近年の工業製品では、化石燃料由来に代わる植物由来の素材開発が盛んです。
今回取り上げるCNF(セルロースナノファイバー)は、中でも有望な素材として近年注目が集まっています。
この記事では、SDGsにも大きく貢献すると言われる、この夢の新素材、CNF(セルロースナノファイバー)について詳しく見ていきます。
CNF(セルロースナノファイバー)とは
CNF(セルロースナノファイバー)とは、植物を原料とする極めて細かい繊維でできた素材のことです。
植物の主成分であるセルロースを、ナノメートル(㎚=1ミリの100万分の1)単位まで細く割いた、繊維(ファイバー)状の物質のためこの名で呼ばれます。
植物由来のナノセルロース素材の一種
CNF(セルロースナノファイバー)は、植物細胞内のセルロース繊維を取り出してできる、ナノセルロースの一種です。これをさらに、それ以上細くできないくらい割いた1本1本の繊維をセルロースミクロフィブリルといいます。
このセルロースミクロフィブリルの1本単位または、まとまった繊維状のものを、一般的にはセルロースナノファイバーと呼びます。
定義としては
- 幅3~100nm、長さが100μm(マイクロメートル、1mmの1000分の1)
- アスペクト比(縦と横の比率)が10以上のもの
をセルロースナノファイバーと呼び、それ以下の長さのものはセルロースナノクリスタルと呼ばれます。
さまざまな材料から作ることができる
CNFの主な原料は木材ですが、セルロースを含んでいれば基本的にどの植物からでも作れます。例えば、稲や麦のわら、もみ殻などのほか、野菜くず、茶殻、みかんの皮や、紙・古紙なども材料になります。
その他に海藻や、ホヤの外皮に含まれるセルロース成分からでも作ることができます。最近では竹やコーヒーのカス、ホップのつる、ブドウの茎から作る研究も進んでおり、地元特産の農産物を再利用した、地方発のCNF産業という可能性も示しています。
CNF(セルロースナノファイバー)はどのように作られる?
CNF(セルロースナノファイバー)の作り方には、繊維を分解するか、糖質と細菌で合成する方法があり、一般的には繊維を分解して作る方法が主流です。
さらに分解する方法も、化学処理+物理処理で分解する方法と、機械などで物理処理する方法などに分かれます。分解方法の違いにより、生成されるCNFの性質も変わってくるため、目的に応じて適した方法が使われます。
化学処理+物理処理
この方式で最もポピュラーなTEMPO触媒酸化CNFは、セルロース繊維をTEMPOと呼ばれる触媒で酸化した後、攪拌して生成する方法です。1本単位の細かい繊維を簡単に、少ないエネルギー消費で生成できます。TEMPO触媒は高価ではあるものの、再利用が可能です。
その他、リン酸エステル化や、セルロース100%のCNFを作れる塩化亜鉛処理などの方法があります。
機械による物理処理
物理的に繊維を解く方法には、高圧をかけるホモジナイザーやウォータージェット法、水中カウンターコリジョン法など、いくつかの方法があります。衝撃波で分解するリファイナー式は紙パルプを作る製紙工場でよく使われています。
京都プロセス
京都プロセスは、京都大学で開発された生成方法です。セルロース繊維に付着するリグニンという成分をある程度残した状態で、水となじまない状態(疏水性)にしたパルプ繊維を解いて樹脂に混ぜ込む方法です。
耐熱性に優れ、樹脂に溶けやすいCNFを低コストで作れ、再成形しても強度が低下しないなどの長所があります。
CNF(セルロースナノファイバー)の特性
このようにして作られたCNF(セルロースナノファイバー)は、さまざまな面で非常に優れた特性を備えています。ここでは、その特性について見ていきましょう。
【機械特性】強くて軽い、安定した物質
CNF(セルロースナノファイバー)についてよく言われるのが「軽くて強い」ということです。CNFにはそれ以外にも、多くの物理的特長があります。
- 軽量・高強度:同量の鉄に比べ、重さは5分の1、強度は5倍
- 高弾性率:弾性率=変形のしにくさ。強い力で引っ張ってもほぼ変形しない
- 耐摩耗性・平滑性:摩擦に強く、表面が滑らか
- チキソ性(粘性変化):力を加えると液状になり、放置すると粘性が戻る性質
【化学・生物特性】持続可能な環境適合資源
CNF(セルロースナノファイバー)は水になじみやすく生分解性のある再生可能資源であり、環境適合性に優れています。その他にも多くの特徴的な化学的特性を備えています。
- 高比表面積:1グラムあたり250㎡という大きな比表面積(重量あたりの表面積)
- 低環境毒性:有機溶剤に耐性があり、毒性が低く、安全性が高い
- 高い透過性:超微細繊維のため、気体に対する抵抗や圧力損失が低い
- ガスバリア性:高いガスバリア性があり、酸素を通しにくい樹脂を作成可能
【光学・熱・電気特性】多方面への応用可能性
CNF(セルロースナノファイバー)は光や熱、電気に対しても以下のような優れた特性を発揮し、各工業分野で有望な素材として注目されています。
- 透明性:繊維の直径が光の波長よりも短く、乱反射しない
- 耐熱性:融点は260~270℃
- 低線膨張率性:±200℃の温度変化でも寸法が変わらない
- 絶縁性/蓄電性:電気を通しにくい反面、電気を蓄える性質がある
CNF(セルロースナノファイバー)の用途
非常に多くの利点を備えたCNF(セルロースナノファイバー)は、多種多様な用途に使われることが期待されています。
主な用途としては、加工方法の違いにより、
- 水溶性の状態で使われる水系用途
- 粉末などの状態から他の素材に混ぜて使われる複合材料用途
に分けられます。
水系用途:主に液状の材料に使用
化学的処理によって液体状、またはゲル状になったCNF(セルロースナノファイバー)が多く使われ、水分を多く含む用途でよく使われています。技術的なハードルも低いため実用化もしやすく、すでに多くの製品で取り入れられています。
- 食品用増粘剤:粘性、保水性、保型性など
- 医薬品/創傷医被覆材:保水性が高く、傷口の再生や細胞培養に適用
- フィルター、セパレーターといった分離材料や、物質の状態を保つ材料
複合材料用途:他の材料との混合で使用
現在注目が集まっているのが、CNF(セルロースナノファイバー)をゴムや樹脂など他の素材と混合させて使う複合材料用途です。これにより従来の素材にさまざまな機能を持たせることで、光学機器や電子材料など、多くの製品への応用が期待されています。
多くの複合材料は、現在も実用化に向けた研究と開発が進められています。
- 自動車の内外装や部品の材料、建材や内装材や家電の筐体など構造材
- バリアフィルム、バリアシートなど、酸素を通さないフィルム
- 透明ディスプレイ、透明カラーフィルター、 有機EL基板、太陽電池基板など光学材料用途
- 半導体封止材、フレキシブルプリント基板、絶縁材料など電子材料用途
CNF(セルロースナノファイバー)を活用する意義
ここまで紹介してきた特長からも、CNF(セルロースナノファイバー)があらゆる分野で活用できる有用な素材であることがお分かりいただけると思います。では、従来の素材に代わってCNFを活用することには、どのようなメリットがあるのでしょうか。
メリット①循環経済実現を支える役割
最も期待されるのが、循環型経済を支える基幹材料としての役割です。
CNF(セルロースナノファイバー)は、繰り返しリサイクルしても素材の特性はほぼ変わりません。また、廃棄してもセルロース自体は植物由来で生分解性のため、環境への負荷が少なくなります。
何より植物由来のセルロースは、ほぼ無尽蔵の持続型資源です。土から生まれ、資源として使われ、再び土へ還す。このサイクルが続く限り、地球上からなくなることはありません。
メリット②CO2 排出削減への貢献
CNF複合材料は、プラスチックなど従来素材の代わりになる素材として、CO2排出量をより大きく抑えることができます。
さらにCO2削減や環境負荷低減を目指すためには、生分解性プラスチックやバイオプラスチックとの複合化が必要です。現在は、
- 生分解性のポリ乳酸樹脂と混ぜた強度補強
- バイオPE(ポリエチレン)との混合で耐熱性と弾性の強化
- セルロース系生分解性樹脂との複合材料
- 100%天然バイオマス樹脂(NANO-SAKURAとして実用化)
などの研究や開発が行われており、これからの成長産業として期待されています。
メリット③森林環境の保全
CNF(セルロースナノファイバー)の原料は主に樹木です。国内の森林をCNFの原料として有効に活用し、過剰に伐採し過ぎないよう適切に管理することで、森林環境が健全な状態に保たれます。
日本は国土の7割が森林です。しかし、放置林の増加によって木の成長が妨げられたり、雨水の保持機能が低下して土砂災害が起きやすいなど、森林を活用しきれていないことによる問題が生じています。
森林環境の保全と、持続可能な循環型林業の実現には、国産材を使ったCNFの生産がカギとなると言っても過言ではありません。
CNF(セルロースナノファイバー)のデメリットと課題・問題点
このように、良いことずくめのように思えるCNFですが、その歴史はまだまだ浅い材料です。実用化や普及に関しても、多くの課題やハードルが存在します。
経済的課題|コスト面
最も解決すべき課題は、コストの問題です。
特にCNF(セルロースナノファイバー)の製造コストは、原料の種類や処理方法の複雑さ、使われる化学薬品の種類などで変わり、工程が増えるほど高額になります。そのため、より少ない工程で効率的に生成する研究が進められており、現在1キロ当たり3,000 円〜数万円の価格を、将来的には数百円から1,000円程度まで下げることが目標とされています。
社会的課題|企業や自治体の理解
CNF(セルロースナノファイバー)が普及するには、そのメリットをより多くの企業や自治体に理解してもらうことが重要です。
複合材料としてのCNFはコストが高いものの、少しの量でも大きな効果を発揮します。そのためわざわざ含有率を上げる必要もなく、まとまった量を売れないため価格が下がらないという問題があります。
また製品として使われた素材を、回収してリサイクルする必要性や、技術的ノウハウもまだ十分に知られていません。こうした課題の克服も普及のカギとなっています。
技術的課題|現状、開発途上段階
最後に、CNF(セルロースナノファイバー)の複合材料を作る技術的な問題があります。
CNFは水になじみやすいものの、樹脂の多くは疎水性であり、両者を混合させるのは水と油のように困難です。そのためいろいろな方法が開発、実用化されていますが、まだまだ広く行き渡っているとは言えません。
また、CNFは原料や製法の違いで性質や適性もさまざまです。今後は、企業が用途に応じた材料の特性を理解したり、業界でのガイドラインを整えたりするなどの取り組みも求められます。
CNF(セルロースナノファイバー)の製品化や開発はどこまで進んでいる?
CNF(セルロースナノファイバー)の積極的な利活用は国内産業にとって急務となっていますが、2022年現在ではどこまで開発や製品化が進んでいるのでしょうか。
前述のとおり、水になじみやすい水系用途のCNFは実用化が進んでいるものの、CO2の削減に効果がある、樹脂と混ぜるタイプの複合材料は、現在でも企業や研究機関で実証実験が行われている段階です。国としては、環境省や経済産業省などがCNF利用技術の開発を後押しし、2030年には年間1兆円の市場規模を目標としています。
NCVプロジェクト
環境省が2016〜2020年にかけて実施したCNF実装化計画が、NCV(Nano Celluloce Vehicle)プロジェクトです。
これはさまざまな部品にCNF補強材料を使って自動車を作ることで、燃費向上や軽量化、CO2削減を図るための実験です。
京都大学を始めとする複数の研究機関や部品メーカーが参加し、11%の燃費向上、16%の軽量化、8%のCO2削減という成果を上げました。これらの成果をふまえて、2040年頃にはCNFの自動車を製品化したいというロードマップが掲げられています。
参考:NCV(Nano Cellulose Vehicle)プロジェクト (kyoto-u.ac.jp)
CNF(セルロースナノファイバー)を使った製品例
いまだ開発途上であり、研究の余地のあるCNF(セルロースナノファイバー)。その中でもすでに実用化されている製品が多数あります。ここからは、CNFを使って実際に製品化されたものの中から、いくつかを紹介していきましょう。
製品例①日本製紙クレシア:大人用紙おむつ
製紙業界は早くからCNFの導入に取り組んできました。業界最大手の日本製紙では、大人用紙おむつ「肌ケア アクティ」にCNFを採用。消臭・抗菌効果のある銀イオンをCNF(セルロースナノファイバー)が大量に取り込むことで、従来品に比べて3倍の消臭効果を発揮しています。
製品例②パナソニック:家電製品の筐体
日本を代表する家電メーカーのパナソニックは、天然由来樹脂の開発と、製品の筐体への使用に積極的に取り組んでいます。
2018年には、自社開発のCNF素材から作ったコードレス掃除機を発売。軽さと強度を併せもち、軽量化とハイパワーを両立させています。
また同社は2022年、バイオマス90%以上のCNF複合素材の開発にも成功しました。今後幅広い製品への利用が見込まれることで、石油由来樹脂の大幅な削減が期待されます。
製品例③GSアライアンス:カトラリー/ネイルチップ
GSアライアンス株式会社は「環境を守り、豊かに暮らす」ことを命題に、全てを天然バイオマス素材で作られた新素材「NANO-SAKURA」を開発しました。
バイオマス材料の弱点である強度や耐熱性、成形の難しさなどを、CNF配合で克服。
バイオマス原料自体も、人間の食料生産や児童労働搾取に関係しないものを選んでいます。
カトラリーやボトルの他、ネイルチップといった製品を展開しており、いずれも完全な生分解性を備えています。
製品例④田中石灰工業:漆喰
日本古来の建材である漆喰にCNF(セルロースナノファイバー)を利用したのが、CNF配合の漆喰「練りたなか壁」です。CNFの繊維長や配合率などを研究して漆喰に配合したこの製品。漆喰に起きやすい細かなひび割れを防ぎ、工期の短縮にもつながっています。
製品例⑤北越東洋ファイバー:各種容器・雑貨、剣道防具
北越東洋ファイバーでは、CNF素材「バルカナイズドファイバー」を独自に開発。塩化亜鉛液を使って生成したCNFは、セルロース100%の天然由来素材です。
スーツケースや楽器ケース、メイクボックスなどの用途の他、剣道具の胴に使われていることからも、その強度の高さがうかがえます。
製品例⑥田子の月/どら焼き
田子の月は、昭和27年創業の静岡県にある和菓子屋です。この会社では、どら焼きの生地の中に、日本製紙が開発したCNF「セレンピア」を食品用増粘剤として練り込んでいます。これにより、しっとりとした口当たりや、ふわっとした食感に仕上がっただけでなく、賞味期限の延長も実現させています。
CNF(セルロースナノファイバー)とSDGsとの関連
CNF(セルロースナノファイバー)は現在、さまざまな産業に応用できる夢の素材として、またSDGsを推進するためにも、一日も早い実用化が望まれています。では、CNFはSDGsとどのように関わってくるのでしょうか。
SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)は、持続可能な世界を実現するために設定された、17のゴールと169のターゲットからなる国際目標です。
CNF(セルロースナノファイバー)はその多くの目標達成に貢献し、特に次の3つとの関連が重要です。
SDGs目標9.産業と技術革新の基盤をつくろう
CNF(セルロースナノファイバー)そのものは新しい素材ではあるものの、その原料は古くから存在しています。それがここまで多種多様な分野に応用可能となったのは、ナノテクノロジーの進歩によるものです。
CNF(セルロースナノファイバー)を基幹とする新しい産業を興すためには、実用化に向けた課題を解決する技術の更なる発展が不可欠になります。
SDGs目標13.気候変動に具体的な対策を
気候変動を引き起こす地球温暖化は、CO2の排出と大きく関連してきます。その原因の一つが、石油由来の製品の廃棄によるものであることも知られています。
CNF(セルロースナノファイバー)は石油由来製品の代わりとなるだけでなく、植物として育つ過程でCO2も吸収しています。CNFや天然由来素材の普及は気候変動対策の面でも、すでに待ったなしの状況にあるといえるでしょう。
SDGs目標15.陸の豊かさも守ろう
SDGsの目標15に掲げられているすべてのターゲットは、森林環境と密接に関わってきます。
CNF(セルロースナノファイバー)の国内生産によって森林の持続可能な利用と経営を行うことで、森林だけではなく、山や湿地、乾燥地など、あらゆる土地と土壌の回復につなげていくことが可能になります。
まとめ
CNF(セルロースナノファイバー)は、環境に優しい植物素材でありながら、あらゆる産業に適した機能を有し、製紙分野以外でも期待される最先端素材です。
現在、私たちが直面している深刻な環境破壊を解決するためには、CNF(セルロースナノファイバー)をこれからの大型産業資材として、産・官・学をあげて開発と普及を進める必要があります。
資源に乏しいと言われる日本ですが、その国土には豊富な森林という自然からの贈り物に恵まれています。この森林資源と日本のものづくりの技術をフルに活用できれば、世界に先駆けた循環型経済を確立することも夢ではありません。
参考文献
セルロースナノファイバー : 研究と実用化の最前線/監修: 矢野浩之, 磯貝明, 北川和男 エヌ・ティー・エス , 2021年
トコトンやさしいナノセルロースの本/ナノセルロースフォーラム編 日刊工業新聞社 2017年
セルロースナノファイバー 利活用ガイドライン|環境省
セルロースナノファイバーの将来性と課題:日経バイオテクONLINE (nikkeibp.co.jp)
このままではCNFはガラパゴス材料に!? カギは必然性と想定を超えた用途開発:材料技術 – MONOist (itmedia.co.jp)