日本の農業は、農業者の高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加など、さまざまな問題を抱えています。
そこで今、働く場を求めている障がい者などと連携して農業を守っていく取り組み「農福連携」が注目されています。
この記事では、「農福連携」について解説します。
目次
農福連携とは
農福連携とは、障がい者などが農業で活躍することを通じて、自信や生きがいを持って社会に参画する機会をつくる取り組みを言います。
「農業」と「福祉」が連携して取り組んでいます。
ただし、農業には農林水産業や6次産業などがあります。そして、福祉には障がい者だけでなく、高齢者、生活困窮者、触法障害者など社会的に生きにくさを感じている人もいます。
そうした農業に関連したさまざまな産業分野が、高齢者、生活困窮者、ひきこもりの状態にある人などの就労や社会参画支援、そして犯罪・ 非行をした人の立ち直り支援にまで対象を広げるユニバーサルな取り組みが必要です。
そのため、「農福連携」は、新しい価値を見出す期待を込めて「農福連携等」と表現される場合もあります。
農福連携の目的
農福連携の目的は、障がい者などに就労の場や生きがいを提供することに加え、高齢化の進む農業分野において新たな担い手を確保することです。
農福連携は2010年頃から考え方が広まった
「農福連携」という言葉は、2010年に鳥取県において農業と福祉が連携して推進する「鳥取発!農福連携事業」という事業名に使われたり、※[1]同時期に、農林水産政策研究所において「農村活性化プロジェクト研究農福連携研究チーム」が発足したりなど、目にする機会が増えてきました。※[2]
これ以降、「農福連携」という言葉や考え方が広まったといわれています。
農福連携がなぜ注目されている?
それではなぜ今、農福連携が注目されているのでしょうか。2つの理由を見ていきましょう。
理由①農業就業人口の減少と高齢化問題の解消が期待される
まず、農業の課題として、従事している人の数が減少していることが挙げられます。
農業就業人口はここ20年で半分にまで減っています。さらには農業者の平均年齢も7歳上がり、高齢化が進んでいるのが現状です。
基幹的農業従事者(個人経営体)
加えて、普段の仕事として主に自営農業に従事している基幹的農業従事者についても、近年は減少傾向にあることが分かります。
この原因の一つに、農業が機械化されたことや、生産技術が向上したことで多くの人手が必要なくなった事情があります。しかし、農業従事者が高齢化する中、若い農業の担い手が不足しているのが最も重要な課題です。
そこで、農業を障がい者などの労働力を活用していくことで、この問題が解決されるのではないかと期待されています。
理由②障がい者の雇用に関する課題の解消が期待される
近年、障がい者の就業意欲は高まっています。本人の希望や能力、適正を十分に発揮し、個人の特性などに合わせた活躍の場がさらに必要です。
民間企業における障がい者の雇用者数を見ていくと、18年連続で過去最高を更新し、2021年には597,786人(前年578,292人)に上りました。
今後、障がい者などの働く場をより多く確保するためにも、担い手不足の農業との連携が期待されています。
関連記事:障害者雇用とは?企業義務やメリット・雇用条件と助成金について解説
農福連携推進ビジョンの具体的な取り組み
これまで見てきた農業就業人口の減少と高齢化、そして障がい者などの雇用の課題に対して、関係省庁や有識者が具体的な取り組みの方向を示したのが「農福連携推進ビジョン」です。
具体的な内容を見ていきましょう。※[3]
取り組み①認知度の向上
農福連携の大きな課題として、その取り組み自体があまり知られていないことが挙げられます。
そこで、①農福連携のメリットを発信する、②戦略的プロモーションを展開するという方法で、認知度をアップしていこうというのが「農福連携推進ビジョン」の1つ目のアクションです。
取り組み②取り組みの促進
農福連携に踏み出そうとしても、どう進めて良いか分からないという農業経営体も多くあります。
その悩みを解決するために、主に①農業と障がい者のマッチングの仕組みなどをつくる、②農福連携に取り組む経営を支援するなどの支援を行います。
農業経営主体が始めやすい体制づくりを進めていくのが2つ目のアクションです。
取り組み③取り組みの輪の拡大
認知度が上がって取り組みが進んでも、定着しなかったり、一部の地域にとどまったりしては意味がありません。
取り組みの輪を広げていくためには、①国民的運動を展開する、②関係団体などが協力し合うことが必要です。
国、地方公共団体、経済界、消費者、関係団体が農福連携の機運を高める活動をするのが3つ目のアクションとなります。
このように、国としても「農福連携推進ビジョン」を掲げることで、農福連携の拡大を狙っているのです。
農福連携の3つのメリット
取り組みが強化される農福連携には、一体どのようなメリットがあるのでしょうか。3つのポイントを見ていきます。
メリット①新たな働き手を確保できる
先述の通り、農業の現場では就労人口が減少しているだけでなく、高齢化も進んでいます。その中で、農業の担い手をどう補うかが大きな課題です。
働く場を求めている障がい者などを受け入れることで、必要な人材を確保できれば、農家にとっては大きなメリットになるでしょう。
メリット②経営規模を拡大できる
農福連携を実践している農業者に、障がい者を受け入れることで収益にどのような効果があったかを聞いたアンケートでは、「効果がある」と回答した割合は78%でした。
また、障がい者を受け入れることで収益に「効果あり」と回答した農業者は合わせて87%に上り、農福連携が収益に貢献していることが分かります。※[4]
メリット③農地管理や維持が可能になる
農業就業人口の減少と高齢化は、農地が使われずに放置される耕作放棄地の増加にもつながります。
農地を維持するためには人手が必要です。障がい者などを受け入れることで、農地を管理し、維持していくことができます。
【関連記事】遊休農地とは|活用事例・耕作放棄地、荒廃農地との違いも
農福連携のデメリット
農福連携にはメリットがある一方で、デメリットもあります。確認していきましょう。
デメリット①障がいに合った適切な技術指導が求められる
障がいの特性により、障がい者などがすべての作業をこなせるとは限りません。できることを見極めた上で、ときには仕事を切り分けて指導する必要があります。
デメリット②雇用が不安定だと技術を取得してもらいにくい
農作業は天候などによって作業できる日もあれば、できない日もあります。継続的に仕事を依頼できないと、障がい者などの技術習得が難しくなる場合があります。
デメリット③安全性には特に配慮する必要がある
農業は農業機械や農機具などを使います。安全に作業をするには、その使い方や操作方法などを、障がい者などに分かるように説明しなければなりません。
農福連携に関する補助金や助成金制度について
農福連携の事業を行う法人や団体、企業などは、国や行政から補助金や助成金の支援を受けられます。
1.農福連携支援事業
障がい者などの技術取得や作業工程のマニュアル化、ユニバーサル農園の運用などを支援する交付金です。
【事業期間:2年間、交付率:定額(上限150万円など)】
2.農福連携整備事業
障がい者などに配慮した生産施設やユニバーサル農園施設、安全・衛生上必要な付帯設備などの整備を支援する交付金です。
【事業期間:最大2年間、交付率1/2(上限1,000万円、2,500万円など)】
3.普及啓発・専門人材育成推進対策事業
農福連携を全国的な展開にする取り組みや、定着させるための専門人材の育成を支援する交付金です。
【事業期間:1年間、交付率:定額(上限500万円など)】※[5]
4.その他
上記の他に、ハローワーク等の紹介により障がい者などを継続して雇用した場合に受けられる「特定求職者雇用開発助成金」や※[6]、障がい者などが働きやすい職場環境の整備にかかる費用の一部を補助する「障害者作業施設設置等助成金」(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構)などがあります。※[7]
詳細は以下のリンクより確認いただけます。
農林水産省「農山漁村交付金のうち農福連携対策」
厚生労働省「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)」
独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構
「障害者作業施設設置等助成金・障害者福祉施設設置等助成金」
日本の農福連携の現状
ここまで見てきた背景を踏まえて、農福連携の現状について、主な2つのポイントを見ていきます。
農福連携は増えている
令和3年度末の農福連携に取り組む主体数は5,509と、昨年度末に比べて938増えています。
農福連携の取組主体数(令和3年度末時点)
農福連携を行う農業者が、取り組むきっかけとして挙げたのは、「障がい者就労施設等からの紹介」が23.7%と最多でした。※[8]
障がい者就労施設だけではなく、農業者や行政なども農福連携に主体的に取り組むことで、今後さらに広がっていくことが予想されます。
農福連携を続けたいという農業者は75%
農福連携に取り組んでいる農業者は、実際にどのような実感を持っているのでしょうか。次の表は、「農福連携を今後も続けたいか」という質問の回答の内訳です。
農福連携を行う農業者の75%が「続けたい」と答えています。農福連携の満足度や効果が高いことがうかがえます。
農福連携の課題や問題点
農福連携の取り組みには、課題もあります。ここでは、平成30年に農家を対象にしたアンケート結果から、どのような問題が浮かび上がったのかを見ていきましょう。*[9]
障がい者に通年で働いてもらうための工夫が必要
障がい者などを直接雇用している農業者の74%が課題として挙げたのは、「障がい者に通年で働いてもらうための工夫」でした。
「雨天時には仕事がなくなってしまう」などのほか、障がいの特性に合わせた作業を切り出さなければ、障がい者などができることがなくなってしまうという実態があります。
障がい者の農業技術習得の支援
福祉事業所に作業を委託している農業者の71%は、「障がい者の農業技術習得」を課題と答えています。
「1年を通じて圃場での作業は種類が多い」「ルーティン作業を増やしたいが毎日同じ作業はない」という意見がありました。障がい者などの技術取得をどのように進めるかが課題です。
農福連携をビジネスとして始めるためのポイントや注意点
農福連携をビジネスとして始める前に、各都道府県などの相談窓口に問い合わせると良いでしょう。ここでは、基本的なポイントや注意点を2つ挙げます。
農福連携には「直接雇用」と「福祉事業所への委託」がある
農福連携に取り組む方法には、「障がい者などを直接雇用する」または「福祉事業所へ作業を委託する」の2つがあります。
障がい者などを直接雇用する資力がない場合は、福祉事業所と契約を結ぶという選択肢もあります。その場合、福祉事業所と連携を密にして進めていくことが必要です。
Win-Winの関係を築くことが大事
農業経営は収益を上げることも重要です。しかし、それだけを求めすぎて働く人のやる気や尊厳が失われてしまってはうまくいきません。
農業者は、
- 障がい者などを働き手として迎え入れることで人手不足などの課題を解決できる
- 障がい者などにとっても働きがいや自信につながる
など、双方の利益になるような関係をつくっていくことが農福連携の大きなポイントになるでしょう。
農福連携の具体的取り組み事例
農福連携を実践している農業者の事例を4つ見ていきます。
さんさん山城(京都府・京田辺市)
さんさん山城は、宇治抹茶、京都えびいもなど京都の伝統野菜などをメインに地域に根差した農業を行っています。
農園では毎日聴覚障害者などの方々が農作業から加工作業、販売など幅広い分野で活躍。
日本農林規格「ノウフクJAS」の第一号として農林水産省より認定されています。
みやぎ農園(沖縄県・南城市)
みやぎ農園は、微生物の力を利用してヘルシーな平飼い卵や農産物、加工品の生産販売を行う事業者。
職員の人手不足に悩んでいたため、地域設立された就労継続支援事業所と連携し10名程度が個々の得意分野を生かした業務を担当する他、農園は地域の放課後等デイサービスとしても利用されており、幅広い地域活動拠点となっています。
白石農園(東京・練馬区)
白石農園は、約100種類の野菜とブルーベリーを生産・販売している農業者です。
栽培したアスパラガスの選別・梱包作業は、知的に障害がある方の通う「かたくり福祉作業所」が行っています。選別・梱包作業を任せることで、アスパラガスの栽培管理に集中できていると言います。※[10]
京丸園(静岡・浜松市)
京丸園では、姫ねぎ、姫みつば、ミニちんげんなどを栽培しています。
高齢者・障がい者などが生きがいを持って社会に参画することで、農業の担い手を育成しようという「ユニバ―サル農業」を実践。現在、障がいのある25名のスタッフが、苗を植える作業や、収穫、検品・パッキングなどの大事な作業を行っています。※[11]
【関連記事】株式会社エスプールプラス|農園を通じて障がい者と企業雇用の架け橋に
農福連携とSDGsの関係
ここまで見てきた農福連携は、SDGsとも大きく関係しています。
SDGsとは、現在世界が抱える「社会」「経済」「環境」の3つに関する課題の解決を目指して掲げられた世界的な目標です。SDGsは三方よしの精神が反映されているとよく言われますが、どれか1つの課題の解決を目指すのではなく、すべての側面に良い影響が出るよう取り組みを進めていくことが求められています。
その指針となるよう、SDGsには17個の目標が掲げられており、農福連携も様々な部分に関係しています。
特に関係する目標としては、目標2「飢餓をゼロに」、目標10「人や国不平等をなくそう」が挙げられます。目標2はキャッチコピーだけを見ると、「飢餓、いわゆるお腹を空かせて命を落としてしまう人をなくすことを目指す」と読み取れますが、実は農業も関係します。
農業が持続可能な形態でなければ食料は生み出せません。農福連携は、担い手不足に悩む農業分野にとって解決策にもつながると期待されているのです。
また、目標10は人種や国籍、性別、障がいの有無などによって、生きにくさを感じる現状を変えていくことを目指しています。農福連携は、障害のある方でも働く機会を持て、誰もが「働きがい」や「生きがい」を感じられる社会の実現につながります。
まとめ
農福連携は、農業と福祉がそれぞれの抱える課題を解決できる取り組みです。
しかし、農業者が障がい者などを労働力として採用するのは比較的新しい試みであるため、戸惑うこともあるかもしれません。今後連携を進めていくためには、双方の十分な理解が必要です。
「Win-Winの関係」を意識しながら、お互いに歩み寄る姿勢も大事になってくるでしょう。
※[1] 鳥取県「鳥取発!農福連携モデル事業事例集の刊行」
※[2] 農林水産政策研究所「農福連携」
※[3] 農林水産省「農福連携とは」
※[4] 日本基金「農福連携アンケート調査結果」
※[8] 農林水産省統計「令和3年度 食料・農林水産業・農山漁村に関する意識・意向調査 農福連携の取組に関する意識・意向調査結果」
※[9] 日本基金「農福連携アンケート調査結果」
※[10] 白石農園「練馬区 白石農園 – 東京産アスパラガス」
※[11] 京丸農園「スタッフ紹介」
<参考文献>
濱田健司著「農福連携の『里マチ』づくり」鹿島出版会
濱田健司著「農の福祉力で地域が輝く~農福+α連携の新展開~」創森社
近藤龍良著「農福連携による障がい者就農」創森社
平成30年度JA共済総研セミナー「農業と福祉の連携(農福連携)による新たな共生と地域コミュニティの創出~多様性を受容する社会を目指して~」一般社団法人JA共済総合研究所