日本は1970年に高齢化社会に突入し、2007年には65歳以上の人口が21%を超える超高齢社会になりました。こうした状況に伴い、要介護認定者数は過去21年間(令和2年度末時点)で2.7倍に増えている状況です。
自宅や施設などの場所は違えど、多くの人は親の介護に関わります。介護(ケア)をする人、される人の双方が幸せな時間を過ごすことは、これまで以上に注目されています。
この記事では、ユマニチュードとは何か、4つの柱、5つのステップ、メリット・デメリット、よくある質問、SDGsとの関係を解説します。
ユマニチュードとは
ユマニチュードとは、ケア技法の1つであり、「ケアする人の理念と実際に現場で行っていることを一致させるために技術を用いる」という考え方を指します。フランスの体育学の専門家であるイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが開発しました。
ユマニチュードという言葉は、「人間らしさを取り戻す」という意味のフランス語の造語です。ケアする人とケアされる人*が、技術を通じて人間らしさを取り戻すという哲学を表しています。
*ケアされる人とは、健康に問題のある人、障がいのある人、介助の必要な高齢者などを指します。
ユマニチュードは、次のようなケア技法に基づいています。
■ユマニチュードとは
- .ケアする人とケアされる人の双方が「よかった」と感じられる時間を過ごし、幸せな関係を築いていく
- ケアのレベル*を設定し、適切なケアを行う
- 害を与えないケアを行う
- 人としての尊厳を保ち、周囲との絆を結んでいく
*ケアレベルとは、① 健康の回復を目指す、② 現在ある機能を保つ、③ ①②のどちらもかなわないとき、穏やかで幸福な最期を迎えられるように死の瞬間まで寄り添うの3つです。
これらを実践するに当たり、ケアする人とケアされる人がより良い絆を結ぶための「4つの柱」という技法があります。この内容については、次章で詳しく解説します。
目的
ケアの現場では、点滴や清拭、投薬、食事介助などが行われます。時には、ケアする人とケアされる人の間に、戦いのようなやり取りが行われることもあるでしょう。双方に自由や平等、友愛の精神があれば、やり取りの中でこうした理念を実践するべきだ、と考えるのがユマニチュードです。
ケアの目的もここにあり、ケアする人とケアされる人が、コミュニケーションを通じて良い関係を築くことをユマニチュードでは大切にしています。
ユマニチュードが掲げる4つの柱
ユマニチュードの4つの柱とは、「あなたを大切に思っています」という気持ちを相手に分かるように伝える技術です。この技術は、人間らしさを取り戻す(ユマニチュード)ために、コミュニケーションの中で「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つを援助することを指します。それぞれ詳しく見ていきましょう。
「見る」技術
「見る」技術は、「平等な存在であること」「親しい関係であること」「相手に対して正直であること」を伝えるために必要な技術です。用を済ませるために、ただ見るだけでは十分ではありません。ユマニチュードでは、次のような対応をします。
■「見る」技術
- 正面から見る
- 同じ目の高さで見る
- 近くから見る
- 円背の方に対しては下からのぞいて見る
例えば、上や横、遠くから見ると、支配や見下し、関係性の薄さといった意味を相手に伝えています。見ることは、さまざまな感情を知らせることです。「見る」技術を用いることで、相手の存在を認めて尊厳を守ります。「見ない」ことは「存在しない」というメッセージを送っているに等しいのです。
「話す」技術
「話す」技術は、相手に優しさを届ける技術です。赤ちゃんや愛する人に話しかけるときの声のトーンや言葉の選び方を思い出すと、分かりやすいでしょう。愛情や友情を育むときに使う技術を、ケアの場面でも使います。
■「話す」技術
- 声は、低めで大きすぎない
- 前向きな言葉を選ぶ
- 相手からの返事がないときは、オートフィードバック*を用いる
*自分の動作を実況中継することを指します。「〇〇さん、背中を拭きますね」「はい、私の方を向きましょう」「手を上に伸ばしてください、ありがとう」など
「話す」技術を用いると、安定した関係や穏やかな状況、心地良い状態を生み出すことができます。例えば、「じっとしていてください」「すぐ終わります」という言葉は、命令や不快なことと受け取られます。また、「見る」と同じように、「話さない」ことは「存在しない」というメッセージになります。
「触れる」技術
ケアの現場では、着替えや歩行介助などの際に相手に触れます。そのときの触れ方や場所によっても、メッセージの伝わり方は異なります。触れることはコミュニケーションの重要な要素です。ユマニチュードでは、赤ちゃんに触れるような技術を用います。
■「触れる」技術
- 広い面積で触れる
- つかまない、下から支える
- ゆっくりと手を動かす
例えば、母と子が一緒に歩いているところを見かけたとします。手をつないでいれば、穏やかな親子の風景です。けれども、母親が子どもの手をつかんでいたら、連行されているように見えます。ケアの場面でも、つかまれると同様の印象を相手に伝えてしまいます。つかむ代わりに、広い面積で触れて動かすようにします。
「立つ」技術
人は立つことにより、体のさまざまな生理機能を十分に働かせることができます。ユマニチュードでは、1日合計20分立つことで、寝たきりになることを防ぐことができるとしています。例えばトイレや洗面などにより、立つ時間を増やすことが大切です。
■「立つ」技術
- 1日合計20分立つ機会をつくる
- 40秒立てる場合は、立体を含んだケア*を行う
*背中、上肢、下肢を清拭するなど
立つことは、体の機能面だけでなく意識にも影響を及ぼします。子どもが自分の力で立ち上がれるようになると、親や大人は喜びます。立つことは、社会で生きる自己を認識することでもあります。こうした認識は人間の尊厳となり、生涯尊重されるべきです。立つことは、自信と誇りを取り戻すきっかけになります。
ユマニチュードの手順「5つのステップ」
ユマニチュードの4つの柱はケアの技術ですが、これから紹介する「5つのステップ」はケアの手順を示したものです。いずれのステップにおいても、4つの柱を活用して行います。1つずつ確認していきましょう。
ステップ1:出会いの準備
「出会いの準備」とは、自分の来訪を知らせて「ケアをします」と予告することです。具体的には、扉をノックをして相手に知らせて許可を得ます。
■ステップ1:出会いの準備
- 3回ノック
- 3秒待つ
- 3回ノック
- 3秒待つ
- 1回ノックしてから部屋に入る
- ベッドの足元のボードをノックする
何度もノックするのは、相手が覚醒するのを待つためです。1回目のノックで返事があれば、以降のノックは必要ありません。大切なのは、自分の来訪を知らせて相手の反応を待つことで、ケアする人の存在に気づいてもらうことです。
ステップ2:ケアの準備
「ケアの準備」とは、ケアをすることの了解を得ることを言います。所要時間は20秒〜3分程度です。3分以上かかると強制的なケアになるので、諦めて出直します。
■ステップ2:ケアの準備
- 正面から近づく
- 相手の視線をとらえる
- 目が合ったら2秒以内に話しかける
- 最初からケアの話はしない
- 体のプライベートな部分にいきなり触れない
- ユマニチュードの「見る」「触れる」「話す」技術を使う
相手に近づいてすぐに「〇〇さん、お風呂ですよ」「お薬ですよ」という話はしません。用を済ませに来ただけと受け取られて、嫌なことをされると感じてしまうことがあるためです。「おはようございます!お会いできてうれしいです」「〇〇さん、お話をしに来ました」などと話し掛け、手に触れるなどします。
ステップ3:知覚の連結
了解を得られたら、ケアを始めます。「見る」「話す」「触れる」の技法により、一貫して同じメッセージを伝えること、これが「知覚の連結」です。例えば、「見る」だけでは、相手に十分な情報が伝わりません。「話す」「触る」のいずれかも行うようにします。そして、優しい笑顔なのに、刺すような声で話す、腕をつかむ、などをしないようにします。
■ステップ3:知覚の連結
- 常に「見る」「話す」「触れる」のうち2つを行う
- 五感から得られる情報は常に同じ意味を伝える
とはいえ、仕事としてのケアの現場では時間が限られており、効率も求められます。ケアをする人は、相手を思ってケアしているはずが、戦いになることもあるでしょう。しかし、本当の効率は、ケアする人とケアされる人が楽しみと満足を感じることで、ケアの仕事を続けたいと思う人を増やすことです。
ステップ4:感情の固定
ケアした後に、気持ちよくできたことを相手の記憶に残すことが「感情の固定」です。「この人は嫌なことをしない」という記憶を残し、次回につなげるという目的があります。
■ステップ4:感情の固定
- ケアの内容を前向きに確認する「シャワーは気持ち良かったですね」
- 相手を前向きに評価する「シャワーをしてさらにすてきになられましたね」「たくさん協力してくださいましたね」
- 共に過ごした時間を前向きに評価する「私もとても楽しかったです。ありがとうございます」
前向きな言葉を発することで、お互いの絆を確認します。認知機能が低下している方には、こうした表現は効果的であるといわれています。一方、認知機能を維持している方には、大げさだと思われる場合があります。
ステップ5:再会の約束
最後に、「再会の約束」をします。「この人はまた来てくれるんだ」という期待を記憶にとどめてもらうことが目的です。ステップ4で心地良かったという感情を固定できれば、次回に笑顔で迎えてくれることもあります。
■ステップ5:再会の約束
- 再会の約束をする「明日また来ますね」「次は午後5時に来ますね」など
- 約束を書きとめておく(メモ帳や予定表に「お風呂」と書くなど)
書いたものを理解できる方なら、約束を何度も確認できます。理解できない方でも、書くことで誠実さを伝えることが可能です。
ユマニチュードのメリット
ユマニチュードは、2012年に日本に導入されて以来、さまざまな分野で研究され、有効性が確認されています。ここでは、研究や記事によって明らかになった事実のうち、3つの例を確認していきましょう。
体の機能の回復
1つ目は、体の機能の回復・予防・改善です。具体例を挙げると、肺炎のために入院した80代の男性は、食事を口から摂取することができなくなっていました。そこで、ユマニチュードに基づいた食事のケアを行いました。そうすると、同日の夕方には、自力で食事をとることができたという例があります。
他者との関係性の回復
2つ目は、認知症の患者が他者との関係性を回復することです。認知症は、他者と関わるための機能に障害が起きる関係性の病と考えられています。ユマニチュードは、見つめ合うことで相手の気持ちが分かり、絆が生まれます。また、褒めたり感謝したりする言葉は、関係性の回復につながるといわれています。
せん妄の予防・改善
3つ目は、認知症の方のせん妄の予防・改善です。せん妄は、軽度から中程度の意識障害により、不安や焦燥感、幻覚などのある状態を言います。認知症は、せん妄状態を合併することが多く、予防と改善には意識レベルを改善することが必要です。意識レベルは、ユマニチュードの「見る」「話す」「触れる」の刺激により改善します。
※出典:いずれも、本田美和子、伊東美緒 編集、2019年、『ユマニチュードと看護』、医学書院より
ユマニチュードのデメリット
ユマニチュードにはメリットがある一方で、デメリットといわれるような難しい問題もあります。
日本人には距離が近すぎる?
ユマニチュードには、相手の視線をとらえるというポイントがあります。視線の距離は近く、家族や親しい間柄でもためらわれるほどかもしれません。特に日本の文化では、近すぎると感じる人もいるでしょう。
しかし、認知・感覚機能が低下している方に気持ちを届けるためには、近くで視線をとらえることは必要です。日本の文化に合わせた対応ではなく、相手に届くアプローチが求められます。
時間がかかり非効率?
ユマニチュードは、相手の反応を待つことや、見る、話す、触れるなどの技術を用いることで時間がかかります。ケアの現場では、時間に追われていることもしばしばあり、ユマニチュードは非効率と感じることもあるでしょう。
ユマニチュードは、ケアする人とケアされる人が穏やかで幸せな関係を築きます。その結果、ケアがしやすくなる、スムーズに進められるなど、効率的な部分も生まれます。
ユマニチュードに関してよくある疑問
ユマニチュードに関してよくある疑問をまとめました。気になることがあれば、参考にしてください。
効果がないと批判されるのはなぜ?
ユマニチュードは、すべての人に同じような効果があるわけではありません。また、効果を感じるためには時間がかかり、人により差もあります。そのため、効果がないと批判されることもあるようです。
誰でも実践できる?資格が必要?
ユマニチュードに資格は必要なく、誰でも実践できます。一方で、正しい実践力を身に付けるための講座や研修もあります。市民と家族向け、職業人向けの2種類があるので、目的に合った内容を学ぶことが可能です。
どこかで研修を受けられる?
ユマニチュードの研修は、日本ユマニチュード学会にて開催しています。先述の通り、市民と家族向け、職業人向けの2種類です。また、動画で学習できるコンテンツもあります。いずれも有料です。
おすすめの本は?
ユマニチュードに関する本はいくつか出版されていますが、初めて学ぶ方におすすめしたい2冊を紹介します。
◆ユマニチュードのケア技術の基本を詳しく知りたい方へ
『ユマニチュード入門』本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ著、2015年、医学書院 |
イラストや具体的な例を交えて、分かりやすく解説している本です。
◆認知症の家族をケアしている方へ
『家族のためのユマニチュード』イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田美和子著、2018年、誠文堂新光社 |
認知症の家族をケアしている方に寄り添った内容で、すぐに役立てられる技術が分かりやすく解説されています。
ユマニチュードとSDGs
最後に、ユマニチュードとSDGsとの関係を確認します。
世界人権宣言第1条には、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」とあります。ユマニチュードは、人の尊厳を守るケア技術です。ケアされる人が尊厳を保ち、平等に扱われることは、世界人権宣言のほか、人々の平等を掲げたSDGsの目標10「人や国の不平等をなくそう」にもつながります。
ユマニチュードは、SDGsにも関わる未来をより豊かにする1つの技術であると言えるでしょう。
まとめ
ユマニチュードは、ケアする人とケアされる人が、技術を通じて人間らしさを取り戻すという哲学です。ケアする人は、ユマニチュードのケア技術を用いて自分の思いを形にし、ケアされる人は、尊厳を保つことができます。
ユマニチュードは、一般向けの講習や書籍で学べば家庭でも行えるケア技術です。ケアの必要な家族と穏やかな時間を過ごすヒントにしてはいかがでしょうか。
<参考>
本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、2014年、『ユマニチュード入門』、医学書院
イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田美和子、2018年、『家族のためのユマニチュード』、誠文堂新光社
本田美和子、伊東美緒編集、2019年、『ユマニチュードと看護』、医学書院
イヴ・ジネスト、本田美和子、2022年『ユマニチュードへの道』、誠文堂新光社
イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田美和子、2016年『「ユマニチュード」という革命』、誠文堂新光社