気候変動や戦争といった、わたしたちの暮らしを脅かすさまざまな状況にある中、食の安全を確保することは大きな課題です。
食べ物の多くは植物からできており、それらはすべて種から育ちます。多様な種子を守り、未来へ繋げるための施設として「シードバンク」「種子銀行」と呼ばれる施設があることをご存じでしょうか。
また「土壌シードバンク」という言葉を目にしたことのある人もいるかと思います。
今回は、「シードバンク」「種子銀行」「土壌シードバンク」について、それぞれの定義と基礎知識を分かりやすく解説します。
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シードバンクとは
シードバンクには、
- 植物の種子を人の手で保管する施設・団体である「種子銀行」
- 自然環境に存在する種子の集まりである「土壌シードバンク」
の2つの意味があります。
この記事では、「種子銀行」と「土壌シードバンク」の2つの意味について、順番に詳しく見ていきます。まずは、種子銀行について見ていきましょう。
種子銀行とは
シードバンク(種子銀行)とは、植物の種子を人の手で保管する施設・団体のことを指します。さまざまな種(Seed=種)をバンク(Bank=銀行)のように貯蔵することから、シードバンクと呼ばれています。
種子銀行の役割
種子銀行(シードバンク)は、種子の貯蔵庫のようなものです。地球上に存在する多種多様な植物の種子を遺伝資源として採取し、もし生息地で絶滅の危機に瀕しても種を受け継げるように保管しておくのが種子銀行の役割です。
どのように保存されるのか
種子の保存方法は、シードバンクによってそれぞれ多少の違いがあります。とはいえ、おおまかに以下のような手順で保存されています。
- 植物種の選定
- 種子の採取
- 前処理(果実などから種子を取り除いておく)
- 精選(不要な部分やごみなどを除去)
- 発芽検査
- 乾燥(水分が種子全体の5~6%になるよう乾燥させる)
- 保存
このほか、定期的な発芽テストを行い、正しく保管されてるかのチェックが入ります。
【種子銀行】世界のシードバンク
現在、シードバンクは世界50か国以上に存在し、1,750以上の施設があります。今回は中でも有名なシードバンクを2つ紹介します。
スヴァールバル世界種子貯蔵庫(ノルウェー)
北欧ノルウェーに位置するスヴァーバル諸島には、世界最北端にして最大といわれるシードバンクがあります。さまざまな国や地域から集められた5,000種類・1,500万以上もの種子サンプルを保管し、万が一の災害や危機に備えて貯蔵している種子銀行です。
海抜130メートルある山岳の中に建てられた施設には、マイナス18度を維持した保管室があります。近未来を連想させるスタイリッシュな外観も相まって、数あるシードバンクの中でも最も有名な施設のひとつです。
キュー王立植物園のミレニアムシードバンク(イギリス)
イギリスのキュー王立植物園は、急速に進む植物種の絶滅という背景から、2000年よりミレニアムシードバンクプロジェクトを開始しました。
ミレニアムシードバンクでは、食料として扱われる植物だけでなく、森林で育つ樹木などのような野生種を主な対象としている点が特徴です。現在は240億種を超える植物の種が保存されており、爆弾や放射線といった外部からのダメージにも耐えられるように設計されています。
ウクライナの種子銀行が危機に
このように、シードバンクは絶滅のリスクを回避するために世界中から集められた種子を保存する重要な役割を担っています。
その中で、2022年に始まったウクライナ侵攻では、プーチン政権による侵攻軍がウクライナ国内の種子銀行を攻撃するという事態が発生しました。世界で10番目に大きいとされるウクライナ国立種子銀行は、ロシア侵攻軍の標的とされているウクライナ北部ハルキーウ市に位置しており、2022年5月の爆撃によって一部が破壊されてしまったのです。
また、過去にはシリアの内戦によってシリア国内のシードバンクが破壊されました。この時、スヴァーバル世界種子貯蔵庫にシリアで生産できる穀物の種がまだ残っており、人々の命を繋ぐことができたという例があります。
シードバンクは、植物の絶滅だけでなく人間の飢餓リスクを避けるためにも非常に重要な施設であり、いかなる理由においても攻撃されることは許されません。
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【種子銀行】日本のシードバンク
次に、日本の種子銀行についても見ていきましょう。
農業生物資源ジーンバンク・植物遺伝資源部門(茨城県・全国)
日本における種子銀行の母体は、農業生物資源ジーンバンクです。センターバンクと、全国に位置するサブバンクによって収集・保存され、データベース化されています。
2022年時点では、23万点を超える植物の種子があり、研究・教育の目的での使用が可能です。新たな品種開発や遺伝子分析を経て、農業を中心にさまざまな分野での発展をサポートする組織でもあります。
たねのがっこう(岐阜県)
国や自治体による事業だけでなく、個人や有志の集まりによるシードバンクも存在します。そのうちのひとつである「たねのがっこう」は、岐阜県郡上市の農家・岡本よりたか氏によって設立されました。
会員になると、自家採取した作物の種子をシードバンクに送ることができます。また、施設内で保管中の種に更新が必要になると、希望者が種子を受け取って自家栽培を行えます。そこで出来た作物からまた採取を行い、シードバンクへ返却するというシステムです。
受け入れ可能な種子には制限があるものの、まずは個人が食べ物を種でつなぐ大切さを実感するための行為として、プロの農家や研究者でなくても参加できるシードバンクは、今後の食の安全保障を考える上で大切な存在となっていくでしょう。
種子銀行の課題
ここまで、種子銀行(シードバンク)の基礎知識や実例について見てきました。次では、種子銀行が抱える課題について触れておきましょう。
すべての種子を保存できているわけではない
一般的にシードバンクで保存できる種子には制限があります。種に含まれる水分量と、施設内で調整できる温度によって保存できるものであれば問題ありません。しかし、自然界の中にはそうした条件に当てはまらない環境で保管する必要がある植物の種も存在します。そのため、すべてが保存の対象とはならないのです。
新たな品種を採取・保管する際は、すでにあるデータベースをもとに適切な保管条件を判断し、種子の水分量を調節しています。このように、シードバンクは日々の研究の積み重ねによってたくさんの種子を集めているのです。
今後も、技術の向上によって更なる種子の貯蔵が可能になることを期待するばかりです。
ここまでは「種子銀行(シードバンク)」についてご紹介しました。次は、土壌シードバンクについてチェックしていきましょう。
土壌シードバンクとは
土壌シードバンクとは、土壌や落ち葉の下といった自然環境に存在する種子の集まりのことをいいます。
たとえば田畑や空き地のような場所には多くの雑草が生え、決まった季節になると同じ種類の植物が育ちます。これは土の中に発芽のタイミングを待っている種がいくつもある状態だからです。
また森林には、さまざまな樹から落ちた木の実があり、これらはすべて次の世代へ繋げるための種子です。
このように、自然環境の中に存在し、発芽を待つ種子の集団のことを、種の貯蔵庫として「土壌シードバンク」と呼んでいます。
役割
自然環境に貯蔵される土壌シードバンクもまた、種子の倉庫のような役割があります。
特に、その土地の品種が絶滅に瀕している場合にも、土壌中に種子を残していることがあります。そうした貴重な種子が残っている可能性のある土壌シードバンクがあれば、人為的に種子を採取・栽培し、植物の復活を試みることができます。その意味で土壌シードバンクは、種の絶滅危機を回避する手段のひとつとして考えられます。
2種類の土壌シードバンク
土壌シードバンクには、大きく分けて2つのタイプがあります。
季節的シードバンク(seasonal seed bank もしくはtransient seed bank)
季節的シードバンクとは、出来てから1年以内にすべて発芽するタイプの種子を指します。代表的なのがドングリ(ブナ・ナラ科などの樹木の種子)です。地表に落ちてから1年以内に発芽するので、発芽できる種子がそれ以上長く土壌に残ることはありません。
シードバンクとしての貯蔵期間は限られていますが、いち早く発芽する点が特徴です。
永続的シードバンク(persistent seed bank)
種子として地表に落ちてから、一定の条件が揃うまで発芽せず土壌中に残り続けることができるのが永続的シードバンクです。
季節的シードバンクは、一度に全ての種子が発芽すると、さまざまな要因によって全滅してしまうリスクがあります。対して永続的シードバンクに分類される種子は、そうした危機を回避するために、わざと期間をずらして発芽できるような遺伝子が組み込まれているのです。
たとえば、ある植物の種子が一斉に土壌へ撒かれたとします。次の春、すべての種子が環境要因に関係なく発芽してしまえば、季節的シードバンクと同じです。しかし永続的シードバンクの場合、始めの1年ですべての種子が発芽するとは限りません。温度や種の内部に含まれる水分量といった条件が個別の種子と合致して、はじめて発芽します。よって、一度にすべての種子が発芽することはなく、ある一定数の種子が土壌に残り続けるのです。これが土壌の中に「貯蓄」された状態となります。
中には100年以上も発芽できる状態で土の中に残り続けることができる種子もあり、一度は絶滅した品種でも条件さえそろえばもう一度復活できる可能性を持っています。
土壌シードバンクの活用方法
では実際に、土壌シードバンクがどのように活用できるのかについて、実例を見ていきましょう。
造成工事の跡を緑化する
山道の整備や土砂崩れ後の地表を整備する際は、施工後の地表面が雨風によって崩れやすくなり、自然災害が起こりやすくなります。
そこで森林などの表土を削って施工後の地表面に追加すると、土の中に含まれたシードバンクが種子の特性によって発芽が促進され、数年で緑化できます。緑化された土地には植物の根がしっかり張るため、時間が経てば経つほど工事直後の脆弱な表土が崩れにくくなり、地震や大雨による土砂崩れのリスクを避けることが可能です。
町を緑化するための材料にも
近年、グリーンインフラのように緑や自然資源を活用したまちづくりが注目を浴びていますが、生育条件の整った場所であれば土壌シードバンクを活用した緑化が期待できます。
森林や空き地の土壌に含まれる種子の数や種類を測定したうえで、町の施設や道路わきに土壌シードバンクを持ってくれば、比較的簡単に緑化が実現できる可能性を持っています。
もちろん周囲の生態系とのバランスや、その土地にあった生育条件など、検討項目は多数ありますが、土壌シードバンクを上手に活用できる手段のひとつになるでしょう。
種子銀行・土壌シードバンクとSDGsの関係
最後に、種子銀行(シードバンク)と土壌シードバンクが、SDGs目標とどのようなかかわりを持っているのかについて紹介します。
特に目標2「飢餓をなくそう」と関係
SDGs目標2「飢餓をなくそう」では、世界じゅうのすべての人々が、十分に栄養のある食事を摂れるようにすることを目指しています。
シードバンクを活用することは、食の多様性を守ることにもつながります。飢餓のリスクを減らすだけでなく、栄養バランスの取れた食事へ誰もがアクセスできるよう助ける手段としても、シードバンクは重要な存在意義を持っているのです。
【目標をわかりやすく #2】「飢餓をゼロに」をわかりやすく簡単に!(読了目安5分)
土壌シードバンクは目標11「住みつづけられるまちづくりを」と関係
土壌シードバンクにおいては、自然の資源を町づくりへ活用できる点から、SDGs目標11「住みつづけられるまちづくりを」にも関わっています。
自然災害に強いだけでなく、緑化による外観の美しさも高めてくれる可能性を持つ土壌シードバンクは、今後SDGs目標の達成に貢献する手段となりそうです。
まとめ
今回は、種子銀行(シードバンク)と土壌シードバンクについて、それぞれの定義や役割などについてご紹介しました。
近年は特に、気候変動や戦争のような異常事態が起きており、わたしたちの命の源である食べ物の種子までもが危機に晒されています。種子が絶滅しないよう対策を練り、早急に行動することが大切ですが、万が一のリスクに備えてシードバンクがあるのはとても心強いことです。
穀物や野菜・果物など多くの食べものは種から育つということ、土壌には多様な種子が眠っているということを学び、今後の持続可能な社会づくりに活かせることを期待するばかりです。
<参考リスト>
種子・植物バンク – SDGsメディア『Spaceship Earth(スペースシップ・アース)』
シードバンクにおける野生種保存の現状と課題 -イギリス王立キュー植物園のミレニアムシードバンクの紹介から-|森林遺伝育種 第8巻
農業生物資源ジーンバンク – 植物遺伝資源部門について
Svalbard Global Seed Vault – A site about seeds!
Millennium Seed Bank | Kew
焦点:ウクライナの種子銀行が危機、世界の食糧確保にも影響 | ロイター
Ukraine invasion: Seed bank samples destroyed in Russian bomb attack | New Scientist
たねのがっこう
特集「時を超えて生きる―休眠のメカニズムとその応用―」緑化材料としての森林表土中の土壌シードバンク|日本緑化工学会誌30巻3号
SDGsの目標とターゲット:農林水産省