付けてくださいね。
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