#インタビュー

一般社団法人シブヤフォント|多様性と包括をキーワードに、アートと福祉とビジネスを融合

一般社団法人シブヤフォント 代表 磯村さん インタビュー

磯村 歩

1989年 金沢美術工芸大学卒業、同年富士フイルムに入社しデザインに従事。2006年より同社ユーザビリティデザイングループ長に就任しデザイン部門の重要戦略を推進。退職後デンマークに留学し、ソーシャルインクルージョンの先駆的な取り組みを学ぶ。帰国後、株式会社フクフクプラス設立。2021年4月 一般社団法人シブヤフォント代表理事就任。

賞罰:ソーシャルプロダクツ・アワード2021大賞、IAUD国際デザイン賞金賞、内閣府オープンイノベーション大賞選考委員会特別賞、グッドデザイン賞、桑沢学園賞、日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞受賞、世田谷区産業表彰 産業連携・マッチング受賞、Good Job! Award入賞他

著書:ユニバーサルプレゼンテーション「感じるプレゼン」(UDジャパン)

introduction

渋谷区内の障がい者支援事業所と桑沢デザイン研究所の学生により始まった、渋谷の魅力をお土産としてデザインし地域を活性化させる「渋谷みやげ開発プロジェクト」。この活動がきっかけとなり設立された一般社団法人シブヤフォントの共同代表を務める磯村さんに、事業内容や障がい者アートへの想い、さらに今後の展望についてお話を伺いました。

障がいのある人の描く文字に魅了された

–まず、事業内容を教えてください。

磯村さん:

渋谷区内に在住する障がいのある人が描いた文字や絵を、渋谷でデザインを学ぶ学生がフォントやパターンにしデータ化、渋谷区公認のパブリックデータとして、誰でも自由にダウンロードしていただいたり、企業向けには利用料をいただいています。

障がいのある人の力を感じていただくと共に、いただいた利用料を障がい者支援事業所に還元することで、多様性(ダイバーシティ)や包括性(インクルージョン)のある社会の実現に貢献しています。

–どういった場面で活用されているのでしょうか?

磯村さん:

ファッションやインテリア、1人乗りのコンパクトな移動支援機器であるパーソナルモビリティ等様々な商品のほか、雑誌、社内報、企業のロゴなどにも活用いただいています。

–この事業を始めた背景やきっかけを教えてください。

磯村さん:

「渋谷のお土産をつくろう」という渋谷区長のよびかけにより、2016年に立ち上がった「渋谷みやげ開発プロジェクト」がきっかけです。同区の障がい者福祉課にて、障がいのある人と地元のデザイン学生との連携で具現化できないか、という話がもちあがったようです。

私は、デザイン学校の講師を務めていたこと、障がい者アートのマネジメントを行う株式会社フクフクプラスを経営していたことからお声がけいただき、このプロジェクトに携わることになりました。

–その中で特に文字に目を向けたのはなぜですか?

磯村さん:

デザイン学校の学生が障がいのある人が描く文字がユニークだとして、フォント化のアイデアが生まれました。直接お土産につながらなくとも、フォントというデータならば、いずれ企業採用が進み、やがてお土産になるのではという思いで、以降毎年新しいフォントやパターンを製作し、今にいたります。

障がい者アートに、その人らしさを追及する大切さと意義を見いだす

–シブヤフォントが一般社団法人化する以前から経営されている株式会社フクフクプラスについてもお話をお聞かせください。障がいを持つ人に関心をもたれた理由を教えてください。

磯村さん:

障がいのある人に教えてもらった「目からウロコ」の体験が、私自身の原体験になっています。

前職時代、デザイナーとしてユニバーサルデザインを担当していました。いろいろな障がいのある人の不便さを調査していたところ、目の見えない方が「写ルンです」を使用していることを知ったのです。訳を尋ねたところ、「目が見えなくても、ギーギー、ガシャという音、そして全ての操作がクリック感のあるボタンで操作できるから」ということでした。

–なかなか思いつかない理由ですね。

磯村さん:

そうなんです。ひょっとしたら障がいのある人と一緒にものづくりをすれば、デザイナーとして新しい視点やアイデアが得られるのではないかと思ったんです。

障がいのある人のためにデザインをするのではなく、障がいのある人と共にデザインする。そうすれば、支援する・されるという一方通行な関係ではなく、互いにインスピレーションを与えられる理想的な社会にもつながると考えたんです。

–そこからなぜアートに目を向けたのでしょうか?

磯村さん:

私はデザイナーもしていますが、障がいのある人のアートに出会ったとき、この思い切った筆さばき・色使いは「自分にはできない! かなわない!」と感じたんです。こういったアートが何故生まれるんだろう、専門的なアートの教育を受けていなくても、この自分の心に触れるこの感覚は何だろう、と興味を持ちました。

–そこから事業化に至ったのはなぜですか?

磯村さん:

障がいのある人のアートを詳しく調べていくと、アートを通して自己表現することにより、周りの評価によって自己肯定感が向上し、社会とのつながりを創出されていました。

アートというのは、その人の個性が現れるもので、その個性があってこそアートとして価値が生まれます。その人それぞれの個性が認められ、社会とつながり、それが評価されるプロセスは、誰にとっても必要で、社会全体がそうあるべきだと思うのです。

障がいのある人のアートを広めていくことで、その人らしさを受け入れられる社会づくりに貢献できるのではないかと思ったんです。

アートとビジネスの融合を目指して

–実際に障がいのある人の作品を拝見しましたが、独創的で自然と引き込まれてしまいました。シブヤフォントの話に戻りますが、商品化するまでに大変だったことはありますか?

プロジェクトを前に進めることで得られた理解

磯村さん:

やはり営業面では、いろいろな苦労がありました。採用した商品が本当に売れるのか? 企業にとっては在庫リスクもありますので、二の足を踏まれる企業も多かったように思います。まずは障がい者支援事業所と協同でシブヤフォント 採用商品を作り、それを発表することで、企業採用が広がっていったように思います。

また、お土産をテーマとしながらフォントやパターンという成果物は、関係する方々にとって実感に乏しい面があったように思います。3年目からは具体的な商品が出来上がり、店舗に売られ、それを手に取れる状態になったことで、ようやく理解が広がったように思います。

–実際の商品はどのようなものがあるのでしょうか?

磯村さん:

店舗によって取り扱っている商品は異なりますが、渋谷スクランブルスクエアや宮下パークの土産物ショップでは、Tシャツ、ハンカチ、タオル、コーヒーのドリップパックなどを販売されています。手軽なプレゼント・記念品としてご好評をいただいています。

–制作者である障がいのある人々への対価はどのような形で行っていますか?

磯村さん:

商品の売り上げの一部を障がい者支援事業所に還元しています。データ利用の他に、企業からオリジナルのアートの依頼があった場合などは、別途アート製作費をお支払いしています。

商品化のしやすさで、すぐに結果が出た

–「渋谷のおみやげ」としての成果はいかがでしたか?

磯村さん:

シブヤフォントは、フォントとパターンという、商品に採用しやすく、また企業のデザイナーさんがアレンジし易いものであったため、採用が進んだと考えています。

シブヤフォントのアートディレクターが、障がいのある人と学生の間に入って、障がい者支援事業所におけるアート活動のアドバイスや、デザインを学ぶ学生に対してのデザインアドバイスなどを通して、データ全体のクオリティアップを図っていたのも大きなポイントですね。

だれでも安心して暮らせる地域社会・生活の実現を願って

–このプロジェクトを通して感じている関係者の変化はございますか?

磯村さん:

障がいのある人々のQOL(Quority of Life 人生の質)向上につながるような話をうかがっています。親御さんへのプレゼントを買うといったお金を使った社会活動ができるようになる喜びや、親御さんの嬉しそうな顔を見ることで自己肯定感が高まる、ということもあるようです。シブヤフォントのアートワークを鑑賞するイベントでも、障がいのある人に「アーティスト」として参加していただくなど、さまざまな社会とのつながりが生まれていると思います。

また、学生がシブヤフォント の活動を通して、障がいのある人を友人のような近い存在に感じられるようになったのも大きな成果です。社会人として巣立っていく学生にとって、多様性理解の貴重な場になったものと思います。加えて、シブヤフォントを通して得られたプロのデザイナーや企業との連携機会は、学生を大きく成長させています。

–最後に、今後の展望をお聞かせください。

磯村さん:

1つは、やはり障がい者支援事業所への還元を増やしていきたいですね。これまでのようにデータを使った商品化案件を推進していくことはもちろん、新たなデータ制作依頼をいただくなど様々な利用機会を増やせるよう取り組んでいきたいです。

2つめは、障がいのある人と地域の人々とつながれるような企画をさらに推し進め、障がいのある人が安心して暮らせる地域社会の実現に貢献していきたいですね。

最後は、産・官・学・福の取り組みを日本の文化の1つとして世界に発信していくことです。シブヤフォントのブランドを高め、シブヤフォントに関わる全ての人々がプライドをもって取り組めるようにしていきたいと思います。

–ありがとうございました!

取材 大越 / 執筆 栗田清美(くりきんとん)

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