世界が「カーボンニュートラル」※を目指す中、効果的な温室効果ガス排出量削減に取り組むには「LCA(ライフサイクルアセスメント)」が欠かせないと言われています。LCAとはどのようにカーボンニュートラルに貢献するものなのでしょうか?LCAについて知識を深め、注目されている背景、メリット、デメリット・問題点、SDGsとの関係を確認して、あなたが買い物をする際などに、選択の参考にしましょう!
目次
LCAとは
「LCA」とは、Life Cycle Assessmentの略語で、日本語でも「ライフサイクルアセスメント」と呼ばれます。LCAは商品・サービスの原材料調達から、製造・使用・廃棄に至るまでのライフサイクル全体を通して、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量や、環境への負荷を定量的に算定する手法のことです。
【LCAとは】
今、世界ではカーボンニュートラルを目指して様々な取り組みを推進しています。企業や製品・サービスには「環境に配慮しているか」についての情報を開示することが求められるようになりました。
近年、「カーボンフットプリント」(後述)が表示された商品も増加し、企業だけでなく消費者の間でも、環境への意識が高まり「自分の生活に関わる温室効果ガスの排出量を減らしたい」と思う人が増えています。
カーボンフットプリント(CFP)とは
【カーボンフットプリントが表示されたビール】
「カーボンフットプリント」は、Carbon Footprint of Productsのイニシャルをとって、「CFP」とも呼ばれます。商品・サービスにかかる原材料調達から、製造、販売、利用、廃棄、リサイクルなど、全体を通して排出される温室効果ガスをCO2に換算し、商品やサービスにわかりやすく表示する仕組みです。
【CFP(カーボンフットプリント)とは】
商品の生産やサービスを提供する企業とそれを利用する消費者の間で、温室効果ガスの排出量を「可視化(見える化)」することにより、環境問題への取り組みなどへの関心を高めます。また、企業がサプライチェーンでつながる他の企業と協力して、温室効果ガスの排出量削減を推進するきっかけになることも期待できます。
LCAとCFPの違い
LCA(ライフサイクルアセスメント)とCFP(カーボンフットプリント)の説明を読んで、「同じことをしているように感じるけれど何が違うんだろう?」と思った人もいると思います。簡単に言うと、
- LCA=カーボンフットプリントを算定する手法
- CFT=LCAによって算定されるモノやサービスのライフサイクル全体で排出されるの量
という違いです。つまり、LCAの手法を使ってCFPを算定するということです。
主にエネルギーや産業分野で活用されている
社会全体で温室効果ガスの排出量を削減するためには、「どこで・どれくらい排出されているか」を明確にする必要があります。そもそも温室効果ガス削減の努力をしない状態で排出されている量が正確にわからなければ、削減の努力をしたのちの削減量も正確にはわかりません。
また、「サーキュラーエコノミー」※を目指すにあたって、何でもかんでもリサイクルすれば良いという訳ではなく、リサイクルにかかる
- CO2排出量
- エネルギー消費量
- コスト
などを考慮した上で、経済成長と便利な生活を妨げないものから優先的に取り組む必要があります。代表的な例が、自動車業界です。
【関連記事】サーキュラーエコノミーとは?企業の取り組み事例や課題を解説
【サーキュラーエコノミー】
近年、EUを中心とした世界中の多くの国が「ガソリン車生産禁止」「全車EV(電気自動車)化」などを次々と宣言し、EVの導入割合の伸びがEU諸国ほど顕著でない日本は非難されたことがありました。
しかし、EVの導入を急いだ諸国では、しばらくして
- 電気の供給が止まった時、混乱が甚大
- EV急増のための電力供給に化石燃料で発電してCO2削減効果が下がる
- 長距離移動では途中何度も充電しなければならないEVは効率が悪い※
- EVの命ともいえるリチウムイオンバッテリーの材料価格の高騰
- リチウムイオンバッテリー原材料調達に関する環境・人権問題※
- リチウムイオンバッテリーはリサイクルコストが高い
など、多数の問題が浮上しています。また、HV(ハイブリッド車)やPHV(プラグインハイブリッド車)※についても、主にこれらEV導入を急いだ諸国から、日本の生産継続について否定的な意見が出ていました。
【ガソリン車とEVのライフサイクルにおける温室効果ガス排出量】
しかし、上のグラフからもわかるように、LCAによるライフサイクル全体のCO2排出量で比較すると、ガソリン車に比べてEVが圧倒的に劣っているわけではなく、EVの「走行時にCO2を排出しない」面だけを見て比較すると、判断を間違うことになります。
上のグラフのLCA評価から、
- ガソリン車は走行時のCO2排出量が削減できれば環境負荷が大幅に低減できる
- EVは使用する電気の発電方法がCO2排出量に大きく影響する
- リサイクル時のCO2排出量はEVの方が多い
など、走行時のCO2排出量からは見えないことが明らかになります。
【関連記事】EV車(電気自動車)のメリット・デメリット、選び方|国産・外国車種別おすすめ6選
【各発電方法のライフサイクルCO2排出量】
このグラフは、発電方法ごとのLCA評価によるCO2排出量です。火力発電のCO2排出量が圧倒的にそのほかの発電方法より多いことがわかります。
温室効果ガスの排出量は
- モノやサービスに係る全体の排出量
- それぞれの排出源ごとの排出量と全体の排出量に占める割合
など、広い範囲・多角的な視点で考えることが効率的な削減につながります。LCAはこのどちらを知るにも重要な手法です。
次の章では、LCAが注目されている背景を見ながら、現代の環境対策や経済の流れについて確認しましょう。*1)
LCAが注目されている背景
日本では2001年に施行された「循環型社会形成基本法」※で、すでに生産者が製造段階だけでなく、使用後の環境負荷(=適切なリサイクルや廃棄)についても一定の責任を負うことが定められました。その後、世界的な環境への意識のさらなる高まりや研究・議論の前進にともない、原材料の調達から始まりリサイクル・廃棄までに発生する全ての環境負荷を考慮した定量的な算出方法が必要となり、LCAが生まれました。
「どの手段が本当に環境への負荷を低減するのか?」を追求する上で、1つのモノやサービスに関わる環境への負荷は、製造時やリサイクル・廃棄時に発生する温室効果ガスの排出だけでなく、
- 原材料調達
- 輸送・保管
- 消費・利用
- 不要になった後の回収
など、全てにおいての環境負荷を考慮しなければ、適切な選択はできません。また、「サステナブルファイナンス」※の広がりから、企業のSDGs※やESG※への取り組み情報を開示することが重要になりました。
一方で企業の活動を事実がともなっていないのに、環境に貢献しているように見せかける「グリーンウォッシュ」※などの問題も浮上し、正しく環境への影響を評価する手段として、LCAは注目されています。
断片的データや消費者がわかりにくい表現・解釈を使って企業の活動や製品・サービスを環境に配慮しているように見せかける行為はまだ存在します。LCAの基準や考え方を社会に浸透させることによって、投資家や消費者がグリーンウォッシュに騙されない市場を構築する効果もあるのです。
【関連記事】サステナブルファイナンスとは?ESGとの違い、メリット・デメリット、事例を解説
【関連記事】ESG投資とは?仕組みや種類、メリット・デメリット・問題点、企業の取り組み事例
【関連記事】グリーンウォッシュとは?具体例と日本企業でもできる対策・SDGsの関係
地球温暖化対策推進法(温対法)
LCAが注目される背景には、地球温暖化対策推進法も関係しています。
「地球温暖化対策推進法(温対法)」とは、1997年の「京都議定書」※採択を受け、事業者に温室効果ガスの排出量算定・報告・公表制度などを定めた法律です。温室効果ガスを排出する企業が自らの排出量を算定・認識することにより、自主的な排出量削減のための取り組みを促すために1998年に成立しました。
報告義務があるのは「特定排出者」と呼ばれる
- 年間のエネルギー使用量が一定基準を超える事業者
- 「省エネ法」※の特定貨物輸送事業者
- 特定荷主(荷物の輸送・保管の依頼主)
- 特定旅客輸送事業者※
- 特定航空輸送事業者※
- 従業員21人以上、温室効果ガス年間排出量がCO2換算で3,000t-CO2以上の事業者
などです。それ以外の企業は報告の義務はありませんが、算定・報告しても構いません。報告が義務付けられる年間エネルギー使用量の規準は、原油換算で1,500kL/年度以上です。
- エネルギーの使用の合理化(省エネの推進)
- 電気需要の平準化(均一・公平化)
- 省エネを推進のための総合的な取り組み
などのために、1979年に制定された。
【省エネ法が規制する分野】
このため、該当する企業はそれぞれのCO2排出量を算定して国に報告しなければならなくなり、これにあたってLCAの重要性が高まりました。日本でも「サプライチェーン排出量」※の算定に取り組む企業も増えています。
カーボンプライシング
次に考えたいのがカーボンプライシングです。「カーボンプライシング」とは、炭素(CO2)に価格をつけ、排出者に排出削減を促す政策手法です。日本では環境省と経済産業省が連携して、経済の成長に有益な制度を設計できるか検討しています。具体的には、
- 炭素税
- 国内排出量取引
- クレジット取り引き
- 炭素国境調整措置※
などがカーボンプライシングに当たります。カーボンプライシングでは、CO2排出量やエネルギーの使用量に応じた税金が課せられたり、CO2排出削減・吸収分をクレジットとして国が認定して市場で取り引きしたりします。
カーボンプライシングを行うにあたっても、正確・公平な算定のためにLCAは欠かせない手法です。
LCAがどのようなものかと注目されている理由がなんとなくわかったところで、次の章ではLCAの手法について、もう少し詳しく見ていきましょう。*2)
LCAの手法
LCAを行うにあたっては、
- 算定方針の検討
- 算定範囲の設定
- 算定
- 検証・報告
- 評価・活用
という手順で行います。使用するデータは、可能な限り「1次データ(実際に測定・計算して得られる値)」が望ましいとされています。しかし現状では輸入の原材料などでは正確なデータを取得するのが困難な場合も多く、「2次データ(論文の値や一般的な平均値など)」を使用することもあります。
この算定の手法には主に
- ISO規格:製品単位の温室効果ガス排出量
- GHGプロトコル:組織単位の温室効果ガス排出量
の2つが使われています。この2つには算定範囲が、製品・サービス単位か組織単位かという違いがあり、ISO規格は製品やサービスに表示するCFPの算定などに、GHGプロトコルはサプライチェーン排出量の測定・国への報告のための算定などに適しています。それぞれ内容を確認していきましょう。
【CFP と Scope1, 2, 3 算定の対象表】
ISO規格
「ISO」とはInternational Organization for Standardizationの略称で、「国際標準化機構」のことです。ISOは、国際的に通用する規格を制定するために活動する、国際連合(経済社会理事会)に認定された機関です。
ISO規格は、国際的な共通基準を作ることにより、国際的な取り引きをスムーズにします。例えば非常口のマークやカードのサイズ、ネジなど、さまざまなものにISOの規格が定められ、世界的に共通な規格に準じて生産されています。
【ISO規格の例】
このようなISO規格の中に、LCAの基準としてCFP算定のための国際規格(ISO14040〜ISO14044)があります。このISO規格は、国際社会にLCAを浸透させるにあたって、大きな役割を果たしています。
このLCAに関するISO規格(ISO14040〜)は、環境ラベルの表示基準(ISO14020〜)とともに「製品のカーボンフットプリント‐算定及びコミュニケーションのための要求事項及び指針(ISO14067)」の要求内容を構成します。また、「ライフサイクルアセスメント・組織に対する追加要求事項及び指針」(ISO/TS14072)として、LCAの組織への適用・報告・比較主張に係る限界などの規定もあります。
【ISO基準に準拠したLCAの枠組み】
GHGプロトコル(GHG Protocol Product Standard)
「GHGプロトコル(GHG Protocol Product Standard)」とは、サプライチェーン全体の温室効果ガス(=GHG)の排出量と削減(除去・吸収も含む)を数値化して、その結果を公表するための要件と指標です。GHGプロトコルはISO規格(ISO1467)の策定メンバーと一部同じメンバーにより策定され、CO2排出量を算定する手法や内容に大きな違いはありません。
ISO規格はGHGプロトコルを規格化するために策定されたもので、GHGプロトコルの方が比較的具体的なステップに基づき算定の方法が記載されています。しかし、繰り返しになりますが、GHGプロトコルの対象範囲は「サプライチェーン全体」という組織全体が排出するCO2の量を算定するのが目的で、LCAは個々の製品・サービスについてのライフサイクルCO2排出量を算定する点で違いがあります。
【GHGプロトコルによる排出量算出のカテゴリ分類】
ISO規格とGHGプロトコルによる温室効果ガス排出量の算定方法は、整合性が取れるように配慮されています。
どんぐり制度
「どんぐり制度」とは、LCAによって温室効果ガスの排出量を算定し、削減に取り組んだ上で減らせなかった排出量を「カーボンオフセット」※する仕組みです。この制度に参加した製品やサービスには「どんぐりマーク」を規定に基づいてつけることができます。
【どんぐり制度の概要】
CDP・TCFD・SBTとの関係
企業の環境への貢献やCO2削減量を算定するLCAとともに、CDP・TCFD・SBTなどの情報開示方法なども利用する企業が増えています。この3つを簡単にまとめると、
- CDP:Carbon Disclosure ProjectからCDPに正式名称を変更
投資家、企業、国家、地域、都市が自らの環境影響を管理するためのグローバルな情報開示システム - TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures
企業の気候関連財務情報を開示する項目・方法などを提言する民間主導のタスクフォース - SBT:Science Based Targets
パリ協定が求める水準と整合した、企業が設定する温室効果ガス削減目標
となります。CDPとTCFDは企業の情報開示のためのシステム、SBTはサプライチェーン排出量の算定・目標の設定のための基準です。
【SBTに参加する日本企業の認定数推移】
世界的にもLCAやCFPの重要性への理解が広がり、CFPが表示された製品・サービスが増加しています。これと同時に、世界各国で企業やサプライチェーン全体のCO2排出量の算定・管理・情報開示への取り組みが活発化し、日本でもこれらの国際的な取り組みに賛同・参加する企業が増えています。
【フランスのCFPスコア表示実証実験のラベル】
EUではフランスがCFPを含む環境フットプリントの表示義務化に向けて動いています。フランスの環境フットプリント表示は2023年中に導入予定で、今後ますますLCAの重要性が高まることが予想されます。
さらにヨーロッパ全域で衣料品と靴の環境フットプリント算定ルールが作られる予定で、サプライチェーンのつながりなどから、このルールは世界中に影響を与えます。ヨーロッパの企業に原材料を輸出する企業やサプライチェーンのつながりがある企業は、近いうちにその輸出品ごとにLCAが求められるようになるでしょう。
つまり「温室効果ガス削減への第一歩は、排出量の正確な把握から」というラインに世界が立ったということです。今後、グローバルなビジネスにおいて、LCAは欠かせない存在になってきます。
世界や日本のLCAに関する流れも把握したところで、次はここまで見てきたLCAについての知識を思い出しながら、メリットをまとめます。*3)
LCAのメリット
LCAが注目されているのは、政府が製品やサービスへのCFPの表示を推進していることも大きな理由です。その他にも、企業や消費者にとってさまざまなメリットがあります。
CO2削減対象の特定
CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量を効果的に削減するためには、それらの排出源の特定が必要です。その製品やサービスに関わるCO2排出源のうち、どこが多く排出しているか特定して、排出削減の対策を検討したり、すぐに削減に取り組める排出源の発見につなげたりします。
効果的に温室効果ガスの排出を削減するためには、排出源ごとにそれぞれの検討が必要です。また、LCAはその製品やサービスの提供に関わる企業同士が、環境への影響についてコミュニケーションの場や協力し合う機会を創出します。
CO2削減への動機づけ
その製品やサービスのライフサイクルには何が関わっていて、それぞれがどれくらい温室効果ガスを排出しているかを把握することで、企業やサプライチェーン全体の削減への動機づけになります。また、これまで値段重視に選定していた原材料や製造過程を見直す機会も提供します。
廃棄やリサイクルによる排出も認識することで、リサイクルしやすい製品の開発やリサイクル技術の向上、廃棄システムの改善などにつながります。
製品・サービスのCFP表示
LCAによって算定した結果を、CFPや環境フットプリントとして製品やサービスに表示することにより、消費者に環境配慮のアピールができます。日本でも近年「エシカル」※な消費を意識する人が多くなり、そのような消費者のニーズに答えることができます。
【エシカル消費についての購買意欲の調査結果】
上の表は、消費者庁が行った、2019年のエシカル消費に関する意識調査の結果です。「これまでに購入したことはないが(エシカルな消費を意識したことはないが)、今後は購入したい」という人までを含めると、ほとんどの人がエシカル消費に対して肯定的な意識を持っていることがわかります。
このように、LCAは社会全体の温室効果ガス削減のために有効な手法というだけでなく、消費者のニーズに応える手法です。また、これまでのサプライチェーンや事業を維持するために、今後より多くの企業がLCAが必要になるでしょう。
大手企業がLCAやサプライチェーン排出量算定に取り組むと、その影響を受けて関係企業も温室効果ガス算定が求められます。これらの取り組みは排出量の数値化・可視化により、温室効果ガス削減への実践的な取り組みを拡大させる効果が期待されます。
環境問題への取り組みの面では多くのメリットがあるLCAですが、まだ開発・検討の余地があり、デメリットや課題もあります。次の章では、このようなLCAのデメリットや問題点を確認しましょう。*4)
LCAのデメリット・問題点
LCAは近年重要性を増し、製品・サービスのCO2排出量を語るにあたっては「ライフサイクルCO2」で考えることがスタンダードになりつつあります。しかし、LCAにはデメリットや解決すべき課題もまだ残されています。
LCAのデメリットや問題点の代表的な例をいくつか紹介します。
LCAの基準を満たすには難易度が高い
LCAでの温室効果ガス排出量算定は、現状ISO規格での検証を行なっている企業もあります。しかし、ISO規格は難易度が高く、認定が取得できるのは一部の企業に限られています。
LCAで算出した排出量の結果は、検証機関の実績や認知度に対外的な信頼性を依存している場合もあります。また、ISO規格の内容についても、さらなる検討の余地があると考えられています。
LCAにはコストがかかる
LCAに取り組むにはコストがかかりますが、製品やサービスの種類によっては、製品・サービス単位の検証は将来的なビジネスの成長につながるかの予測が難しく、LCAに投資すべきかの判断が難しい場合があります。また、製品・サービス単位のLCAに対し、企業が検証を受ける意義を感じにくい分野もあります。
1次データを入手するのが困難な場合がある
製品・サービスによっては原材料を輸入しているなどの理由で、必要な1次データが取得しにくい場合があります。結局は曖昧さが残る算定結果が出ることになったり、競合他社との算出結果からの差別化が効果的にできなかったりすると、企業にとってLCAによる排出量算定を行う意義を感じにくくなってしまいます。
測定・検証できるサービスが少ない
LCAの測定・算出には高度な技術が必要ですが、現状これらのサービスを適量する機関・企業などが限られています。今後、LCAの手法を用いたCFPの表示を普及させるにあたって、このようなサービスの不足は解決しなければなりません。
LCAは現状このようなデメリットや問題点がありますが、取り組む力のある企業から順にLCAが浸透して、効率的な手法や算定に関わる技術開発が進めば、この中の多くのデメリットや問題点は解消されると予測できます。現段階ではハードルが高いLCAですが、この難易度の高さはゆくゆく改善されます。
なぜなら今は力のある企業が中心に取り組んでいるLCAですが、そのような企業につながるサプライチェーンを通じて中小企業にもLCAが必要になり、社会全体に広がっていくからです。ニーズが増えれば、問題解決への推進力も増します。
次の章では、LCAを企業が導入するために何が必要かを実際の事例を見ながら考えます。
LCAを企業が導入するためには
実際にLCAを導入している企業はどのような活動をしているのでしょうか?LCAの算定結果から得られるCFPを商品に表示している事例と、LCAを通じで工場や地域ぐるみの環境問題への取り組み事例を紹介します。
CFP(カーボンフットプリントの表示):日本ハム(株)の事例
商品やサービスにCFP(カーボンフットプリント)を表示することも、LCAへの取り組みの1つです。CFPを表示するにはLCAによるCO2排出量の測定が不可欠だからです。
また、CFPを表示することにより、全体のCO2排出量が明確になることから、企業にとってCO2排出量削減のための的確な改善計画の策定に役立ちます。
【日本ハム:「森の香りロースハム」のLCA】
上の図は日本ハムが販売しているハムに関するLCAの例です。生産されてからも輸送・保管・パッケージの廃棄など、さまざまな場面でCO2が排出されていることがわかります。また、「①材料を作る」では、原材料の調達だけでも
- 原料の生産
- 包装資材の生産
- 輸送
などCO2を排出する場面がいくつもあります。これら原材料の調達部分の排出源ひとつひとつのCO2排出量を算定し合計すると、生産時のCO2排出量よりもかなり多いことも注目すべきポイントです。
世界的に見ると農業分野からのCO2排出量の割合は多く、特に畜産業からのCO2排出量は近年問題になっています。
TOYOTAのLCAへの取り組み事例
トヨタは「自動車の持つマイナス要因を限りなくゼロにする挑戦」をしています。実際にトヨタが次世代環境者の中心的存在として開発したプリウスPHV(プラグインハイブリッド)※は、走行時のCO2排出量を21%削減します。
【自動車のライフサイクル】
【プリウスのライフサイクルCO2】
また、トヨタは自動車の走行時だけでなく、自動車のライフサイクル全体でのCO2排出量削減に取り組んでいます。そして、トヨタのLCAはISO規格に基づく審査・認証を受けています。
LCAによるCO2排出量算定の考え方から、
- ライフサイクルCO2ゼロチャレンジ
をはじめとして、
- 工場CO2ゼロチャレンジ
- 水環境インパクト最小化チャレンジ
- 循環社会・システム構造チャレンジ
- 人と自然が共存する未来づくりへのチャレンジ
など、様々なアプローチからの環境への取り組みを行なっています。「人と自然が共存する未来づくりへのチャレンジ」では従業員や家族、地域の人々を巻き込んで、工場に国内で総数約200万本の植樹を行うなど、CO2削減だけでなく植物によるCO2吸収量増加への取り組みも推進しています。
【トヨタの自然と共生する工場】
このように、LCAによって製品やサービスにCFPを表示し、環境への意識の高い消費者にアピールすることができる分野の企業は、メリットがわかりやすく効果も高いと考えられます。また、企業の持続可能な生産や経営のためにも、視野を広げて取り組み可能なことを見つけたり、取り組めるように工夫したりすることも大切です。
まだ開発の余地があるLCAですが、今後はどうなっていくのでしょうか?次はLCAの今後を考えます。*5)
LCAの今後
LCAによる算定結果は近い将来、国際的なビジネスの現場では必須のものとなるでしょう。しかしそのためには、
- 国際的な連携で各業界の算定ルールを確立
- 国際基準に整合した算定ツールの開発
- サプラーチェーン全体のデータ共有
- LCAを行い開示する製品・サービスへの評価
などの課題を早期に解決しなければなりません。LCAによって温室効果ガス排出量などの環境への影響の把握を徹底することは、将来再び環境問題を起こさないために必要なことです。
LCA導入で国際的により公平な排出量評価に
例えば先進国の企業が人件費の安い他国に生産工場を作り、利益を上げているとします。では、ここから排出される温室効果ガスは工場のある国の責任でしょうか?そうでなくても途上国で生産された安い食品や製品を、先進国が大量に輸入している例は非常に多く、その環境への負担の責任は消費する側にもあるという考えが広がりつつあります。
製品やサービスのライフサイクル全てを対象として温室効果ガスの排出を算定するLCAは、このようなニーズにも応えることができます。また、CFPの表示によって消費者の意識が一層高まれば、自分が購入するものが「どこで、どれくらい環境への負担をかけているか?」などへも目が向くようになります。
これまでの経済は日本国内でも世界的にも、不透明で不公平な評価や取引が横行し、これが短期的にできるだけ大きな利益を追求する傾向を作った原因の1つと考えられています。LCAの国際基準が確立されスタンダードとなれば、国際的な市場で、温室効果ガス排出量などの環境への負担という面も考慮した上で、より公平な評価と取引が行われるようになります。
次の章ではLCAとSDGsの関係に迫ります!
LCAとSDGsの関係
LCAとSDGsはどのように関係しているのでしょうか?
LCAの算定によって、製品・サービスに関わる環境への影響と削減すべき箇所が明確になるだけでなく、LCAがスタンダードになれば、国際的にも日本国内でもよりフェアな市場となることが期待できます。つまり
- SDGs目標10:各国内および各国間の不平等を是正する
- SDGs目標12:持続可能な生産消費形態を確保する
- SDGs目標13:気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる
- SDGs目標17:持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する
などに特に貢献すると考えられます。目標17に貢献する理由は、地球温暖化・気候変動などへの対策は1つの国や企業が取り組んでも大きな効果をあげるのは難しく、世界中が必要に応じて協力し合い取り組むべきものだからです。
LCAの算定をきっかけに、製品・サービスを通じて関係企業同士が協力して環境への負担軽減に取り組むことも期待できます。このような流れを後押しするのは、消費者の信頼できるCFP表示つきの製品・サービスへのニーズです。
SDGsへの知識を深めることは「エシカルな消費」にもつながりますから、LCAとSDGsは深い相互関係があると言えます。*6)
まとめ:LCAは今後スタンダードに!
日本でもLCAを導入する企業は急速に増えています。特にグローバルにビジネスを展開する企業にとって、社会問題や環境問題への取り組みで遅れをとると、イメージ悪化につながりかねません。
温室効果ガス排出量削減は、本来環境のために世界が一丸となって取り組むべきものですが、資本主義の市場において企業の利益のための適切な競争も必要です。
その上で、本来の目的に立ち返って、企業間の競争も保ちつつ協力してお互いの持続可能な利益の獲得につなげるといった、良い循環を生むことを目指す企業も現れています。これまで手を取り合うことなど考えられなかった企業同士が、地球の将来のために協力関係を結んだ事例もいくつかあります。
このような良い流れを応援するために、あなたもぜひSDGsについての知識を深め、目標達成に貢献する消費を心がけましょう。また、グリーンウォッシュの存在や、LCAはまだ開発の余地があることも理解し、常に新しい情報の収集と正しい判断のための学習を心がけてください。
〈参考・引用文献〉
*1)LCAとは
環境省『脱炭素ポータル カーボンニュートラルとは』
環境省『再生可能エネルギー及び水素エネルギー等の温室効果ガス削減効果に関するLCAガイドライン』
独立行政法人経済産業研究所『ライフサイクルアセスメント(LCA)の現状と今後』
環境省『再生可能エネルギー等の温室効果ガス 削減効果に関する LCA ガイドライン』(2021年7月)
国立環境研究所『ライフサイクルアセスメント(LCA)』(2001年7月)
サッポロホールディングス株式会社『サッポロビールでの取り組み 未利用エネルギーを活用した地球温暖化防止の推進』
経済産業省『カーボンフットプリント(CFP)の概要』
CFPプログラム『CFPとは』
サーキュラーエコノミーとは?企業の取り組み事例や課題を解説
経済産業省『サーキュラー・エコノミーに係るサステナブル・ファイナンス促進のための開示・対話ガイダンス(概要)』p.2(2021年1月)
環境省『令和3年度自動車リサイクルにおける 2050 年 カーボンニュートラル実現に向けた調査検討業務 報告書』p.2(2022年3月)
EV車(電気自動車)のメリット・デメリット、選び方|国産・外国車種別おすすめ6選
経済産業省『第1回 蓄電池のサステナビリティに関する研究会』(2022年1月)
経済産業省『ミッション志向の自動車政策について』p.18
資源エネルギー庁『「CO2排出量」を考える上でおさえておきたい2つの視点』(2019年6月)
*2)LCAが注目されている背景
ESG投資とは?仕組みや種類、メリット・デメリット・問題点、企業の取り組み事例
グリーンウォッシュとは?具体例と日本企業でもできる対策・SDGsの関係
環境省『再生可能エネルギー等の温室効果ガス 削減効果に関する LCA ガイドライン』p.3(2021年7月)
資源エネルギー庁『工場の省エネ推進のための手引き』p.2(2021年3月)
資源エネルギー庁『省エネポータルサイト 省エネ法とは』
国土交通省『輸送事業者の皆様へ(省エネ法)』
資源エネルギー庁『工場の省エネ推進のための手引き』p.3(2021年3月)
環境省『地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案の閣議決定について』(2021年3月)
環境省『サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ』
環境省『カーボンプライシングの検討状況について』
*3)LCAの手法
経済産業省『サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けた カーボンフットプリント算定・検証等に関する検討会 カーボンフットプリント レポート』p.5(2023年1月)
経済産業省『サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けた カーボンフットプリント算定・検証等に関する検討会 カーボンフットプリント レポート』p.4,p.5(2023年1月)
日本品質保証機構『ISOの基礎知識』
農林水産省『農業におけるLCAと カーボンフットプリント』p.4
J-STAGE『ライフサイクルアセスメントの新規格:ISO14040およびISO14044について』
環境省『「見える化」に関する国外の動向(詳細版)』
環境省『グリーン・バリューチェーンプラットフォーム 国際的な取り組み』
環境省『サプライチェーン排出量とは』
経済産業省『サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けた カーボンフットプリント算定・検証等に関する検討会 カーボンフットプリント レポート』p.21,p.22(2023年1月)
経済産業省『どんぐり事業 説明資料』p.2
J-クレジット制度『どんぐり制度』
環境省『SBT概要資料』p.6
経済産業省『第4回 サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会』p.14(2023年1月)
CDP『CDPについて』
CDP『About us』
経済産業省『気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)』
TCFD『Task Force on Climate-related Financial Disclosures』
TCFD『About The challenge we’re addressing』
環境省『SBTの概要』
環境省『SBTとは?』
*4)LCAのメリット
消費者庁『エシカル消費とは』
消費者庁『「倫理的消費(エシカル消費)」に関する消費者意識調査報告書』p.48(2020年2月)
*5)LCAを企業が導入するためには
ニッポンハム『ライフサイクルアセスメントの実施』
TOYOTA『プリウスPHVのライフサイクル環境取り組み』
TOYOTA『トヨタ三重宮川山林』
*6)LCAとSDGsの関係
国際連合広報センター『SDGsのポスター・ロゴ・アイコンおよびガイドライン』
国際連合広報センター『持続可能な開発目標』