梅雨の時期になると、毎年のように大雨の映像がニュースで放映されます。線状降水帯の発生などにより集中豪雨が発生した際には、川が濁流となって周囲の土砂や建造物を押し流す映像を目にしたこともあるでしょう。
あるいは、乾燥地帯で発生した干ばつにより地表の水が失われ、風によって土が吹き飛ばされる映像を見るかもしれません。雨や風などにより土壌が流されたり吹き飛ばされる現象を土壌侵食といいます。
土壌侵食が発生すると、農業生産力の低下や水質汚濁、生態系の破壊といった様々な影響が発生し、私たちの生活に大きな影響を及ぼします。今回は、土壌侵食について解説しますので、興味のある方はぜひ参考にしてください。
土壌侵食とは
土壌侵食とは、雨や風の作用で土壌が流出してしまうことです。*1)
土壌侵食が発生すると、作物を育てる栄養分を含む表面の土壌が失われてしまい、作物の収穫量激減や洪水、水質汚濁などが発生します。
土壌侵食には、
- 氷河が土壌を削る氷食
- 風が表土を吹き飛ばす風食
- 水が表面の土壌を流出させる水食
などがあります。傾斜地が多い日本では風食や水食が発生しやすくなっています。
土壌”侵”食と土壌”浸”食の違い
土壌”侵”食も土壌”侵”食も、表土を削るという点では同じですが、原因によって使い分けることがあります。
「侵食」は表土を削り取る活動全般に用いられるのに対し、「浸食」は水食を意味します。
浸食は日本のように傾斜地が多く、降水量が多い地域で発生しやすい現象です。
では、土壌浸食が発生すると、どのような影響が出るのでしょうか。
土壌侵食による影響
主な影響は以下の5つです。
- 農作物の収穫量が激減する
- 水質汚濁が発生する
- 生態系が破壊される
- 洪水が発生しやすくなる
- 砂漠化が進行する
それぞれの影響について詳しく見ていきましょう。
農作物の収穫量が激減する
土壌侵食が発生すると、栄養分が豊富な農地の表土が削られてしまうため農作物の収穫量が激減する可能性があります。
2022年の北米とケニアの事例を見てみましょう。アメリカ中西部のトウモロコシ栽培地域であるコーンベルトは、例年の春であれば乾燥しているはずです。しかし、2022年の春は大雨に見舞われました。
同地の農家は農地を守るために1メートル近い草を植えたり、冬の間に地表を覆う草を植えたりなどして異常気象に備えていました。しかし、5月に大雨が降ったことで大量の土壌が流出してしまいました。*3)
一方、東アフリカのケニアでは干ばつの悪化により植物が壊滅的な打撃を受け、土壌がダメージを受けやすい状態となりました。*3)
水質汚濁が発生する
雨などで土壌侵食が発生すると、表土に含まれるリンや農薬が下流に流れ出し、水質汚濁を引き起こすことがあります。
流出したリンなどが川や湖、海に流れ出ると栄養分が増加する富栄養化という現象が発生します。富栄養化が起きると、水中の植物プランクトンが急激に増加し、赤潮やアオコが発生する原因となります。
生態系が破壊される
土壌侵食が発生すると、その地域に生息する生物が大きな打撃を受け、地域の生態系が破壊される恐れがあります。九州山地の事例を見てみましょう。
九州山地では、シカなどが森林下層の植物を食べてしまうことにより地表面の土壌が流出する土壌侵食が発生しています。土壌侵食が発生した場所では、微生物のバランスが変化しています。
植物と共生関係を持つ菌類が減少する一方で、植物病原性や腐植性をもつ真菌類が増加していることがわかりました。そのため、植物が定着しにくい状態になっています。*6)
植物が失われてしまうと、昆虫や土壌に生息する生物、鳥などの森の生き物の多様性が失われてしまい、森林の生態系が破壊されてしまうのです。
洪水が発生しやすくなる
土壌が流出した場所では、雨が地中にしみ込まずに地表を流れます。つまり、地面が水を蓄える能力である保水力が大きく低下してしまうのです。
【森林が土壌侵食を防ぐ仕組み】
その結果、大雨の際に雨が地表を一気に流れて洪水が発生しやすくなります。
砂漠化が進行する
土壌の浸食は砂漠化を進行させる原因の一つと考えられています。土壌侵食が進行すると植物が生えにくくなるため、地表がむき出しになってしまいます。降水量が多い地域では雨によって土が流されて荒れ地になり、降水量が少ない地域では乾燥化が進んで砂漠になってしまうのです。
土壌侵食の原因
土壌侵食がさまざまな弊害をもたらすことがわかりました。では、なぜ土壌侵食が起こってしまうのでしょうか。ここでは、土壌侵食の原因を自然的要因と人為的要因に分けて分析します。
自然的要因による土壌浸食
自然状態で比較的ゆっくりと進行する土壌侵食を自然侵食といいます。冒頭でも触れましたが、主な侵食は以下のとおりです。
- 雨による浸食(水食)
- 氷河の侵食(氷食)
- 風の侵食(風食)
水食が発生しやすいのは、日本のような降水量が多い傾斜地です。日本の降水量は1,718mmで世界平均880mmの約2倍です。しかも、国土の4分の3が山地であるため、水食が発生しやすい条件がそろっています。
氷河も表面の土壌を大きく削り取ります。ドイツ北西部にある北ドイツ平原は、氷食を受けた場所で栄養分に乏しい場所となりました。
サヘル(アフリカのサハラ砂漠周辺地域)では、風によって比較的肥沃な土壌が吹き飛ばされる風食が発生し、砂漠化が進んでいます。
人為的要因による土壌浸食
人間の活動によって引き起こされる土壌侵食を加速侵食といい、自然侵食よりも早いスピードで進むのが特徴です。加速侵食の原因は以下のとおりです。
- 森林伐採
- 過放牧
- 傾斜地での耕作
農業や薪炭材のために森林を伐採することで地表がむき出しになり、土壌侵食が加速するケースがあります。パルプ原料のために森林を伐採したり、アブラヤシの農園を開発するために森林を伐採したりすることで土地が荒れ、土壌侵食が発生するリスクが高まります。*8)
家畜を多く飼育しすぎる過放牧も土壌流出の原因となります。家畜が地表の植物を回復不可能な状態まで食べてしまうと、植物が再生できなくなり地表が流出し、土壌侵食が発生してしまいます。
傾斜地で農業を行う際に、適切な対応をせずに農地として開墾してしまうことも土壌侵食の原因となります。土壌が大雨でも流出しないよう、段々畑にするといった工夫が必要です。
土壌侵食が発生しやすい自然条件の場所で人為的な開発が行われると、侵食が加速してしまいます。例えば風食が発生しやすいサヘルや、水食が起こりやすい熱帯雨林気候の地域で、森林伐採や過放牧などを行うと自然侵食のスピードが加速してしまうでしょう。
土壌侵食への対策
土壌侵食の原因は、自然と人間の両方の要因が絡み合っていることがわかりましたが、どうすれば、食い止められるのでしょうか。ここでは、植生の回復と耕作の工夫、過耕作・過放牧の抑制を紹介します。
植生の回復
1つ目の方法は植生の回復です。樹木が失われ、土壌がむき出しになった山(はげ山)の地面は、雨が降った時に地中に水がしみこみにくく、表土が雨によって流されてしまいます。しかし、樹木や森林下層の植生が80%以上ある山の場合は、土壌流出がほとんど発生しません。*9)
具体的には、間伐を実施して森の下層部分まで光が届くようにして植生を回復させたり、下層の植物を食べてしまうシカの生息数を管理・捕獲したり、植生保護柵を設けたりといった対策を行います。山の緑を守り、土壌を覆う草木を守ることで土壌流出を防げるのです。
耕作の工夫
耕作を工夫することで、土壌侵食を抑制することができます。具体的には、耕地の高さをそろえることで水による侵食を抑える等高線耕作により土壌流出を抑制します。アメリカ各地で等高線耕作が実施されていますが、中西部やグレートプレーンズで多く見られます。
日本やフィリピン、インドネシアのような山地が多い国では、棚田や段々畑がつくられました。
【棚田の風景】
階段状に耕作地が設定されているため、水による土壌流出を防ぎやすくなっています。
風食の抑制
風食を抑える砂漠緑化も、土壌侵食を防ぐ一つの方法です。砂漠緑化の代表的な方法は2つです。
1つ目は、草方格(そうほうかく)という技術を用いることです。稲わらや麦わらなどの枯草を地中に碁盤の目状に差し込むことで地表付近の風速を低下させ、砂の移動を止めます。草方格の設置と同時に、その地域の気候に適した植物を植えることで緑化を行います。
草方格はわらでできているため保水力が高く、分解後は肥料になるため植物が生育しやすい環境を整えられます。*10)
2つ目は、ポプラやマツ、アカシア、ニレ、ニンキョウなどの苗木を植えることです。その際、なるべく地下水に近い場所まで掘ってから苗木を植えます。草と樹木を同時に植えることで、乾燥地域の緑化を行い、風食による土壌侵食を防いでいます。*10)
土壌侵食防止に向けた企業の取り組み事例
土壌侵食は日本だけではなく、海外でも大きな問題となっています。ここでは、土壌侵食の防止に取り組むイオングループとキリンの事例を紹介します。
イオングループの事例
イオングループで環境保護などに取り組むイオン環境財団は、植樹を行うことで自然災害や伐採で荒れた森の再生を目指す取り組みを展開しています。これまでも日本国内をはじめ、中国、ベトナム、インドネシアといった国々で地域ボランティアとともに植林活動を行ってきました。*11)
植樹を実施することは、森の保水力を回復して土壌流出を防ぐという効果のほかに、二酸化炭素の吸収量を増やす効果があります。植樹は土壌流出の防止や森林生態系の回復、気候変動対策などに貢献できる活動といえるでしょう。
キリンの事例
大手飲料メーカーのキリンホールディングス(以下、キリン)は、スリランカの紅茶農園で土壌流出を防ぐ対策を行っています。具体的には、流出土壌をせき止める流出防止柵の設置や、斜面に深くまで根を張る植物(カバークロップ)を植える活動を行っています。
キリン側も土壌流出を防ぐ対策を実施することで、安定して茶葉を確保できるというメリットがあります。*12)キリンは原材料の安定供給と、企業イメージの向上という2つのメリットを享受できているといえるでしょう。
土壌侵食とSDGs
土壌侵食が発生すると、私たちの生活が脅かされるだけではなく地上の植生が失われ、生態系の破壊を招くリスクがあります。ここからは、土壌侵食とSDGs目標15との関わりについて解説します。
SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」との関わり
SDGs目標15は、以下の課題の解決を目指しています。
- 森林減少のストップ
- 森林の少子高齢化対策
- 生物多様性の維持
- 生態系回復
- 森林破壊による二次災害を防止
*13)
一見すると、森林保護とのかかわりが深く思えますが、今回見てきたように土壌流出のカギを握っているのは森林や森林下層の植生です。森林が失われたり、土地の表面の草が失われて地表がむき出しになったりすると、風や雨によって土壌が流され、様々な問題を引き起こしてしまいます。
風や雨は自然によって引き起こされるため、人間の努力ですべてを抑えることは不可能です。しかし、人間の行為によって植生が破壊され、土壌侵食を加速させていることは紛れもない事実です。
ひとたび土壌侵食によって地域の植生が失われてしまうと、回復するまでに長い年月がかかります。それだけではなく、植生の消滅によって生物多様性が失われてしまうという大きな問題に直面します。
私たちは、現在残された森林を守ることで土壌侵食の影響を最小限にとどめる努力を行いつつ、植林などの活動を通じて地表の植生を回復させて「陸の豊かさ」を守る必要があるのです。
まとめ
今回は土壌侵食について解説してきました。土壌侵食というと、大雨や干ばつといった自然現象が引き起こすと考えがちですが、人間の行動により土壌侵食が加速しているという側面も否定できません。
森林の植生を破壊してしまうような乱開発は土壌流出の原因となります。開発を行う際には、周辺環境への影響を十分調査し、土壌流出を引き起こすリスクがないか入念に確認する必要があるでしょう。
参考
*1)環境イノベーション情報機構 環境用語集「土壌侵食」
*2)デジタル大辞泉「土壌(ドジョウ)とは?」
*3)ロイター「焦点:乾く大地、失われる土壌 世界の農業生産を脅かす気候変動」
*4)農林水産省「なぜ赤潮(あかしお)は発生するのですか。」
*5)環境省「アオコってなに?」
*6)九州大学「九州山地で起きている土壌侵食による土壌微生物相の変化はさらなる土壌侵食が起こる可能性を示唆している」
*7)林野庁「土砂災害防止機能/土壌保全機能」
*8)環境省「森林保全・砂漠化対策」
*9)神奈川県「森林の土壌流出と水や生きものへの影響」
*10)環境展望台「砂漠緑化」
*11)イオン環境財団「海外での植樹」
*12)キリン「気候変動の取り組み」
*13)スペースシップアース「SDGs15「陸の豊かさも守ろう」私たちにできること現状や取り組み事例を紹介」