地球温暖化にも密接に関係し、私たちの健康にも影響を与える大気汚染は世界規模の深刻な環境問題です。製造業が盛んで輸出大国である中華人民共和国(以降中国)は、その経済の成長とともに深刻な大気汚染に悩まされています。
中国は日本にとって、一番古くから交わりのある国です。隣国として、これからも協力しあい、高め合うためにも、今回は「大気汚染」という視点から中国について知識を深めましょう。
中国の大気汚染について
環境省は中国在留日本人・中国進出企業関係者に向けて、中国でのPM2.5濃度が極端に高くなる場合に対応するために、リアルタイムで速報値を公表するとともに注意喚起をしています。大気が高濃度に汚染されている時は、現地の中国地方政府もテレビ・ラジオ・インターネットなどで注意喚起をしています。
このように中国の大気汚染は深刻な問題です。では、世界が環境問題に強い関心を持つようになった近年、中国の大気汚染はどう変化し、どのような対策がとられているのでしょうか?
【2014年の中国の首都 北京】
中国はどんな国?
まずは中国の基本的な情報を確認しておきましょう。
- 国名:中華人民共和国(People’s Republic of China)
- 面積:約960万平方キロメートル(日本の約26倍)
- 人口:約14億人(2022年7月データ)
- 首都:北京
- 民族:漢民族(総人口の約92%)及び55の少数民族
- 公用語:中国語
- 宗教:仏教・イスラム教・キリスト教など
中国はアメリカに次ぐ世界2位の経済大国です。しかし「世界最大の発展途上国」を自称し、中国の発展は他国の脅威にはならないとする「平和的発展」を掲げています。
【中国の地形を示す合成衛星画像】
【中国の主な都市】
世界最大の発展途上国
世界2位の経済大国である中国は、自らを「世界最大の発展途上国」としています。ここから、中国の
- 将来の可能性の大きさ
- 現実的に自国の現状を評価する姿勢
- 先進諸国の協力・支援が必要
など、さまざまな面が見えます。中国は広い国土と世界一の人口を抱える国ですが、
- 都市部と農村部
- 高所得者と低所得者
- 地域の事業手腕
- 開発度合い
など、様々な格差が存在します。しかし、このような格差が生まれることは、中国政府は元々わかっていたと言えます。
1978年から始まった鄧小平副主席の「改革開放」では、国土が広く人口の多い中国全体を一気に豊かにするのではなく、豊かになれる条件の揃った地域を「経済特区」や「経済技術開発区」として先に発展させ、その後に地方の開発を進めるという「先富論」によって開発が進められました。
この結果、急速に発展した都市や工業地帯の労働力を地方からの出稼ぎ労働者が支え、中国は急速な経済発展を遂げたのです。現在の中国では、国家は次の段階に進む時とされ、習近平国家主席による格差を縮小して社会全体を豊かにすることを目指す「共同富裕」の方針が示されています。
このような背景からも、中国は大気汚染の現状に「これまでは開発・発展・経済成長を優先してきたが、これからは将来を見据えて問題を解決しなければいけない」という姿勢で解決に向けて取り組んでいます。
PM2.5とは
大気汚染物質の中で特に問題となっているのがPM2.5です。PM2.5は
- 人間の活動…工場・自動車の排気ガスなど
- 自然…黄砂・森林火災など
と、発生源は排気ガスだけでなく自然由来のものもあります。これらは「粒子状物質」と呼ばれ、
- 直径10ミクロン以下…PM10
- 直径2.5ミクロン以下…PM2.5
というように、数字は粒子の直径を表しています。1ミクロン(1μm)は1mmの1000分の1です。
粒子状物質は、粒子の直径が小さくなるほど体内の奥に侵入しやすくなり、
- ぜんそく
- 気管支炎
- 肺がん
- 心臓疾患
などを発症・悪化させ、死亡リスクも増加させると言われています。
【PMの大きさ(人の髪との比較)】
※問題となっているPM2.5の直径は人の髪の毛の約40分の1という微粒子です。
大気汚染状況の基準(PM2.5)
大気汚染状況の基準は、国ごとに政府機関が定めています。PM2.5の環境基準を中国・日本・アメリカ・WHO※で比較すると、中国の基準は他より緩く設定されています。
【中国・日本・アメリカ・WHOの微小粒子物質の環境基準】
しかし、「呼吸困難。どこかで火事が起きてるみたい。」と住民から声が上がるほどの深刻な大気汚染が発生する中国では、現実的な目標値とも言えます。この声がインターネットに投稿された時(2016年1月9日)のPM2.5濃度はWHO※の指針の約50倍にもなっていました。*1)
中国の大気汚染の現状
【2005年8月の北京のスモッグ】
日本国内に居ると、「中国の都市部は大気汚染が酷くて視界が効かないほど」というイメージがあります。上の画像のような報道の印象が強く残っている人も多いでしょう。
しかし、上の画像は2005年のもので、この記事を執筆しているのは2022年です。中国の大気汚染の現状はどうなっているのでしょうか?
APECブルー
中国の首都、北京は3方向を山に囲まれ、風が弱い上に市街地での温室効果ガスの排出量が多く、大気汚染が深刻になりやすい条件が多くあります。2014年11月にアジア太平洋経済協力(APEC)の非公式首脳会議が北京で開催された頃は、「鉄腕治汚」(=政府機関が計画的に汚染防止管理対策を推進する)政策がとられ、北京の環境保護局が汚染源と思われる企業を約10万社検査しました。
この検査で立件・処分された企業は2,569社、総罰金額は8349万3800元(約16億976万円)に上りました。
【2014年に中国で開かれたAPEC非公式会議】
しかし、同年の12月ごろには「APECが閉幕すると、あっという間に北京には鉛色の空が戻り、市民の表情は曇った」と報道されました。結局、「APECブルー」は「はかなくすぐに消えてしまうもの」の代名詞となってしまいました。
実際に中国の大気汚染の状況は?
実際に2022年11月5日の中国World Air Quality Index ※が発表する大気汚染の状況を見てみましょう。中国の主に中央から東側の主要な都市が連なる地域で「不健康」という評価の赤いマークが多く見られます。
【2022年11月5日の大気汚染状況】
【色の解説】
(左)出典:World Air Quality Index ※『世界の大気汚染:リアルタイム空気質指数』(2022年11月5日)
(右)出典: Google『地図データ©︎2022 Google、TMap Mobility』
しかし、大気汚染の現状は以前に比べれば改善傾向にあると報告されています。アメリカのNASAの発表をみてみましょう。
中国の大気汚染状況は改善傾向に
NASA※は2020年3月に中国の人工衛星写真を公開し、大気汚染の状況が改善されている見解を示しました。写真からは2020年に入って大気汚染の原因のひとつ、二酸化窒素※の排出量が減っていることがわかります。
【NASAが発表した中国の大気汚染状況:2020年】
NASAは、この二酸化窒素の減少は新型コロナウイルス感染拡大による、経済活動の停滞が関係していると指摘しました。このような二酸化窒素の減少は新型コロナウイルス流行の発端となった都市の武漢でも顕著で、その後、中国全土にも広がったと説明しています。
【武漢の大気汚染の状況2019年・2020年の比較】
これまで中国では春節(旧正月)の間、一時的に大気汚染の度合いが減少する傾向がありました。しかし、今回の二酸化窒素濃度の減少は劇的で、新型コロナウイルスの感染拡大防止対策が続けられるに伴って、それが長続きしていると考えられます。*2)
このように改善の傾向にある中国の大気汚染状況ですが、よく比較に出される2014年ごろの「鉛色の空」と呼ばれるほど深刻な汚染状況になった原因は何でしょうか?次の章では中国の大気汚染の原因を探っていきましょう。
中国の大気汚染の原因
中国の大気汚染が深刻になってしまった原因は「石炭への依存度が高い」ことが知られていますが、それだけにとどまらない大国ならではの理由があります。日本の「中国の大気汚染の原因」というタイトルの記事では「モラルがない経済成長のため」などの表現がよく見られますが、真相はどうなのでしょうか?
世界2位のGDPを誇る中国の生産力
中国の経済成長は目覚ましく、2000年代に次々と日本・ドイツなどを追い抜き、アメリカに次ぐ世界2位の経済大国です。グラフからもその顕著な成長がよくわかります。
この中国の経済成長を支えているのが、輸出向けの商品の製造です。また、中国の世界一の人口は労働力として工業の発展とサービス業の成長を支えました。
「世界の工場」とも言える中国ですが、その代償として深刻な環境問題を招いてしまいました。
【主要国のGDPの見通し】
かつて日本も1980年代から、このような成長を経験しました。同時に深刻な公害問題に悩まされ、多大な犠牲と企業の改善努力があって現在に至ります。
石炭への依存度
中国では大気汚染の要因になりやすい石炭への依存度が高く、「無煤化(無石炭化)」は問題を解決する上で重要であると考えています。中国では石炭が豊富に採れるため、安価なエネルギーとして石炭が利用されてきたのです。
中国の火力発電所や工場では今でも多くの石炭が使われています。また、一般的な家庭の暖房にも石炭が燃料として広く利用されています。
【各発電技術のCO2排出量】
※上のグラフからも石炭が他の燃料に比べCO2排出量が多いことがわかります。
【各国のエネルギー源別電力構成】
※このグラフからは中国がインドと並んで高い割合で石炭火力発電に依存していることがわかります。
中国には世界の12.8%の石炭埋蔵量があり、石炭はエネルギーとしてだけでなく、中小の炭鉱・鉄道・トラック・火力発電所・設備業者など、多くの雇用も支えています。しかし、急激な経済成長を遂げ人々の雇用は増えましたが、まだ低所得者の数は多く、高所得者との所得格差も大きいのが現実です。
そのような低所得家庭や農村部から石炭の利用を減らすことは簡単ではありません。
【中国陝西省 汕頭発電所の石灰石採掘現場】
自動車の保有台数増加
中国の自動車保有数は、経済成長に伴い増加の傾向にあります。中国国内の自動車の保有数は2020年末に2億7,339万台に達しました。
【主要国の四輪車普及率】
(人口1,000人当たり台数および1台当たり人口/2020年末現在)
これは保有率で考えると中国の国民の20%に満たない値で、アメリカが83.7%、日本が62.0%と比較して割合は低い状況です。しかし、保有台数ではアメリカが2億8900万台、日本が7846万台であるため、中国(2億7,339万台)はアメリカに迫る台数を保有していることになります。
【主要国の四輪車生産台数推移】
自動車生産台数で見ても、中国の規模は他国を圧倒しています。中国は自動車に関して2020年時点では輸出の割合は少なく、生産された自動車のほとんどが国内向けに販売されています。
そしてガソリン車・ディーゼル車が増えると、大気汚染物質の排出量も増えます。これを懸念し、中国はEV車普及に力を入れる方針です。
まずは経済成長を優先させた
このような中国の大気汚染の現状は、かつて日本でも1959年から1972年に政治問題となっていた「四日市ぜんそく」で知られる状況に似ているとも考えられます。人々に深刻な健康被害が出るまでは、経済活動を利益の追求のみで加速してしまうのです。
需要に応えるため生産する、より豊かな暮らしのために生産を増やす、目前のビジネスの機会を逃さない…これはごく自然な活動です。しかし、中国の今と日本の過去の例で違うのは、中国はこのような問題が出てくることは先進国が経験したことからある程度予測はしていたものの、経済成長を優先させたところです。
これが大気汚染物質の「モラルがない排出」と批判を受ける理由かもしれません。しかし中国は、これまで利益が最優先に進んできた経済活動を見直し、人々の健康に影響を与えない産業へと転換していこうとしています。*3)
かつて公害を経験した日本企業には、環境対策技術の輸出など、ビジネスの機会があるかもしれません。
続いては中国の大気汚染が及ぼす日本への影響を確認します。
中国の大気汚染が日本に与える影響
中国の大気汚染の影響は日本だけでなく気流に乗ってアメリカ大陸にまで及んでいると言われています。日本には具体的にどのような影響を与えているのでしょうか?
越境汚染
2013年1月に、日本で一時的にPM2.5の濃度が上昇したことが観測されました。西日本の広い範囲で環境基準値を超える量のPM2.5が観測されています。また、日本国内の都市からの影響を受けにくい九州西端の離島にある国立環境研究所でもPM2.5の濃度上昇が観測されました。
このことに加え、
- その成分に硫酸イオンが多く含まれていたこと
- 国立環境研究所の推計では北東アジアの広域的な大気汚染の一部が日本に及んでいる
などから総合的に判断して、この時のPM2.5の濃度上昇は大陸からの越境大気汚染の影響だと考えられました。
越境汚染による影響は地域や時期によって異なるため、その程度を明確にするには詳細な解析が必要ですが、地域・時期によっては日本でも中国からの越境汚染の影響があると言えます。
健康被害
PM2.5の健康への影響は先ほど簡単に紹介しましたが、ここではもう少し踏み込んで解説します。中国から飛来するPM2.5は発生源ごとにさまざまな成分が含まれますが、主な成分は
- 硫黄酸化物
- 窒素酸化物
- 有機物化合物
などで、発生後大気中で化学反応により粒子化し、多種多様な物質へと変化することがわかっています。微量成分として
- 黒色炭素
- 金属成分
が含まれています。金属成分の中でも銅イオン・亜鉛イオンは細胞を酸化させるストレスを誘導することから、毒性が高いことが判明しています。
PM2.5は特に、
- 循環器疾患
- 呼吸器疾患
が原因での死亡率にも関与していることが統計で解析されています。PM2.5の濃度が1立方メートルあたり10マイクログラム(10µg/m3)上昇すると、死亡する人の割合が1.3%増加すると言われています。
まだPM2.5の健康被害については、10年程度の長期的な蓄積データが必要な研究分野で、未解明な部分も残されています。今後の研究結果によって、規制などの対策方針が決められます。*4)
ここまで見てきたように様々な場面で影響が見られるものの、中国ではこれまで貴重なものだった青空が、日常的なものへと変わりつつあると現地メディアは報道しています。そこに至るためにはどのような対策が行われたのでしょうか?
続いては中国の大気汚染問題への対策を確認しましょう。
中国の大気汚染問題対策
中国の人民網※では公衆環境研究センターが2014年から2021年の大気汚染の状況のデータを分析した結果を公表しています。この結果は先ほどのNASAからの発表からも矛盾点はなく、中国の大気汚染はこの10年で改善傾向にあることがわかります。
【2014-2021年の中国の大気の質の改善状況】
先ほどのNASAの報告では、この中国の大気汚染状況改善は新型コロナウイルス感染拡大による経済の停滞の影響が大きいと指摘していました。しかし中国の国家主導による対策が強く推進されたことも注目すべき事実です。
脱石炭
中国では、大気汚染問題への対策として2017年冬に石炭を利用する
- 鉄鋼
- セメント
- 鋳造
- レンガキルン
- 電解アルミ
などの工業生産に対して生産抑制の指令が出ました。(これは「強引すぎる」と評価する専門家もいます。)
また、中国北方地域の石炭ボイラーを撤廃し、ガスボイラーや電気温熱気に代替する取り組みが進められています。これにより天然ガス消費量が増加し、各地で深刻なガス供給不足と価格の高騰が発生しました。
【中国の天然ガス生産・消費・輸入量】
上のグラフからもわかるように、中国の天然ガスの消費量は増加傾向にあり、国内生産量の不足分を輸入に頼っている状況です。石炭に比べ、天然ガスは大気汚染物質排出の削減効果があります。一方で天然ガスの方が高価なために、この移行に苦しむ一般家庭や企業は多く、脱石炭にはまだ多くの課題があります。
大気汚染防止行動計画(大気十条)
2013年に中国では「大気十条」とも呼ばれる「大気汚染防止行動計画」が発表されました。主な内容は、
- 2017年までに全国の都市のPM10濃度を2010年から比較して10%以上低下させる
- 「大気の質の優良日」の数を毎年増やしていく
- 北京・天津・河北、長江デルタ、珠江デルタ各地域のPM2.5濃度をそれぞれ、約25%、約20%、約15%低下させる
- 北京のPM2.5年間平均濃度を1立方メートルあたり60マイクログラム前後に抑える
などです。この目標は2018年に中国環境保護部定例記者会見で「完全に達成された」と発表されました。
【大気汚染防止行動計画(大気十条)】
「青空を守る戦い」:青空防衛戦
中国は「大気十条」に続き、2018年には「青空防衛戦」計画を制定しました。この内容は、
- 大気汚染物質の総排出量を大幅に削減
- 産業構造の調整・最適化・産業のグリーン開発の促進
- エネルギー構造の調整加速・クリーンで低炭素な効率的エネルギーシステムの構築
- 輸送構造を積極的に調整し、グリーン交通システムを開発
- 土地利用構造の最適化・調整、表面源汚染の管理促進
- 汚染物質の排出を大幅に削減するための重要な特別措置
- 地域共同防衛管理を強化し、銃汚染気象に効果的に対処
- 法律や規制システムを改善し、環境経済システムを改善
- 基本的な能力構造を強化し、環境法施行の監督を厳格に行う
- すべての当事者の責任を明確に実施し、社会全体の幅広い参加を動員
といった10章から成ります。この中で中国政府は具体的に、
- 石炭の小型ボイラーの破棄を加速
- 石炭火力発電所の低排出のための改造推進
- 道路輸送を減らし鉄道輸送へ
- ガソリン・ディーゼルの品質向上
- 黄砂への対策
- ディーゼルトラックの生産・販売・登録の管理強化
などの目標を示しています。
【青空防衛戦の通知文書(日本語翻訳)】
中国政府の必死さが伝わってくる内容ですが、一般家庭や企業に負担が大きくなりすぎないか、心配もあります。総合すると、大気汚染に関して中国はまだ苦しい現状にあると言えます。*5)
日本はこのような中国をどう見ているのでしょうか?続いては日本からの視点で見ていきましょう。
日本における中国の大気汚染問題対策
中国と日本の間には、
- 領土問題
- 歴史問題
- 安全保障
などの問題があり、これらは解決されていません。「中国と日本は仲が悪い」と思っている人もいます。
しかし、近年は政府間・民間ともに関係が改善してきているとの考えが一般的です。まずは近年の両国間の関係を簡単に確認しておきましょう。
近年の日中関係
近年では2012年に日本の野田佳彦政権が沖縄県の尖閣諸島を国有化したことで、中国外務省は「中国の主権を侵し、国民感情を著しく傷つけた」と声明を出すなど、日中関係は「国交正常化以来最悪」と言われるほどに冷え込みました。
その後中国では習近平政権、日本では第一次安倍晋三政権となり、先ほど触れた2014年の北京で開かれたAPEC首脳会議で、「硬い表情」ながら両氏は握手を交わしました。
この握手以降、日中関係は改善に向かいました。「競争から協調」を呼びかける日本に対し、はじめは「日本は中国のご機嫌をうかがっている」と意見を発していた中国政府も、現在は日本を中国・アメリカ関係の解決を含め経済的にも重要な存在としています。
【2014年の習近平国家主席と安倍総理】
※両氏の表情が当時の両国間の関係を物語っています。
【2017年の習近平国家主席と安倍総理】
※2014年よりも柔らかな表情の両氏。「どちらにも利益を(=win-winの関係)」を築くことなど、さまざまな合意が交わされました。
中国の大気汚染と日本の取り組み
そして日本は、2014年から中国の大気汚染問題解決のために、協力を続けています。日本の大気汚染対策の経験や実践的な方法は、実際に対処した地方自治体に蓄積されていることを重視し、「中国大気環境改善のための日中都市間連携協力事業」が実施されました。
この協力事業は
- 日本から専門家を派遣、現地での指導
- 日中合同会合(日中都市関連携協力セミナー)の開催
- 現地セミナーの開催
- 中国から日本へ研修・調査団の受け入れ
- 共同研究・モデル事業の実施
など、多岐にわたります。環境省は今後も二国間の協力を続け、中国の大気汚染問題解決を目指して研究やモデル事業を実施していく方針です。
【2013年から2017年の中国の大気汚染の状況】
環境対策でも協力を!
先述のように、いま中国が直面している大気汚染問題は、過去に日本が経験したものです。また、その後も日本では産業分野での環境対策技術やエネルギー関連の新技術の開発が進み、これらの分野で協力関係を築けば中国は日本の先進的な技術で環境対策を推進することができ、日本は中国の市場参入の機会を獲得できます。
【1960年代の北九州市】
【現在の北九州市】
中国は日本より国の規模が大きく、大気汚染問題の解決には大国ならではの大変さがあります。しかし、日本は過去に公害に苦しんだ経験と先端技術を活かし、中国の少しでも早い大気汚染状況の改善のために協力していきます。*6)
中国と日本の関係は世界からも非常に注目されています。日本に住む私たちも、このことをしっかりと理解し、民間レベルでも相手を尊重した友好的な関係を築くことが大切です。
中国の大気汚染対策について私たちが考えるべきこと
ここまで読むと、様々な感情を抱くと思います。中には、「中国の大気汚染の影響を日本にいても受けるなんて…」と怒りを覚える人もいるかもしれません。しかし、中国の国の位置・大きさ・気流の向き・経済の成長過程など、さまざまな要因が重なり、「越境汚染」として日本も影響を受けていますが、もし何かの条件が違えば、日本が中国に影響を与えてしまう立場だったかもしれません。
近年よく耳にするようになったSDGsの目標17では、「パートナーシップで目標を達成しよう」と示されています。同じ人間の、他の地域に住む仲間として、私たちにできることはあるのでしょうか?
中国の大気汚染は輸入国にも責任がある
中国の大気汚染は、アメリカの西部にも影響を与えていると言われています。これを受けてアメリカの研究チームが中国の大気汚染物質の放出状況を分析したところ、2006年に中国で発生した大気汚染物質の
- 約20%〜30%強が輸出の製造に伴うもの
- その輸出の約20%がアメリカへ向けたもの
という事実が明らかになりました。この研究結果から、中国の大気汚染のように輸出のための工業生産が多い国の大気汚染は、輸出品の製造国の責任のみを考えるのではなく、消費国もそれに加担しているとして、その責任の一部を負う必要があると結論づけています。
つまり、輸入しているということを「本来自分の国で作るべきものを輸出国に代わりに作ってもらっている」と解釈したのです。それらの製品を使っているのは輸入国であり、大気汚染に苦しむ輸出国の現状に対して無関係ではないのです。
日本もアメリカ同様、中国からの輸入は少なくありません。2021年の中国から日本の輸入総額は1億85,28万ドルで、1ドル130円で計算しても約240億円以上になります。
それだけの製品を「代わりに作ってもらっている」と考えると、安易に中国の大気汚染を「モラルのない排出」と非難することに疑問を感じざるを得ません。
中国の歴史・文化・日本との関係を知る
【世界最大の宮殿 紫禁城の太和殿】
近年でも過去には中国の反日感情が高まった時期や、日本でも中国に対して不信感があった時期がありました。歴史を見ても中国と日本は仲よくしたり、反発したりを繰り返しています。
しかし、日本の文化が中国に大きく影響を受けたことや、良し悪しはあっても関わりが続いてきたことは確かです。今後の関係をより信頼できるものにするには、政府間の努力も必要ですが、双方の国民がそれぞれお互いの歴史・文化などを正しく学び、理解を深めることも大切です。
【遣唐使船:貨幣博物館所蔵】
大きな国土・たくさんの人口を有する中国と、小さな国土・たくさんの先端技術を有する日本は、信頼関係を築くことができれば頼もしいパートナーとなれるでしょう。まずは相手を理解することが第一歩です。*7)
まとめ
中国は国土面積・人口の規模が大きく、そのかじ取りは簡単ではありません。生活様式や産業構造を新たなシステムに移行するにあたっても、隅々まで行き渡らせるには相応の時間が必要です。
中国の「鉄腕治汚」とも呼ばれる強力な措置は、日本に住む私たちから見たら「強引すぎる」と感じるかもしれません。しかし、中国政府は中国という国の規模と国民性を理解したうえで世界の環境目標と照らし合わせ、「それくらいしないと手遅れになる」と判断したと見ることもできます。
急速な経済成長を続ける中国ですが、同時にたくさんの問題に悩んでもいるのです。もちろん日本にも問題は山積みですが、将来を見据えても中国と友好的で信頼ある関係を育てていくことが、SDGsの目標を鑑みても重要だと考えられます。
中国の人たちに「日本が好きですか?」と質問して「好きです!」と声をそろえて答えてもらえる未来が来たら嬉しいと思いませんか?まずは私たちが理解を深め、真摯に考え、中国の大気汚染問題にも他人事と考えず向き合いましょう。
〈参考・引用文献〉
*1)中国の大気汚染について
Our World 国連大学ウェブマガジン『人々を中心に据えた中国の都市化計画』(2014年4月)
外務省『アジア 中華人民共和国』
WIKIMEDIA COMMONS『China 100.78713E 35.63718N』
SciencePortal China:『中国の格差と日本の格差、どちらが問題か』(2014年3月)
微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報 | 大気環境・自動車対策 | 環境省 (env.go.jp)
在中国日本大使館『中国における大気汚染について』(2020年3月)
環境省『大気環境・自動車対策 微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報』
大紀元『「まるで火事」 PM2.5濃度 中国東部でWHO基準の50倍』(2016年1月)
*2)中国の大気汚染の現状
WIKIMEDIA COMMONS『Beijing smog comparison August 2005』
中国における大気汚染について | 在中国日本国大使館 (emb-japan.go.jp)
人民網日本語版『「2014年大気清浄10大キーワード」が発表 「APECブルー」が首位』
人民網日本語版『北京、15年の大気質が基準値内の日数は全体の50%以上』(2016年1月5日)
WIKIMEDIA COMMONS『APEC Summit China 2014』
日本経済新聞『「APECブルー」いつ戻る 中国、脱石炭への険しい道』(2014年12月)
World Air Quality Index 『世界の大気汚染:リアルタイム空気質指数』(2022年11月5日)
World Air Quality Index
Google『地図データ©︎2022 Google、TMap Mobility』
NASA『Airborne Nitrogen Dioxide Plummets Over China』(2020年3月)
*3)中国の大気汚染の原因
経済産業省『通商白書2022 第Ⅰ部 第2章 世界経済の動向と中長期的な経済成長に向けた取組 第4節 中国経済の動向』(2022年6月)
公害とは?種類や原因・現状を知り、問題解決やSDGsの達成に取り組もう
Our World 国連大学ウェブマガジン『中国「公害との闘い」の標的は石炭』(2014年5月)
資源エネルギー庁『「CO2排出量」を考える上でおさえておきたい2つの視点』(2019年6月)
資源エネルギー庁『国によって異なる石炭火力発電の利活用』(2018年6月)
日本自動車工業会『世界生産・販売・保有・普及率・輸出 世界 生産』
人民網日本語版『中国、2021年機動車保有台数が3億9500万台に ドライバーは4億8100万人』(2022年1月)
*4)中国の大気汚染が日本に与える影響
環境省『微小粒子状物質(PM2.5)に関するよくある質問(Q & A)』
国立環境研究所『PM2.5の現状と健康影響』(2020年2月)
環境省『大気環境・自動車対策』
*5)中国の大気汚染問題対策
人民網日本語版『中国この10年で「青空」が「ぜいたく品」から「日用品」へと変わる』(2022年9月26日)
堀井 伸浩(九州大学大学院経済学研究院 准教授)『暴走する中国の大気汚染対策 中国のガス不足の背景と膨らむ社会コスト』(2018年6月)
日本貿易振興機構 アジア経済研究所『中国の空は青くなるか?第1回 中国の空を汚しているもの』(2018年6月)
人民網日本語版『中国、「大気十条」目標を完全達成、三大エリアのPM2.5濃度が著しく低下』(2018年2月)
日本貿易振興機構『中国、青い空を守るための3年行動計画を制定』(2018年7月)
中華人民共和国政府『国务院关于印发打赢蓝天保卫战 三年行动计划的通知』(2018年6月)
*6)日本における中国の大気汚染問題対策
外務省『日中首脳会談』(2014年11月)
外務省『日中首脳会議』(2017年11月)
国際環境経済研究所『日本への越境大気汚染の事実を私たちはどのように受け止めるべきか』(2019年3月)
日本経済新聞『友好・対立・協調…揺れた日中の40年』(2018年10月)
人民中国『「一帯一路」の現在と日中協力の扉』(2022年9月)
環境省『中国大気環境改善のための都市間連携協力 5 年間の活動状況及び成果の概要 』(2018年6月)
北九州市『ばい煙の空、死の海から奇跡の復活』(2022年6月)
*7)中国の大気汚染対策について私たちが考えるべきこと
「パートナーシップで目標を達成しよう」
NATIONAL GEOGRAPHIC『中国の大気汚染、製品輸入国にも責任?』(2014年1月)
WIKIMEDIA COMMONS『Taihe Palace in twilight』
WIKIMEDIA COMMONS『Japanese embassy to the Tang court』