これからの未来を担うのは子どもたち。
そのカギとなるのが、質の高い教育です。
とはいえ、
- 質の高い教育ってどんな教育?
- 何か基準はあるの?
- SDGsと似てるけど共通点があるの?
という疑問が浮かびますよね。その疑問に答えるものが、今回取り上げる「ESD(持続可能な開発のための教育)」です。
SDGsとESDは、言葉こそ違えど向いている方向は同じです。
SDGsとは「誰ひとり取り残さない」という強い決意表明のもと、環境、社会、経済の3つの観点から課題に取り組み、地球を持続可能なものにするための国際目標です。
一方ESDは、持続可能な未来を担うための教育方針で、今や世界中で取り入れられているもの。
ESDの内容を知ることで、これからの教育のあるべき姿が分かり、、結果的にSDGsの達成を促進させます!
本記事のポイントは3つ。
では早速、ESDとは何かを説明していきましょう!
ESDとは?
ESD(Education for Sustainable Development)とは、持続可能な開発のための教育を推進するために国家レベルで推奨されているものです。
文部科学省「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するグローバル・アクション・プログラム」序論1によると、社会の変化に柔軟に対応できる人材を年齢性別関係なく育てることを目指しています。
その中でも特に、これからの未来を担っていく子供たちに向けたアプローチが重要視されており、地球規模で起きている問題を自らの問題として捉え、どうアクションを起こすべきかを主体的に考える「think globally, act locally」の概念を大切にする学習や活動の促進を目指しています!
主体的であるためには、まずは現状を知ること
地球規模の問題を自分事化し主体的に動くために大切なことは、まず現状を知ることです。ここでは、世界全体で起きている、
- 気候変動
- 生物多様性の喪失
- 資源の枯渇
- 貧困
に関する問題を確認しましょう!
気候変動
気候変動とは、地球温暖化により気候のシステムが変わり、長引く干ばつや豪雨などの異常気象が引き起こされることを指します。
気候変動は、
など、多くの影響を及ぼします。
生物多様性の喪失
気候変動や森林減少などにより、生態系や生物多様性にも影響を与えます。
環境省が公表する「絶滅に瀕している生物の種類を示すレッドリスト」には2020年時点で絶滅危惧種が3,716種類が登録され、その数は前年に比べて40種増加しています。
資源の枯渇
私たちの生活を支えてきた化石燃料などの地球資源は限られた量しか存在せず、今までと同じペースで使い続けると資源の枯渇が起きます。
また、化石燃料は資源の枯渇だけでなく地球温暖化の原因となっている温室効果ガスも大量に排出し、気候変動にもつながります。
貧困
世界の子どもの6人に1人が極度の貧困に苦しんでいます。そのなかでもアフリカ・サハラ以南の子どもたちが3分の2を占めている状況です。また国連大学世界開発経済研究所によると、新型コロナウイルスのパンデミックによって、世界で新たに5億人が貧困に陥る可能性があると発表されています。
貧困と聞くと開発途上国の話だと思われるかもしれませんが、実は日本でも相対的貧困があります。
厚生労働省によると2018年の日本の相対貧困率は15.4%で、特に子どもにおいては7人に1人が貧困状態です。
貧困は教育格差につながり、やがて子どもの学力に影響を及ぼすという負のスパイラルを引き起こす大きな要因です。(※1)
ここまでで分かるように、ひとつひとつの課題は他の課題と密接に関係しており、一点だけでなく総合的な視点が必要になります。
では、これらを踏まえてESDの考え方を見ていきます。
ESDの考え方
ESDでは、従来のやり方に依存することなく、多様な社会を取り入れ新しい価値を見出していくトランスフォームの育成を目指します。
そのために、「6つの視点」と「7つの能力・態度」を掲げています。
(1)持続可能な社会づくりを構成する「6つの視点」を軸にして、教員・生徒が持続可能な社会づくりに関わる課題を見出します。
持続可能な社会づくりの構成概念
1. 多様性(いろいろある)
2. 相互性(関わりあっている)
3. 有限性(限りがある)
4. 公平性(一人一人大切に)
5. 連携性(力合わせて)
6. 責任制(責任を持って)
文部科学省「持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)」
そして⑵では取り組み方についても言及しています。
(2)持続可能な社会づくりのための課題解決に必要な「7つの能力・態度」を身につけさせます。
ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度
1. 批判的に考える力
2. 未来像を予測して計画を立てる力
3. 多面的・総合的に考える力
4. コミュニケーションを行う力
5. 他者と協力する力
6. つながりを尊重する態度
7. 進んで参加する態度
文部科学省「持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)」
もう少し噛み砕いた内容は、環境省の「こども環境白書2015」にて確認できます。
将来の豊かさにつながる
ESDにより、
- ジェンダー平等
- 格差のない社会
- 自然とのつながり
などを幼いころから考えていくことで、多様な価値観に触れ、社会全体の大きな変化にも対応できる子どもたちが育っていくことでしょう。それがやがて持続可能な社会実現につながっていくのです。
ここまでESDについての概要を見てきました。では、ESDはどのような経緯で進められてきたのでしょうか。
ESDの変遷
ここではESDの歴史を順番にみていきましょう。
【1980年】「持続可能な開発」の言葉の誕生
1980年に、現在広く使われている「持続可能な開発」という言葉が生まれました。
バブルの時代と呼ばれていた80年代に、
- 国連環境計画(UNEP)
- 国際自然保護連合(IUCN)
- 世界自然保護基金(WWF)
が提出した世界自然保全戦略の文書の中で初めて、持続可能な開発という言葉が公式に用いられました。
【1984年〜1987年2月】「持続可能な開発」の言葉が世界へ
1984年に当時ノルウェーの首相であったブルントラント氏を委員長とする国連ブルントラント委員会が設置されました。
1987年の委員会後にまとめられた報告書「Our Common Future」の中で、持続可能な概念が取り上げられ、世界に周知されるようになりました。(※2)
その概念とは、「環境保全と開発の関係について 将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」を意味し、その後の地球環境保全を進める上で重要な言葉となりました。
【1992年】教育の重要性が問われた地球サミット
1992年に、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにて、地球環境の保全と開発をテーマにした国際会議が設けられ、世界172カ国の代表や首相が参加しました。
この地球サミットが設けられた背景を簡単に説明しましょう。
地球サミットの背景その1:国連の課題の変化
1945年に国連が発足されて以降、世界の課題として人権、戦争、平和、経済についてを中心に話し合われてきましたが、1970年代に入ると地球環境も大きなテーマとして上がり始めました。
国連が環境保全に目を向けはじめるターニングポイントとなったのが1972年に新たに発足しれた国連環境計画(UNEP)です。
地球サミットの背景その2:1988年 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の設置
国連環境計画(UNEP)と協同して世界気象機関(WMO)が設置したのは気候変動に関する組織、IPCCと呼ばれる政府間パネルです。
現在世界共通の課題となっている温室効果ガス削減による気候変動対策ですが、1988年の時点で、「科学的不確実性はあるものの、気候変動が生じる恐れは否定できない」と一部の専門家から指摘されはじめてきたのです。
地球サミットの背景その3:1992年地球サミット(国連環境開発会議)開催。教育の重要性が明記される
温室効果ガスが気候に与える影響の指摘を踏まえ、1992年に地球サミットが開催。
こうした背景を経て、地球サミットによって環境分野での国際的な取組みに関する行動計画である「アジェンダ21」が採択され、現在の環境保全や持続可能な開発の考え方のベースができ、同時に教育の重要性も明記されました。
【2002年】 日本が先駆けて「持続可能な開発のための教育(ESD)」を提唱
これらの流れを経て2002年、世界首脳会議であるヨハネスブルグサミットにて、日本政府がESDを提唱しました。
2002年12月「国連持続可能な開発のための教育の10年 DESD」採択
国連会議で、2005年から2014年までの10年間を「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」とし、その中でユネスコがESDの主導機関として任命されました。
【2008年】 教育基本法と学習指導要領の改定で「持続可能な社会の構築」が組み込まれる。
2008年に幼稚園教育要領、小学校・中学校の学習指導要領、翌年には高等学校の指導要領が改定され、「生きる力」の育成が重点に置かれました。(※3)
ESDの概念に沿った教育が実質スタートを切ったのです。
【2012年】 国連会議 リオ+20開催 ESDの促進へ
地球サミットが20周年を迎え、2012年、リオ・デ・ジャネイロで国連持続可能な開発会議「リオ+20」が開催され、ESD促進へと繋がっていきます。
この会議も国連加盟国188カ国が参加した大きなイベント、成果文書として「我々の求める未来」が採択されました。(※4)
リオ+20のテーマは大きくわけて次の2つです。
- グリーン経済への移行
グリーン経済とは、環境に優しい経済を意味する。
UNEP(“Towards a Green Economy”, 2011)によると、「環境へのリスクと生態学的希少性を大幅に減少させながら人々の厚生と社会的公正を改善する経済」と説明される - 持続可能な開発の新たな枠組みづくり
よりグローバルなレベルで環境・経済・社会・教育の持続可能な追求を進める
リオ+20 ESDの促進で合意
「我々が望む未来」の成果文書の中で、教育の重要性が強調され、加盟国は「ESDを促進すること及びDESD以降も持続可能な開発をより積極的に教育に統合していくことを決意すること」に合意をしました。(※5)
【〜2019年】世界でESDの動きが活発化
この間、世界ではESDに関する会議が活発に行われました。
- 2009年
ドイツ 持続可能な開発のための教育(ESD)世界会議 ボン宣言採択 - 2013年
第37回ユネスコ会議「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム」が採択 - 2015年〜2019年 持続可能な開発のための教育(ESD)に関するグローバル・アクション・プログラム」の実施
日本政府が2002年に提唱して始まったESDによって、2019年にESD for 2030年が採択されることが決定しました。
【2019年】ESD for 2030採択へ
第74回国連総会で、ESD for 2030が採択。
ESD for 2030は、持続可能な開発のための教育をさらに推進させるため、SDGs達成年度でもある2030年に向けて決議されたものです。(※6)
このように、ESDは長い歴史の中で築き上げられてきました。今ではSDGsと関連させて、さらに発展させていこうという動きが見られています。
ここからはESDとSDGsの関係を見ていきましょう。
ESDとSDGsの関係
まず、SDGsってなんだったっけ?という方に、SDGsを簡単に説明します。
SDGsは、2030年までに達成すべき17のゴールと169のターゲットから成り立つ国連が掲げた世界共通の目標です。
「あらゆる貧困をなくし、不平等に立ち向かい、陸と海すべての自然環境を守りつつ気候変動を対処しながら、誰ひとり取り残さない」という強い信念を持った内容です。
ESDとの関係
2030年アジェンダの中では、未来を担う子どもたちや若者を「重要な変革の担い手」(critical agents of change)と位置付けています。(※7)
この位置付けは、初等教育、中等教育の段階で、現在起きている社会問題を自分ごと化するマインドを持つ重要性を示しています。
2030年の未来を考えた時、その中核にいるのは今の子どもたちです。
子どもたちがSDGsの本質を理解し、社会問題解決を実践するには、まさにESDの存在が欠かせません。
そのための力を養うために、教育現場では「アクティブラーニング」が重視されています。
アクティブラーニングが登場
アクティブラーニングとは、主体性を大切にする教育です。
従来の授業スタイルといえば、教室で先生が講義をして生徒はそれをただ聞く、というものが主流でした。それに対してアクティブラーニングでは、
- グループディスカッション
- 発見学習
- 体験活動
- ディベート
という生徒主体型のスタイルとなります。
アクティブラーニングのメリット
アクティブラーニングのメリットは、考える力・生きる力といった問題解決のアプローチを習慣化させられることです。
子ども時代にこうした習慣を身につけておくことで、答えのない問題に直面した時でも、最初の一歩を踏み出すことができるようになるでしょう。
筆者の愛読書のひとつ、スティーブン・R・コヴィー氏の名著「 7つの習慣 人格主義の回復」にも主体的であることの重要性が描かれています。
その中で印象的だったのが、インサイドアウトのアプローチです。
まず自分が変わる「インサイドアウト」
例えば予期せぬ事態が起きた時、
- これは環境のせいだ
- 他人のせいだ
と外側に目を向けるのがアウトサイド。
一方で、問題は自分自身の中にある、と考え、まずは自分が変わり主体的に問題を解決するアプローチがインサイドアウトです。
アウトサイドといった外側への依存では、思考が停止し主体的な行動を起こすことができません。アクティブラーニングを通し、インサイドアウトなアプローチを自然に行える力を養うこともまた、社会やそこに暮らす人々の将来の豊かさにつながるのです。
ここまでESDについて大まかな内容を説明してきました。では、ESDは実際の授業の中にどのように組み込まれているのか見ていきましょう。
世界・日本のESDの取り組み事例
ESDの達成、さらにSDGs達成に向けて、世界の事例と日本の事例に分けて紹介します。
ESDの世界の取り組み事例
ここでは世界の事例としてフィンランドをピックアップしました。
自然と主体性を育む教育
フィンランドの教育は世界一と呼ばれている理由のひとつに、アクティブラーニングの手法を自然と家庭教育の中で習慣化していることが挙げられます。
- 「あなたは、どうしたい?」
- 「あなたは、どう思いますか?」
このような質問を幼い頃から受けることで、自分がどうしたいのか言葉にして人に伝える力が身についていくのでしょう!
ESDの日本の取り組み事例
日本の事例を見る前に、まずは学習指導要領について簡単に説明します。
「新学習指導要領」の改定
日本の学校教育では、全国の教育水準を保つため学習指導要領が設けられており、10年に1度改訂が行われます。(※9)
新しい学習指導要領の中にも順次このESDが組み込まれてきました。
- 小学校:2020年度~
- 中学校:2021年度~
- 高等学校:2022年度~
新学習指導要領の中で、若者は「持続可能な社会の創り手」という言葉で明記されています。
これは、
- 物事を自分ごととして捉えること
- 問題解決に積極的になること
- 協働すること
- 多種多様な考えを取り入れ考えられること
のできる人材を意味し、その育成のために日本各地の学校で、それぞれの土地の特徴を活かしながら持続可能な社会を実現する取り組みが実践され始めています。
これらを踏まえて日本の事例を紹介します。
価値創造の力を持ったリーダーの育成を「創価学園」
東京創価高等学校では、
- 人間力
- 対話力
- 知力
- 社会力
の4つの力を持つ主体性のある生徒の育成に積極的に取り組んでおり、SDGsを意識した独自の教材も開発しています。
1年生では、「世界市民探求プログラム」という、答えのない課題に対し、周りと協力し新たな価値を創造していく力をはぐくむプログラムが導入されています。
さらに関西創価高等学校は、「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」という平和教育の信条を掲げ、世界で活躍するグローバルなリーダーの育成をしています。
この信念は、SDGsの「誰一人取り残さない」という理念と重なるものがあります。
ESDを盛り込んだ「きかんしゃトーマス」
きかんしゃトーマスも、2019年4月から国連協力のもとESD要素を盛り込んだ新シリーズの放送を開始しました。
この中で大きな変化を遂げたのは、キャラクターのジェンダー平等です。
従来のステレオタイプな女の子のイメージを見事に打ち砕き、たくましく力強いキャラクターが登場しています。
ほかにも、
- 環境保護
- 技術開発
- 都市開発
といった要素をストーリーの中に組み込むことで、アニメを通して自然とESDを浸透させています。
このように、未就学児から高校生まであらゆる年代でESDの実践が見られるようになっています。
まとめ
今回は、持続可能な開発のための教育ESDについて解説しました。
ESDは、SDGsの実現を見据えた新たな教育のカタチを示し、さらによりよい未来のための意識、知識、行動、習慣が身に付くものです。
ESDを通して、新たな価値を見いだす人材を育成することで、持続可能な社会が築き上げられるのです!
<参考文献>
※1 日本財団「子どもの貧困対策」
※2 一般財団法人 環境イノベーション情報機構「環境用語集 ブルントラント委員会」
※3 文部科学省「幼稚園教育要領、小・中学校学習指導要領等の改訂のポイント」
※4 外務省「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」
※5 国連広報「リオ+20とその後:持続可能な未来に向かって」
※6 文部科学省「持続可能な開発のための教育:SDGs達成に向けて(ESD for 2030)」について ~第74回国連総会における決議採択~」
※7 文部科学省「SDGs達成の担い手育成(ESD)推進事業」
※8 環境省「持続可能な開発のための2030アジェンダ/SDGs」
※9 文部科学省「学習指導要領とは」