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ジーンバンクとは?日本と世界の現状、遺伝資源の保存が必要な理由

世界中にはおびただしい種類の動植物が存在します。

そして、さまざまな原因により失われつつある種もあります。これらの種の危機を救うため、世界中で運営されているのがジーンバンクです。

この記事では、ジーンバンクとはどのようなもので、なぜ必要性とされているのか、SDGsとどのように関わっているのかを解説していきます。

ジーンバンクとは

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ジーンバンク(Gene Bank)とは、「種の銀行/保存庫」です。

世界の多くの国々や国際農業研究センターでは、世界中のあらゆる植物・動物の遺伝資源※を守るため、探索・収集、保存や管理、提供を行う施設とシステムを構築しています。これがジーンバンクと呼ばれるもので「遺伝子バンク」や「シード(種)バンク」などと呼ばれることもあります。

遺伝資源

生物多様性条約に基づき、動物の精液や胚、植物の種・細胞、微生物、DNAなど、生物の遺伝機能で有用な価値を持つもののことを指します。当記事では、こうした種子、遺伝子などを総称して遺伝資源という用語を使用します。

ジーンバンクでは育成者権のない品種が登録される傾向にある

ジーンバンクでは、主に育成者権がない野生種や在来種の保存に力を注いでいます。

育成者権とは、農家や農業機関により育成された品種を保護するための権利のことで、登録品種の利用の独占、第三者による無断利用の排除権を育成者が持ちます。これは作物品種の知的財産権という考え方に基づきますが、ジーンバンクでは、こうした権利のない多くの遺伝資源は人類の共有財産、公共財である、という理念のもとで事業を行なっています。

ジーンバンクの仕組み

種の遺伝資源を守るための、ジーンバンクの仕組みを国内の例を用いて説明していきます。

ジーンバンクの事業は主に遺伝資源をくまなく集め、データ付与とラベリングをして整理・保存し、利用者が探しやすいようにデータベース化して提供するというものです。

銀行(バンク)というより、むしろ図書館のイメージに近いと思っていただくと分かりやすいかもしれません。

遺伝資源の収集・導入

ジーンバンクが最初に行うのが、未登録種の探索収集と導入です。

ジーンバンクでは、植物・動物・微生物の遺伝資源を国内外の農村に出かけて探索し、収集・導入します。また、国内外の研究機関からもたくさんの遺伝資源が導入されています。

植物・農業生物資源の場合

最初に、国内外で採取した種子の受入を行います。特に海外から送付された種子は、植物防疫などの手続きをし、送付リストとの照合が行われます。

種子は目視で外観を検査した後、ゴミの除去や不良品の選別をし、低温乾燥室で重さが変化しなくなるまでゆっくりと種子を乾燥させます。長期保存のためには、種子の水分を5%から7%程度まで下げる必要があります。

動物遺伝資源の場合

一方の動物遺伝資源については、生息域で生体を飼育し保存するのに加え、精液や胚などの生殖質細胞を採取し、凍結保存を行います。生殖質細胞は再増殖を行う場合に備え、ある程度の本数を作成しておきます。

動物遺伝資源で保存されている主な動物は

牛/馬/山羊・めん羊/豚/鶏/うさぎ/ミツバチ/蚕/その他実験動物

などです。

特性評価・登録・保存

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特性評価

集められた遺伝資源は、マニュアルに基づいて特性評価が行われます。

特性評価とは、

  • 1次特性:品種や系統の識別に必要な形の特性
  • 2次特性:病気や害虫、ストレスへの耐性
  • 3次特性:収量や成分、品質など農産物として必要な特性

といった性質を調査することで、品種改良などのデータとしてこれらの特性がとても重要になります。動物の場合は、成体に達するまで1~3年程度の期間、特性評価が行われます。

保存

採取された遺伝資源は、不慮の事故や災害などでの被害を防ぐため、必ず2ヵ所で重複保存するのが決まりです。片方を永年保存用、もう片方を提供・配付用として、異なる環境で保存されます。低温庫に収納する前には、きちんと発芽するかの確認も行われます。

野生種や栽培種は主に、本来生息する環境での生息域内保存と、生息している場所以外の人工的な施設で管理される生息域外保存の、2つの方法で保存されます。

登録

植物の種子は保存庫へ収納するために、保存容器に収納します。配布用はプラスチックボトル、永年保存用では缶に入れます。

それぞれのボトルに保存番地・植物番号・保存番号・品種名などの情報を記載したバーコードラベルを貼ります。

貯蔵庫に入れる前に種子の保存番号を読み込み、前もって計量した種子の重さ、遺伝資源の情報(品種名、産地、送付者など)を遺伝資源データベースに登録します。

情報提供・配付

こうして保存し登録された遺伝資源の情報は、遺伝資源データベースにまとめられ、インターネットを通して広く公開されます。

ジーンバンクに保存・登録された遺伝資源は、試験研究または教育用などの目的で使うことができ、毎年、約5000〜10000点の植物遺伝資源を国内外の申込者に配布しています。

ジーンバンクへの申し込み方法

遺伝資源の配布については、事前にユーザー登録を行ったうえで、農業生物資源ジーンバンクのサイトの該当ページから希望する遺伝資源を検索し、オンラインで配布を申し込むことができます。

データの検索については、品種名、原産地などの来歴情報や、遺伝資源の特性などを絞り込んで、利用者が自由に探せるようになっています。詳細な申し込みの流れについては、それぞれのサイトを参照してください。

ジーンバンクはなぜ必要なのか

世界中でジーンバンクが必要とされる背景には、農業資源としての種子や遺伝子が重要だからです。そして、農業や生物資源を取り巻く現在の地球規模の問題が、ジーンバンクをさらに重要な存在にしています。

農業生産の向上・技術革新のための遺伝資源の利用

ジーンバンクが必要な理由のひとつは、農業の生産性向上に遺伝資源の活用が欠かせないことです。現在、深刻化する気候変動により地球環境は変化を強いられています。温度や降水量、土壌などの環境条件の変化、新たな病気や害虫に対応しつつ農業生産性を上げるためには、より生産力が高く環境ストレス耐性に強い品種が求められます。

ジーンバンクはこのような品種改良のために、大事な役割を果たすことになります。

持続可能な食糧生産のため基盤の遺伝素材を保存

もうひとつの理由は、遺伝資源の保存の重要性です。

新しい環境に適応し、生産性を上げるためには品種改良が必要です。その反面、

  • 特定の画ー的な改良種が広く普及し、地域の環境に適した在来品種が急速に減少
  • 熱帯雨林の減少や砂漠化、気候変動による地球環境の悪化

などが原因で、古くからの在来種が存続できなくなる「遺伝的浸食」が起こります。

在来の遺伝資源は、一度失われると再現は不可能になります。人口が増え続ける世界で持続可能な食糧生産を維持するためには、基盤となる遺伝素材を継続して収集・評価・保存することが欠かせないのです。

ジーンバンクの世界の現状

ジーンバンクは、世界中に1750が存在し、合計で約740万点の遺伝資源を保有していると推定されます。これらのうち、圃場保存の約52万7,000点を含む約660万点が各国の国立ジーンバンクに保管されていると言われています。

最も多いのがアメリカで、その次に多いのが中国、インド、ロシアとなっており、いずれも人口の多い大国です。

この他、国際農業研究協議グループ傘下の国際研究機関では、小麦や豆など、専門の担当作物についての遺伝資源を扱っています。

アメリカ合衆国

アメリカでは、農務省直轄のThe National Genetic Resources Program(NGRP)と呼ばれる機関で、食品および農業に重要な動植物や微生物の生殖質の収集、評価、保存、配付を行っています。現時点で60万5,000点弱の遺伝資源を保有しているとされ、特に多いのが小麦、ジャガイモ、米、綿花やトウモロコシ、ダイズなどです。

インド

インドでは、国立ジーンバンクの統括のもと、州ごとに38の遺伝資源保存のための機関を設置しています。2022年現在で保有点数は50万を数え、小麦、米、トウモロコシ、大麦、菜種(主にヒマワリ)や豆、あわ・きび類を特に多く保存しています。

スヴァールバル世界種子貯蔵庫(SGSV)

スヴァールバル世界種子貯蔵庫(SGSV)

スヴァールバル世界種子貯蔵庫は、ノルウェーと北極の中間、スヴァールバル諸島に2008年に設置された世界最大のジーンバンクです。現在約5,000種、115万点の登録があり、最大で450万点の収蔵能力を誇るこの施設は、世界中の全てのジーンバンクのバックアップの役割を担います。

自然災害や紛争などで植物の元のサンプルが失われた場合に、同じ種を提供することができ、2016年にはシリアの紛争で失われた豆や穀類、まぐさ(飼料)などの種子の返還が行われています。

ジーンバンクの日本の現状

日本での種子保存の歴史は意外と古く、明治36年ごろには農事試験場が全国から約4,000点のイネ在来品種を収集しています。また各地方では農家が種を保存・収集し、品種改良につなげるなど、民間での種子保存は盛んでした。

こうした動きと平行して、戦後1950年代から国の種子貯蔵施設が整備され、1985年に「農林水産省ジーンバンク事業」が始まりました。

日本では現在、植物・動物・微生物各部門の3つのセンターバンクと22のサブバンクを擁し、世界第6位の規模で約23万点の遺伝資源を保有しています。

農研機構遺伝資源センターがメインで管理

現在、日本のジーンバンクでセンターバンクを運営しているのは、茨城県つくば市の農研機構遺伝資源研究センターです。センターバンクは、植物遺伝資源、微生物遺伝資源および動物遺伝資源の各部門に分かれ、遺伝資源の収集や受入、増殖・保存、特性評価、来歴や特性などの情報管理、利用者への配布ならびに提供に関する事業を行っています。

遺伝資源研究センター

  • ジーンバンク1・2:貯蔵温度-1℃、湿度30%で配布用の種子・遺伝資源を保存。最大40万点貯蔵可能
  • ジーンバンク3:貯蔵温度-18℃での永年保存庫。最大40万点貯蔵可能
  • 遺伝資源導入検定温室 :海外から導入したイネ遺伝資源を配布可能にする施設
  • 高効率種子増殖施設:日本の気候条件に適さない植物遺伝資源を効率的に増殖する施設

全国のサブバンクの役割

一方サブバンクは、つくば市の他に全国各地に分散する、農研機構の他の研究部門や農林水産省傘下の研究所に置かれています。

主な役割はそれぞれの部門の特徴を生かしながら、センターバンクだけではカバーしきれない業務を行うことです。例として

  • 果樹や茶に特化した機関や花き、牧草、南国作物などを扱う部門
  • カビや線虫、菌根菌などを扱う部門
  • ミツバチや天敵昆虫の生体保存、細胞の培養

など、部門ごとに注力している業務を分担することで、ジーンバンク全体の効率的な運営をサポートしています。

ジーンバンクとSDGs目標2「飢餓をゼロに」

「持続可能な開発目標」を掲げるSDGsは、ジーンバンクとも大いに関連があります。

ひとつには生物多様性を保全する目的のもと、遺伝資源による利益の公正な配分や、遺伝資源への適切なアクセスが推奨されています。(目標15「陸の豊かさも守ろう」のターゲット15.6)

そしてもうひとつはこの記事で主に述べてきた、持続可能で安定した食糧供給の実現です。

【関連記事】SDGsとは|17の目標の意味や達成状況、日本の取組も

SDGsの目標2は「飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する」となっており、ジーンバンクの目的とも一致します。また目標2のターゲット2.aでは

「開発途上国、特に後発開発途上国における農業生産能力向上のために、国際協力の強化などを通じて、農村インフラ、農業研究・普及サービス、技術開発及び植物・家畜のジーン・バンクへの投資の拡大を図る」

とあり、ジーンバンクに直接言及しているのがわかります。

日本のジーンバンクでも、長年にわたり、東南アジア諸国のジーンバンクとの共同研究を進め、多国間での植物遺伝資源の情報ネットワークを構築しています。

【関連記事】SDGs2「飢餓をゼロに」の現状と取り組み事例、私たちにできること

まとめ

動植物の遺伝資源は、生物多様性と生態系の保全のために、損なうことのできないものです。同時に、私たちの食生活を支える農産物を生産するためには、遺伝資源を適切に利活用して生産性を上げる取り組みも欠かせません。

ジーンバンクは、こうした膨大な種の保存と利用を支えるための、要となる施設です。生物と環境が持続可能であり続けるために、今日も世界中で新しい種が保存されているのです。

<参考資料・文献>
農業生物資源ジーンバンクホームページ – NARO Genebank
農業生物資源ジーンバンク – 農研機構|農林水産技術会議
農業生物資源ジーンバンクにおける種子の受入保存管理 – affrc
農林水産省ジーンバンク事業 動物遺伝資源保存管理マニュアル
町田僚子 根本博 2018. 農業生物資源ジーンバンクの活動紹介.農業および園芸 = Agriculture and horticulture.93巻6号:p. 472-476
白田和人 2009. 生物資源をめぐる国際情勢の変化に対応した作物遺伝資源の保全技術の改良とジーンバンク活動の改善に関する研究 農業生物資源研究所研究資料 8号:p.1-95
河瀨眞琴 2012.農業生物資源ジーンバンク事業.特産種苗 第14号:p.10-14
Ranjith Pathirana.;Francesco Carimi,  Management and Utilization of Plant Genetic Resources for a Sustainable Agriculture, Plants 2022, 11(15), 2038; https://doi.org/10.3390/plants11152038- MDPI
農業を支える基盤リソース−遺伝資源− – 農林水産技術会議
Sites and their Accessions Numbers GRIN-Global (ars-grin.gov)
ICAR-NBPGR | Genebank Database (ernet.in)
種子が消えれば あなたも消える 共有か独占か 西川芳昭 著:コモンズ:2017年