子どものとき「もっとお金持ちの家に生まれてたらな」とか「親が〇〇だったらな」とか思った方は多いのではないでしょうか。しかし、子供が親を選べないのは普遍のことです。そのため以前は、多くの子どもは親のマイナス面を見ながらも、全面的にはあきらめずに進めてきました。
しかし近年、「親ガチャ」は若者間ではあたかも合言葉のように定着し、新語大賞になるほど注目を集め、広まっています。その背景には、「ガチャ」という軽い言葉の響きとは裏腹な深刻な状況があります。
なぜ、どのように深刻なのか、一緒に考えていきましょう。
目次
親ガチャとは
「〇〇ガチャ」という表現は、元々はカプセル自動販売機の商標である「ガチャガチャ」あるいは「ガチャポン(ガシャポン)」からきています。コインを入れてダイヤルやハンドルを回すと、カプセルトイがランダムに出てきます。お目当ての物が出てきたら当たり、そうでなければハズレとなります。
回すときにガチャガチャという音がしますし、「ガチャ」という言葉自体、雑然した様子や無秩序な状況を意味しています。
その後ネットゲーム「ガチャ」になり、広く流行しました。
「親」が「ガチャ」って?
「親ガチャ」とは、この「ガチャ」に例えて「子供にとって出生、つまり親はランダムで、自分で選べない」という概念です。
スマホゲームの流行とともに「親ガチャ」という言葉も流行し、2021年には流行語大賞にノミネートされたり、「大辞泉が選ぶ新語大賞」にも選ばれたりしました。
「ガチャ」のついた言葉は他にも「子ガチャ」「身長ガチャ」「容姿ガチャ」などと言われています。その中で特に「親ガチャ」は、ハズレた側の子供たちから聞こえる声に深刻な響きが伴っています。
「親ガチャ」がハズレたと言われる具体例をあげてみましょう。
「親ガチャ」がハズレたと言われる具体事例
ランダムなくじから発生したガチャは当たりとハズレがあります。カプセルトイでしたら、当たりでもハズレでも、決定までにワクワク感がありますが、「親ガチャ」は多くは、「ハズレた」と思っている子ども側にとてもシリアスな感情をもたらしています。
経済格差に見られる事例
貧困は、最も分かりやすい親ガチャのハズレの事例です。
教育費にどのくらいかけることができるかは、子どもの成長後の成功率に大きく影響してしまうと言われています。
教育を十分に受けた子どもは、成功して裕福な家庭を築ける可能性が高くなります。反対に貧しい家庭に生まれた子どもは、仕事などで成功する確率が低くなると言われています。その子が、結婚・出産した際には、その子どもの教育にお金をかけられる余裕のある家庭を築くのがかなり困難になる、という連鎖ができてしまいます。
【関連記事】経済格差の日本と世界の現状は?原因や問題、解決に向けた取組も紹介
家庭の治安差に見られる事例
富の差ばかりが問題ではありません。裕福かどうかより、あるいは裕福な家庭でも、児童虐待、過干渉やネグレクト、借金やギャンブル依存、アルコールや薬物中毒なども、子どもの側からは親ガチャのハズレと言えます。DVなどの両親間の不和も、過度な場合は子どもにとっては精神的虐待で、ハズレの例といえるでしょう。
下のグラフに見られる通り、児童虐待件数は増加の一途をたどっています。
【補足】毒親って?
近年よく耳にする「毒親」という言葉は、1989年に心理学者のスーザン・フォワードが作った言葉です。英語では “ toxic(有毒な)parent “ですが、日本語の「毒」に例えられるように、子供に対してネガティブな言動を繰り返し、その子の人生を支配してしまうような親を言います。「毒」という言葉の強烈なネガティブさもあり、その後ブームとなるほど広まりました。
経済格差の原因を作り、家庭内の治安を悪くするような行動パターンを続ける親が支配する家庭で育った子どもは、本人自身正常な発達をしにくいばかりではありません。ロールモデルとしての親を見ていないので、将来自分も普通の親子関係を築くことが難しくなると言われています。
ここにも負の連鎖が生じる可能性が生まれてしまっているのです。
自分の親が毒親だったと思う人は、大人になってもその悩みを引きずってしまうことが多いようです。
【関連記事】教育格差とは?原因と日本・世界の現状からみる解決策、個人でできることを解説
親ガチャが流行り出した背景
しかし、子供が親を選べないのは昔と変わらないのに、このように「親ガチャ」が広まり、深刻に取り上げられるようになったのはなぜでしょうか。
きっかけは・・・
カプセル自動販売機からスタートしたガチャが、2015年頃からネットゲームの流行に乗り広まったことはお話ししました。
2021年には社会学者の土井隆義筑波大学教授の記事「「親ガチャ」という言葉が、現代の若者に刺さりまくった「本質的な理由」」をきっかけに、SNS上で論争が起こりました。経済成長期をとうに終え、努力しても実らない、社会は変わらない、と感じている若者の心に深くささったと言われています。
他のガチャと違う「親ガチャ」の特徴
親ガチャには、「深く心にささった」深刻な特徴があります。
- 本人の意思が入る余地がない
- 修正がまったくきかない
という点です。
ゲームであれば、自分でハンドルを回すのも、ボタンを押すのも自分の意思でできます。そもそもゲームをするしないの選択もできます。しかし出生は選べません。また、生まれ直すことは不可能です。
これらの特徴は、経済や治安の格差の固定化した社会で「自分がいくら頑張っても甲斐がない」という若者の厭世観・自己否定感に直結しています。そしてそのどうしようもなさを「親ガチャのハズレ」という言葉によって、何とか自分を納得させようとしている声になっているのです。
「親ガチャ」という言葉に対する賛否両論
言葉そのもの以上に重い背景を持った「親ガチャ」ですが、貧しくても成功した人や困難から立ち直った人もいることも事実です。この章では「親ガチャ」という言葉に対する賛否両論を通して、「ハズレ」感を軽減する糸口を一緒に見つけていきましょう。
正しいと考える側の言い分:マイケル・サンデル氏
ハーバード大学のマイケル・サンデル教授は、その著作や講演の中で、同じ努力をしても成功できない人もいることは事実とし、当たり組(成功者)とハズレ組の両方に懸念を示しています。
当たり組には「自分の努力だけで成功したのではない」と考える謙虚さの不足、そこから生じるハズレ組への見下しを、ハズレ組には「成功しなかったのは自分が努力しなかったから」という自己否定と成功者へのねたみです。
そしてこのような勝者と敗者の分断が、社会の二極化を生み出すと述べています。
引用:サンデル教授が語る「大卒による無意識の差別」 「努力すれば成功できる」という発想の問題点 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン
「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(マイケル・サンデル著:早川書房)
間違いだと考える側の言い分:竹内さん「ガチャガチャ言っても始まらないか!」
能力主義を主張する人は、成功=本人の努力の結果と考えますから、極端な場合は親ガチャ自体を認めないかもしれません。
しかし愛知県の中学生竹内愛子(えこ)さんは、「親ガチャ」自体を否定するのではなく、むしろそれを肯定しつつ、「人生のうまくいかないところを100%他の人のせいにする」ことが悲しいと述べています。
中学生らしい不安を持ちながらも、自分で問題解決の糸口をさがす前向きな姿勢を持ちたいと言っています。
この「ガチャガチャ言っても始まらないか!」というタイトルは、国立青少年教育振興機構主催の「少年の主張全国大会」で発表され、理事長賞を受賞したときのものですが、厭世観に沈むのを防いでくれそうな響きを持っています。
引用:少年の主張全国大会 | 独立行政法人 国立青少年教育振興機構
サンデル教授の懸念と竹内さんの悲しさに共通するのは、若者に厭世観が蔓延し、「親ガチャがハズレた」と考えることでそれを固定化しようとしている現象です。そうあきらめることで自身の平静を維持しようとする子供がいるということこそ、悲しい現象です。
親ガチャにハズレたと感じたら
自分の出生のランダム性(特にハズレを引いてしまった時)を認めながらも、竹内さんのように前向きに考えるにはどうしたらよいのでしょうか。手掛かりをさぐっていきましょう。
今の自分を肯定することから
2010年代後半「生まれてこないほうがよかった」という考えが取り上げられました。いくつもの著作も出され、「親ガチャ」と同様に若者層を中心に広まっていきました。哲学的な考えを紹介したり、前向きな人生を推奨したり、と様々な声が上がり、1つの結論が出たわけでなないようです。
どちらにしてもこの現象のよかった所は、ハズレ側として自己否定しながらそれを声に出せなかった人が、「生まれてこないほうがよかった」と声や文字で表せたことです。あるいは、こんなネガティブな思いを持っていることを話せなかった人の声を代弁してくれたことです。
「親ガチャにハズレた!」と自分自身に叫んでみることが第1歩かもしれません。できれば、周囲にいる聞いてくれそうな人に言ってみることができれば、もっとスッキリしそうです。
出生は今さら変えられません。でもこれからの生き方にはまだ選択の余地があります。その地点に立てている自分を肯定できるといいですね。
「ハズレた」の声を傾聴する
これはハズレたと沈んでいる人の周囲にいる方々への提案です。
筆者はずいぶん以前ですが、息子に「生れてこないほうがよかった」と言われたことがありました。この世の終わりのように落ち込みました。今思うと、息子がそう言ってくれたこと、自分がその言い分を聴けたことが救いです。
落ち込んだ筆者を落ち着かせてくれたのも、友人の傾聴と「つらかったね」という一言でした。悲しい思いをしている現状を認めてくれるだけで随分と救われました。
厭世観・自己否定が固定化している人は、なかなか自分からは言い出せないでしょう。周囲の方がほんの少し創造力を働かせて声をかけ、寄り添って傾聴することが、背中を優しく押すことになるにちがいありません。
固定化・分断化対策
「肉体ガチャ」ハズレと自ら評する乙武洋匡さんは、「どんなガチャを引いても豊かに生きられる社会にしたい」と話しています。
近年、国や多くの団体の努力もあり、相対的な貧困率が下がらない中、
は下がってきています。
障害のある方をサポートする考えや施設もかなり広まってきました。教育も窓口を広げ、学校という集団教育になじめない子にも、フリースクールのような学習できる場を提供できるようになってきました。
しかし、児童虐待事案が増えているという結果からも分かるように、まだ十分とは言えません。昔のようなコミュニティでのコミュニケーションがなくても、多様な選択肢と、ポータルサイトのようにそれを統括する場がもっと充実すればさらに良くなるでしょう。
親ガチャにハズレても、次に歩みだせる選択肢があると思えれば、厭世観や自己否定の固定化や、当たり・ハズレの二極分化・分断に、歯止めをかけられる可能性は広がるのではないでしょうか。
関連記事:
児童虐待とは?種類と事件が起こる理由と現状・虐待を防止するためにできること
子どもの貧困とは?原因と日本の実態から考える私たちにできること・地域の取り組み事例
インクルーシブ教育とは?必要な理由や日本の現状、実践例も紹介
親ガチャとSDGs
最後に親ガチャとSDGsの関連をみていきましょう。
「親ガチャが流行りだした背景」の章でお話しした通り、ハズレたと考える側には、言葉以上にそれぞれ深刻な問題が存在しています。関わる目標もいくつもあると思われますが、1番深く関わる目標は、目標10「人や国の不平等をなくそう」です。
SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」との関わり
この目標は10のターゲットからなっていて、「所得の伸び」「差別撤廃」「機会均等」という文言がいくつも使われています。
「親ガチャ」を新語大賞に選んだ選考委員会はこう述べています。
現代社会は、機会だけは平等に与えられることが前提となっています。しかし、格差の拡大・固定化がはっきりしてきて、その前提がタテマエでしかないと見抜いた若者たちの、タメ息まじりの流行語と言えます。
出典:2021 第6回大辞泉が選ぶ新語大賞
そしてさらにこう続けています。「本心から親に文句を言っているのではなく、社会への怒りから生れた皮肉なのでしょうが」と。
タテマエだけの機会均等ではなく、実効性のあることを目指したいものです。それは「所得の伸び」「差別撤廃」についても同様です。
また、自身がハズレたと感じたり、周囲に感じている人がいたりしたら、傾聴から始めるサポートをすることは、
- SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」
- SDGs目標4「質の高い教育をみんなに」
の達成につながります。
>>各目標に関する詳しい記事はこちらから
まとめ
カプセルトイからネットゲームを通して生まれた「親ガチャ」についてお話ししてきました。流行りだした背景には、言葉の響き以上に深刻な事情があることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
社会にはいろいろなガチャが現実として存在します。出生は選べなくても、生れてきて、今生きていることを受け止められればと思います。そしてそこから先の選択肢が多くあれば、「ハズレはハズレ。でも・・・」と光が指す方向を向けるかもしれません。
そして向いた方向に1歩踏み出すために、国や地域社会には、タテマエだけではない支援を進めてほしいところです。
当たり側だと感じる人も、自分の努力だけで成し得なかった部分に目を向けられれば、ハズレたと落ち込む人に寄り添い、その声を傾聴する気持ちにつながるのではないでしょうか。
<参考文献・資料>
児童虐待相談対応件数の推移(厚生労働省)
あなたの親は「毒親」かも?親子関係について調査 (PR TIMES)
※「親ガチャ」という言葉が、現代の若者に刺さりまくった「本質的な理由」(土井 隆義) | 現代ビジネス | 講談社(2/6)
サンデル教授が語る「大卒による無意識の差別」 「努力すれば成功できる」という発想の問題点 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン
少年の主張全国大会 | 独立行政法人 国立青少年教育振興機構
X(旧ツイッター:乙武洋匡)
2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)
2021 第6回大辞泉が選ぶ新語大賞
親ガチャの哲学:戸板洋志(新潮新書)
「毒親」って言うな!:斎藤学(扶桑社)
「毒親」の子どもたちへ:斎藤学(メタモル出版)
毒親ー毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ:中野信子(ポプラ社)
実力も運のうち 能力主義は正義か?:マイケル・サンデル(早川書房)
他人を見下す若者たち:速水敏彦(講談社現代新書)
親と子の社会力:門脇厚司(朝日新聞社)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)