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ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)とは?実践例とSST・道徳との違い

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SELという言葉を耳にされたことはあるでしょうか?

様々な新しい教育プログラムが打ち出されていますが、SELは社会性と情動、といった心の知能に目を向けた学びです。本記事では、歴史や実践例も分かりやすく解説し、メリットやデメリットについても整理しますので、ぜひ一緒に考えていきましょう。

ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)とは?

SELとは、

  • Social:社会性
  • Emotional:情動
  • Learning:学び

の略で、日本語では「社会性と情動の学び」と訳されています。

知識や技能といった認知能力ばかりでなく、興味関心、意欲、協調など、感情や心の動きに関する能力「非認知能力」もつけていこうとする教育を言います。

認知能力と非認知能力

認知能力と非認知能力について整理してみましょう。

含まれる能力評価
認知能力知識・技能・思考力等IQ( Intelligence Quiotient )を指標として測定
非認知能力意思・意欲、自覚・見通しを持つ力、共感・協調力等EQ(Emotional Intelligence Quiotient )を指標として評価するが、測定法はまだ確立していない。気質差・個人差が大きい。

どちらも幼児期から大きく発達し始め、学童期・思春期を経て大人に至ります。

認知能力と非認知能力は、どちらも生きていく上で必要な力で、互いに影響しあっています。ただ、今までは前者の方は数値的に評価しやすいこともあり、研究や実践が進んできました。しかし近年、特に子どもに関わる問題が増え、後者の必要性が考えられるようになってきたのです。

出典・参考:中央教育審議会 初等中等教育分科会・幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会―第2回会議までの主な意見等の整理(文部科学省)

5つの柱

SELは基本的な柱として、次の5つの社会能力を身につけることをねらいとしています。

能 力どんな力か
自己理解力自分自身の感情や能力について理解する力
他者理解力他人の感情や立場を理解し、多様な人がいることを認識できる力
自己コントロール力目標達成に向けて自分をコントロールし、失敗や挫折を乗り越えて取り組もうとする力
対人関係構築力周囲との人間関係において、健全で協力的な関係を築き、維持する力
意思決定力選択肢を吟味し、他者の考えを尊重しつつ、責任を持って自己決定する力
表は筆者作成

この5つの柱を土台として、3つの応用的な社会的能力も設定されています。

  1. 生活上の問題防止の能力
  2. 人生の重要事態に対処する能力
  3. 積極的・貢献的な奉仕活動

引用:社会性と情動の学習(SEL)の必要性と課題;山田洋平(広島大学院教育学研究科紀要No.57;2008)

では、基本的なねらいを達成するために、この学びが現在どのように展開されているのでしょうか。

それをより深くご理解いただくために、SELの歴史についてふれていきましょう。

SELの歴史

SELという用語が広く知られるきっかけは、アメリカの心理学者で作家、科学ジャーナリストでもあるダニエル・ゴールマンの著作からです。しかし非認知能力の大切さは、かなり古くから言われてきました。

アリストテレスも!

紀元前の哲学者アリストテレスは、人間が本来持っている力を発揮するには、それを生かす「」の力を身につける必要があり、この「徳」は一定の訓練で「性格」として身につけることができると言っています。そしてその体系は「ニコマコス倫理学」 ※ として体系化されています。

参考:名著119「ニコマコス倫理学」:100分 de 名著

ニコマコス倫理学

アリストテレスの倫理学に関する著作群を息子のニコスマスが編纂しまとめたもの

ペリー就学前プログラム

非認知能力がEIEmotional Intelligence:心の知能指数)として広まってきたのは、20世紀になってからです。

多くの心理学者たちが概念や用語を定義し、研究を進めてきました。しかし評価の測定が難しく、エビデンスに乏しいので決定的な説得力も持てずにきました。一部はアンガーマネジメント ※ やストレスマネジメント ※ として確立されましたが、対処療法・訓練法に留まっています。

アンガーマネジメント

怒りを予防し制御するための心理療法プログラム

ストレスマネジメント

ストレスとの上手な付き合い方を考え、適切な対処法をする。

出典・参考:ストレスマネジメント | e-ヘルスネット(厚生労働省)

その中で、エビデンスが明確になりSELが脚光を浴びることになったものに「ペリー就学前プログラム」があります。

推進したアメリカの経済学者ジェームズ・J・ヘックマン氏は、2000年にノーベル経済学賞を受賞しています。

ペリー就学前プログラムは、1960年代のアメリカ・ミシガン州において、「質の高い教育プログラムに参加したグループ」と「参加しなかったグループ」を対象に長期にわたり追跡調査をしたものです。

「質の高い教育プログラム」内容は、

対象】
3~4歳児

期間】
2年間

内容】
・環境を通す。
・子どもの主体的な活動(主に遊び)から、社会的スキルも学習させる
・保護者との連絡・連携をきめ細かく設定する

といったものです。

追跡調査の結果は次のグラフの通りです。

プログラム卒業者は、IQの上昇が早い時期に止まっても、レベルの高い高校や大学への進学を果たし、収入の良い仕事に就けたという結果を残しています。

この調査結果は、幼児期からの非認知能力の育成は、学力の維持や人生を通しての幸福・自己実現を可能にしている証左として注目を浴びました。

なぜ今SELか

近年の子どもや若者のいじめや問題行動・不登校の数は増加の一途です。「知識詰め込み型」の教育が限界であることはかなり以前から言われており、心を育てる教育の必要性は多くの人・各界からあがっていました。

このような社会的背景の中、ダニエル・ゴールマンとピーター・センゲの共著「21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを延ばす3つの焦点」は発表され、ベストセラーを記録したのです。

近年社会は急速に変化し、包括や多様性が重要と言われるようになってきたことはご存じの通りです。知識や技能ばかりではなく、それらを使って問題を解決する力:問題解決能力、伝える能力:コミュニケーション能力など、自分の中の多様な力も包括的に伸ばしていくことが必要と言える時代と言えるのではないでしょうか。

参考:非認知能力とは? SELとは?(鶴岡市ホームページ)

SELとSST・道徳との違い

SELとよく似た用語にSST、そしてよく似た概念に道徳教育があります。この章では、それらとの違いをお話ししましょう。

SSTとは

SSTとは、Social Skill Training 略で「社会的スキル訓練」と言われることもあります。

主に学校や発達支援施設、医療施設などで、発達障害や精神疾患などの困難を抱える人に、必要な社会スキルを身につけてもらうための訓練です。

SELは学びのプロセスで、自分自身と他者、両者の関係をどの子にも教えていくものです。

SSTがSELの目標を達成させる1方法として取り入れられることはあります。

道徳との関連

道徳とは、文字通り「道=生きていく上で人が従うべきルール」を学び「徳=スキルとして身につけている」状態であることです。「道徳性が高い」と言うときは、いつもそのような状態でいられるということになります。「道徳性を養う」とはより質の高い道徳を身につけようとすることになります。

出典・参考:道徳 – Wikipedia及び道徳(ドウトク)とは? 意味や使い方 – コトバンク

現在の学校教育では、道徳は「特別な教科:道徳科」とされています。学校教育の基本方針を示す学習指導要領には下記の目標が明記されています。

「教科」ですから、到達できたかどうかの評価もあります。

規準・多面的・多角的な見方へと発展しているか・道徳的価値を自分自身との関わりの中で深めているか
基準・数値的または段階的基準はない
方法・相対評価はせず、個人内評価・評定はせず、記述式(評価者の文章による表現)
出典・≪道徳科における評価の在り方≫表は筆者作成

目標などを見ると、SELと共通する点が多々あるように見えます。

でも大きく違う点が1つ、スタート地点です。つまり、道徳・道徳教育は、めざすべき状態・人物像がゴールとしてあり、いかにそのモデルに近づくかを考えたり、学んだり、自分自身をそれに近づけようとしたりします。対してSELでは、まず自分の内面をよく理解するところからスタートします。そしてその自分の特性を生かしたり、社会と折り合いをつけたりする学習をします。

しかしながら、学校教育における道徳教育は、めざす方向性などから考えて、十分SELを取り入れることができる領域です。文部科学省も「より実効性のある改善を」と述べているので、SELが効果的に取り入れられることを期待したいと思います。

参考:「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)

SELの実践例

近年、SELを取り入れる教育機関や児童支援施設が増えてきました。この章では、本家とも言えるアメリカの実践例と、国内の実践例をご紹介しましょう。

ヌエバ・スクール

画像出典及び本文参考:The Nueva School

ヌエバ・スクールは、アメリカ・カリフォルニア州の私立学校です。1967年カレン・トーマス・マクカウンによって設立されました。創立以来SELカリキュラムを取り入れており、アメリカ教育省からも高く評価されています。

lower school 」では、遊びや探検を通して、自分自身のことや、友だち関係社会性の基本などを学び始めます。実践するにあたり、すべての教師がSELトレーニングを受けています。

middle school 」では多くの体験活動がカリキュラムに組み込まれ、社会性を学ぶフィールドを広げていきます。

upper school 」になると「心の科学」と呼ばれる授業もあり、心理学・神経学なども学びます。

「セルフサイエンス」(自分について科学する)と呼ばれる社会性・情動を学ぶ授業は、生徒にも人気だということです。

出典・参考:セルフサイエンスとは?学校におけるEQについて | ,【公式】 シックスセカンズジャパン

埼玉県戸田市立美女木小学校

美女木(びしょぎ)小学校はかねてより、不登校やいじめの問題に取り組んできました。

その実績に基づき、令和になってからは、「子どもの心を満たす場」や「自分の好きと出会う時間」などを設定してきました。

「子どものありのままの姿を認める」というスタート地点の設定は、SELの基本です。

令和6年度は、「非認知脳力」育成プログラムを完成させ、SELに本格的に取り組んでいます。

日本のSELの取り組みはアメリカなどに比べるとまだ浅く、目に見える成果は蓄積されていません。しかし、各方面で研究が進み、プログラムの作成や題材の検討などが進められ、実践例を基にした研修会が開かれるようになりました。今後の進展に期待ができそうです。

出典:「⾮認知能⼒」育成プログラム(美女木小学校ホームページ)

SELのメリット

社会的能力を身につける事をねらいとするSELにはどんなメリットがあるのでしょう。

整理していきましょう。

自己肯定感が高まる

SELでは自己を理解しコントロールする学びからスタートします。つまりありのままの自分を認めるところから始まり、他者の理解や自他の関係に関する学びを経験するのですから、自己肯定感が高くなります。他人との相対比較ではなく、社会から与えられた基準で評定されるのではない主体的な学びであり、後の生き方に繋がります。

学力も向上する

知識や技術力をつけるための学力をつけることはSELの目的ではありません。しかしSELを実施した海外の教育現場では、「学力が向上した」という結果を得ています。

非認知能力育成を取り入れた「ペリー就学前プログラム」の結果からも分かるように、進学率があがり、よい収入の仕事に就けたということは、学力が向上したことの間接的エビデンスと考えられそうです。

SELは、いじめや不登校対策としてだけなく、子どもの人生の成功・幸せに関わる学びと言えそうです。

SELのデメリット・課題

SELは日本では近年取り入れられてきた教育法です。デメリットや実践していく上での課題があることも確かです。詳しく見ていきましょう。

文化的差異をどう考慮するか

現在SELを推進する中心となっているのは、アメリカのCASEL Collaborative for Academic, SEL)という団体です。プログラムやフレームワークもこのCASELのものがモデルになっています。

しかし、SELの柱の1つコミュニケーション力を育成する場合、その要となる言語や言語のもつニュアンスの違いは必然的に出てきます。それは背景となっている文化、価値観の違いによるものです。

例えば、英語では “ Yes, No, “ を始めにはっきり述べるように、結論は明確に最初に提示されることが多い言語体系を持っています。日本語では否定かどうかは言葉の最後にわかります。また、遠回しに言うことが相手への思いやりのようなニュアンスを持ちます。

コミュニケーション力を育成するにも、先進国の例を参考にしつつも日本型のものが必要なのではないでしょうか。

近年、日本でも本格的に取り組む学校や団体が増えてきました。近い将来日本のスタンダード版が明確になるかもしれません。

教育現場へ取り入れる難しさ

SELのプログラムは、中核となる「SEL専用の時間」とカリキュラム全体で取り入れられる場面を必要とします。

学校の教育課程はすでに計画でいっぱいです。最も関連が深そうな道徳教育でさえ、SELのフィールドとするには今までのカリキュラム全体を見直さなくてはなりません。学校全体のカリキュラムをSELを柱に加えて作り直すのは、非常に労力が必要となるでしょう。

また、非認知能力は定量測定が難しい領域です。性格診断や適正検査などに終わってしまう可能性もあり、変容をどう評価するか、その方法が模索されています。

SELに取り組む際のポイント

ここでは、主に学校教育で取り組む際のポイントについてまとめていきます。

ポイント➀実態に合わせた実現可能なプログラムを

デメリット・課題の章でお話したように、現在1番の手本とされているプログラムは、アメリカのものです。

日本とアメリカの文化・言語の違いばかりでなく、各地方や学校別に実態は違うはずです。

基本あるいは共通・必須な内容ははずせなくても、現行のカリキュラムにどのように取り入れるか、時間配分や場面設定は実現可能なものから取り組むことがいいのではないでしょうか。

まだ日本のSELは取り組み始めたばかりです。1つ1つの実績の積み重ねが、よりよいSEL日本版SELに繋がるはずです。

ポイント➁指導者の育成を

SELはまだ新しい教育プログラムです。従来の人格育成や人間性重視とは、捉え方も手法も違う点があります。教育現場で展開するには推進役が不可欠です。

メリットを生かし、デメリットを考慮しながらSELに取り組める指導者の育成が急務ではないでしょうか。

CASELはもちろんのこと、SELを推進する組織も指導者への研修プログラムを発表・展開しています。大学と連携して取り組む自治体も見られるようになりました。このようなプログラムや先進モデルを参考に、指導者を増やせるかどうかがポイントになります。

SELとSDGs

最後にSDGsとの関連をみていきましょう。

SELは学びのプログラム、1番関連が深いのは SDGs目標4「質の高い教育をみんなにです。

SDGs目標4「質の高い教育をみんなに」との関連

目標4には10のターゲットがあり、その2番目には幼児と就学前後の教育の充実が挙げられています。「ペリー就学前プログラム」やヌエバのlower School に見られるように、情動教育は幼少期からのスタートが効果的と言われています。この時期からSELに取り組むことは、正に「幼児と就学前後の教育の充実」の姿です。

また、SELがその後の学力向上や人生に関わってくることを思えば、 SDGs目標8「働きがいも経済成長もにも繋がっていきます。

さらに、SELでコミュニケーション力をつけた子ども達は、近い将来様々な事業の中核として活躍できるポテンシャルを持っています。きっとSDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しようの達成に貢献することになるでしょう。

まとめ

今回は、SELについて歴史や類似用語・概念との違い等を解説し、実践例をご紹介した上で、メリットやデメリット・課題を整理してきました。

近年、脳科学や医学、心理学分野の研究が進み、脳の働きや人間の行動心理の根拠が少しずつ明らかになってきました。しかし成果を人に、特に子どもに生かすには教育が不可欠です。不登校やいじめなどの問題解決に向けても、これまでも多くの試みがなされてきました。とはいえ決定的な手だてが打ち出せていない今、社会性と情動に本格的に取り組んだSELに期待を寄せてもいいのではないでしょうか。

SELはまだまだ「若い」手法です。でも社会性や情動という新しいレンズを使って、子どもや教育を見ていくことで成果をあげつつあります。この記事がSELへのご理解の端緒となれば幸いです。

<参考資料・文献>
中央教育審議会 初等中等教育分科会・幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会―第2回会議までの主な意見等の整理(文部科学省)
名著119「ニコマコス倫理学」:100分 de 名著
 e-ヘルスネット(厚生労働省)
幼児教育の効果に関する代表的な研究成果 ~ペリー就学前計画(内閣官房)
令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要 (いじめ関連部分抜粋(こども家庭庁)
令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について(文部科学省)
非認知能力とは? SELとは?(鶴岡市ホームページ)
道徳 – Wikipedia  
道徳(ドウトク)とは? 意味や使い方 – コトバンク
総則編特別の教科 道徳編
 ≪道徳科における評価の在り方≫
「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)
The Nueva School
セルフサイエンスとは?学校におけるEQについて | 【公式】感情知能EQのグローバルネットワーク シックスセカンズジャパン
対話でつくる 学校の「わくわく」(美女木小学校)|戸田市教育委員会note
「⾮認知能⼒」育成プログラム(美女木小学校ホームページ)
 CASEL
小学校でのSEL-8Sプログラム導入による伽回的能力の向上と学習定着の効果:香川尚代・小泉令三(日本学校心理士会年報No.7;2014)
社会性と情動の学習(SEL)の必要性と課題:山田洋平(広島大学院教育学研究科紀要No.57;2008)
子供の心理臨床(臨床心理学体系20):安香宏他編集(金子書房)
共感障害:黒川伊保子(新潮社)
「こころ」はいかにして生れるのか:櫻井武(講談社)
空気を読む脳:中野信子(講談社)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)