あなたの住むまちや地域は、自然災害に強い場所ですか?
近年、その猛威・頻度を増している洪水や土砂災害などの自然災害から人々を守るために、注目を集めているのが「Eco-DRR」です。しかし、Eco-DRRについての知識はまだ十分社会に広まっているとは言えません。
Eco-DRRのメリットや問題点、取組事例、そして混同されやすい「グリーンインフラ」との違いもわかりやすく解説します。あなたもEco-DRRについて知り、未来のより良い地球のために新たな行動を起こしましょう!
Eco-DRRとは
Eco-DRRとは、自然環境を活用することで、災害の被害を軽減し、持続可能な社会の実現にも貢献する、重要な取り組みです。
Eco-DRRは「Ecologically-based Disaster Risk Reduction」の略称で、日本では「エコディーアールアール」と読みます。
自然災害は、世界中で毎年多くの人命と財産を奪っています。その中でEco-DRRは、自然環境や生態系の効果を活用することで、災害の被害を軽減することを目的とした取り組みです。
【Eco-DRRによる防災・減災】
Eco-DRRの考え方
Eco-DRRの意義は、地球上の生物多様性や環境が持つ生態系の機能を活用することで、災害のリスクを軽減し、地域の持続可能な発展と自然環境の保全を両立させることです。自然の生態系が健康で正常なバランスを保つことで、本来の調整機能を発揮し、防災・減災の役目を果たします。
また、生態系サービスは防災・減災の他にも、私たちの社会に食物の供給や気候変動の緩和などの、多くの恩恵を与えます。Eco-DRRは、私たちの生活に欠かせない自然の生態系を保全・回復し、持続可能な利用を目指す重要な取り組みなのです。
【生態系サービスと人間の福利の関係】
Eco-DRRの重要性
生態系は自然災害のリスクを軽減するための自然の防壁として機能します。例えば、マングローブ林は津波の力を和らげたり、河川の氾濫を抑制したりする役割を果たします。また、森林は土壌の浸食を防ぎ、地滑りや土砂災害のリスクを低減する役割を果たします。
しかし、世界ではこれらの自然の防壁となる自然環境は、開発や汚染、気候変動の影響などで、長い期間にわたって減少傾向が続いているのが現状です。
【治山事業による効果】
つまり、近年の甚大な自然災害による被害は、気候変動による影響や自然現象だけでなく、「人間の開発による環境破壊が、自然の生態系が本来持っていた調整機能などの防災・減災能力を奪ったことが原因で、より甚大化している」と考えることもできます。この反省から、その土地本来の自然環境を取り戻し、防災・減災機能を高めることもEco-DRRの重要な点の1つです。
Eco-DRRでなぜ自然災害を軽減できるのか
【Eco-DRRの例:水害防備林・海岸防災林】
例えば、洪水時の森林に注目してみましょう。森林は、以下のような効果や役割を果たしています。
雨水の吸収と貯留
森林は樹木や葉っぱによって雨水を吸収し、地下水や河川へと貯留します。これによって、洪水時に降った雨水の量が減少し、洪水の被害を軽減することができます。
土壌の固定
森林の樹木の根っこは土壌を固定する役割を果たします。地滑りや土砂崩れといった災害が起きる際に、森林の根っこが土壌をしっかりと保持し、崩壊を防ぐことができます。
【森林施業による土砂流出抑制効果】
水の浄化
森林は地下水や河川の浄化にも役立ちます。樹木や土壌が不純物や汚染物質を吸収し、水質を改善することで、洪水時に浸透する水の品質を良くすることができます。
【災害管理の各段階における生態系の役割】
このような森林の効果によって、洪水時の被害を軽減することができます。他の生態系要素(例:マングローブ林や湿地帯)も同様に、津波や地震などの自然災害から人々を守る役割を果たしています。Eco-DRRでは、これらの生物やエコシステムを保護・回復させることによって、自然災害の被害を最小限に抑えることができるのです。
次の章からは、Eco-DRRの効果が確認された実際の例を見ていきましょう。*1)
世界の生態系の減災例
この章では、世界各地で見られる生態系の減災例を紹介します。実際の例から、Eco-DRRの重要性を理解していきましょう。
インドネシア:アチェ州のマングローブ林
2004年のスマトラ島沖地震による津波で、アチェ州のマングローブ林が津波の被害を和らげたことが知られています。マングローブ林は、その根や茎、葉が波の力を吸収することで、津波の被害を軽減する役割を果たします。アチェ州のマングローブ林は、その効果が高く評価され、津波後にはマングローブ林の保全が進められました。
【インドネシアにおける災害発生の割合(1990~2019 年、全 224 件)】
ニュージーランド:クライストチャーチ市の湿地
2010年に発生したクライストチャーチ地震では、市内の湿地が地震の揺れを吸収し、被害を軽減する役割を果たしました。湿地は、その地域の地盤を安定させることで、地震や洪水の被害を軽減する効果があります。
クライストチャーチ市では、地震後に湿地の保全が進められ、地震リスクの低減につながっています。
【ニュージーランド:エイボン川周辺のレッドゾーン】
この他にも世界のさまざまな地域で、生態系の力を活用した減災の取り組みが実施されています。これらの取り組みは、人工構造物に比べて費用が安く、地域住民の参加もしやすいなどの理由から、途上国でも広がりつつあります。
次は日本国内の生態系の効果による減災の例を見てみましょう。*2)
日本の生態系の減災例
日本は、地震や津波、台風などの自然災害が頻発する国ですが、幸いにも豊かな生態系が減災に貢献しています。これまで日本で記録された生態系による減災の代表的な例を紹介します。
北海道:石狩川の遊水地
【石狩川支流の千歳川流域の遊水地】
石狩川には遊水地が多数あります。石狩川の水位が高い時に遊水地が水を一旦貯留し、水位が落ちた時に吐き出します。当初は洪水対策を目的として作られましたが、結果的に大きな湿地となり、失われた生態系がよみがえることで、タンチョウの繁殖に成功しました。
また、OECM (Other effective area-based conservation measures)※の拠点としても、遊水地が機能するということがわかったのです。
熊本県:阿蘇山周辺の森林
2016年に発生した熊本地震では、熊本県の阿蘇山周辺でも大きな被害が発生しました。しかし、阿蘇山周辺の森林の生態系がもたらす効果によって、被害を最小限に抑えることができました。
熊本県では、熊本地震後に森林の保全を強化する取り組みが行われました。地元の住民や行政当局は、森林の保護と管理に取り組むことで、将来の地震や自然災害に対する備えを進めています。
このような取り組みは、地域の持続可能な発展と住民の安全を守るために重要な役割を果たしています。
【関連記事】循環型林業とは?仕組みやメリット・デメリット、実践例も
福島県:浜通り地域の海岸線
2011年に発生した東日本大震災では、浜通り地域の海岸線において、マングローブ林や海藻などの海岸植生が津波の被害を軽減する役割を果たしました。海岸植生※は、その密度や種類によって、津波の高さを低減することができます。
また、浜通り地域の海岸線には、多くの砂浜や干潟が存在しています。これらの砂浜や干潟は、津波の波を遮断し、浸入を阻止する効果を発揮しました。
【福島県の海岸防災林の復興事業】
日本の豊かな生態系は、土砂災害や洪水、津波などの自然災害から人々を守る重要な役割を果たしています。これらの生態系を保全・管理することは、災害に強い社会を実現する上で欠かせません。*3)
Eco-DRRの歴史

Eco-DRRは、自然災害のリスクを軽減するための手法としては、比較的新しい概念です。その歴史を確認しておきましょう。
1990年代ごろ:甚大な自然災害の増加が国際問題に
甚大な自然災害が頻発するようになりました。代表的な例を挙げると、
- 1991年:日本に大きな被害をもたらした台風第19号(台風オンド)
- 1998年:インドネシアで発生したスマトラ島沖地震・津波
- 1999年:トルコ地震
- 2004年:インド洋大津波
などです。このような甚大な自然災害の影響を受け、国際的な関心が環境と災害リスク削減の関連性に向けられました。
2000年代から:生物多様性条約締約国会議とラムサール条約締約国会議でもECO-DRRの重要性を確認
2000年代に入ると、数回にわたって生物多様性条約締約国会議※とラムサール条約締約国会議で、Eco-DRRの重要性が強調されました。これらの会議では、生物やエコシステムの保護・回復を通じて、自然災害のリスクを軽減する手法として、Eco-DRRの実施に向けた具体的な行動計画が採択されています。
【関連記事】ラムサール条約とは?概要や登録湿地、取り組み事例をわかりやすく解説
2008年:環境と災害リスク削減に関する国際的なパートナーシップ(PEDRR)の設立
環境と災害リスク削減に関する国際的なパートナーシップ(PEDRR)は、2008年に設立されました。PEDRRは、環境保護と災害リスク削減の両方を結びつけることを目的としており、国際連合環境計画(UNEP)や国際連合防災戦略事務局(UNISDR)などの機関が中心となって活動しています。
PEDRRは、地域住民や行政が国際的にも協力して災害リスクを減らす取り組みです。一方、Eco-DRRは自然環境を活用して災害リスクを減らす取り組みです。どちらも災害リスクを減らすために重要で、相互に補完し合う関係にあります。
2015年:仙台防災枠組でEco-DRRの重要性を強調
仙台防災枠組は、国連が主催した第3回国連防災世界会議で採択された、2015年以降の国際的な防災の枠組です。仙台市は、この会議の開催地であり、自らの防災・復興の経験を発信する役割を果たしました。
この枠組みは、情報共有や行動の体制整備などを推進し、災害リスクの防止や削減を目的としています。Eco-DRRは、仙台防災枠組の中で言及されている今後の社会に必要な防災・減災手段の1つです。仙台防災枠組は、Eco-DRRの重要性を認めるとともに、他の防災・減災の手段も推奨しています。
Eco-DRRの歴史は、環境と災害リスク削減の関連性の認識から始まり、国際的なパートナーシップや会議を通じて発展してきました。Eco-DRRは、今後もその重要性が高まると予想できます。*4)
Eco-DRRの手引きをもとに内容を詳しく確認
Eco-DRRについて調べていると、「手引き」という言葉を目にする機会があると思います。
Eco-DRRの手引きは、国連防災機関(UNISDR)と国際連合環境計画(UNEP)が共同で作成した、環境と災害リスク削減に関する手引きです。2012年に初版が発行され、2023年に改訂版が発行されました。
この手引きは、環境と災害リスク削減の専門家や政策立案者、実務家など、さまざまな利害関係者に向けて作成されており、環境と災害リスク削減の重要性を理解し、それを実践するための具体的な手法やツールを提供しています。
【環境省によるEco-DRRの手引き】
日本でも環境省がEco-DRRの手引きを作成しています。この手引きは、生態系の保全・再生を通じて、生物多様性の保全だけでなく、防災・減災にも貢献する可能性のある場所を可視化することを目的としています。
また、この手引きは今後、Eco-DRRに関する施策の検討や合意形成に役立つ基礎資料として活用されることも期待されています。ここでは環境省の作成するEco-DRRの手引きの具体的な内容を確認しておきましょう。
第1章:Eco-DRRの基本概念と目的
【水害リスクの軽減に寄与するEco-DRR】
Eco-DRRについてや、手引きの概要がまとめられています。
- Eco-DRRとは、自然生態系を活用した防災・減災の取り組みのこと。
- Eco-DRRは、生物多様性の保全と災害リスク削減の両方に貢献する。
- Eco-DRRは、地域に根ざした取り組みが必要。
などが主な内容です。Eco-DRRを理解するにあたって重要な、生態系の保全・再生と防災・減災の関係性を①ハザード(危険な自然現象)の軽減、②暴露の回避、③脆弱性の低減の3つの項目に沿って解説しています。
①ハザードの軽減
「ハザード※の軽減」とは、災害の強さや影響を減らすための対策です。具体的には、
- 森林の保全:土砂災害や洪水の被害を軽減
- 棚田の保全:地すべり等の斜面崩壊を防止
- 水害対策:洪水の被害を軽減
- 気候変動対策:台風や豪雨などの被害を軽減
などがあります。ハザードの軽減には、地域の住民、行政、事業者など、さまざまな関係者との協働が重要です。それぞれの立場や視点から意見を出し合い、地域の実情に合った対策を実施する必要があります。
②暴露の回避
「暴露※の回避」とは、災害のもとになる環境リスクを減らすことによって、災害が発生する可能性を減らすことです。特に各地で開発が進んでいる日本では、土地の成り立ちを考慮した利用を行うことは、暴露の回避の重要な方法の1つです。
土地の成り立ちを考慮した利用を行うことで、
- 災害の発生頻度や規模を減らす
- 災害が発生した場合の被害を軽減
などの効果が期待できます。土地の成り立ちを考慮した利用を行うためには、地域の土地利用や地形、気候などの情報を収集・分析する必要があります。
また、地域の住民や行政、事業者など、さまざまな関係者との協働が重要です。
③脆弱性の低減
「脆弱性の低減」とは、災害が発生した場合でも被害を減らすための対策です。例えば、
- 早期警報システムの導入
- 避難訓練の実施
- 災害に強い建物の建設
- 保険や対策資金の準備
などの対策が、脆弱性の低減にあたります。
Eco-DRRは、地域の特性や状況に合わせて、さまざまな方法で実施することができます。地域の人々が一緒に考え、取り組むことで、より効果的な対策を実現することができます。
【生態系の保全・再生と防災・減災の関係性】
第2章:生態系保全・再生ポテンシャルマップの活用
第2章では、生態系保全・再生ポテンシャルマップの作成方法について説明されています。このマップは、地理情報システム(GIS)を利用して作成され、地形や土地利用、生態系の分布などの情報を組み合わせて作成されます。
生態系保全・再生ポテンシャルマップは、特に湿地環境を重点的に評価し、雨水の浸透や生物多様性保全に貢献する場所を特定します。また、章の終わりにはEco-DRRの今後の展望について紹介されています。
- 「里山グリーンインフラ」※の取り組み
- 地域の持続可能な開発に向けた取り組みの促進
- 国際的な連携の重要性
などが今後の展望として強調されています。
【生態系保全・再生ポテンシャルマップの作成方法】
第3章:生態系保全・再生ポテンシャルマップ作成のためのデータリスト
第3章には、生態系保全・再生ポテンシャルマップの作成に活用できるデータリストが、
- 地形・土地利用等に関する情報
- 自然環境に関する情報
- その他の関連する情報
に分けて、リンク付きで掲載されています。国土交通省の基盤地図ダウンロードサービスや、ハザードマップポータルサイトなど、Eco-DRRの実践に必要な資料が集められています。
Eco-DRRは、地域に根ざした取り組みです。地域の自然環境や社会状況に合わせて、適切な取り組みを行うことが重要です。この手引きでは実際の地図や写真で、Eco-DRRの推進とその具体的な実装方法を示しています。
ここまで読み進めると、グリーンインフラとの違いに関して疑問を抱く方もいると思います。次で詳しく見ていきましょう。*5)
Eco-DRRとグリーンインフラとの違い
Eco-DRRとグリーンインフラは、どちらも自然環境を活用した取り組みですが、主な目的や対象が異なります。よく似た2つの取り組みですが、どのような違いがあるのでしょうか?
グリーンインフラとは?
【国土交通省のグリーンインフラ推進戦略の概要】
グリーンインフラとは、「緑のインフラストラクチャー※」のことを指します。
都市部において、自然環境を再生し、快適な環境を作ることが主な目的です。
代表的な取り組みには、
- 公園
- 緑地
- 屋上緑化
などの整備が挙げられます。つまり、
- Eco-DRR=自然生態系を活用して災害リスクを軽減する取り組み
- グリーンインフラ=自然環境を活用してさまざまな社会課題を解決する取り組み
と言えます。
【関連記事】グリーンインフラとは?デメリット・課題と企業の取り組み事例やSDGsとの関係を紹介
【自然に根差した解決策の定義】
Eco-DRRとグリーンインフラの目的の違い
Eco-DRRとグリーンインフラは、どちらも最終的な目的は「持続可能なより良い地球と社会」です。その中で、Eco-DRRは、災害防止を主な目的としているのに対し、グリーンインフラは都市環境の改善が主な目的です。
【NbS(自然を活用した解決策)、EbA(生態系を活かした気候変動適応)、Eco-DRR(生態系を活かした防災・減災)の概念の相互関係】
上の図ではNbSがグリーンインフラの範囲と考えることができます。このことから、Eco-DRRは、広い意味では、自然を活用した社会問題の解決を目的としたグリーンインフラの中に含まれる、生態系を利用した防災・減災対策と考えることもできます。
しかし一般的に、Eco-DRRは自然環境を活かし、災害を未然に防ぐことに重点が置かれますが、グリーンインフラは、都市部における快適な環境を作ることに重点が置かれます。
Eco-DRR | グリーンインフラ | |
重視する点 | 災害防止・被害の軽減自然な土地利用生態系の保護と回復 | 環境に配慮したインフラの設計と構築快適な生活のための環境づくり |
方法 | 自然の力を活用して災害リスクを軽減 | 植物や自然素材を活用し、緑地や水辺の整備を行う |
効果 | 洪水や土砂災害、豪雨などの自然災害からの防御機能を高める | 地域の景観や生態系を保護しながら災害リスクを軽減する |
このようにEco-DRRとグリーンインフラは、どちらも自然環境を活かした取り組みであるため混同されやすいのですが、その主とする目的は異なります。Eco-DRRは自然本来の機能を活かした災害防止ですが、グリーンインフラは都市環境の改善や自然と共生する社会の構築が目的です。
次の章では、Eco-DRRのメリットに焦点を当てていきましょう。*6)
Eco-DRRのメリット

Eco-DRRは途上国でも先進国でも社会の持続可能性に貢献します。途上国と先進国のそれぞれにおけるEco-DRRのメリットを解説します。
途上国のメリット
途上国では、自然災害による被害が深刻な問題となっています。Eco-DRRは、これらの被害を軽減し、途上国の持続的な発展を支援する有効な手段として注目されています。
途上国では人工構造物よりも現地で手に入る資材を使ったり、地域住民が管理できたりします。そのためEco-DRRは、途上国にとって特にメリットが大きい防災・減災手段です。
経済的コストを削減する
Eco-DRRは、ハードインフラ※に比べて、初期費用や維持管理費が安価です。そのため、途上国においては、財政的な制約があっても実施しやすいというメリットがあります。
地域の社会・経済の発展に貢献する
Eco-DRRは生態系の保護と回復を重視するため、環境の保全や回復にも貢献します。環境の保全や回復は、農業や漁業などの生計にもプラスの影響を与えます。
先進国のメリット
【Eco-DRRが貢献すること】
先進国では、自然災害による被害は途上国に比べて少ないものの、依然として大きな問題となっており、Eco-DRRが災害リスクの低減に有効な手段として活用されています。
持続可能な社会の実現に貢献する
先進国では、経済発展と環境保護の両立が求められます。Eco-DRRは環境に配慮した手法であり、持続可能な開発を促進します。例えば、都市部においては、緑地や公園の整備によって、都市の熱島現象を軽減し、快適な環境を提供することができます。
地域の魅力を高める
Eco-DRRは、地域の環境を改善し、地域の魅力を高める効果もあります。例えば、都市部の緑地の整備は、人々の生活の質を向上させ、観光客の誘致にもつながります。
このように、Eco-DRRは、途上国・先進国を問わず、災害リスクの低減に有効な手段として活用されています。*7)
Eco-DRRのデメリット・課題・問題点

Eco-DRRは、近年の世界的な社会問題の解決にも貢献する取り組みですが、その特性ならではのデメリットも存在します。
途上国のデメリット
まずは途上国におけるデメリットを紹介します。
技術的な制約
途上国では、技術や資金の制約があり、Eco-DRRの実施が難しい場合があります。例えば、洪水対策として河川の自然な水流を利用した洪水調節池を作るには、専門的な知識や設備が必要です。
効果が見えにくい
Eco-DRRは、自然環境を保全・活用することで災害リスクを低減する取り組みです。しかし、災害は自然現象であるため、Eco-DRRの効果が見えにくいというデメリットがあります。
地域住民の教育と意識の課題
Eco-DRRには地域住民の教育や意識の向上が必要ですが、途上国では教育の普及や意識改革に課題があります。たとえば、森林の保護や再生には、地域住民の協力が必要ですが、その意識を高めることが難しい場合があります。
先進国のデメリット
続いて先進国のデメリットを見ていきましょう。
コストと時間
先進国でもEco-DRRの実施にはコストと時間がかかる場合があります。例えば、都市部において緑地や公園の整備を行うには、土地の確保やメンテナンスの費用が必要です。
利益とのバランス
先進国では、経済発展や利益追求も重要な要素です。Eco-DRRの実施には、短期的な視点で見ると、経済的な犠牲や利益の減少が伴う場合があります。
Eco-DRRはこのようなデメリットも存在するため、その点を理解したうえで実施することが重要です。次の章ではEco-DRRの実際の取組事例から、理解を深めていきましょう。
Eco-DRRの取り組み事例

自然災害は私たちの生活を脅かす大きな問題ですが、自然と調和した取り組みを進めることで、災害リスクを低減することができます。この章では、Eco-DRRの代表的な取組事例として、
- フィリピンのマングローブ林
- 沖縄県のサンゴ礁
- JICAが途上国で進めるEco-DRRの普及活動
の3つを紹介します。
フィリピン:マングローブ林の保全
フィリピンは、台風や洪水などの自然災害の多い国です。そこで、フィリピン政府は、マングローブ林を活用したEco-DRRを推進しています。
マングローブ植林活動は、フィリピンのルソン島などで行われています。この地域は外洋に面しており、大きな波や高潮の影響を受けやすい地形です。
そのため、マングローブの森が「緑の防披堤」となり、自然災害から人々を守る役割を果たしています。
フィリピンのマングローブ植林によるEco-DRRの取り組みは1999年から実施され、2021年には8ヘクタールの面積に2万本のマングローブが植えられました。
マングローブの森は、
- 現地住民の自給食糧の提供
- 木材、バイオマス燃料の採集
- 商業的な漁獲高の増大
- 海岸線の浸食の調整
- 水質浄化
などの効果もあり、気候変動への対策や生物多様性の保護だけでなく、地域経済、地域社会へも貢献しています。これらはすべてSDGsの目標達成に貢献する要素となっています。
【関連記事】干潟とは?仕組みや役割、生息する生き物、守るための取り組みも
沖縄県:サンゴ礁の保全
沖縄県は、台風や高潮などの自然災害の多い地域です。そこで、沖縄県では、サンゴ礁を保全することで沿岸波浪災害リスクを低下させる取り組みが進められています。
サンゴ礁には、波を砕く効果があり、サンゴ礁があることで高潮の被害を軽減することができます。 また、サンゴ礁は豊かな生物多様性を育みます。
沖縄県の調査によると、サンゴ礁がある場合とない場合では、サンゴ礁がある場合の方が高潮浸水被害額が約20%少なくなるという予測が出ています。
JICA:途上国へEco-DRRを普及
JICAは、途上国でのEco-DRRへの取り組みを、2000年代初頭から支援しています。JICAのEco-DRRの取り組みには、以下のような特徴があります。
- 地域に根ざした取り組み:地域の自然環境や社会状況に合わせて、適切な取り組みを行うことを重視
- 持続可能な取り組み:自然の力を活用することで、持続可能な防災・減災を目指す
- 国際協力:途上国と日本が協力して、Eco-DRRの普及に取り組む
JICAのEco-DRRの代表的な取り組みは、
- インドネシア(砂丘の保全):砂丘に植林することで、津波の被害を軽減
- 中国(農村地域での防災林の整備):防災林を整備することで、土砂崩れや洪水の被害を軽減
などがあり、地域の文化や伝統にも配慮し、地域の持続可能な発展を促進しています。
【JICA四川省震災後森林植生復旧計画プロジェクト:地震で崩壊した山地(左)と施工3年後(右)】
JICAは途上国でEco-DRRを普及させることで、地球環境の保全と人々の生活の安全を同時に実現しています。自然の力を最大限に活用し、災害リスクを低減するEco-DRRの知識を深め、あなたも身近な自然との共存から考えてみましょう。*8)
Eco-DRRとSDGsの関係
Eco-DRRは、SDGsの達成にも重要な役割を果たしています。関連の深いSDGsの目標と、それぞれの目標におけるEco-DRRの役割を解説します。
SDGs目標11『住み続けられるまちづくりを』
洪水や土砂災害などの自然災害は、人々の命や財産に大きな被害をもたらします。Eco-DRRによって、これらの災害リスクを低減することで、人々が安全に暮らせる持続可能なまちづくりに貢献することができます。
SDGs目標13『気候変動に具体的な対策を』
気候変動は、洪水や干ばつなどの自然災害の発生頻度や規模を増大させると言われています。Eco-DRRによって、これらの災害リスクを低減することで、気候変動の影響を軽減することに貢献することができます。
例えば、森林の保全は、気候変動の緩和につながります。また、水田の整備は、干ばつ時の水不足を緩和します。
【関連記事】気候変動の緩和策と適応策の違いは?具体事例を交えてわかりやすく解説!
SDGs目標14『海の豊かさを守ろう』
海岸侵食や津波などの自然災害は、海洋環境に大きな被害をもたらします。Eco-DRRによって、これらの災害リスクを低減することで、海洋環境を守ることに貢献することができます。
また、海岸林の保全は、海岸侵食を防ぎ、海洋生物の棲息地を守ります。
SDGs目標15『陸の豊かさも守ろう』
森林の保全や湿地の保護などのEco-DRRは、陸上生態系の保全に貢献します。例えば、森林の保全は、土砂災害や洪水を防ぎ、生物多様性を守ります。また、湿地の保護は、水質浄化や生物の棲息地を守ります。
このように、Eco-DRRはSDGsの達成に様々な面で貢献します。ここで紹介した他にも、
- 貧困撲滅
- 飢餓撲滅
など、さまざまな目標に間接的にも貢献します。SDGsが目指す、持続可能な未来を築くために、Eco-DRRの推進と普及は効果的な手段なのです。*9)
>> 各目標に関する詳しい記事はこちらから
まとめ
Eco-DRRは、自然災害を未然に防ぐことができるため、世界中で注目されています。特に、現在の日本の社会・経済は、人口減少や少子高齢化、気候変動などの多くの課題に直面しています。
これらの課題は、自然災害のリスクを高めています。Eco-DRRは、
- 人口減少や少子高齢化による防災・減災の担い手不足を解消する
- 気候変動による自然災害のリスクを軽減する
- 自然環境を保全・再生し、持続可能な社会を実現する
などの効果が期待できるため、日本の社会・経済の課題を解決し、自然災害のリスクを減らすために有効な方法と言えます。
【これからの日本にはEco-DRRが必要】
私たちにもできることは、Eco-DRRについての知識を持ち、重要性を理解した上で、あなたの生活や地域でできる取り組みを考えることです。例えば、
- ごみの適切な分別やリサイクル
- エネルギーの節約
など、地道に地球環境への負荷を減らすことも、Eco-DRRの普及・推進には重要です。また、地域の緑地や自然環境の保護に関心を持ち、実際に関わることも大切です。
Eco-DRRは私たちの未来を守るために必要な手法です。私たちひとりひとりが正しく理解し、小さな行動を積み重ねることで、地球環境の持続可能性を実現し、災害のリスクを軽減することができるのです。
Eco-DRRを広め、災害に強い社会をつくるために、あなたもできることから行動を起こしましょう!*10)
〈参考・引用文献〉
*1)Eco-DRRとは
環境省『Eco-DRR』(2023年9月)
環境省『生態系を活用した防災・減災に関する考え方』(2016年2月)
林野庁『山地の防災・減災』(2020年10月)
環境省『自然と人がよりそって災害に対応するという考え方』
首相官邸『SDGsアクションプラン2020~2030年の目標達成に向けた「行動の10年」の始まり~』(2019年12月)
森林文化協会『激甚化する自然災害と森林環境』(2023年)
林野庁『森林・林業施策全体で進める災害に強い地域づくり』(2022年)
*2)世界の生態系の減災例
海外森林防災研究開発センター 『森林を活用した防災・減災の取組 Country Report 2020 年度 インドネシア共和国』
近藤 民代,井内 加奈子,馬場 美智子,マリ エリザベス『低頻度メガリスク型沿岸域災害の復興減災期における土地利用管理ーカンタベリー地震、ハリケーン・サンディ、日本大震災を事例としてー』(2020年5月)
地球環境日本基金『 インドネシア、アチェにおける防災マングローブ植樹及び湾岸部の小中学生、住民に対し防災・生物多様性に関する普及啓発事業』
岩崎 慎平『海岸浸食に伴う漁村社会の生活・生業変容に関する研究』
上林 就,福島 秀哉『河川環境再生に向けた広域空間計画における市民参加型検討プロセスの特徴ーニュージーランド・クライストチャーチにおけるオタカロ・エイボン川回廊再生計画を対象としてー』(2022年10月)
環境省『世界湿地概況 世界の湿地の現状とその生態系サービス2018年』
海外森林防災研究開発センター『森林を活用した防災・減災の取組 国際動向レポート 2021 年度』
*3)日本の生態系の減災例
国土交通省『石狩川下流域外減災対策協議会地域部会(第4回)』
循環型林業とは?仕組みやメリット・デメリット、実践例も
林野庁『森林整備事業・治山事業(林野公共事業)』(2020年)
国土交通省『石狩川下流【国管理河川】の減災に関する取組方針』
江別市『防災指針』
*4)Eco-DRRの歴史
ラムサール条約とは?概要や登録湿地、取り組み事例をわかりやすく解説
防災環境都市・仙台『「仙台防災枠組」推進に向けた取り組み』
島谷 幸宏『環境防災統合論 多自然川づくりからEco-DRRへ』(2017年6月)
国連環境計画『災害と生態系 変化する気候の中でのレジリエンス』(2019年10月)
環境省自然環境局『生態系を活かした気候変動適応(EbA)計画と実施の手引き』(2022年6月)
仙台市『第3回国連防災世界会議』(2015年3月)
THE WORLD BANK『途上国での防災強化:世界銀行と日本のパートナーシップ 日本の知見と世界銀行のネットワークによる協働』(2022年4月)
外務省『仙台防災枠組 2015-2030(仮訳) 』
*5)Eco-DRRの手引きをもとに内容を詳しく確認
環境省『Eco-DRR』(2023年9月)
環境省『Eco-DRR 持続可能な地域づくりのための生態系を活用した防災・減殺の手引き 1』(2023年3月)
環境省『生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)の基礎情報』
環境省『Eco-DRR 持続可能な地域づくりのための生態系を活用した防災・減殺の手引き 2』(2023年3月)
*6)Eco-DRRとグリーンインフラとの違い
環境省『Eco-DRR』(2023年9月)
国土交通省『グリーンインフラ推進戦略2023の概要』(2023年9月)
グリーンインフラとは?デメリット・課題と企業の取り組み事例やSDGsとの関係を紹介
環境省『生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-』(2023年7月)
国土交通省『グリーンインフラ推進戦略 2023』(2023年9月)
国土交通省『「まちづくりGX」について』
*7)Eco-DRRのメリット
環境省『Eco-DRR』(2023年9月)
*8)Eco-DRRの取組事例
干潟とは?仕組みや役割、生息する生き物、守るための取り組みも
内閣府『途上国で広がる生態系を活用した防災・減災』
環境省『自然の持つ機能の活用 その実践と事例』
JICA『生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)の実践
気候変動適応情報プラットホーム『Eco-DRR(生態系を活用した防災・減災)を活かした街づくり(2020年9月)
環境省『⾃然⽣態系の機能を活かした国⼟強靱化の取組』(2020年9月)
海外森林防災研究開発センター『森林を活用した防災・減災の取組 Country Report 2020年度 導入編』
*9)Eco-DRRとSDGs
気候変動の緩和策と適応策の違いは?具体事例を交えてわかりやすく解説!
経済産業省『SDGs』
*10)まとめ
環境省『自然と人がよりそって災害に対応するという考え方』