#インタビュー

株式会社kitafuku|地域と人のご縁から社会課題の解決へ〜クラフトビールペーパー誕生の秘密に迫る〜

株式会社kitafuku 松坂匠記様 インタビュー

撮影:ateliemily

松坂 匠記(まつざか しょうき)

福岡県北九州市出身。横浜市在住。IT企業にシステムエンジニアとして従事した後、フリーランスとして独立。2019年に株式会社kitafukuを設立。

introduction:

「ブルワリーから廃棄される大量のモルト粕をなんとかしたい。」クラフトビール業界の課題解決の糸口を掴んだのは株式会社kitafuku代表取締役の松坂匠記さん。横浜を起点とする松坂さんの多様な人との繋がりから、モルト粕が「クラフトビールペーパー」として生まれ変わりました。試行錯誤の末に製品化されたクラフトビールペーパーは、日本だけではなく海外からも注目されています。横浜発のアップサイクルの取り組みに迫ります。

※本文中の掲載写真は株式会社kitafuku HPより引用しています。

システムエンジニアから夫婦で起業

–初めに事業概要について教えていただけますか。

松坂さん:

弊社は、北海道出身の妻と、福岡県出身の私の2人で経営しています。お互いの地元を大切にしながら、今拠点にしている横浜の地域も大切にしたい思いを込めて、「地域の社会課題を二人三脚で解決する」というビジョンを掲げて活動している会社です。

主な事業としては、情報通信業と「クラフトビールペーパー」というアップサイクルの再生紙の製造開発・企画・販売を行っています。

私と妻は、元々システムエンジニアだったこともあり、企業のお悩みをITの力で解決する事業を中心に展開しております。

クラフトビールペーパーの事業に関しては、クラフトビールを製造する過程で廃棄になるモルト粕を活用したアップサイクル再生紙作りに、開発から製造まで一貫して取り組んでいます。

–ユニークな経歴をお持ちですが、なぜ起業したのですか。

松坂さん:

前職では、自分が元々やりたかった事と、これからやりたいことのギャップが少しずつ生まれてきて、組織の中では実現が難しいと感じたことが大きな理由ですね。

元々は医療案件のシステムエンジニアとして、診療を効率化させて、1人でも多くの患者さんを救いたいと思って働いていました。

実際に臨床の現場に立ち会うこともありましたが、患者さんがかなり多く、お医者さんを取り巻く現場は逼迫しているのを目の当たりにしました。その頃から、必要な人に必要な分だけの医療を届け、予防医療にも挑戦したい思いが芽生えていたんです。

その思いを実現するには、地域との関わりやコミュニティ、正しい医療知識などが必要となると感じ、起業の道を選びました。

起業後は、コミュニティづくりや地域の関わりを増やすために試行錯誤を繰り返しながら、今の事業内容に至っています。

–社会課題には興味があったのでしょうか。

松坂さん:

私は、福岡県の北九州市で育ったので、環境に対する意識や視点が自然に身についたのだと思います。北九州市は、八幡製鉄所に代表されるように製鉄が盛んで、工業地帯として発展してきました。一方、環境問題でもかなり話題になった土地でもあります。市民の力で、海や川をきれいにしたり、ゴミの分別を徹底したり、リサイクルできるものはリサイクルをしたりして、積極的に環境問題の解決に取り組んでいる地域でした。

起業してからは、SDGsやエコについて話題に上る中で、自分たちが取り組んで解決できそうなことを探していた部分もありますね。

モルト粕の廃棄は横浜のクラフトビール業界の大きな課題だった

–クラフトビールペーパーはどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。

松坂さん:

クラフトビール業界には、「ビールを通じてまちづくりを行いたい」という思いを持った方が多くいます。そこで、弊社が掲げる「地域の課題を二人三脚で解決する」というビジョンをもとにお役に立てることはないかと思い、株式会社横浜ビールの方にお話を伺ったのが始まりです。

そこでのお話によると「クラフトビール業界にとっては、食品ロスや食品残渣廃棄の問題よりも、クラフトビールを作るときに出るモルト粕の処理の方が課題となっている」との事でした。

モルト粕を農地にまく、家畜の飼料にするといった選択肢もありますが、横浜のブルワリーの近くには農場が少ないこともあり、モルト粕を再利用できる方法はかなり限られています。

また、小規模のブルワリーでは、モルト粕を飼料にするための脱水・乾燥設備を導入することも難しく、場所や事業の制限から、仕方なく産業廃棄物として焼却処分されていました。でもこれには数万円から数十万円というお金がかかっていて、ブルワリーの負担になっていたんです。

その課題を聞いた時、「廃棄になった米を紙に混ぜる事業をされている『株式会社ペーパル』なら、モルト粕を紙にできるのではないか」とひらめきました。

前職の同僚である矢田さんは、株式会社ペーパルの取締役をされていて、開発が後半段階だということを知っていました。過去に、「2人で将来何か一緒にできたらいいね」と話していたこともあり、早速「横浜ビールさんのモルト粕を紙に混ぜる実験」をお願いして、クラフトビールペーパーが生まれました。

–どうやってモルト粕を紙にするのですか。

松坂さん:

まずはビールを製造する過程で出てくるモルト粕をかき出して冷まします。大体60℃から70℃くらいの熱を持っているんですよ。その後、近い製紙工場であれば直接持っていきます。遠方であれば、どうしても現時点では配送が必要になってしまうのでクール便やチルド便で送っています。

開発当初は、モルト粕の性質を理解しきれておらず、紙を作る前段階でよく失敗していました。モルト粕は有機物なので、仕込み後の60℃や70℃の状態で放置していると発酵が進み、匂いがきつくなってしまいます。また濡れている状態なので、カビも生えてきますが、そうなってしまったら生産ラインに投入できません。

そこで、モルト粕を脱水・乾燥させてから工場に持っていくようにしたのですが、今度は異物混入の工程で壁に当たりました。

製紙工場で通常の紙を作る場合、前処理の段階で異物混入を防がなければなりません。モルト粕はそもそも異物なので、通常の処理をすると全て取り除かれてしまうのです。

試行錯誤して紙にはなったものの、結果的にモルト粕が全然入っていない紙になってしまいました。「混抄(こんしょう)率1%」だと、1トンの紙を作っても、モルト粕10kgしか入っていない。これはアップサイクルとして疑問を感じますよね。

逆にモルト粕を入れすぎると、紙の表面にモルト粕がたくさん浮き出てしまって、印刷ができない紙になってしまいます。印刷会社も印刷を引き受けてくれない可能性があります。

こうして調整を重ねた末、モルト粕の風合いを残しつつ印刷可能な紙にするには、混抄率6%が現状最適な割合だという結論に至りました。印刷会社にもこの割合で作った紙なら引き受けてもらえますし、家庭用のレーザープリンターでも印刷できます。

–一筋縄ではいかなかったのですね。完成後の周囲の反応はいかがでしたか。

松坂さん:

お金をかけて処分していたモルト粕を弊社が無償で引き取り、なおかつアップサイクルで価値のある製品に戻せるというところに多くのブルワリーから価値を感じていただきました。

当初は小ロットで生産していたのですが、プレスリリースを発信した後に、全国のブルワリーからお問い合わせをいただいたのです。「私たちも困ってます」「具体的に話を聞きたいです」「どうやったら引き取ってもらえますか」という反応から、ブルワリーが頭を悩ませていることをひしひしと感じました。

現在北は北海道から南は沖縄まで、多くのブルワリーからお問い合わせをいただいている状況です。

業界の中で使ってもらうことで広がり続けるクラフトビールペーパー

–クラフトビールペーパーの特徴やお客様からの反応について教えてください。

松坂さん:

再生紙といえば、ペラペラの紙をイメージされる方が多いと思いますが、手触りなど品質にはこだわって作っています。クラフトビールを飲みに来るお客様は、クラフトビールの品質やデザインにこだわっている方が多いので、クラフトビールペーパーでも品質の向上を追求していますね。

他の再生紙との違いは、クラフトビールのアップサイクルのストーリーを伝えられる点にあると思います。

例えば、ビールを扱っている飲食店やブルワリー、クラフトビールのイベントでは、ノベルティーや飲み比べセットのカップホルダーなど、ビールという文脈で多くのお客様の手に取っていただけるのがこの製品の特徴です。他の素材の再生紙とは、マーケットの棲み分けができているのではないでしょうか。

NUMBER NINE BREWERY(ナンバー ナイン ブリュワリー)さんが入っている、QUAYS pacific grill(キーズ パシフィック グリル)では、ビールのメニュー表にご活用いただいています。ビールのメニュー表って、シーズンによって変わるので印刷は都度ブルワリーで行っています。

その他、ギフトボックスやコースター、名刺によく使っていただいています。名刺交換をされるときに、「とても品質が良いですね」とお声かけいただけることが多いようです。

クラフトビールペーパーは、お客様に使ってもらうことで価値が生まれていきます。そこをご理解いただいて使っていただいてるのが本当にありがたいです。

勢いが出てきてはいるものの、クラフトビール業界の市場はまだまだ小さいので、みんなで業界を盛り上げていこうという空気感があります。極端な話、おいしいビールが作れたら、そのノウハウを惜しみなく他のブルワリーにも共有するような、みんなでクラフトビール文化を作っていこうという空気があるんです。

横浜ビールさんは、横浜界隈で一番の老舗ブルワリーなんですが、「横浜を乾杯の街に、クラフトビールの街にしていこう」と、業界みんなでクラフトビール界隈を盛り上げる取り組みをされています。

横浜ビールでの事例を他のブルワリーが聞きに来ることもあり、その一環で弊社の製品を紹介していただき、問い合わせにも繋がっています。

このように横浜の地域性が認知拡大の大きな成功要因になっていますね。

例えば横浜で名刺交換をする際、横浜ビールさんやナンバーナインブルワリーさん、レボブルーイングさんなど地域のお店からモルト粕を回収していることを相手に伝えると「あそこのクラフトビール好きだから私もこの名刺にしたい」と言ってもらえることもあります。

また、ナンバーナインブルワリーさんのクラフトビールを飲みに来たお客さんが、たまたまギフトボックスをもらって「この紙いいですね」と言ってくださったことから、弊社を紹介してくれたこともあり、同業者だけでなくお客様にもクラフトビールペーパーが浸透していると感じます。

全国的にも、地域にまつわるイベントが最近増えてきているので、地域に根付くクラフトビールが求められていますね。

横浜発のアップサイクルを日本全国、そして海外へ

–様々な人との繋がりからクラフトビールペーパーが生まれ、広がっているのですね。

松坂さん:

そうですね。最初にクラフトビールペーパーの製紙を相談したペーパルの矢田さんとは元々フットサル仲間で、当時はお互い会社を辞めるつもりもなかったでしょうし、こんな形で今になって協業するとは思ってもみなかったですね。

ペーパルさんは関西の企業なのですが、彼らの取り組みに興味をもった滋賀県立彦根東高校のサイエンスグローバル部ともご縁が繋がり、現在一緒に製品づくりにチャレンジしているんです。

彦根東高校では、ただ学ぶだけではなく、自分たちも実際に手を動かしながら社会課題の解決に取り組んでいるのですが、社会課題を調査をするなかで、モルト粕の課題を発見したとのことでした。

彼らは、彦根のモルト粕からできたクラフトビールペーパーで何か文房具が作れないかと考えました。「高校生でも名刺が作れないか」「受験生だからノートが必要だ」とディスカッションを重ね、新商品のアイディアを提案してくれたのです。

高校生ってビール飲めないじゃないですか。未成年でも、クラフトビールに入り込めるところに大きな付加価値があると思っています。「クラフトビールを通してまちづくりを行いたい」と掲げている中で、これまでアプローチできていなかった世代にも届きやすい製品が生まれていることが面白いですね。

実は、最初に横浜ビールさんを紹介してくれた方は、たまたま知り合った横浜のデザイナーさんなんですよ。その方も妻と同じ旭川出身という共通点があり、全然仕事とは関係なく、「家のリフォームするから壁をはがしに手伝いに来ませんか」とお誘いしてもらい行ったのが初対面でした。

その後、同じ横浜が拠点ということから「何か一緒にできることないですかね?」と話をしたら、このクラフトビールペーパーのお仕事につながったという経緯があります。

クラフトビールペーパーのロゴも制作していただきましたし、課題解決に向けて、提案やアイディアを出してくれるので、今ではとても良いパートナーです!

–今後の展望について教えてください。

松坂さん:

まずは、このアップサイクルの取り組みを、横浜から全国に広めていきたいと思っています。今、クラフトビール市場は著しく伸びていて、ブルワリーも勢いがあります。その分、地域のビールを楽しめる機会は増えていきますが、やはり環境への配慮が懸念されると思います。

直近では神奈川のお隣、静岡も地元をクラフトビールの街にしようと取り組んでいます。「クラフトビール業界で使っている紙といえば、クラフトビールペーパーだよね」と認知してもらえるようにイメージを定着させていきたいですね。

次に、印刷会社さんやデザイン会社さんとの連携の強化です。クラフトビールペーパーに印刷できることがもっと認知されれば、地場の印刷会社さんに、地域で生産・加工した紙を地域で使う地産地消の循環ができるのではないかと思います。

そして、海外展開ですね。すでに海外からも取材や問い合わせをいただいていて、ドイツの公共放送であるDW(Deutsche Welle:ドイチェ・ヴェレ)から取材を受けた動画が昨年1月に公開されました。

ドイツはビール大国であると同時にサステナビリティへの関心がすごく高い国ですよね。工業大国として発展してきた国なので、ビールとものづくりという観点で日本のスタートアップ企業である我々に興味を持ってくれたのだと思います。

イタリアのとあるデザイナーさんは、実際に弊社のクラフトビールペーパーを買ってくれています。購入いただいた紙は、ビールイベントのポスターに使われていると聞きました。

現在、サステナブルへの関心が高いヨーロッパやアメリカに向けたビジネスモデルを作っています。現地のビールのモルト粕を、現地で紙にしていくのが理想ですが、まずは日本で作ったクラフトビールペーパーの販売から海外に進出していきたいですね。

–横浜発のクラフトビールペーパーが世界に広まるのを楽しみにしています。本日は、貴重なお話をありがとうございました。