絶滅危惧種=動物をイメージしがちですが、植物の重要性についても忘れてはいけません。
植物も生態系を維持する上で欠かせない存在となっていることから、地球全体を守るためにも植物の多様性を維持することが大切です。
今回は、植物の保全に力を入れているタスマニアの取り組み・TSCCについて詳しくご紹介していきます。
植物の種子に焦点を当てた保全活動について理解を深め、サスティナブルな未来づくりのヒントにしてくださいね。
タスマニアってどんなところ?
オーストラリアの州の中で、唯一の島で形成されている州・タスマニア。
オーストラリア南東部に位置し、面積は北海道と同程度です。
手つかずの大自然や多様な野生動物が見られる地域として知られており、絶滅危惧種のタスマニアデビルや既に絶滅したタスマニアタイガーといったタスマニア固有の種も多くなっています。
また、コンパクトな州でありながら「タスマニア原生地域」と「オーストラリア囚人遺跡群」という2つの世界遺産を有し、年間約325万人が訪れる人気観光スポットのひとつでもあります。
タスマニアが抱える環境問題
離島に位置するタスマニアでは、オーストラリア本土では見られない希少な植物もたくさんあります。
独自のエコシステムを持つ地として人々を魅了しているものの、気候変動や森林火災による植物の絶滅が懸念されています。
また、植物が絶滅することで野生動物の生息地や餌にも悪影響を及ぼす可能性が高く、タスマニアのエコシステム全体の崩壊にも繋がりかねません。
2024年時点で、タスマニアにおける絶滅危惧種の植物の数は400以上です。
ただし、タスマニアには世界遺産にも登録されている国立公園や山などに生息する植物も数多く、アクセスしづらい場所にあることから正確な生息数を把握することは困難とされています。
もしかすると想定よりも多くの植物が絶滅の危機に晒されている可能性も潜んでおり、タスマニアでは植物の保全が重要課題となっています。
植物の絶滅を防ぐためのプログラム・TSCCとは?
TSCCの正式名称は、Tasmanian Seed Conservation Centre(タスマニア種子保護センター)です。
その名称からも分かるようにタスマニアの種子を保全するために作られた組織で、タスマニア市街地から程近い場所にあるタスマニア王立植物園の研究所中に位置しています。
タスマニア王立植物園はタスマニアのさまざまな植物を管理しているのはもちろん、絶滅危惧種となっている植物の保護戦略を立てている施設としても知られています。
TSCCはタスマニア王立植物園の保護戦略をサポートするために2005年に設立され、データ収集、リサーチ、マネジメントプランの組み直しといった幅広い作業に役立てられている点が特徴です。
植物の絶滅を阻止するための種子採取
TSCCは、タスマニアの植物を保全するために種子の採取が必要不可欠だと考えています。
植物の種子をあらかじめ採取・保存しておくことで、万が一に自然下で植物が絶滅しても種子を使った育成が可能です。
気候変動や森林火災による絶滅の危機を免れるため、TSCCでは本来の生息地外の場所での種子の保管を促進しています。
また、種子採取を行う際にマッピング資料を作成しておけば、どの種子がどこで生息していたのかを明確にできます。
将来的に種子や育った苗木を再度植えるといった選択肢も増えるため、タスマニア固有の在来植物種の長期的な安全と保護に繋がる取り組みです。
東京ドーム64個分の範囲の種子採取
タスマニアの植物の種子採取を行うため、TSCCは2020年4月に産地や森での散策を行いました。
種子採取の散策チームは、タスマニア王立植物園のジェームズ・ウッズ氏とTasmanian Walking Companyのジャスティン・ダイアー氏の2名です。
Tasmanian Walking Companyは1987年に創業したガイドツアー企業で、タスマニアの大自然の中で楽しめるエコツーリズムに特化しています。
Tasmanian Tourism AwardやAustralian Tourism Awardsなどにおいて環境面への配慮が高く評価されていることから、種子採取の散策チームに抜擢されました。
2名が散策した広さは東京ドーム64個分にも匹敵し、タスマニアの固有種や絶滅危惧種の在来針葉樹の種子を収集しました。
同時に各種子の採取場所を表す地図の作成も行い、針葉樹の多様性の確認や将来的に再導入が必要になった場合の位置関係を明確化しています。
尚、針葉樹は特定の時期のみ種子を実らせることから、散策チームによって得られた種子は非常に貴重なものとして扱われています。
プログラムの成果
TSCCの種子採取プログラムにより、タスマニアの希少種や絶滅危惧種の57%の種子を収集できました。
また、針葉樹に関しては46林分から採取を行い、約8,000個もの生存可能な種子を集めることに成功しています。
種子は全てタスマニア王立植物園にて保管され、継続的な発芽試験にも役立てられています。
尚、重複した種子については、シドニー王立植物園の研究所及びミレニアム種子バンク(Millennium Seed Bank)と呼ばれる世界的なシードバンクへも共有されました。
種子の保管先を増やすことにより、予期せぬ事態が発生した場合でも種子の損失リスクを抑えられます。
種子採取プログラムには観光客も参加できる?
植物の種子を採取することで、将来的な植物の絶滅を未然に防げます。
「種子を集めてタスマニアのエコシステム保護に貢献したい」「観光気分で大自然の中で種子採取を行いたい」といった一般市民の声が寄せられたことを受けて、タスマニアでは観光客を対象に植物の種子採取プログラムを提供しています。
プログラムを実施しているのはTSCCではなく、元々の散策チームにも加わっていたTasmanian Walking Companyです。
植物の種子採取は環境保全に直接的に関われるアクティビティとなっていることから、Tasmanian Walking Companyでは観光客向けのプログラムを定期的に催行しています。
Tasmanian Walking Companyで参加できる種子採取の例
Tasmanian Walking Companyでは、2020~2022年にかけてクレイドルマウンテン(Cradle Mountain)での種子採取プログラムを開催しました。
クレイドルマウンテンは世界遺産に登録されている「タスマニア原生地域」のひとつであり、標高1545m、1,614平方kmを誇る雄大な山です。
約1500~1600種もの植物が生息していると言われ、ペンシルパイン、キングビリーパイン、セロリトップパインの3種類のタスマニア固有種の針葉樹が見られる貴重なエリアです。
Tasmanian Walking Companyの種子採取プログラムは6日に渡って開催されており、環境保全や自然保護に興味のある人々が数多く参加しました。
過去に行われてきた種子採取の成果
Tasmanian Walking Companyが実施したクレイドルマウンテンでの種子採取プログラムでは、以下のような収集結果が出ています。
針葉樹の種子:12,900
オレアリア・ピニフォリアの種子:258,470個
ペクティナタスの種子: 19,865個
キク科の花の種子: 3,201個
モウセンゴケの種子: 34,491個
クレイドルマウンテンの針葉樹及び低木から種子が採取され、合計45万個の生存可能な種子の保存に成功しました。
また、白い花を咲かせることで知られる高山植物・ヤナギラン(Epilobium)もプログラム中に発見されており、その希少性からサンプルの採取を行っています。
保存されたサンプルは一部を植物標本として残し、その他の部分を苗床で栽培した後、タスマニア標本館にて高山植物のリサーチに役立てられています。
まとめ
タスマニアの生態系を守るため、TSCCでは東京ドーム64個分もの広範囲にわたって種子の採取を行いました。
種子を保管しておくことで、将来的に野生下で絶滅しても個体を復活させられるチャンスが生まれます。
観光客向けのプログラムも提供しており、組織だけでなく一般市民も交えた保全活動に成功しています。
動物と比べて軽視されることが多い絶滅危惧種の植物ですが、まずは植物の重要性を認識することからはじめてみてはいかがでしょう?