サスティナブル(持続可能な)やSDGs(持続可能な開発目標)など、国際的な指標が定められ、耳にする機会も増えてきました。
スウェーデンは、SDGsのスコアが85,19ポイント。世界ランキング第3位(2022年)の国です。ランキングでも分かるように、第1位はフィンランド、2位がデンマーク、4位にノルウェーと、上位はすべて北欧の国々が占めているのを見て取れます。
それではなぜ北欧の国々では、他国に先駆けて、持続可能な開発目標を達成できているのでしょうか。
環境への取り組み開始が他国よりも早かったから?自然豊かで資源が豊富だから?さまざまな意見があり、どれももっともです。しかしながら、根底にはスウェーデン人をはじめとする北欧の人々の、「生活に対する考え方」に違いがあるのではないかと感じます。
今やFIKA(フィーカ、スウェーデンのコーヒータイム)に次いでよく知られているスウェーデン語のひとつでもある、ラーゴム(Lagom)。ラーゴムという生活に根付いた考え方について、ご紹介していきます。
Sustainable Development Report 2022
ラーゴム(Lagom)という考え方
ラーゴムという言葉は古くからあり、北欧でバイキングが活躍していた時代には、すでに存在していました。ラーゴムは、Laget om(ラーゲト オム)という言葉が短くなった単語です。ラーゲトとは、仲間やチームのことをさします。
ラーゴムとはもともと、バイキングたちが食べ物や飲み物を「自分に必要な分だけ食べる」という習慣からきている言葉です。スウェーデン人に、歴史的に根付いている考え方とも言えるでしょう。
それでは、スウェーデン人の言う「ラーゴム」な生活には、どんなものがあるのかを見ていきましょう。
ラーゴムはスウェーデン人の考え方の基本
ラーゴムは、直訳すると「適度な」「適量な」といった意味になります。現代スウェーデン人風にいうと、「なんでもほどほどがいいよね」「ちょうどいいのがいいね」のようなイメージでしょうか。
たとえばスウェーデンでは、ラーゴムはあらゆる場面で用いられます。「今日の気温はちょうどいいよね」という快適さもラーゴムで表しますし、ご飯の量がちょうどよかった場合にもラーゴムです。
日本語にも「腹八分目」という言葉があります。これはもともと儒教の教えからきていますが、「もう少し食べたい、ちょっとだけ物足りないなと感じるくらいの量」とされています。
また、「身の丈に合った生活」という言葉もあります。分相応や、自分をわきまえた生活をしましょう、といった意味です。お給料に見合った謙虚な生活を心がけなさい、というときにも使われますね。
このような日本語の言葉は、どこか少しネガティブな印象を受けます。日本人の考え方に「我慢は美徳」というものがあるためかも知れません。
スウェーデン語のラーゴムは、似たような意味でありながら、どことなくポジティブな印象です。「ちょうどいいから快適」「無理をしないから心地よい」といったイメージです。
自分らしく無理なく生きる、それはスウェーデン人にとって快適で、まさにちょうどよいラーゴムな暮らし方といえるのでしょう。
ストレスをためないラーゴムな働きかた
スウェーデン人と一緒に仕事をすると、そもそも仕事に対する考え方が、日本人とは全く異なることに気づきます。
スウェーデンで暮らすと、仕事に対するあらゆる感覚が日本と異なるため、最初は違和感を覚えたり、思い通りに仕事がはかどらないことにイライラしたりするでしょう。
たとえば学校の新学期が始まる日に、はじめて小学校に上がる新1年生の担任の先生が、初日から欠席です。生徒は休み明けに揃っていますが、先生の初登校は新学期が始まってから1週間後です。
高校の学期末の修了式の日、担任の先生はお休みです。「明日は修了式だけど、僕は家族旅行で欠席するから、君たちも来なくていいよ」なんて平気な顔で言われます。このようなことは、スウェーデンではごく普通にあるのです。
スウェーデンでは6月ごろから、ほとんどの社会人が長い夏休みを取りはじめます。人によってまちまちですが、だいたい4週間くらいです。
医療機関も同じで、地域のクリニック制度を取っているスウェーデンでは、夏の間に病院に掛かろうとしても「あなたの担当医はお休みだから診られないわ」などと言われます。もちろん、診てもらえるのだったら担当医以外のお医者さんでも構わないわけですが、「担当医が休みから戻るのは3週間後よ」「ほかの先生でもいいので、診てもらえませんか」の押し問答が繰り広げられるのは、いつもの光景です。
スウェーデンでは助産婦さんも休むので、「夏場(とくに6月・7月)は妊娠するな」などとジョークを言われることもあります。
スウェーデンでの働き方は、「頑張り過ぎない」が基本なのです。ちょうどよく働けば、余計なストレスも掛からない。日本人から見れば考えられないことも多く、不便に思うこともあります。
けれどもスウェーデンでは、頑張り過ぎることよりも自分を上手にコントロールして、心身ともに健康に過ごすことが大切と考えられています。仕事のパフォーマンスを上げるためにも、ストレスをため込まないのが第一、と思えば納得です。
ちょうどよく買えば、買い過ぎない
「ちょうどよい」や「ほどほどに」の感覚は、スウェーデン人でも人それぞれかも知れません。しかしスウェーデンでは、一般的には「欲しいものではなく、必要なものを買う」という考え方なので、財布の紐はきつめです。
また、よいものを長く使うという考え方や、古くなったものを直して使うという考え方も根付いています。北欧デザインの世界的な人気の影響もあるでしょうが、家具などは「直して長く使う」ものの代表でしょう。
「長く使う」というのは、日本語の「もったいない精神(Mottainai)」と似て非なるものかもしれません。北欧人と日本人の感覚の違いでしょうが、「もったいない」はやはり、ちょっとネガティブな印象です。ラーゴムは「ちょうどよい」といった感覚に使う言葉のため、ポジティブに感じられます。
どっちが良い悪いではなく、文化や習慣に根付いた違いなのだなあと思います。
このように、スウェーデン人は物を買うときにも「必要なものを必要な量だけ」ちょうどよく購入するので、買いすぎがなく、無駄も少なくなります。
生活のなかでのお金のかけかた
北欧人を見ていると、そもそもお金をかける場所が日本人と大きく違うことに気づきます。
20代の頃にフィンランドに留学していたとき、友人宅に招かれたエピソードをお話しましょう。
当時フィンランド語も上手く話せずに、学校ではなかなかフィンランド人の友達ができませんでした。それを見かねて、留学生の相談役をしていた先生が、近所に住んでいるクラスメイトに「今度、彼女を夕食にでも招待してやってくれないか」と聞いてくれたのです。
そのクラスメイトは、私よりもいくつか年下でしたが、ボーイフレンドと一緒に暮らしていました。学生用のシェアアパートに暮らしていた私と比べても、随分大きな部屋に、彼氏とシェパード1匹と住んでいました。インテリアも北欧らしく、シンプルに整えられています。
失礼ながら、学生なのに随分とお金があるんだな、というのが第一印象です。家具付きの学生用シェアハウスに住んでいた私とは、部屋に掛けている金額が違い過ぎると感じたのです。
ところが、招かれた夕食のメニューは「冷凍のフライドポテトとソーセージ」をオーブンで焼いて、ケチャップを掛けたものでした。彼らも初めて見る日本人が、どんなものを好んで食べるのか分からず、きっと夕食のメニューには困ったことでしょう。
もし日本人が、海外からの留学生を食事に招くとしたら、おそらく「いつもより少しだけ凝ったメニュー」を考えるのではないでしょうか。
しかしこれが、北欧の学生のスタンダードです。学生だった彼らにとっての「ちょうどよさ」がフライドポテトとソーセージの夕食であり、見栄も張らなければ、無理もしません。
暮らしを快適に整えることが、北欧人にとっての大切なことで、質素な食生活は学生にとって当たり前。これこそがちょうどよい、無理をしない「ラーゴムな暮らし方」なのでしょう。
我慢は美徳ではない
日本人は自分にも他人にも厳しいと思うことがあります。それは考え方の根底に「我慢は美徳」というのがあるからではないでしょうか。その考え方を日本人らしいと思うと同時に、仕事も家事も育児も、何でもやりすぎで、無理をしすぎるところがあるのではないかと感じます。
我慢しない、やり過ぎないはスウェーデン人の考えるラーゴムの基本です。たとえば、スウェーデンでは冷凍食品の魚のフライ・フィスクピンナ(タラなどの白身魚を棒状に成形して衣をつけたもの)を週1で夕食に食べるのは、スタンダードです。安いときにはひと箱20クローナ(約250円)程度で購入できる冷凍食品です。
ほかにも、木曜日はタコス(ブリト―・トルティーヤ)、金曜日はピザ、などと1週間のメニューが大体決まっているという家も、少なくありません。日本で同じことをやったら「手抜き」といわれて、非難されてしまいそうですね。
共働きがほとんどのスウェーデンの家庭ですから、普段の食生活はなかなかに質素です。子供の夕食が「ゆでたマカロニにケチャップを掛けたもの」ということもあります。それでも、無理をしないことで、余計なストレスを溜めないことは大切です。なにを最優先にするかという考え方の違いですね。
ラーゴムを生活に取り入れると結果的にエコになる!?
ラーゴムの基本的な考え方は、ものごとに対して無理をしないということです。自分の心に正直に、快適な暮らしを整える選択ともいえます。このような考え方を根本に生活をしてみると、実は多くの人が求めている、エコな暮らしが成り立つのではないでしょうか。
家の中のものが増えすぎない
必要なものを必要なだけ購入する生活は、無駄を省くための理にかなっています。
断捨離というと思い切った考えのように思えますが、実はスウェーデン人はものを捨てるのが本当に上手。実際にはスウェーデンでは、ものを捨ててしまうことは少なく、ほとんどの不用品は、無料でリサイクルショップに流れるというシステムができあがっています。
近所に暮らすスウェーデン人のアンナ(仮名)は、生活保護で3人の子供たちと暮らしているシングルマザーです。ちいさな子供がいるにも関わらず、家の中はスッキリとしていて、とてもおしゃれで素敵。
いわゆるミニマリストのような感じですが、子供がいれば必要なものも実際にはたくさんあるでしょう。生活保護での生活ですので、余裕があるわけではないでしょうが、もちろん無駄なものを買うこともありません。
それでもセカンドハンドショップを上手に利用したり、おしゃれなものを手作りしたりと、アンナの部屋からは生活を楽しんでいる様子が伝わってきます。購入するものをきちんと選ぶので、好きなものに囲まれた、無駄のない生活が送れます。
購買意欲が変化する
ものを購入する際の基本的な考え方は、前述したとおりですが、スウェーデンをはじめ北欧の国々では贈り物でも無駄を省くのが一般的です。
たとえばそれは、友人や家族へのプレゼントにも適用されます。日本で人に渡す贈り物に、金額の分かるような値札やレシートなどをつけることはありません。スウェーデンでは「プレゼントだけど、不要だったら自分で返品してね」というのは普通です。
ショップでプレゼントを買った場合には「返品用のプレゼントレシート」を購入品に同梱してもらえます。もらった人が不要と思えば、レシートを持って購入店へ行き、返品できる仕組みです。
結婚式やラウンドバースデイ(20歳、30歳などの節目の誕生日)などの記念日の贈り物は、あらかじめ「こんなものが欲しいから、リストの中から選んで送ってね」という「プレゼント・リスト」を招待客に送っておけば、無駄にものが増えません。
心の余裕ができるので幸福度が増す
スウェーデンではFIKA(フィーカ)と呼ばれるコーヒータイムは、とても重要です。仕事場でもフィーカタイムはあり、コーヒーを飲みながらひとやすみすることでリラックスでき、仕事効率が上がると考えられています。
ひとり時間を大切に過ごし、個人主義的なところもあるスウェーデン人。しかしフィーカタイムで同僚たちとプライベートな時間を持つことで、仲間意識も生まれ、仕事に対する考え方を知ったり、意見交換ができたりします。
集中する時間とリラックスの時間を、ちょうどよく持つことで集中力が増し、ストレスや体調不良も減ります。バランスの取れた生活をするので、心に余裕も生まれます。
また、スウェーデンでは定時に帰るのが当たり前。仕事が終わるとさっさと帰宅し、家族と過ごすのは国民の権利です。家にいる時間が長いので、生活に割ける時間もたくさんあります。
北欧の国々が常に「世界幸福度ランキング」でトップにいるのは、このようなラーゴムな生活が影響しているのですね。
まとめ
北欧諸国が「幸福度の高い国」といわれているのは、なぜでしょうか。
社会福祉が発達してるから?自分の考え方をはっきりと主張できるから?集団意識よりも個人の独立した考えを大切にするから?自尊心が高いから?精神的に自立した、大人の社会だから?
いろいろな考え方があり、どれも正しいでしょう。
また、ラーゴムが表す「ちょうどよい」ことの基準も、もちろん人それぞれで異なります。
ある人はラーゴムを生活の中に見つけ、ある人は人との距離感にラーゴムを感じます。上手に日本語にするのは難しいのですが、とてもスウェーデンらしい生き方を表した言葉です。
一生懸命やることよりも、ほどほどにちょうどよくやっていくのが、まさにスウェーデン人という国民性。生活のなかに持続可能性を見つけだし、自分を知ることで生まれる、ラーゴムな考え方。まずは自分に合った生活を知ることが、エコへの第一歩なのかもしれませんね。