21世紀に入った現在でも、世界では電気や電力にアクセスできない国や地域、人々が数多く存在します。そうした問題を解決する手段として取り入れられているのが「ミニグリッド」と呼ばれるシステムです。日本ではあまり耳にすることのない言葉ですが、これからの私たちのエネルギー事情を考えるうえでも、決して無縁ではいられません。
ミニグリッドとは
最初に、ミニグリッドとはどのようなものかを説明していきます。
ミニグリッドとは、分散型電源によって特定の地域内に電気を供給する小規模な発電網のことを指します。
私たちが通常家庭に電気を引く場合は、関東なら東京電力、中京圏なら中部電力といった大手電力会社と契約します。そして、各電力会社が持つ大規模発電所から配電される送配電網から電気を引いて利用します。
ミニグリッドはこうした大規模発電系統に依存せず、太陽光や風力などの自然エネルギー、時にはディーゼル発電など、多様な発電システムと自立した電力貯蔵施設を使い、その電力網がカバーするごく限られた地域に電力を供給できるようにしたものです。
可能な地域では、メインとして大規模発電系統とも接続しますが、基本的にはエネルギーの自給自足ができる電力供給体制をとっています。
マイクログリッドとの違い
ミニグリッドと同じような言葉として「マイクログリッド」があります。
マイクログリッドもその意味としては、
「大規模発電所の電力供給に頼らず、コミュニティでエネルギー供給源と消費施設を持ち地産地消を目指す、小規模なエネルギーネットワーク」
を指し、大規模送電網へのアクセスも行っています。したがってミニグリッドとの違いは言葉だけではよく分からず、両者はほとんど同じ意味で使われることが多いようです。
また「ミニ=小さい」と「マイクロ=極小」という大きさを表す言葉の意味から、ミニグリッドより規模や発電量が小さなものをマイクログリッドと定義している国もあります。
しかし実際のところ、両者の呼び方に明確な線引きはなく曖昧です。
インドでは「ミニグリッドは10kW以上の容量、マイクログリッドは10kW未満」と定義しているのに対し、米国などのOECD諸国ではマイクログリッドを「数百kW〜MWの容量を持つ設備」としており、使われている国・地域によって定義が異なることがわかります。
あえて両者を定義づけるとするなら
- ミニグリッド:インド/東南アジア/アフリカなど、電力へのアクセスが困難な途上国・地域に電力を供給。自家発電設備によるローカルな小規模送電網
- マイクログリッド:米国/欧州/日本など、OECD諸国で実施。電力会社とも連携した小規模送電網
となります。日本では、資源エネルギー庁が「地域マイクログリッド」という呼び名で構築事業を進めています。
両者とも共通しているのは
- 大手電力会社の大規模送配電網とは別の小規模な送配電網
- いくつかの発電設備を使った分散型電源
- 再生可能エネルギーの利用に積極的
という点があり、従来の大規模・集中型エネルギーに対する代替システムだということです。
スマートグリッドとの違い
もうひとつ、電力システムに関する類似の用語として「スマートグリッド」という言葉がよく使われています。ただし、スマートグリッドとミニグリッド/マイクログリッドとは、その意味も定義も大きく違います。
スマートグリッドとは
IT技術を活用して、発電所の供給側と家庭や事業所などの需要側の電力需給を自動制御し、需要に応じて発電施設からの電力を効率よく配分する電力制御技術を持った電力網のこと
(引用:スマートグリッド|福島県)
を言います。
より具体的には
- 発電所や送電網と、電力消費地(家庭・工場など)とをネットワークで結ぶ
- スマートメーターで使用電力量などを管理
- 電力会社は集計データに基づき予測を立て、効率的に電気を供給する
といった仕組みをスマートグリッドと呼びます。
ミニグリッドの運営方式
ミニグリッドを展開しているのは主に途上国ですが、これらの国々では、政情や経済状況が不安定です。中には政府主導で過疎地域の電化事業をする余裕がない国もあり、地域の実情に応じて導入や運営の形式もさまざまな体制がとられています。
<運営方式>
- 公益事業:国が所有・管理を行い、公的資金で運営される
- コミュニティ:地域の自治体が所有・運営し、助成金で賄われることが多い
- 民間企業:民間企業や団体が計画・設置・運営し、資金は投融資や寄付、公的支援などで賄われる
- 複合型:上記の複数の関係者・機関によって所有・運営される
ミニグリッドによって世界はどうなるのか
ミニグリッドが普及することで、世界中にどのような変化がもたらされるのでしょうか。そのメリットを踏まえたうえで、今後期待できる効果について説明していきましょう。
ミニグリッドのメリット①送電困難地域にも電力が供給できる
最大のメリットは、砂漠や森林、離島など、地理的・経済的不利を理由に中心的な電力網が引かれてこなかった、孤立した過疎地や遠隔地でも電気が使えるようになることです。
現在、世界では約7億3,300万人の人々が電気が使えない環境に置かれています。その68%はアフリカが占めており、特に人口密度の低いサハラ以南の地域に集中しています。
ミニグリッドの普及は、こうした地域での電力供給を可能にします。照明や調理機器、通信機器など、日常生活に必要な電化製品が、地域に関係なく利用できるようになります。
ミニグリッドのメリット②非常時の電力寸断リスクを低減
災害や事故、地域紛争など、非常時の大規模停電によるリスクをより少なくできるのもメリットのひとつです。これは途上国だけの話ではなく、自然災害の頻度が高い日本でもより深刻になっている問題です。
近年でいえば
- 2011年/東日本大震災:福島第一原発の大事故と首都圏での計画停電
- 2018年/北海道胆振東部地震:道内のほぼ全域が停電に見舞われる
- 2019年/台風15号:鉄塔倒壊による千葉県での93万戸もの大停電は、復旧まで2週間以上
などの災害が、大規模送電網のみに依存したシステムの脆弱性を露呈しました。
独立した分散型のミニグリッドを複数構築しておくことは、通常の電力網が使えなくなった場合の大きなリスクヘッジとなります。
ミニグリッドのメリット③温室効果ガス排出量抑制
小規模な発電施設であるミニグリッドでは、太陽光発電や地熱、風力、水力などの再生可能エネルギーを使うことが、現地での電源調達に最も合理的な手段となります。
世界銀行の試算によると、仮に4億9,000万人に太陽光によるミニグリッドを提供できれば、12億トンものCO2排出量が削減できるとされています。
複数の発電方法を併用したミニグリッドシステムでは、75〜99%の再生可能エネルギーが使われており、世界的に電力の需要が増加しても、環境負荷の少ない電気の提供が可能になります。
ミニグリッドは世界の電力格差を解消できる?
前述の世界銀行は、4億9000万人に必要なソーラーミニグリッドを217,000箇所としており、そのために1,270億ドルもの投資が必要だと試算しています。
ただし現在のペースでは、2030年までに提供できるミニグリッドは44,800箇所、それによる電力提供の恩恵を受けられるのは8,000万人にとどまるとされます。
エネルギー格差、ひいては経済格差の解消のためには、ミニグリッド普及に拍車をかける必要があると言えるでしょう。
ミニグリッドの課題・デメリット
にもかかわらず、現実には上記の通り、ミニグリッドの普及は期待されているほど進んでいません。それはミニグリッドの抱えるデメリットと、そこから生じる課題が解決されているとは言い難いからです。
ミニグリッドのデメリット①出力や供給が不安定
途上国のミニグリッドは自然エネルギーの利用が多いため、天候や地形などの外部要因によって発電効率や出力が低下する懸念があります。
日照時間が短いと太陽光発電の出力は低下し、風力発電は無風の日の発電効率は落ちます。こうしたデメリットを克服するには、安定して電力を供給できる蓄電設備をどれだけ備えられるかが課題です。
ミニグリッドのデメリット②導入・維持の財政問題
ミニグリッドを導入する上での大きな課題が、導入や運用にかかる資金の調達や回収方法をどうするかということです。特に途上国では、ミニグリッドの導入には政府からの助成金や補助金が投入され、そこから民間企業などの投資を促して運用するケースが少なくありません。
こうした初期投資にかかる資金調達に加え、運用の持続可能性を保証するルールや、利用者の負担が少ない料金体系をどう確立するかといった、運用に関する継続的な資金調達も重要になってきます。
ミニグリッドのデメリット③技術や制度の問題
自然エネルギーの構築システムも年々性能が向上しているとはいえ、以下のような品質面の問題がまだ残っています。
- 運用資金の不足による品質管理の困難さ
- 遠隔地に専門技術者を派遣する機会が不足する
- 実際に運営や管理を行う地元のスキルが足りない
また、個々の国の実情に応じた制度上の問題もあります。
途上国であれば法的な規制や関税などの問題、日本のような先進国であれば大手電力会社との運用の調整(通常時と非常時の)や管理の問題など、導入には各方面の利害を調整しながら進めなくてはなりません。
ミニグリッドの事例
では、世界では現在どのようなミニグリッド事業が行われているのでしょうか。
ここではミニグリッド事業を推進しているいくつかの国・地域の事例を取り上げ、具体的な取り組み内容や、成果・目標などについても見ていくことにしましょう。
ケニア
ケニアは、電力へのアクセスが国民の30%台と低く、全人口への普及が政治的課題でした。政府は、公益事業によるディーゼル発電でのミニグリッド導入を進めてきましたが、ディーゼルのコストが高くなることもあり、再生可能エネルギーにシフトしたミニグリッドの開発を行っています。
2013年には、27箇所の太陽光や風力によるミニグリッドが計画されています。
同時に民間による導入も進んでいます。イタリアEnel Green Power社と米Powerhive社によるミニグリッド事業では、12万ドルを投資し、100箇所の農村に太陽光ベースのミニグリッドを導入。これにより、2万世帯の住宅、学校、事業所などへの電力供給につながっています。
ネパール
ネパールでは、政府が外部団体の支援を受けて、農村エネルギー開発プログラム(REDP)によるマイクロ水力ミニグリッドの設置を進めました。これは317箇所に累積で5,814kWにもなる大がかりな計画です。
この計画では、地域社会を巻き込んで能力とスキルを向上させることに重点を置いているのが特徴です。また、エネルギー基金による補助金制度も比較的スムーズに機能しており、ミニグリッドと太陽光発電の普及に貢献しています。
サハラ以南諸国
未電化人口の割合が最も多いサハラ砂漠以南の地域(サブ・サハラ)は、人口密度の低い地域が遠距離に分散しており、送電網の整備が遅れています。
ケニアに拠点を置くWindGen Power USAは、この地域の8カ国でミニグリッド事業を展開。太陽光ベースの配電・蓄電設備やスマートメーターなどを備えたミニグリッドを、数百世帯ほどの未電化集落に構築して安定的に電力を供給しています。また、同社の事業には日本の住友商事も出資し、新たな電力ビジネスに乗り出しています。
インド
世界一の人口を抱えるインドでも、未電化地域への電力供給は重要な政策です。
国でも、地方でもさまざまな政策が実行に移され、チャッティースガル州では1,000の村と集落、35,000世帯でミニグリッドを提供しています。
また、ジャワハラル・ネルー国立ソーラーミッションでは、政府の助成金により2,000MWのミニグリッドシステムの導入を進めると発表しています。
それに加え、インド国内の多くの民間デベロッパーも、ミニグリッド事業に乗り出しています。
ミニグリッドとSDGsの関係
ミニグリッドの推進は、SDGsの掲げる「持続可能な開発目標」の達成にも大きな役割を果たします。
目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と関係
この目標では、すべての人々に安価で信頼できる、持続可能なエネルギーへのアクセスを確保することを目指しています。ミニグリッドの導入は、
- 開発途上国や離島、孤立地域などの全ての人々への持続可能な電力供給
- 再生可能エネルギーの多様化と効率化で、安価・安定したクリーンな電気を供給
- 国際的な協力や投資のもと、インフラ拡大と技術向上に勤める
といった、目標7に含まれる7.1から7.bまでの全てのターゲットと密接に関連してきます。
【関連記事】SDGs7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」の現状と取り組み事例、私たちにできること
まとめ
ミニグリッドと呼ばれる小規模送電網の現状と可能性を紹介してきました。
今回の記事では途上国での事例が中心でしたが、日本でも「地域マイクログリッド」が進められているように、世界中どこでも「小規模・分散型・クリーン」なエネルギー供給網の重要性は高まっています。どんな場所、どんな状況でも、持続可能な安定したエネルギーを誰ひとり取り残さずに届けることが、世界から貧困と格差を無くす大きな一歩となるのです。
<参考資料>
Mini Grids – energypedia
Mini-grid Policy Toolkit – energypedia
Mini-grid Policy Toolkit Policy and Business Frameworks for Successful Mini-grid Roll-outs
MICROGRID KNOWLEDGE
Mini-grid Operation Models – energypedia
Solar Mini Grids Could Power Half a Billion People by 2030|World Bank
スマート・グリッド – 日経クロステック(xTECH)
Minigrids & Microgrids – Energy – IEC
ケニアの農村に合計1MWの太陽光ベースの「ミニグリッド」