#インタビュー

株式会社ルートレック・ネットワークス|農業が抱える様々な問題をテクノロジーで解決し、アジアのスタンダードを作る

株式会社ルートレック・ネットワークス 代表取締役 佐々木さん インタビュー

佐々木 伸一
明治大学工学部卒業、日本モトローラにて戦略半導体の事業推進を担当。その後ウェスタンデジタル社を経て、1990年シリコンバレーのICT関連スタートアップの日本進出の事業化を行う(株)アイシスに参画、後に同社代表取締役に就任。10年間で20社を担当しIPOとM&Aに貢献(担当企業にはスマートフォン向けGPSソフトのSnapTrack社、 ノートPC向けタッチパッドのSynaptics社を含む)。2000年 (株)ルートレック・ネットワークス社代表取締役、 2005年 MBOにて同社創業、IoTプラットフォームの事業化、2013年 IoT+AIによるアグリテック「ゼロアグリ」を事業化、2023年 農業機械大手クボタの子会社化、現在に至る

introduction

食と農業は今や世界規模の課題であり、SDGsにおける最重要課題の一つでもあります。その中で「食と農の課題を解決し、子どもたちを幸せにする」ことをビジョンに掲げて事業を展開するのが株式会社ルートレック・ネットワークスです。AI潅水施肥(水やり・肥料やり)システムを中心に、農家の方々へデジタルファーミング支援を行っています。

今回は、代表取締役である佐々木伸一さんに、食と農業が抱える課題と、その先の未来について伺いました。

テクノロジーで社会の課題を解決したい

–始めに株式会社ルートレック・ネットワークスのご紹介をお願いします。

佐々木さん:

弊社の創業は2005年8月です。当初は機械をインターネットで繋げて、リモートで監視・制御を行うMachine to Machineのプラットフォームを開発・提供していました。今でいうところのIoTテクノロジーです。

その後2011年頃から農業事業へ展開し、現在は、IoT技術を活かしたスマート農業システムを提供しています。

社名になっているルートレックという言葉は、ルート=路、トレック=トレッキングという言葉を組み合わせた造語です。

ルートレックとはつまり、路を切り開いていくという意味で、我々のミッション「テクノロジーで路を拓き、社会の課題を解決する」という思いが込められています。

(本社受付風景)

–創業のきっかけを教えてください。

佐々木さん:

私は元々システム開発屋でして、電気工学から始まり、半導体関連の会社で開発や営業技術職に携わっていました。

その流れでシリコンバレーの最先端の技術を日本に持ってくる仕事に従事し、シリコンバレーのクパチーノという場所に事務所を構えて、色々なベンチャー企業の社長さんと接してきたんです。

その時に、スタートアップ企業の社長さんや、シリコンバレーのベンチャー・エコシステム※に非常に刺激を受けまして、日本でのベンチャー・エコシステム構築に一役買いたいと思い、創業を決意しました。

※ベンチャー・エコシステム

米国シリコンバレーでは、起業家、起業支援者、企業、大学、金融機関、公的機関等が結びつき、ベンチャーを次々と生み出し、それがまた優れた人材・技術・資金を呼び込み、発展を続ける「ベンチャー・エコシステム」が形成されている

ルートレック創業当初のIoT事業では、例えばルーター、車、体重計、燃料電池などの機械をインターネット経由で当社のIoTプラットフォームにつなげていました。

これによりセキュリティ障害や災害時にもリモートから瞬時に障害対応が可能になり、メンテナンスや稼働データ収集の費用も格段に抑えられるのです。

現在は農業に関する事業をしていますが、社会課題をテクノロジーで解決したいという思いは昔から変わりません。

当時さまざまな企業に提供をしていたIoTプラットフォームを今も活用し、農業分野でゼロアグリに活用しています。

子どもたちが安心して暮らすために、地域産業の力になりたい

–農業に興味を持ったのはなぜでしょう?

佐々木さん:

農業に関わり始めたのは、2010年からです。きっかけは総務省からの依頼で、私達のIoTプラットフォームを使って農業の見える化に取り組むことになりました。

しかし、その後すぐの2011年3月11日に東日本大震災が起きたんです。

私達が関わっていたのは栃木県と岡山県の農家の方々で、震源地からは少し離れていました。しかし、特に栃木県では作物の風評被害の影響がありました。

その時に実感したのが、農業を営む農家の方々は、土地や事業の代わりがないため、その土地から離れられないということです。やっぱり、先祖代々の土地を使って産業を興しているので、地域や仕事を簡単には変えることはできないんですよね。

そういう方々に対して、私たちのテクノロジーで力になりたいと思ったのが、本格的に農業市場に参入した大きな理由になっています。

–その時の思いが御社のビジョン「食と農の課題を解決し、子どもたちを幸せにする」につながっているのでしょうか。

佐々木さん:

そうですね、震災の被害で子どもたちが一時的に自分の土地から離れてもまた最後には戻ってくるんです。でもその時には、地域の産業はなくなっている…。

なので、もう一度農業を復興させたいという思いが第一にあります。

そのために、農業と食が抱えている多くの課題をテクノロジーの力で解決したい。具体的には生産性をあげること、そして気候変動や災害のリスクヘッジを可能とすることを考えています。

そして、私達の力で農業を復興させて、子どもたちが安心して住めるような社会、地域作りをしたい、というビジョンにつながっています。

そしてもう一つ、私たちはミッションとして「日本で磨いたデジタルファーミング技術をアジアモンスーン地域に拡げ、持続可能な社会に貢献する」を掲げています。

これは、日本の気候、風土そして栽培技術を一つのパッケージとして、日本と似た気候であるアジアモンスーン地域へ展開していくということです。

農業に参入した時から、将来的に日本をマザー市場とした事業を、アジア全域に展開したいと考えていました。日本では子どもが減っていますが、アジア全体では増えていますよね。

また、農業はアジアの主産業の一つでもあります。ただ、やはり農業はなかなか利益をあげるのが難しいため、貧富の差にもつながっているんです。

これらの問題を解決するためにも、アジアに我々のテクノロジーを届けることが大きな目標になっています。

そういう思いから、2023年7月にクボタさんの子会社となり、日本各地のみならず、アジア展開も見据えて、ゼロアグリで、アジア全体の社会的な課題を解決していきたいと思っています。

※株式会社ルートレック・ネットワークスは、2023年7月より農業機械や環境インフラを提供する株式会社クボタの連結子会社となっている。

IoT技術×AIで、経験頼りの農業にイノベーションを

–御社のサービス「ゼロアグリ」について教えてください

(ゼロアグリのシステム)
(導入されたゼロアグリ)

佐々木さん:

農業には「水やり10年」という言葉があって、これは一人前の水やりと肥料やりができるようになるまでに10年かかるという意味です。

実は今までの農業では、数値管理がほぼ行われず、ほとんど経験とカンのみで蓄積された栽培技術が継承されてきたんです。これが農業を難しくしている大きな原因の一つだと思います。

そこで私達のIoT技術、センサー技術、それからAIを融合したテクノロジーで、新規就農者でも、熟練農家並みの水やり、肥料やりを行えるようにしたのが「ゼロアグリ」です。

この「ゼロアグリ」は、日射センサーと土壌センサーで情報を収集し、AIが作物の成長に一番適切な水の量と肥料の量を判断して自動で与えてくれます。

また、点滴灌漑※というイスラエルの潅水方法を利用していて、従来のものと比べて格段に水利用効率も上がっています。

※点滴灌漑法

イスラエルのNetafim社が考案した潅水方法。プラスチック製のチューブに水と液体肥料を通して、要所ごとに空いた穴から点滴することで、水利用効率を最大限に高める。

弊社ではこの「ゼロアグリ」を10年ほど提供し続け、現在では400台弱が国内に出荷されています。

佐々木さん:

そして近年、ここに新たなサービスを3つ加えて事業展開しています。

1つ目は「ゼロアグリ」を導入していただいた農家の人と協力して、SDGs野菜のブランド「美やさい」を立ち上げました。

スマート農業という言葉自体はもう10年以上前から言われ続けているんですが、中々普及が進んでいないんですよね。その理由は初期導入コストの投資対効果が、農家視線で未だ合わないのです。

例えば、農業のスマート化によるSDGsに配慮した野菜を栽培しても、まだブランド価値が高くなく、せっかく環境に優しく美味しい野菜を作っても、市場と同じ価格で取引をされることも少なくなく、農家のインセンティブにつながらないのです。

そこでSDGsをブランド化し、SDGs野菜の価値を消費者に浸透させるために「美やさい」が生まれました。

2023年10月に販売したばかりでテスト段階ですが、栽培から販売までを一体化して、今後売り出していければと思っています。

そして2つ目が、肥料オンデマンドサービスです。

実は肥料の原材料である窒素・リン酸・カリウムは、ほぼ100%輸入なんです。そのため、ウクライナで戦争が始まった時からしばらく供給が滞ったことがありました。

その経験から、当社のお客様には我々が肥料を確保しようと思い、肥料メーカーと協力して始まったのがこのサービスです。このサービスで、社会情勢の変化にも強い農業活動の持続を目指します。

3つ目は、まだ開発段階ではあるんですが、AIによる収穫予測サービスです。

フードロス問題は日本の大きな課題の一つですが、その根柢には農業の出荷量が不安定な問題があります。

農業は天候や技術に左右されやすく、収穫予測が正確にできません。 一方、仲卸業者は、スーパーやレストランへの供給責任から多めに野菜の調達をする傾向があります。しかし、供給量が需要を上回る時は、野菜の単価が下がるのみならず、野菜は余ってしまいます。これらの余分な野菜の多くは破棄されるため、流通段階でフードロスが発生しているんです。

この問題を解決するために、収穫予測技術の開発を始めました。

どの程度の品質の作物が、どのくらいの量を、いつ出荷できるのかがわかれば、流通業者も注文しやすいですよね。この技術で、アジアの需要と供給のバランスを保つことが出来れば、必要な作物を必要な消費者に必要なだけ届けられたら素晴らしくないですか。

今後はゼロアグリを含む4つのサービスをパッケージ化して、日本の生産者の方に届けたいと考えています。

フードロス、水不足、GHG…食と農の課題は山積み

–現在の農業が抱える問題について教えてください。

佐々木さん:

まず、先ほどお伝えしたフードロスの問題と消費者におけるSDGsの価値観の問題ですね。

特にSDGsの意識に関しては、これからどんどん変わっていく必要があるし、実際に変わっていくと思います。
今の小・中学生だと授業でSDGsを学んでいて、大人よりもよっぽど意識が高いと感じています。なので、今後は環境への配慮をせず、大量生産品で単に安く作った野菜は売れなくなっていくんじゃないかなと思っています。

加えて、農作物に対する多潅水(水やり)と多施肥(肥料やり)の問題があります。

そもそも水の枯渇問題は世界的に危険視されていて、特にアジアでは大きな問題になっています。日本だと雨が多いのであまり気にしないですよね。

実は我々の生活用水の70%が農業に使用されていて(砂漠地帯では90%)、このままの農業を続けていくと2030年には水の需要量に対して、39%も水が不足すると言われてるんです。

参考:海外展開戦略(水)(首相官邸HP)

そして多施肥、肥料の与えすぎがなぜ問題なのかというと、土の中に肥料が残って土壌が劣化する原因になったり、地下水に流れ出たりします。

海外では地下水を飲んでいる子どもたちが多くいるので、肥料で汚染された水を飲んで、病気になってしまうんです。

また、土壌に残った肥料はGHG(グリーンハウスガス)といって、温室効果ガス発生源になります。

これもあまり知られていないのですが、温室効果ガス発生源の24%が農林業に関係しているんです。

参考:世界の経済部門別GHG排出量(農林水産省)

そのため、より少ない水、適切な量の肥料で農業を行う必要性があるんです。そういったところでも我々のゼロアグリは、貢献できると考えています。

ジャパン as No.1ともう一度呼ばれるために

–今後の展望についてお聞かせください。

佐々木さん:

サステナブルって二つの意味があると思っていて、一つは環境の持続性ですよね。今お話した水とか肥料、大きな大きな環境問題を解決することです。

もう一つは、ビジネスとしての持続性です。生産性を上げて、売り上げを出して、農業をビジネスとして持続させていかなければなりません。

農業分野における、環境的な課題も社会的な課題も、両方同時にゼロアグリで解決するというのが我々の目指しているところです。

そしてもう一歩踏み込んだところで、日本のテクノロジーでアジアのデファクトスタンダードを作りたいと思っています。

かつて1970年代から80年代にかけて、日本の半導体は世界のトップレベルでした。当時はジャパン as No.1と言われていましたね。なぜそんなことができたのか、私は日本人のDNAに刻まれた、勤勉さ・品質向上・歩留まり向上の意識の高さだと思っています。

そう考えると農業って実はとても日本人が得意としているところなんですよ。作物の品質を上げて歩留まりを上げることによってビジネスが成功し拡大します。

そうして培われた日本のテクノロジーをアジア全体に普及させて、アジア全体の農業のステータスを向上させて、サステイナブルな産業にしていきたいと考えています。

そして、アジア全体でジャパン as No.1ともう一度言われたい、というのが私の夢です。

–最後に、今の事業をやっていて良かったと思う瞬間を教えてください。

佐々木さん:

一番嬉しいのは農家の方に喜んでいただくことですね。農家の方の笑顔を見るのが一番嬉しいです。

美味しいものができたよ、収量があがったよ、楽できたよって、ゼロアグリ導入してよかったって言っていただくのが本当に嬉しいです。

–食と農の大きな課題と、佐々木代表の未来にかける思いをお伺いできて光栄でした。本日は貴重なお時間をありがとうございました。

関連リンク

株式会社ルートレック・ネットワークス:https://www.routrek.co.jp/