オーストラリアで人気のアクティビティ・ホエールウォッチング。
毎年多くのクジラがオーストラリアの海を回遊しており、ゴールドコーストやシドニーをはじめとするさまざまなエリアでクジラを観察できます。
しかし、ホエールウォッチングはボートに乗ってクジラの観察を行うことから、ボートとの衝突、モーター音などによる水中の騒音公害、塗料の水質汚染といった問題点も指摘されてきました。
そこで今回は、オーストラリアがどのようにクジラへ配慮しながらホエールウォッチングを行っているのかを解説していきます。
ザトウクジラの繁殖とオーストラリア
オーストラリアは、ザトウクジラを観測できるスポットのひとつとして知られています。
南半球で生息するザトウクジラは、夏場は南極海に生息して餌となるオキアミなどを食べています。
しかし、毎年冬になると交尾や出産のために暖かい海域へ北上するという特徴があり、その数は実に6万頭にも及びます。
タスマニア州の近くで分岐するのが25,000頭、オーストラリアの西海岸を北上し続けるのが35,000頭ほどで、年間の最大移動距離は1万kmです。
ザトウクジラは最大体長16mとされており、大勢の個体が移動するため遠くからでも泳いでいる姿を確認できます。
ホエールウォッチングのベストシーズンは約半年間
オーストラリアのさまざまな地域において、ホエールウォッチングツアーが催行されていることはご存知でしょうか?
どんなにたくさんのクジラがオーストラリアを通過していても、その姿を間近に見ることは非常に困難です。
「できるだけ近くでクジラを観察したい」「実際に泳いでいるところを見てみたい」という人々のために、オーストラリアではザトウクジラの生態を学ぶ機会としてホエールウォッチングツアーを行っています。
ザトウクジラがいつどこを移動するかという正確な時期については、水温、海氷、獲物の量、餌場の位置などによって毎年少しずつ異なります。
一般的に北上する期間は6~8月、南極海に戻るのは9~11月と言われており、ホエールウォッチングのベストシーズンは1年間の中で半年ほどです。
ただし、オフシーズンであっても全く見られないというわけではないので、年間を通して楽しめるアクティビティとして知られています。
尚、クジラは一斉にまとまって移動するわけではなく、まずは若いオスからスタートします。
そのあとをメスや子どもたちが追うように泳ぎ始めるため、全ての個体がオーストラリアの沖を通過するまでに一定期間あるのが特徴です。
オーストラリアでクジラが見られるエリアとは?
海に囲まれているオーストラリアでは、比較的多くのエリアでクジラを観察できます。
タスマニア州や南オーストラリア州などの田舎はもちろん、シドニーやゴールドコーストといった都市部でもホエールウォッチングツアーが実施されており、観光のついでに気軽にクジラの姿を眺められます。
2~2時間半程度のツアーが一般的ですが、ツアー会社によって金額やルートはさまざまです。
クジラを守るための取り組み
オーストラリアで人気のホエールウォッチングですが、クジラへの悪影響も懸念されてきました。
複数の船によるクジラの追跡やモーター・エンジン音による水中の騒音公害は、クジラの呼吸パターンの乱れやストレス増加を引き起こす可能性があります。
また、ボートとクジラの距離が近い場合、ボートとの衝突リスクが高まる点も指摘されています。
クジラの精神的ストレスや外傷に繋がる恐れもあることから、オーストラリアではクジラの安全を守りながらクジラについて学べるように以下のような工夫を取り入れてきました。
適切な距離感を維持する
1972年、海洋哺乳類保護法 (MMPA) は海洋哺乳類の採取を禁止しました。
海洋哺乳類保護法は鯨類の保護を目的としており、狩猟、捕獲、収集はもちろん、海洋哺乳類に対する嫌がらせ行為も禁止事項に含まれています。
クジラに接近することでクジラの健康状態や生態に悪影響を及ぼす可能性があることから、オーストラリアのホエールウォッチングツアーではクジラから少なくとも100mの距離を保つように提案しています。
また、クジラの方からボートに接近するケースも多くなっていますが、例えクジラが近寄ってきても餌をあげたり触れたりすることはできません。
あくまで自然の中で暮らすクジラを観察するだけに留めることで、クジラへの身体的・精神的なストレスを最小限に抑えています。
尚、個人でボート、カヤック、ジェットスターなどに乗っているときにクジラに遭遇した場合も、クジラの回遊を邪魔しないように移動することが推奨されています。
警戒区域の設定
警戒区域とは、クジラから300m、イルカからは150mまでの距離のことを指します。
警戒区域にいるボートは時速10km以内での航行が義務付けられており、航行による泡などが発生する場合は減速する決まりです。
尚、ボートが一定距離を保っていても、クジラ側がボートに接近してくることも多くなっています。
クジラが船に接近して警戒区域内に入った場合、通常のルールと同様に時速10km以内で航行して距離を取る必要があります。
進入禁止ゾーンの設定
警戒区域内には、ボートの立ち入りNGの進入禁止区域が設定されています。
クジラの場合は周囲100m、前後300mのことを示し、イルカでは周囲50m、前後150mに及びます。
尚、海洋哺乳類の方から近づいてきたときは、可能であれば時速10km以内で航行して距離を取る、難しい場合はボートのエンジンを切るといった対応が求められます。
3ボートルール
警戒区域内に3隻のボートがいる場合、4隻目以降はそのエリアに入れない決まりになっています。
もし警戒区域内に入るのを待っているボートがいる場合、既に入っている3隻はクジラの観察後に速やかに次のボートに順番を譲るよう推奨されています。
収益の寄付
ホエールウォッチングツアーを実施している団体の多くは、売上の一部をクジラの保護団体へ寄付しています。
寄付金はクジラの研究や保護活動に役立てられており、ツアーに参加することで間接的に保全活動に貢献できます。
クジラの周辺環境の観察
ホエールウォッチングを行うにあたって、スタッフが注目するのはクジラだけではありません。
プラスチック問題が深刻化している昨今、クジラ、イルカ、ウミガメをはじめとするさまざまな海洋生物がビニール袋やゴム風船をクラゲと間違えて誤飲する事故が多発しています。
プラスチック製品を誤飲した場合、窒息や腸閉塞による栄養失調を引き起こす可能性が高いです。
多くの海洋生物がプラスチック製品の誤飲によって命を落としていることから、ホエールウォッチングのスタッフはツアー中に海の中にビニール袋やゴム風船が落ちていないかを確認しています。
ホエールウォッチングのボートにはグラブフックと呼ばれるカギ状のツールが積み込まれており、プラスチック製品を発見した際にはグラブフックを使って危険物の除去を行っています。
環境に優しいボート
ホエールウォッチングツアーを行っている会社はたくさんありますが、ボートそのものが海洋汚染に繋がる恐れもあります。
そのため、ボートへの乳化剤や洗剤の不使用、廃棄物管理システム、オイルや塗料の見直しといった対策と設計によって汚染を最小限に抑える取り組みを行っています。
クジラの研究
どんなにクジラに配慮しながらホエールウォッチングを行っても、クジラのストレスレベルを明確にすることは難しい傾向にあります。
そこで、クジラの科学者、研究者、ホエールウォッチングのスタッフが一丸となり、クジラの行動パターンや好みを把握するために海に出てデータを収集しています。
若いオス、メス、子どもなど、オーストラリアの海で見られるクジラのタイプはさまざまです。
タイプによって人に対するストレスレベルが異なることもあるため、科学者、研究者、ホエールウォッチングのスタッフはクジラの観察及び統計解析を行うことでよりサスティナブルなホエールウォッチングを目指しています。
まとめ
動物を観察対象としているホエールウォッチング。
不適切な運営でクジラに身体的・精神的影響がかからないように、オーストラリアではホエールウォッチングに関するさまざまな取り組みが行われています。
私たちも野生下で生息する動物を観察するときは、動物や周囲の環境への配慮を怠らないように気を付けていきましょう。