太陽は私たちにさまざまなものをもたらします。エネルギーとなる太陽光、地球全体を温めてくれる熱、そして、紫外線です。紫外線は体内でビタミンDを生成できるなどのメリットがある反面、強すぎるとDNAを破壊し、皮膚がんや白内障の原因となります。
この紫外線量を適度に保つ役割を果たしているのが大気中にあるオゾン層です。ところが、このオゾン層が人工の物質であるフロン類によって破壊され、南極上空にはオゾン濃度が極めて薄い「オゾンホール」が観測されるようになりました。
今回は、オゾン層の役割やオゾン層がなくなると起きること、オゾン層の現状、破壊の原因、オゾン層回復の見込み、SDGs目標12との関わりについてまとめます。
オゾン層とは
オゾン層とはオゾン濃度が比較的高い層のことです。地上から10〜50キロメートルの成層圏にあります。*1)
オゾン層の役割
オゾン層を形作るオゾンは酸素原子3個からなる気体で、太陽からの有害な紫外線を吸収し、地上の生態系を保護する役割を担っています。
【大気の構造】
オゾン層というと、厚みのある層を想像しがちですが、上空のオゾンを地表に集めて0度の状態で換算すると、わずか3ミリ程度の厚さしかありません。こうした、わずかなオゾンが地球上の生態系を守っているのです。*2)
次に、紫外線について理解を深めていきましょう。
紫外線はオゾン層によって阻まれる
太陽の日射は波長により、赤外線・可視光線・紫外線の3つに分けられます。
【可視光線と紫外線の違い】
可視光線とは私たちが普段目にする色で、「虹の7色」のことです。赤色よりも波長が長い光を赤外線、紫色よりも波長が短い光を紫外線といいます。
紫外線は波長によって、比較的生物に与える影響が少ないUV-Aと、生物に大きな影響を与えるUV-B・UV-Cの3つに分けられます。
3つの紫外線のうち、UV-Cは成層圏やそれよりも上空のオゾン層によって阻まれるため地表に到達しません。UV-Bも大半が成層圏オゾンによって阻まれるため、地表に到達するのはわずかです。*2)
【地球に降り注ぐ紫外線の到達度】
しかし、オゾン層が何らかの理由で薄くなってしまうとUV-Bの量が増え、地表の生態系に色々な影響を与えてしまいます。(後ほど詳しく説明するので、まずはオゾン層の概要を理解するようにしましょう。)
次に把握しておきたいのが、オゾンの生成・消滅についてです。オゾンは増えたり減ったりするものであるため、その仕組みについて見ていきます。
生成・消滅について
オゾンのもとになっているのは大気中の酸素です。1930年、イギリスの地球物理学者であるチャップマンは、オゾンが生成・消滅する過程を以下のように考えました。
【オゾンの生成・消滅の過程】
- 紫外線によって酸素分子が分解され、2つの酸素原子になる
- 2つの酸素原子の一つが分解されていない酸素と結びつき、オゾンを生成
- その後、別の酸素原子とオゾンが結びつくことでオゾンが消滅し、2つの酸素分子になる
こうした現象が、成層圏の中で起きています。生成と消滅を繰り返すため、自然界におけるオゾン濃度は一定に保たれます。*2)
オゾン層がなくなることで生じる問題と影響
オゾン層がなくなると、オゾン層によって防がれていた有害な紫外線(特にUV-B)が地表に降り注ぎます。そうなると、私たちの健康や地球の生態系に大きな影響が出ると考えられています。詳しく見ていきましょう。
皮膚がんが増加する
オゾン層がなくなり、UV-Bが増加すると悪性黒色腫を含む皮膚がんが増加すると考えられています。
1991年の環境影響パネルの報告では、オゾンの全量が10%減少すると、悪性黒色所を除いた皮膚がんの発症率が26%増加すると予測されました。1994年の報告では成層圏のオゾンが1%g減るだけで皮膚がん発生率が2%増加すると推定されています。*6)
加えて、2002年の同パネルの報告ではフィンランドの皮膚がん発生率が年間10万人あたり50人であるのに対し、オーストラリアでは年間800人の発生が見られたと報告されています。これを見ても、UV-Bと皮膚がんの因果関係は明確だといえます。*6)
白内障が増加する
UV-Bの増加は、目にも損傷を与えると考えられ、特に白内障発生の増加と結び付けて考えられています。
先ほども取り上げた1989年の環境影響パネルの報告では、オゾン全量が1%減少すると、白内障の患者が10〜15万人増加すると予想しました。*6)
免疫機能が抑制される
UV-Bは皮膚を介して、免疫細胞の活動抑制を誘発します。免疫が抑制されると、単純ヘルペスやマラリアなどの感染症が増加すると心配されています。
生態系に悪影響が出る
UV-Bは生物の成長にも影響を与えます。1994年の環境影響パネルの報告では、水生生物や動植物プランクトンなどに悪影響を及ぼすと指摘されました。2002年の同報告では、UV-B増加による成長阻害は、DNA損傷の増加と相関関係にあることが指摘されています。*6)
オゾン層の現状
ここからは、オゾン層についての現状を見ていきましょう。
オゾン量の平均的な世界分布
オゾンの現状について解説する前に、もともと、どの場所のオゾンが多く分布しているかを説明します。
【オゾン量の平均的な世界分布】
上の図の青色はオゾン量が少ない場所、オレンジ色や赤色はオゾン量が多い場所です。これを見ると、南極付近のオゾン量が、もともと少ないことがわかります。*10)
オゾンは太陽光が多く降り注ぐ赤道付近で大量に生成され、地球大気の循環により南北30度から60度付近の中緯度に運ばれます。そのため、低緯度よりも中緯度のオゾン量が多くなります。*11)
地球全体のオゾンの現状
2021年段階でのオゾンの現状をあらわすのが下の図です。
【年平均オゾン全量偏差】
この図は、青色が濃くなればなるほど、平均よりもオゾンの量が少ないことを意味します。赤道付近にも少ない部分は見られますが、南半球、特に南極付近のオゾン量が平均より少ないことがわかります。*12)
南極域上空のオゾンの現状
南極域(南緯60度から90度)の春季には、南極上空のオゾン全量が極端に少なくなる「オゾンホール」が発生します。オゾンホールの規模は1980年代から90年代にかけて急激に拡大しました。*13)
しかし、1990年代以降は長期的な拡大傾向はみられていません。とはいえ、オゾンホールが発生しなくなったわけではありません。2021年の南極オゾンホールは南極大陸の1.8倍もの大きさに拡大しました。*13)
オゾン層破壊の原因は?
オゾン層破壊の原因は人工的に作り出されたフロンだと考えられています。フロンがどのような物質か、フロンがオゾン層を破壊するのはどういったメカニズムなのかについてまとめます。
人工的に作られたフロンが原因とされている
フロンとは、人工的に作り出された物質で「フルオロカーボン(フッ素と炭素の化合物)」の総称です。CFC(クロロフルオロカーボン)、HCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)、HFC(ハイドロフルオロカーボン)の3種類をフロン類と呼びます。*14)
化学的に安定し、人体への毒性が小さい物質であるため、エアコン・冷蔵庫などの冷媒、建物の断熱材、スプレーの噴射剤として多用されていました。*14)
フロンがオゾン層を破壊するメカニズム
フロンは化学的に安定しているため、地表付近では分解が進まず、大気の流れに乗って成層圏に達します。
【上部成層圏でオゾンが破壊されるメカニズム】
- フロンが太陽光に含まれる紫外線の働きで分解され、塩素原子が発生
- 塩素がオゾンと結びつき、酸素と一酸化塩素が発生
- 一酸化塩素が塩素と結びつき、再び塩素原子が生み出される
- 生み出された塩素原子がオゾンと結びつく
①~④のプロセスを延々と繰り返すため、生成される以上のオゾンが破壊されます。*16)
その結果、南極付近にオゾンホールが発生してしまうのです。
オゾン層は回復する?
フロン類がオゾン層を破壊するメカニズムが判明したことから、これらを規制することでオゾン層の破壊を食い止められることがわかりました。ここからは、フロンガス規制の歩みやオゾン層を回復させる手立てについてまとめます。
フロンガスの規制
1982年 | 日本の観測隊がオゾンホールを発見*17) |
1985年 | オゾン層保護のためのウィーン条約が結ばれる*18) |
1987年 | モントリオール議定書が結ばれる*18) |
1990年 | 特定フロンの全廃、トリクロロエタンの規制が決まる*19) |
2001年 | 日本でフロン回収・破壊法制定*19) |
2015年 | フロン回収・破壊法が改正され、フロン排出抑制法を制定*20) |
2020年 | フロン排出抑制法を施行 |
これらの動きの中で、核となるのが「モントリオール議定書」です。この条約では、フロン類廃止の道筋が決められました。
【モントリオール議定書で決められたスケジュール】
フロン類の規制は先進国で始まり、開発途上国に移行します。特定フロンやハロンなどは2010年までに全廃することが定められ、他の物質についても、順次廃止されることが決まりました。*21)
オゾン層回復の道のり
先ほど述べたとおり、国内外でフロン類への規制により、成層圏でのオゾン破壊量の合計は1990年代のピーク時よりも減少し、オゾン層の回復が進んでいます。*22)
世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)は「オゾン層破壊の化学アセスメント:2022」で、オゾン層が1980年の量に回復するのは、南極で2066年、北極で2045年頃、高緯度をのぞく地球全体の平均では2040年頃と予想しています。*22)
オゾン層破壊を食い止めるために私たちにできること
オゾン層破壊のスピードが弱まっていることがわかりました。しかし、まだ油断はできません。今後、オゾン層破壊を食い止めるために私たちができることはあるのでしょうか。具体的な対応を2つ取り上げます。
ノンフロン製品を使う
近年、フロン類に代わる地球環境への負荷が少ない物質に注目が集まっています。
【ノンフロン製品への移行】
かつて、冷蔵庫の冷媒やダストブロワーにはフロン類が使用されていました。そのため、HFCなどの代替フロンに変更されました。ところが、代替フロンに高い温室効果がみられることから、代替フロンは最近ではNH3やHFOなどのグリーン冷媒に変更されつつあります。*25)
何かを購入する際には、こういったノンフロン製品を選択するようにしましょう。
フロンガス回収に協力する
もう一つは、これまで生産されたフロンの回収に協力することです。
家電リサイクル法や自動車リサイクル法ではフロン類の回収・無害化・リサイクルが定められています。冷蔵庫や冷凍庫、エアコンを廃棄するときは、家電リサイクル法のルールに従って、自動車であれば自動車リサイクル法のルールに従って処理するようにしましょう。
*23)
フロン類が使われている業務用の冷凍空調機器を廃棄するときは、フロン排出抑制法に従って処理されます。*23)
オゾン層とSDGs目標12「つかう責任つくる責任」との関わり
最後にオゾン層とSDGsとの関係について確認しましょう。オゾン層の破壊を防ぐことは、SDGs目標12の「つかう責任つくる責任」と関わりが深いテーマです。
SDGs目標12は8つのターゲットと3つの実現目標で構成されています。
12-4には「2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物質やすべての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する」とあります。*24)
フロン類は、安全な物質として世界中で広く用いられました。しかし、人間が生み出したフロンがはるか上空まで運ばれ、そこで人をはじめとする多くの生物を脅かすオゾン層破壊の原因となってしまいました。
こうした環境への悪影響を抑えるため、国際的な取り決めであるウィーン条約やモントリオール議定書が締結され、人類の共通課題として改善が図られました。環境問題に対し、人類が国境を越えて協力し合う良い前例となったといえるでしょう。
まとめ
今回はオゾン層にスポットを当て、オゾン層がなくなるとどうなってしまうのか、オゾン層を守るために、各国がどのように協力したのか、オゾン層破壊を食い止めるために、私たちが何をするべきかについてまとめました。
安全な物質だと思われていたフロン類が、私たちを皮膚がんなどから守ってくれていたオゾン層を破壊する物質であったことから、世界の国々が協力してフロンガスの規制に乗り出しました。このことは、環境問題解決の良い前例となっています。
現在、私たちは地球温暖化という大きな課題に直面しています。2015年のパリ協定が、モントリオール議定書のように具体的な成果を上げられるかどうかは、現代を生きる私たち次第だといえるでしょう。
<参考文献>
*1)デジタル大辞泉「オゾン層(おぞんそう)とは? 意味や使い方」
*2)気象庁「オゾン層とは」
*3)気象庁「紫外線とは」
*4)薬学雑誌vol.126「紫外線 B 波照射による皮膚障害とその予防・治療 ―g-Tocopherol 誘導体塗布の効果― UVB-induced Skin」
*5)がん情報サービス「悪性黒色腫(皮膚):[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]」
*6)環境省「Ⅱ 太陽紫外光による影響」
*7)日本眼科医会「白内障手術を受ける方へ 知っておきたい白内障術後のケア」
*8)おおしま皮膚科「単純ヘルペス(口唇ヘルペス) | おおしま皮膚科(静岡県浜松市の皮膚科)」
*9)厚生労働省検疫所「マラリアに注意しましょう!」
*10)気象庁「オゾンの世界分布と季節変化」
*11)環境省「第1部 オゾン層の状況」
*12)気象庁「世界のオゾン層の状況(2021年)」
*13)環境省「第1部 オゾン層の状況」
*14)環境省「フロン排出抑制法の概要」
*15)気象庁「フロンによるオゾン層の破壊」
*16)科学技術振興機構「O2とO3 オゾンがこわれるしくみ」
*17)環境省「環境省_南極キッズ − オゾンホール」
*18)外務省「オゾン層保護(ウィーン条約/モントリオール議定書)」
*19)環境省「Ⅷ オゾン層保護対策の経緯」
*20)経済産業省「フロン排出抑制法の概要」
*21)環境省「モントリオール議定書」
*22)気象庁「気象庁 | 地球温暖化とオゾン層の回復」
*23)環境省「オゾン層を守るため私たちにできること。」
*25)環境省「令和3年度 改正フロン排出抑制法に関する説明会」