真夏の風物詩といえば、甲子園球場で行われる高校野球を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。海に近い甲子園ならではの現象として知られているのが「浜風」です。一塁側から三塁側に吹く風は、打球によって追い風にも向かい風にもなるため、ゲームにも大きな影響を与えます。
この「浜風」は、海陸風の一種です。良く晴れた夏の日によく見られる気象現象で、私たちにとって身近なものでもあります。今回は、海陸風の特徴や仕組み、私たちの暮らしへの影響、よく発生する季節や季節風との違いについて解説します。興味がある方は、ぜひ、参考にしてください。
海陸風とは
海陸風とは、海陸の気温差によって生じる風で、沿岸部で観測されます。昼夜で風の方向が反転し、日中は海岸から内陸へ、夜間は内陸から海洋に吹くという特徴を持ちます*1)。日中に海岸から内陸に吹く風を「海風(うみかぜ)」、夜間に内陸から海岸に吹く風を「陸風(陸風)」ともいいます。
海風から陸風に、あるいは、陸風から海風に交代する際に一時的に海陸風が止まるときに生じるのが無風状態の「凪」です。
【朝凪と夕凪】
時間帯 | 凪の名称 | タイミング |
朝 | 朝凪 | 陸風→海風になるとき |
夜 | 夕凪 | 海風→陸風になるとき |
海陸風は局地的に吹く風の一種
地理では、風を3つに分けて考えます。
【風の種類】
風の分類 | 備考 | 具体例 |
恒常風 | 一年中、一定方向に吹く風 | 偏西風極東風 |
季節風 | 季節によって向きが変わる風 | アジアモンスーン |
局地風 | 比較的狭い地域限定の風 | シロッコミストラルボラやませ |
海陸風は、フェーンや地域限定の風である地方風と同じように限られた範囲で発生する風と考えてよいでしょう*2)。
※世界各地の局地風
局地風の名前 | 国・地域 | 特徴 |
シロッコ*3) | 地中海北岸(北アフリカ) | 高温の南東風サハラ砂漠から吹くはじめは乾燥しているが、地中海を渡ると湿潤になる |
ミストラル*4) | フランス | 冷たく乾燥した北風ローヌ川沿いのに地中海に向けて吹く冬から春にかけて発生 |
ボラ*5) | バルカン半島 | 冷たい乾燥した北東風内陸部から吹く山の斜面を吹きアドリア海に下る |
やませ*6) | 日本(東北地方・北海道地方) | 夏に吹く冷たい北東風稲作に打撃を与え、冷害の原因となる |
海陸風の特徴
海陸風の特徴は、以下の2つです。
- 地域限定の風
- 季節・天候によって発生頻度が違う風
それぞれの内容について見てみましょう。
地域限定である
海陸風は、沿岸部で規則的に吹く風として知られていますが、その影響範囲は地球全体に及ぶような広範囲なものではなく、あくまで地域限定の現象です。
海陸風の発生メカニズムは、太陽熱によって暖まりやすい陸地と、暖まりにくい海との温度差によって生まれます。このため、海陸風の影響は海岸線から十数キロ程度と限定的です。ただし、熱帯地方のように太陽熱が強く、陸地と海の温度差が大きくなる地域では、その影響範囲は広がり、海岸線から100キロ離れた場所でも観測されることがあります*7)。
さらに、緯度や天候、海岸の地形、季節、地表面の状態といった様々な要因によって、海陸風の吹き方は変化します。これらの要素が複雑に絡み合うことで、海陸風は地域ごとに異なる特徴を持つ、局地的な風と言えるのです*7)。
季節・天候によって発生頻度が違う
日本を含む温帯地方の場合、海陸風が最もよく観測されるのは夏です。春や秋にも観測されますが、冬に発生するのはまれです*1)。また、天候によっても発生頻度が異なります。最もよく観測されるのは晴天時で、気圧の傾きが小さいとよりはっきりと観測できます*8)。
海陸風が起こる仕組み
海陸風は、海と陸地の温度差によって生まれる風です。
【海陸風の仕組み】
太陽の光が降り注ぐ昼間は、陸地の方が海よりも温まりやすいため、陸上の空気は温められ、膨張して密度が小さくなります。密度が小さくなった空気は、周囲の低い温度の空気よりも軽くなるため上昇するのです*10)。
すると、上昇した空気を補うように、海の上から比較的冷たい風が陸地に向かって吹き込みます。これが海風です。
一方、夜になると、海の方が陸地よりもゆっくりと冷えていくため、今度は海上の空気の方が陸地上の空気よりも温度が高くなります。すると、温かい海上の空気は膨張して軽くなり、上昇し始めます。この上昇気流によって空気が薄くなった海上には、それを埋めるように陸地から冷たい風が吹き込んできます。これが陸風です。
このように、海陸風は昼と夜で風向きが逆になるのが特徴です。海陸風は、昼は海から陸へ、夜は陸から海へと、規則的に風向きが変化するのです。
瀬戸内海の海陸風
瀬戸内海沿岸において海陸風が顕著に見られる理由は、地形的な特徴と深く関係しています。この地域は北側に中国山地、南側に四国山地という二つの山地に挟まれた地形となっています。
【瀬戸内海周辺の地形】
二つの山地は、夏季と冬季に吹く季節風を遮る役割を果たしており、その結果として季節風の影響力が大幅に弱められています。
季節風の影響が弱まることで、海と陸との間の気圧差によって生じる局地的な風である海陸風が発達しやすい環境が整っています。こうした地形条件により、昼夜の温度差に応じて陸から海へ、また海から陸へと規則正しく風向きが変化する海陸風がはっきりと現れやすくなっているのです*12)。
海陸風による影響
海陸風が吹くことで、私たちの生活は様々な影響を受けます。ここでは、温度変化の緩和について詳しく解説します。
温度変化の緩和
海陸風は沿岸部の温度変化を緩やかにする重要な自然現象です。海陸風は日中と夜間で異なる風の動きとなっているため、気温の急激な変化を防いでいます。
日中、太陽の熱で陸地が暖められると、その上の空気が上昇します。すると、比較的温度の低い海上の空気が陸地に向かって流れ込みます。これが海風です。この海風によって、陸地の気温上昇が抑えられます。特に海水温が低い地域では、この冷却効果が顕著に表れます。
千葉県南部に位置する勝浦市は、この海陸風の効果が顕著に表れる地域として知られています。勝浦市の沖合は、陸から数キロの場所でも水深が100メートルほどあるため、冷たい海底の水によって海水温が低い状態です。
この自然の空調効果により、勝浦市では1906年以降、猛暑日を一度も記録していません。この気候特性を活かして、勝浦市では夏季の観光客誘致に成功しており、夏のハイシーズンには駐車場が不足するほどの人気を集めています*13)。
夜間になると状況が逆転します。陸地は海水よりも早く冷えるため、陸地上の冷えた空気は密度が高くなり、海上へと流れ出します。これが陸風です。この時、比較的温かい海上の空気が陸地側に流れ込むことで、夜間の急激な気温低下が防がれます。
海陸風は、昼夜を通じて陸地と海の間で熱を循環させることで、沿岸部の気温変化を緩やかにする調整機能を果たしています。
海陸風に関してよくある疑問
日常生活の中で感じる「海風」や「陸風」ですが、その仕組みについて疑問に思うことは多いのではないでしょうか。季節や時間帯によって変化する風の性質、似たような名前を持つ風との違いなど、基本的な疑問点について詳しく解説していきます。
発生する季節は?
海陸風は季節によって発生頻度が大きく異なり、特に夏季にはっきりとみられる現象です。例えば、関東地方では、夏の晴れた日に東京湾から吹き込む海風が、さいたま市や川越市といった内陸部まで約40キロにわたって影響を及ぼします。
夏に海陸風が発生しやすい理由は、太陽高度が年間で最も高くなり、陸地が十分に暖められるためです。一方で、春や秋にも海陸風は観察されますが、夏ほどの発生頻度や強さではありません。
春や秋は、太陽高度が夏に比べて低く、陸地の温度上昇が相対的に小さいことが影響しています。また、冬季には気温が低く、陸地と海面の温度差が小さいため、海陸風の発生はまれとなります。
このように、海陸風は太陽の高度と密接に関係しながら、季節によって異なる出現パターンを示すのです。
季節風との違いは?
海陸風と季節風は、仕組みは似ていますが、規模が全く異なります。季節風(モンスーン)とは、季節によって吹く方向が変わる風です。季節風が発生する原因は、大陸と海洋の気温差にあります*14)。
【ミニコラム】季節風を発見したのは古代ローマ時代のヒッパロス
季節風を発見したのは古代ローマの商人であるヒッパロスです。彼は、アラビア人からインド洋に吹く季節風に関する知識を教わり、紅海とインド洋を結ぶ航路の開拓に成功しました。そのため、季節風は「ヒッパロスの風」と呼ばれました。
夏は大陸が暖まりやすくなるため、海洋から大陸に向けて季節風が吹きます。日本周辺の場合、太平洋から暖かく湿った南東の風が日本列島に向けて吹付けるのです。
また、日本付近の季節風は夏と冬で異なります。
【夏と冬の季節風】
地図を見てわかるように、夏は太平洋側から日本列島に向けて南東の風が吹きます。一方、冬はユーラシア大陸から日本海を経て、日本列島に北東の風が吹きつけます。
海を渡る風は湿度が高くなるため、夏の季節風も冬の季節風も雨をもたらします。冬の日本海側を例として、冬に日本海側で降雪量が増える理由を見てみましょう。
【北西の季節風が日本海側に大雪をもたらす仕組み】
冬は、大陸の気温が低いため空気が冷やされて重くなり、より暖かい日本海に向けて吹きます。季節風が日本海を渡るとき、熱や水蒸気を吸収して雲が発達します。さらに、季節風が奥羽山脈や日本アルプス、中国山地などの脊梁山脈にぶつかることで大規模な雪雲が発生し、日本海側に大雪をもたらします。
季節風の影響は、北海道・東北地方の日本海側、北陸地方、山陰地方、九州北部など広範囲に及ぶため、海陸風よりも大きな影響を与えます。農業に与える影響も大規模で、日本海側の稲作は冬の降雪量の影響を大きく受けています。
このように、海陸風と季節風は、メカニズムこそ似ていますが、規模や影響はかなり違うといってよいでしょう。
山谷風との違いは?
山谷風(やまたにかぜ)は、山岳地帯に見られる局地風の一種で、昼夜で風向きが逆転するのが特徴です。日中は、太陽光によって山の斜面が温められます。すると、斜面付近の空気も暖められて軽くなり、上昇気流となって谷底から山頂に向かって吹き上がります。これが谷風です。
一方、夜は放射冷却によって山の斜面や谷間の空気が冷やされます。すると、空気は冷えて重くなり、高所の山頂付近から低所の谷底に向かって下降気流が生じます。これが山風です。このように、山谷風は昼夜の気温差によって生じる空気の密度変化が原因で発生します*17)。
斜面と谷底の気温差によって風が吹くというメカニズムは海陸風と同じです。しかし、山谷風が内陸の産地で起きる現象であるのに対し、海陸風は沿岸部で見られる現象であるという点で違いがあります。つまり、発生場所が異なるのです。
海陸風とSDGs
海陸風は、自然現象の一つです。この現象は、人間によって作り出されたものではありませんが、うまく取り入れることでより快適な生活を営むことができます。ここでは、海陸風と目標11「住み続けられるまちづくり」との関わりを紹介します。
SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」との関わり
SDGs目標11は、都市部の環境改善を主要な課題として取り組んでいます。現代社会では、世界的に都市部への人口集中が著しく進行しており、2015年時点ですでに世界の総人口の半数以上となる約40億人が都市部で生活をしています*18)。
特に東京は、2025年まで世界最大の都市人口を維持すると予測されています。さらに、首都圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)には、日本の総人口の約3割が集中している状況です。東京を含む大都市は、様々な問題を抱えています*18)。
そうした問題の一つが「ヒートアイランド現象」です。ヒートアイランド現象とは、都市の気温が周囲よりも高くなる現象のことです。ヒートアイランド現象による温度上昇を和らげる方法の一つとして、海陸風を利用した「風の道」の活用があります。
【首都圏の海陸風】
具体的には、沿岸部から内陸部をつなぐ開放的な空間の確保が考えられます。(※現状では、河川の活用や街路・緑地を利用した風の通り道の確保が課題です*19)。)
このように、河川の活用や街路・緑地の計画的な整備などを進めることで、自然の力を使って都市の熱を抑えることができます。
まとめ
今回は「海陸風」について解説しました。海陸風は、地球上の自然現象の中でも身近な局地風の一つです。この風は、陸地と海の温度差によって生じ、昼夜で風向きが逆転するという特徴的な性質を持っています。沿岸部の気温変化を緩和する役割を担い、私たちの生活環境に大きな影響を与えています。
特に夏季に顕著に観察され、その影響は気候条件や地形によって変化します。海陸風は、ヒートアイランド現象を抑える役割が期待されています。SDGs目標11の目標達成のための都市計画でも、この自然の力を活用した環境改善策として注目されており、上手く活用することで、都市空間をより快適にできるのではないでしょうか。
参考
*1)日本大百科全書(ニッポニカ)「海陸風」
*2)デジタル大辞泉「局地風」
*3)デジタル大辞泉「シロッコ」
*4)デジタル大辞泉「ミストラル」
*5)デジタル大辞泉「ボラ」
*6)日本大百科全書「やませ」
*7)百科事典マイペディア「海陸風」
*8)気象庁「風向に関する用語」
*9)気象庁「気圧配置 気圧・高気圧・低気圧に関する用語」
*10)NHK「熱気球を飛ばそう!~空気と温度~」
*11)気象庁「四国の天候」
*12)環境省「せとうちネット」
*13)NHK「奥日光並みの涼しさ!? 千葉県勝浦市 その理由は“海底”! 温泉・宿泊施設が続々オープンも…気になる点が」
*14)日本大百科全書(ニッポニカ)「季節風」
*15)気象庁「東北地方の気候~四季の天気~」
*16)デジタル大辞泉「脊梁山脈」
*17)デジタル大辞泉「山谷風」
*18)総務省「令和2年版 情報通信白書」
*19)国土交通省「ヒートアイランド現象緩和に向けた 都市づくりガイドライン」