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熊本県南阿蘇村 | アイコンは阿蘇カルデラの草原「3つのK」で誰もが住みたい・住み続けたい地域に

南阿蘇村役場 古澤さん 田上さん 山戸さん インタビュー

古澤 祐一
1974年9月1日、熊本県南阿蘇村(旧長陽村)生まれ。1997年、旧長陽村役場入庁。2005年2月、旧白水村、旧久木野村、旧長陽村が合併し南阿蘇村が誕生。入庁後、総務課、税務課、建設課などに配属。2022年4月、現在所属の政策企画課企画係に配属。
田上 義明

南阿蘇村生まれ。自宅で生まれた。1995年白水村役場(現南阿蘇村役場)に入職。趣味は昆虫採集。主にカミキリムシ、コガネムシ、タマムシ類を集めている。近年は、家に蝶蛾類養殖用のハウスを建て、オオムラサキやシンジュサンなどの累代飼育を試みている。淡水魚類にも興味があり、自宅には100ほどの水槽を並べ、希少な淡水魚類の水槽内繁殖に挑戦している。今年はドブガイなど二枚貝に産卵するカワヒガイを人工的な装置を考案・作成し、二枚貝を使わず産卵・繁殖させた。 職場では、SDGs関連で地球温暖化対策、再生可能エネルギー、景観形成関係の業務に取り組んでいる。SDGsの取り組みは、希少野生動物の生息環境保全と無関係ではなく、これからSDGsの目標達成に大いに趣味を活かしていきたいと考えている。
山戸 陸也

九州東海大学農学部卒業後、1994年、熊本県庁に入庁し、農業の技術職員として作物の普及指導、作物栽培や食品加工の試験研究、農業大学校での学生指導などに従事してきたが2021年3月に熊本県を早期退職し、同年4月から南阿蘇村役場の技術職として採用される。2021年10月に設立された一般社団法人南阿蘇村農業みらい公社の事務局長として農地斡旋、後継者育成などの業務に奔走している。中学生のころから有機農業に関心を持ち、大学時代の恩師である九州東海大学農学部の片野學教授が設立した環境保全型農業技術研究会会長を引き継ぎ、NPO法人熊本県有機農業研究会理事も務めるなど、有機農業に関する知識や人脈を生かして、南阿蘇村での有機農業の普及を目指している。

introduction

「阿蘇カルデラ」で有名な「阿蘇くじゅう国立公園」の南部に位置する南阿蘇村。その雄大な草原の風景で全国から観光客が訪れ、伝統的に行われてきた「野焼き」は草原を維持するために重要な役割を担っています。南阿蘇村は、人口減少や高齢化などの問題を抱えながらも、「3つのK(環境・活力・暮らし)」を軸とした取り組みで成果を上げています。

今回は、南阿蘇村政策企画課の古澤さんに、南阿蘇村の特色や地域性を活かした取り組みについて伺いました。

雄大な草原の風景と水源 豊かな自然環境に恵まれた南阿蘇村

–早速ですが、南阿蘇村はどのような地域なのでしょうか。

古澤さん:

本村は、「阿蘇くじゅう国立公園」阿蘇カルデラ南部の南郷谷と言われる地域に位置しています。

カルデラ地形の阿蘇五岳は雄大な景観が広がっていて、全国的に有名な観光スポットにもなっています。阿蘇山は活火山のため、周辺には温泉も多く昔から湯治場として利用されてきました。また、南阿蘇村は水源も豊富で、「南阿蘇村湧水群」として11か所の水源があり、日本名水百選に選ばれた「白川水源」もあります。

このように豊かな自然環境に恵まれた南阿蘇村の主要な産業は農業と観光業です。主要な農産物には、米やトマト、アスパラ、そば、あか牛などがあります。

1万人以上の人が住んでいましたが、2016年の熊本地震で大きな被害を受け、その影響で急激に人口が流出してしまいました。2020年の国勢調査では9,836人と大幅に減少しています。そのため南阿蘇村では、人口流出と高齢化に対応することが急務となっています。

継続してきた自然環境を守る取り組みから「環境」を軸にSDGsを考える 

–南阿蘇村は2022年2月に「SDGs未来都市」に認定されました。自治体としてSDGsに力を入れ始めたきっかけを教えてください。

田上さん:

SDGsには環境、教育や福祉、貧困問題など様々な分野がありますが、南阿蘇村で取り組もうと考え始めたときは、もともと村の総合計画では「環境」に関する施策を一番に持ってきていることから、SDGsでも「環境」を一番のテーマに取り組もうという話になりました。

というのも、南阿蘇には草原という雄大な自然があり、そして伝統的な風習である「野焼き」が続いています。野焼きは農業や畜産業をするために必要だったのとともに、豊かな草原を維持する役割も担っています。住民は草原や水源を守るための取り組みを、SDGsが話題になるずっと前から継続してきたんです。

さらに、これらの取り組みは豊かな環境を守るだけではなく、観光地として経済を活性化することにも役立っています。自然を守り、その景観を目当てに観光客が訪れ、地域経済が活性する好循環になっています。

しかし、前述したように熊本地震によって急激な人口減少が進んでしまいました。南阿蘇村には東海大学九州キャンパスがあり、多くの学生が住んでいましたが、地震によってほとんどの学生が村を離れてしまいました。また、村民の中にも村外で自宅を再建する人もいて、急激な人口流出が問題となっています。

草原を守ってきた伝統的な野焼きも、人数がいないと維持できません。人口減少や高齢化によって存続の危機に瀕しているんです。

そこで、南阿蘇村の土台である環境を守りながら、「誰もが住みたい・住み続けたい南阿蘇村」を築いていこうと「3つのK」を村の総合計画として掲げました。「環境」「活力」「暮らし」の3つです。この「3つのK」はSDGsの考えとも一致しているため、村全体でこの将来像に向かって取り組んでいくことになりました。

1つ目のK「環境」伝統的な野焼きは草原を守る以外の役割も

–そのような経緯があったんですね。では「3つのK」について詳しく教えてください。まずは「環境」の取り組みにはどのようなものがありますか?

山戸さん:

まず、前述した「野焼き」です。これは1000年以上続く伝統的な慣習です。もともとは各農家が田畑を耕したり、重い荷物を運ばせたりするために牛を飼っており、野焼きをした後に生えてくる草を刈り取ってエサにしていたようです。野焼きは、牛のエサを確保するためにも、木を生やさず草地として守る役割がありました。

以前は、小規模農家がたくさんいて、各農家は牛を1〜2頭飼うのが当たり前でした。子牛を生ませて出荷して収入を得ていました。ところが、約30年前の牛肉とオレンジの輸入自由化の際、子牛の値段が急激に下がり多くの農家が畜産を辞めてしまったんです。

昔は牛のエサを得るために野焼きは欠かせないもので、なりわいとして当たり前に続いてきました。しかし、畜産が廃れると野焼きをする人が激減し、草原が維持できなくなることが問題となっています。

–畜産が廃れた今、なぜ野焼きをするのでしょうか?

田上さん:

阿蘇と言えば草原です。野焼きをしなくなると草原はいずれ自然の森になってしまうので、草原と雄大な景色を守るためにも野焼きが必要なんです。

また、最近の研究によって、阿蘇の草原の新しい価値がわかってきました。一つは「水源かん養機能」です。これは草原が水資源を蓄え、育み、守っている働きのことで、阿蘇の草原は地下水かん養能力が優れていることがわかりました。この働きによって、阿蘇地域の豊富な湧水が保たれています。

もう一つは、炭素を固定する力です。野焼きによって二酸化炭素を放出しますが、阿蘇の草原は、それ以上に炭素を地下に蓄える力があることがわかりました。ある研究では、1ヘクタール当たり約5トン相当もの二酸化炭素固定機能があることが明らかになっており、野焼きを実施することが地球温暖化の抑止に貢献できます。

さらに草原は生物多様性を守るためにも重要です。阿蘇の草原には約600種の植物が生育しており、この地域でしか生息していない種もいます。また、絶滅危惧種に指定されているチョウも生息しており、草原が荒れてしまうとこれらの生物も失われてしまう可能性があります。生物多様性の観点からも、草原を維持する野焼きは重要な役割を担っているんです。

以前は畜産農家だけでやっていた野焼きですが、近年は畜産農家以外の方々の手を借りたり、ボランティアを募ったりして続けています。高齢化で野焼きを維持するのも大変ですが、野焼きの意義や重要さをもっと住民にご理解いただき、参加していただける人を増やしていきたいですね。

–野焼き以外で、環境保全のための取り組みはありますか?

田上さん:

現在検討中のものに、再生可能エネルギーの普及促進があります。南阿蘇村の地域特性も考え、地熱発電と木質バイオマス発電がよいのではないかと検討しています。どちらも企業を誘致し、自治体と協働で取り組んでいく予定です。

地熱発電は、活火山である阿蘇山麓の地熱を活用します。2022年12月には2,000キロワット級の地熱発電を開始する予定です。

木質バイオマスについては、実は南阿蘇は森林も多く4割が人工林となっていますが、現在あまり活用されておらず荒廃する懸念がありました。そこで、木質チップにしてバイオマス発電として活用することで、森林の管理にもなり、景観や防災の面でも多方面にメリットがあると考えています。

2つ目のK「活力」有機農業のモデル市町村を目指す!

–次に、「活力」はどのような取り組みをされていますか?

山戸さん:

村として、有機農業を推進していこうと考えています。有機農業に力を入れることになったのは、もともと村長が公約にも掲げていたからです。

また、国全体でも2021年に「みどりの食料システム戦略」が発表され、全国の農地の25%を有機農業にする目標を掲げています。その中で、全国の100自治体をモデル市町村にしたいと言っており、南阿蘇村はその一つになることを目指しています。

また、南阿蘇村では2021年10月に「農業公社」を設立しました。今の農家は70代以上がほとんどで、これからも農業を継続していくのは年齢的に厳しい人も多くいます。そのため、農地を誰かに使ってほしいという相談が多くありました。そこで、農業公社ではそのような人から一旦農地を借り受けて管理をし、新たに借りたい人がいたら紹介する事業に取り組んでいます。

一旦借りて管理するといっても人手が必要なので、ここは地域おこし協力隊にお願いしているんです。南阿蘇村での農業に関心のある人は多く、そういった方に協力隊になっていただき、農業研修をしながら管理をしてもらっています。

また、農産物のブランド化にも取り組みたいと考えています。南阿蘇ではそばを約120ヘクタールの農地で栽培していますが、ほとんどがこの地域の在来種で、なかなか珍しいんですよ。さらに化学肥料や農薬を使わずに栽培している農家も多く、うまくブランド化して価格競争に巻き込まれずに売り込んでいきたいと思っています。

そばの花

ブランド化した農産物は飲食店や宿泊業などと連携して、地元の農産物を使ってもらい、観光で来た人にファンになっていただけたらいいですね。地域の価値をうまく活用して、農業も観光も経済活性化につなげていきたいです。

–かつて盛んだった畜産業は廃れてしまったとおっしゃっていましたが、現在の状況はいかがですか?

古澤さん:

数は減ってしまいましたが、今も「阿蘇のあか牛」といって、草原で放牧している畜産家はいますよ。そして現在は、あか牛のゲップによる温室効果ガスを減らす研究を行っているんです。

牛がゲップで吐き出すメタンガスが地球温暖化を促進させるとして、近年問題視されていますよね。世界の15億頭の牛が吐き出すメタンは、世界で排出される温室効果ガスの4%を占めるとも言われています。

そこで2022年7月から、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科と熊本県畜産農業組合連合会、そして私たち南阿蘇村の3者で協定を結び、調査を進めています。牛のエサを変え、健康改善することでゲップが減らせるんです。これから、通常のエサを与えた場合のゲップ量と比較検証していきます。

この取り組みによって、阿蘇のあか牛を「エシカル牛」として、環境に配慮した特産品として売り出していくことも考えています。

3つ目のK「暮らし」移住定住促進で人口減少に歯止めを

–最後に、3つ目の「暮らし」についての取り組みを教えてください。

古澤さん:

前述したように南阿蘇村では熊本地震の影響で、急激な人口減少が問題になっています。また、農業人口も高齢化と減少が進んでいて、このままだと野焼きが維持できず、最大の特徴である美しい景観を維持することもできません。地域にある伝統文化の継承も難しくなっていきます。

そのため、南阿蘇村では移住定住に力を入れています。一つは空き家・空き地バンクの運用です。これは空き家・空き地を持っている人、住みたい人に登録していただき、移住相談から物件公開・内見・マッチング・契約までを運用しています。ありがたいことに住みたい人の登録を多くいただいていますが、空き家・空き地バンクだけでは受け皿として十分ではありません。そこで村で空き家を借りてリフォームしたり、震災時の木造仮設住宅を解体して利活用するなど移住者向けに貸し出すことも始めました。

移住者の中には賃貸物件を希望する人も多いのですが、もともと村内には賃貸アパートがあまりなかったんです。そこで、賃貸住宅の建設事業者に補助金を出して、さらに新しい賃貸物件を建ててもらっています。

このように移住者の受け皿として「住む場所」を整えてきましたが、実際に移住した後に「こんなはずじゃなかった」となってしまう人がいるのも事実です。そこで移住のミスマッチを防ぐために期間限定のお試し移住も行っています。

加えて、このような移住定住に関する情報をウェブサイトで発信しています。実際に移住した方にインタビューした動画を載せていますが、ここでも地域おこし協力隊にサイトの運営をお願いしているんです。

実はこの協力隊も、3年の受け入れ期間が終わった後は定住してもらうことを条件に来ていただいています。南阿蘇村は、熊本県の他の地域と比べても定住率が高いんですよ。これらの取り組みが成果を上げ、2020年度には60人の定住につながりました。

豊かな自然資源を活かし、地域経済の発展につなげる

–南阿蘇村のSDGsの認知度や反応については、どのように感じていらっしゃいますか?

古澤さん:

住民にアンケートを実施したわけではありませんが、SDGsの認知度はまだまだかなと感じています。未来都市に認定されたことは村の広報誌でお知らせしていますが、住民へ浸透するのはこれからでしょうね。

ただ南阿蘇村で取り組んでいることは、今まで住民が継続してきた草原や環境を維持することばかりです。特に新しいことを言うのではなく、「今まで皆さんが取り組んできた活動そのものがSDGsに関連しているんですよ」と意識づけすることが大事だと感じています。月に1回、村の広報誌を出しているので、その中でも伝えていけたらと思っています。

南阿蘇村の広報誌

–最後に、南阿蘇村の今後の展望や目標について教えてください。

古澤さん:

最初にお伝えしたように「誰もが住みたい・住み続けたい南阿蘇村の実現」を目指していきます。そのためにもSDGsは不可欠です。伝統的に続いてきた野焼きによる草原、自然環境と美しい景観の維持が観光にもつながります。関係人口の増加で新たなビジネスの創出や経済の相乗効果も期待しています。

また、南阿蘇村を含む阿蘇地域は「世界農業遺産※」にも認定されているんですよ。

世界農業遺産

国際連合食糧農業機関(FAO)により認定される、何世代にもわたって継承されてきた独自性のある伝統的な農林産業や文化、景観などを持つ地域。世界で22ヶ国67地域、日本では13地域が認定されています(2022年7月現在)。

参照:農林水産省

南阿蘇村は豊かな自然に恵まれたポテンシャルの高い地域です。これらの環境を保全することが、単に環境を守るだけではなく、観光業や新たなビジネスの創出につながり、地域全体の活性化になると信じています。今後も住民と協力しながら、南阿蘇村の発展に取り組んでいきます。

–本日は、貴重なお話をありがとうございました。

関連リンク

南阿蘇村ホームページ:https://www.vill.minamiaso.lg.jp/default.html