荒金 太郎
日南町役場農林課主任。1984年3月23日、鳥取県米子市生まれ。2003年4月に日南町役場入庁。総務課、自治振興課、福祉保健課などで勤務。町と連携協定を締結する国立大学法人鳥取大学へ出向。2018年4月から現職。
目次
introduction
日南町(にちなんちょう)は、鳥取県の南西部、中国山地のほぼ中央に位置する小さな町です。
人口は4,600人で、町内の9割が森林であるほど豊かな自然が魅力です。かつてはたたら製鉄で栄え、現在は農林業を主力としています。
今回、日南町のSDGsへの取り組みについて、日南町役場農林課の荒金太郎様にお話を伺いました。
高齢化が進む中山間地域の、持続可能なまちづくり
-はじめに、日南町がSDGsの取り組みを始めた背景を教えてください。
荒金さん:
鳥取県は全国で一番人口が少ない県です。その中でも、日南町は最も高齢化が進んでおり、人口の高齢化率はすでに50%を超えています。
そのため自治体としては以前から「持続可能な町を作っていかなくてはならない」という使命感がありました。
-町民の高齢化は深刻な問題ですね。
荒金さん:
はい。日南町では林業や農業を中心とした第一次産業が盛んな町でもあるので、高齢化はもちろん人口の減少も大きな痛手となります。
そこで、住み続けられるまちにするためには、暮らしの基盤である第一次産業を持続可能なものにしなければならないと考え、これまでさまざまな事業に取り組んできました。
その流れで2015年に国連でSDGsが採択され、日南町の取り組みがその理念と合致していたため、SDGs未来都市として手を挙げました。
-そのような取り組みが評価されて日南町は、2019年にSDGs未来都市に選定されたんですね。では、計画内容を教えていただけますか?
荒金さん:
日南町の基幹産業は農林業です。持続可能なまちづくりを進めるにおいて、この一次産業をしっかりと支えていくことが重要であると考えています。
そこで、農業においてはスマート農業の活用や、そこに関わる企業、生産者との連携。林業であれば、森林資源に恵まれた日南町ならではの産業の掘り起こし、市民や児童への木材に関する教育(木育)、というように、一次産業に特化した内容を計画のなかに盛り込んでいます。
とはいえ日南町は、高齢化が進み就業人口が少ないため、我々の力だけでは実現は困難です。そこで、さまざまなステークホルダーとの関係を構築し、支えあいながら「持続可能なまちづくり」を進めています。
町の特徴を生かした、第一次産業への取り組み
-続いては、農業・林業の面にさらに踏み込んだお話を伺いたいと思います。農業では具体的にどのような取り組みを進めていますか?
荒金さん:
すでに協賛いただきコラボした企業さんとは、中山間地域である日南町での農業のあり方を一緒に考えてもらっています。
個人的なオススメはお米で、例えば地元のエコファームHOSOYAさんと、一次産業に特化した機械の販売会社・ヤンマーさんとのコラボレーションを行いました。
鳥取県と島根県にまたがる汽水湖である中海(なかうみ)で取れた海藻を原料とした有機肥料を開発し、HOSOYAさんの田んぼで栽培を行なっています。
2018年には「ヤンマーこだわりのお米」として販売を開始し、関西圏を中心としたホテル・飲食店へ提供しています。お客さまからも「前よりお米がおいしくなった!」との声を頂き、とても好評です。
-企業と生産者が連携を取ることで、新たなアイディアや事業が生まれるきっかけにもなります。林業についてはどうですか?
荒金さん:
林業も同様で、企業との連携を大切にしています。SDGsの取り組みを本格的に始める前の2009年から10年以上、株式会社日本通運さんとのCSR活動を続けてきました。社員の皆さんに日南町を訪れてもらい、森を守る活動を一緒に行なっています。
荒金さん:
他にも林業についてはさまざまな取り組みを展開しています。
全国初!町立の「にちなん中国山地林業アカデミー」
-具体的な取り組みを教えてください。
荒金さん:
日南町では、人手が足りない林業従事者の育成を目的とした、全国で初めて町立の林業学校「にちなん中国山地林業アカデミー」を2019年に設立しました。林業大学校は全国に30近くありますが、町立で運営するのは当校だけです。
-なぜ町で林業学校を設立したのか、その背景や理由を教えてください。
荒金さん:
当初は鳥取県で県立学校の設立計画を提案しましたが、財源などの理由で実現しませんでした。しかし、その間も林業従事者はどんどん減っていて、高齢化も深刻な課題です。
ならば小規模で作ろうと立ち上がり、廃園した保育園の跡地を活かして「にちなん中国山地林業アカデミー」を設立しました。
-どのような授業を実施しているのでしょうか。
荒金さん:
1年制で、林業に必要な資格はほとんど取得できるカリキュラム構成です。森林の基本的な知識はもちろん、林業に必要な機械の運転技能実習や、狩猟免許の取得もできます。
-卒業後は、日南町で就職する人が多いのでしょうか?
荒金さん:
まず生徒さんの中には、日南町以外からくる人もたくさんいます。林業学校に限らず、自治体が作る学校や教育機関の多くは「卒業後はこの地域に留まること」を条件としていますが、日南町ではそういったルールはありません。
理由としては、林業従事者は全国規模で減少していて、日南町だけに限らず国内どこでも林業の分野で活躍して欲しいからです。日南町から林業を支える人材を育て、発信していきたいという思いがあります。そのため、卒業後には自分の地元で林業を始めたい、という方もいらっしゃいます。
-地域にとどまるルールがないというのは、移住を考えている人や、地元での就職を希望する人にとって、林業への1歩を踏み出しやすいですね。
林業が町の活性化につながる
荒金さん:
一方でありがたいことに、町外から来た多くの学生さんが卒業後も日南町に住み続けてくれています。日南町の人のあたたかさや、地元で採れた新鮮で美味しい食事に魅了される人も多いようです(笑)。
-1年間、日南町での魅力に触れて、移住を希望される方も多いんですね。ちなみに、男女比率や年齢層はどのような構成ですか?
荒金さん:
今年で3年目になりますが、最初の2年目は各7名のうち、女性が1名ずつ学びに来てくれました。この時の年齢層は比較的高く、30代後半から40代を中心に、60歳を過ぎた学生さんもいました。
しかし3年目は、地元の高校生が進学するようになり、一気に平均年齢が若くなっています。
-なぜ若い人が急に増えたのでしょう。
荒金さん:
にちなん中国山地林業アカデミーでは手厚い就職サポートを用意しており、2年目までの就職率がほぼ100%でした。この実績が地元の学校や生徒さんの信頼を寄せ、地元での就職機会として捉えてもらえたのだと思います。
-町民の皆さんにとっても、地元で仕事を得られるいいチャンスになりますね。
森林教育プログラム
荒金さん:
他にも日南町では、町の重要な資源である森や木を身近に感じてもらうために、森林教育プログラムを実施しています。
-それは学校などで行う教育カリキュラムのことですか?
荒金さん:
プログラム全体としては、生まれてからすぐの赤ちゃんの段階からを想定していますが、現在は保育園と小学校、中学校では教育プログラムとしてカリキュラムを組み込んでいます。自治体の職員が現場に足を運ぶこともあり、みんなで一緒に内容を考えています。
-具体的にどのような学習を行うのでしょうか。
荒金さん:
授業の中で行なう教育は、単なる実習ではなく、山の中で学ぶカリキュラムを多く用意しています。
例えば、国語の授業では「欅」のような漢字の成り立ちについて、実際の樹木を観察しながら学びます。
算数なら、森の中にある木を測って体積を求める。自然に触れながら、暮らしの中で木々を身近に感じてもらいつつ、基本的な教育も学べるようになっています。
-自分が子供の頃に受けたかったです(笑)。
荒金さん:
また先ほどご紹介した「にちなん中国山地林業アカデミー」の学生さんにも参加してもらい、子どもたちへの森林教育の先生として入ってもらう機会があります。
自分で知識や技術を学ぶだけで終わらせず、学んだことを「伝える」側になってもらい、町全体で森林教育を盛り上げています。
-暮らしの中に根付いてこその「学び」なのですね。
ゆりかごから墓場まで「木」を身近に感じられる
荒金さん:
また、学校での授業に限らず、生まれたときから木に触れ、大人になってからも林業アカデミーなどで、木と近い仕事をする機会があるのも日南町の特徴です。
-「生まれた時からの」というのは、具体的にどのような取り組みが挙げられるのでしょうか。
荒金さん:
例えば2021年6月には、今年度に子供が生まれた過程を対象に、地元で寄木細工を作っている白谷(しろいたに)工房さんによる、日南町産100%の木材を使用した積み木のおもちゃをプレゼントしました。
赤ちゃんが口を付けても安心ですし、職人さんの認知度アップや地域活性化にもつながります。
ちなみに、私が今つけているSDGsバッジも白谷工房さんの作品で、17種類の木を使用した無着色のアイテムなんですよ。
-地元の職人さんによるおもちゃを気軽に使える環境は、とても羨ましいです。他にも現時点で計画していることはありますか?
荒金さん:
先ほどの林業アカデミーもまさにそうで、大人になってからも木に触れる機会づくりを増やしています。また、最後に亡くなるときには、日南町産の木製棺桶で送るといった計画もあります。
-高福祉国家で有名な北欧の喩えである「ゆりかごから墓場まで」という言葉を思い起こさせます。森林を通してあらゆる年齢にケアの行き届いた取り組みが新鮮です。
町民に森林の大切さを知ってもらう、カーボンオフセット
-日南町はカーボンオフセットにも取り組んでいますよね?
荒金さん:
そうですね。大きな拠点となる道の駅「にちなん日野川の郷」では、全ての商品に1円を上乗せし、利益を森の再生活動に利用するカーボンオフセットにいち早く乗り出しました。
町の経済循環につながるほか、町民の皆さんにとって身近な行為である「買い物」を通して、日南町の森づくりとSDGsの達成に貢献できる仕組みです。
-誰でも取り組める仕組みになっているんですね。
荒金さん:
はい。2013年からは、国のカーボンオフセット制度となる「J-クレジット制度」を取り入れ、町内外の企業に脱炭素の取り組みとしてオフセットを販売しています。
-先進的な取り組みですね。導入はスムーズに進んだのでしょうか?
荒金さん:
これがなかなか苦労しましたね。
当初、自治体から直に企業へ商談に行ってもなかなか理解を得られず、数年間は加入率が低迷していました。そこで地域の金融機関にコーディネートしてもらい、カーボンオフセットを導入しやすい制度を整えました。
普段から地元の中小企業の経営に接している金融機関が商談することで、企業側も関心を持ってくれるし、実行につながりやすい。現在ではこの仕組みがひとつのモデルになり、全国規模で広がっているようです。
-その努力が今の売り上げにつながっているんですね。
荒金さん:
そうですね。加えてSDGsの採択も大きかった。これをきっかけに関心を持っていただき、近年では加入率が上昇傾向にあります。その結果2021年は、4~10月で1,200万円の売上があり、この利益を資源として、日南町に新しく木を植える新植活動を続けています。
小さな町だからこそ、SDGs取り組みを町民へ身近に感じてもらいやすい
-さまざまな取り組みを通して、町民の反応や認識の変化はいかがですか?
荒金さん:
先ほどご紹介した「寄付型オフセット商品」や「森林教育プログラム」の他にも、積極的に自治体からSDGsの認知を広める活動を行なっています。その成果か、2020年にブランド総合研究所が実施した「都道府県版SDGs調査2020」では、鳥取県が1位に輝きました。
町民も「SDGsといえば日南町」と理解をいただいているように思います。小さな町だからこそ、こうした取り組みや理解へのスピードは早いですね。
-町民の皆さんの意識に、良い影響を及ぼしているのですね。
荒金さん:
また日南町の木材や特徴を生かし、SDGsをアピールする場所として、町庁舎が挙げられます。
天井にはSDGsを彩ったカラフルな和傘を展示していますが、塗料には日南町出身の創業者が運営するサクラクレパスさんのものを使用しています。こうした身近なところから、町民へのSDGs認知度をあげる取り組みも積極的に行っています。
「創造的過疎のまち」を掲げる、持続可能な日南町へ
-最後に、日南町が目指す今後の展望を教えてください。
荒金さん:
日南町は高齢化・過疎化が進んでいることから「日本の30年後の姿」と言われていますが、間違いなく今後は全国で人口が減っていくことが予想されます。人口減少のカーブを少しでもゆるやかにしつつ、「過疎」を活かした取り組みも重要です。
日南町は「創造的過疎のまち」として、森林などの自然資源を武器に、さまざまな挑戦を続けています。町の規模が小さい分、地元の企業や生産者との連携によってできることが多いうえ、効果も大きくスピーディーな点がメリットです。
SDGsの達成期限である2030年やもっと先の未来を見据えて、行政や企業、地域の皆さんが一体となって、持続可能なまちづくりを目指します。
-本日は貴重なお話をありがとうございました!
<参考文献>
SDGsへの取り組みの評価が高い都道府県ランキング【2020完全版】